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1 怨念や被害者意識を超えて、歩み寄る
在日コリアン村、すなわち、日本に住むコリアンを最近流行の゛100人の村゛で現すと、韓国籍78人、朝鮮籍22人になります。
統計資料の煩わしさから解放され、それなりにわかり易いのですが、強制連行、今風で言う拉致の影を背負わされた在日の軌跡を物語るように、その内訳はけっこう込み入っています。
民団新聞のコラム(03・3・19)によると、性・年齢別構成は、男性47人、女性53人、未成年者16人、70歳以上8人。在留資格は、特別永住者78人、永住者5人、その他短期在留者。
居住地は、近畿44人、関東32人、九州・四国5人、北海道・東北3人。本籍地は、慶尚道56人、済州道17人、全羅道9人、忠清道4人、ソウル8人です。
また、韓国籍のうち67人が古くからの居住者、11人が比較的最近越してきたネイティブ韓国人、4人が日本籍配偶者です。
解放前からの日本居住者及びその子孫以外の、韓国からのいわゆるニューカマーの比率が増大しているのは時代の趨勢でしょう。
さらに、昨年の婚姻を10組とすると、同胞同士のカップル1、日本籍同胞を含め妻が日本籍2、夫が日本籍6となります。
2年ごとに1人生まれ、毎年、1人亡くなり、1人か2人ずつ帰化している勘定で、村の人口は毎年1人ずつ減少と、85年以降のマイナス成長が続いています。
村の衰退は、強引なダム建設なり地上げによりまた一つ、古く懐かしい共同体が消滅するような寂しさがありますが、長いスパンで考えてみれば、川の流れのようなものです。
米国のヒスパニックや黒人など、社会的に恵まれないマイノリティ―に人口爆発の傾向がありますが、比較的成功した部類の在日社会では、日本社会とまったく同じ少子化現象が進行しており、その点では、今後とも村民の目減りは避けられません。
恋愛は自由です。日頃付き合う機会の多い日本人との国際結婚が増えるのは、自然の成り行きです。
強制連行=拉致被害者意識の強い在日1世は日本人との結婚を嫌いましたが、日本で生まれ育った2世、3世ではその種の感情は希薄化し、今生きている現実を積極的に受け入れようとしています。
遺憾なことは、1959年からの北朝鮮への送還問題が在日コリアン村をゆがめたことです。
およそ93000人、゛100人の村゛の人口比で見ると、15人が北朝鮮に行った計算になるそうですが、差別と貧困の日本よりはましだろうと渡った゛祖国゛が日本よりもひどかった事実は、当人たちは無論、在日社会にも深い傷跡を残しました。
結果論ですが、十分な準備もなく受け入れた北朝鮮当局、感情論で突っ走った在日にも問題があります。
だが、強制連行などへの謝罪、賠償をおろそかにし、安易に在日を北朝鮮に追いやった日本政府の責任も決して小さくありません。
日本人拉致問題で「犯罪国家」と北朝鮮を断罪する日本が、自己の過去の犯罪行為に戦後半世紀以上も口をふさいできた事実にもより厳しい目を向けるべきでしょう。
被害者が加害者に、加害者が被害者になる不幸な構図となっていますが、入り組んだ糸をほぐす努力が必要です。
それぞれ言いたいことが山ほどあると思います。
しかし、一方的に他を断罪するのは簡単ですが、それでは憎しみが憎しみを生むだけで、溝は永遠に埋まりません。互いに怨念や被害者意識を超えて、歩み寄るべきでしょう。
2 「宙ぶらりん状態」こそ在日のアイデンティティ―
私が提唱している日韓共栄圏がいずれ実現していく過程で、在日コリアン村は日韓の貴重な掛け橋としてより積極的な役割を果たしていくでしょうが、それを好まない人も一部にいるようです。
例えば、『在日韓国人の終焉』を著した鄭大均氏です。「在日は韓国への帰属意識も外国人意識も稀薄で、この不幸な宙ぶらりん状態は帰化で解消しよう」というのが同書の趣旨と思われ、在日のあり方へのそれなりの問題提起ですが、普遍性に欠けるのではないでしょうか。
個人的な体験乃至は思い込みから―それを全否定するつもりは毛頭ありませんが、帰化という一般的結論に導くのは強引で、短絡的に過ぎます。
個人の自由な選択としての帰化に反対する気はありません。
しかし、同化としての帰化を推奨したり、正当化する論に与することはできません。文化的共同体である在日コリアン村を半強制的に解体し、村民を日本社会に埋没させることになるからです。
鄭氏は、アメリカや韓国での生活体験を通して韓国籍保有と日本出生者である事実との矛盾に気づかされ、自己の存在を韓国人・朝鮮人でも日本人でもない「不幸な宙ぶらりん状態」と認識したようです。
鄭氏とは在日2世という以外に何の接点もありませんが、私も海外に出た当初は同様な体験と気分につかれ、悩まされた時期がありました。
しかし、鄭氏のように「不幸」とか「自己同一性のズレ」と悲観的に一般化することはしませんでした。
先祖の楽天的なDNAを受け継いだせいでしょうが、「宙ぶらりん状態」の何が悪いと、在るがままに受け入れ、むしろそこに自身のアイデンティティ―を積極的に見ようとしたのです。
「宙ぶらりん状態」は視点を少し変えてみれば、国家や国籍を超える自由、多様性や可能性が約束された新しい地平なのです。
私はよく、外見は日本人だが、ずけずけと話すのはコリアンそのものだと言われます。
アイデンティティ―の問題で在日がもっとも悩む言葉でも、大学時代から始めて表現力、文章力、文
法などは母国人の平均レベル以上になりましたが、日本式アクセントにコンプレックスを感じていました。
しかし、ある日、母国人にサトリ(方言)があるように在日に方言があるのは当然だと思うようになり、自然体で話すようになりました。
そのきっかけの一つが、ひどいドイツなまりの英語で堂々と話すドイツ系アメリカンのキッシンジャー元米国務長官でした。
韓国語がしゃべれなくともさして気にもかけない在米コリアンなどに比べ、在日は何でもすぐ差別と身構え、過敏になる傾向がありますが、個性重視の差別化ならむしろ歓迎すべきことではありませんか。
「宙ぶらりん」とか「中途半端」とかは、国家や国籍を基準にした保守的な物言いです。
さらに、それを「不幸」と意識するのは、韓国か日本かと、個人を国家の帰属物としてみなす国家主義意識に呪縛された、一種の被害妄想ではないでしょうか。
今から考えれば明らかに無理があった「北朝鮮帰国運動」の背景にも、その渦の中にいた一人として証言させてもらえば、「宙ぶらりん」とか「中途半端」を伝統的な価値観から「悪しきコスモポリタニズム」、「民族虚無主義」と安易に決め付け、「祖国がなければ生きていけない」と、国家との情緒的一体感に酔っていたヒステリックな集団心理がありました。
多くの在日が金日成を救世主と仰ぎ、あるはずもない「地上の楽園」を夢見たのは、麻薬によって現実逃避する幻覚症状のようなものと言えるでしょう。
その後遺症は今も癒えず、在日社会に陰を落としてます。
祖国回帰の反動というか対極にあるのが帰化で、鄭氏の立場もその範疇に属するのですが、在日の多くが求める参政権問題でも、「在日は日本国籍を取り中途半端な状態を脱却すべきで、参政権は逆にその中途半端な状態を固定化する」と、頑なに反対の態度を取っています。
コリアン系日本人というコンセプトで在日の痕跡を留めたいとの鄭氏なりの゛秘めた熱い思い゛もわからないではありませんが、祖国であれ原住国であれ、個人を国家や国籍でいつまでも縛り付ける旧い思考方式にはそろそろピリオッドを打ちたいものです。
3 国民国家の呪縛から解き放たれる
問題の本質は、国際化という文明史的流れをどう受け止めるかということに帰着するように思えます。
EUでは国家や国籍の壁が溶け始め、集団と個の関係や在りかたが根本的に問い直されていますが、東アジアでも、遅くとも半世紀後には日韓共栄圏国が現実化し、国籍が住民票のようになっているでしょう。
国籍そのものが、個人のアイデンティティ―においてそれほど意味を持たなくなってしまうわけです。
そう考えれば、帰化しても在日です。
また、ニューカマーの増大で、在日村は再び活気を取り戻すでしょう。
ただ、民族性の評価が一つの課題として残ります。
何代にもわたって受け継がれたDNAは個人のアイデンティティ―の貴重な一部ですが、これに対しても、良きにつけ悪しきにつけ、過剰な評価は禁物です。
ましてや、在日社会が1世から2世へと世代交代する時期に見られたように、貧しい祖国を持ったコリアンであることに悩み、絶望し、自殺まで考えるほどのものではさらさらありません。
幸いにして、韓国の発展が在日に自信を回復させ、さらに、これが決定的に重要ですが、日本社会の国際化に対応した個の確立という意識の向上にともない、3世以降はそうした否定的現象はなくなりつつあります。
文化の高度化と共に個々人の創造性や独創性といった個性が重視され、コリアンだからどうの、ジャパニーズだからどうのといった集団的区分より、個人差の方が大きくなるのが普通ですから、個の確立はごく自然な流れと言えるでしょう。
そうした観点から、民族性は、個々人を規定するものではなく、個性の一部として個々人の気持ちの持ち方や努力で長所にも短所にもなる、せいぜいその程度のものと認識しておけば十分です。
人の目をいたずらに気にせず、自分と率直に向き合う勇気を持とうではありませんか。
そもそも民族性なるものは本来、血縁、地縁に基づく素朴な共同体的情緒でしたが、近代に成立した過度に中央集権的な国家概念によって歪められ、イデオロギー化し、必要以上に矮小化、複雑化させられたという歴史的経緯があります。
300余の藩がそれぞれ゛おらがクニ(国)゛であった明治維新前の江戸時代には、高麗郡をはじめ日本各地に高、沈、呉、李など朝鮮姓を保持した渡来人の集落が無数にあり、地域社会と交流しながら数百年も独自の文化を伝えていました。
皮肉なことに、現代の日本人意識も、近代化を急いだ19世紀末に、当時のドイツ、英国などを真似て急造された大日本帝国時代に形成された「帝国臣民」に発しています。
天皇がそれまでの伝統的あり方とはまるで異質の西洋風絶対君主に祭り上げられ、それにともなう「帝国臣民」としての一体性が強要され、単一民族神話の幻想が蔓延る窮屈な世相の中で、渡来人集落は改姓させられ、消滅していきました。
同時期、琉球やアイヌにも過酷な同化政策が押し付けられましたが、これがいわば゛日本における民族問題゛の発端です。
単一民族神話には、保守的な情緒をくすぐリ、コンプレックスを吹き飛ばしてくれる魔力がありますが、その裏に、理性を曇らせる魔性が秘められています。
長い不況のなかで日本人は怒りっぽく、扇動に乗せられやすくなり、一部で、そうした魔力に酔って一挙に閉塞状況を打破しようと企む反合理主義、暴力礼賛的なネオナショナリズムが台頭しています。
彼らは゛過激な改革派゛を自称していますが、これは自暴自棄に駆られた病理現象と言うべきもので、本来の改革とは方向がまるで逆です。
そろそろ前世紀の悪しき遺産を清算すべきです。
帝国主義列強が覇権を争った近代西洋の政治的価値観が惹き起こした国民国家の呪縛から、在日も、日本社会も解き放たれていい頃ではないでしょうか。
追記:
本コラムは、私のHPに03年3月27日に掲載した「100人の在日コリアン村」を転載した。
http://www8.ocn.ne.jp
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