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明日午後、日韓外相が従軍慰安婦問題の決着を目指して会談するが、私の見通しでは、会談は決裂、相互の溝の深さを再認識することになろう。
その理由は明確だ。安倍政権が元従軍慰安婦にいくら払うかといったカネの問題に流れ、誠意をもって謝罪する姿勢に欠けているからである。 従軍慰安婦の人間としての尊厳や名誉を回復するとの大義名分が立たなければ、卑しい政治取引でしかなくなる。拝金主義の新自由主義に毒された、札束で横面を叩くような粗雑な発想では、真の和解など期待するべくもなかろう。 「安倍首相、外相に訪韓指示」と日本のテレビ・新聞が一斉に報じたのが、今月25日。クリスマス・プレゼントを真似た唐突な発表であった。爾来、マスコミの報じ方を注視してきたが、当初から違和感があった。 官邸による情報操作、は言い過ぎであろうが、どの新聞、テレビも口を揃えている。韓国側が一貫して求めている、いわば問題の核心である従軍慰安婦への謝罪を無視するか、ほとんど触れていない。 代わって、「韓国側が問題を蒸し返した」、「今後再び問題を提起しない最終的な解決を韓国側が受け入れるかが焦点」といったフレーズが踊る。あたかも被害者と加害者が転倒したようかのような論調である。 そのうち、浅ましいことに元慰安婦に支払う「支援」金額が問題であるかのように脱線し、今日の各紙には1億円、いや20億円云々といった金額が飛び交っている。 これでは日韓外相会談が決裂するのは必至であるが、岸田外相は“誠意”を尽くしたが、金額で折り合わなかったと韓国側に責任を転嫁する予防線を張っている思惑が透けて見える。 しかし、そのような事態は韓国側の反発を増幅し、相互の溝を一層深めることになろう。すでに韓国のネット上には「安倍首相には被害者に謝る誠意が見えない」、「札束で懐柔しようとしている」といった声が溢れている。 違憲世論を押し切って安保法制案を強行採決した安倍首相と事なり、世論重視の朴槿恵大統領が国民の声に背いて妥協する可能性は極めて低い。 日本側も韓国世論を知らないわけではない。安倍首相が慰安婦に個人的な手紙を送って謝罪する案が浮上しているようであるが、問題はその内容である。 安倍首相には第一次安倍内閣で「慰安婦には旧日本軍による直接的な強制は認められない」と国会答弁を統一する閣議決定をこそっと行い、河野談話に反する言動を繰り返してきた。側近やブレーンと言われる人たちは半公然と「慰安婦は売春婦」と講演、各メデイアで言いふらしている。 それが従軍慰安婦問題がこじれた原因であり、前言を翻して問題を蒸し返したのは日本側に他ならない。 そうした中、安倍首相の終戦70周年談話が注目されたが、韓国側が期待した内容とはあまりに遠かった。 今回の日韓外相会談に韓国側が応じた理由が、安倍首相の誠意ある謝罪を期待しての事であることは二言するまでもない。 日本社会では秘密保護法制定を機に首相官邸による言論に対する干渉、統制への危惧が高まっているが、今回の慰安婦報道にもそれが影を落としている。 昨日、日本テレビの夕方ニュース番組のコメンテーターが「韓国はゴールを変える」と妙なコメントをしていた(させられていた)が、今日夕方のNHKニュースでそれが安倍首相の言葉であると伝えていた。 何のことはない。ゴールを変えた当人の責任転嫁の発言が、世論誘導のためにたらい回しされているのである。 先月ソウルでの日韓首脳会談で「年内解決」と合意されたものの、動きが鈍かった慰安婦問題が急に動き出したのは、推測していた通り、米国の影響であった。 昨日の読売が「米声明で決着確認検討」と報じた。情報の出所は不明だが、「韓国が蒸し返す事を避けるのが狙いだ」というから日本外務省筋であろう。 オバマ政権が中国に対抗するリバランス戦略に不可欠な日韓米の連携強化のため、慰安婦問題の早期解決を促し、先月の日韓首脳会談もその脈絡で実現した事は周知の通りである。 今回も、日韓が米国の顔色をうかがい、自分の方は努力したとのアリバイ作りが主たる動機であったと読める。 その点からも、真の解決は望み薄であるが、さてどんな顛末が待っているか、明日の会談に注目しよう。 |
歴史認識問題(従軍慰安婦etc)
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今月2日に百歳になった三笠宮が陸軍少佐とした赴任した南京で見聞した日本軍の数々の残虐行為に驚愕し、南京大虐殺に怒った事は意外と知られていない。
その事実は兄の昭和天皇にも知らされており、兄弟共に暴走する日本軍への不信感を募らせていたことがうかがわれる。 南京大虐殺を否定する歴史修正主義者には写真がどうのと重箱の隅をつつくような些末な議論に流れ、旧日本軍を庇う傾向が認められるが、精神の貧困と言わねばならない。 『二人のプリンスと中国共産党』で、軍部に操られた昭和天皇は実は反戦主義者であり、海外侵略にのめり込む軍部に不満を強め、ポツダム宣言を受け入れる「聖断」に繋がったと書いたが、三笠宮の証言からも改めて裏付けられた。 三笠宮は結婚70周年の2011年10月に発表した感想で「結婚の時、私は陸軍大学の学生だった。間もなく戦争となり、支那派遣軍総司令部の参謀として南京に赴任した。帰国後、大本営参謀などを務めているうちに、敗戦となった。空襲で屋敷が全焼し、経済的な労苦は大きかった」と回想している。戦後は東大でオリエント史を学び、学者の道に進んだ。生物学の研究に打ち込んだ兄の昭和天皇と似た経歴である。 問題の南京赴任時代について自著『帝国と墓と民衆』(1956年光文社)に付した「我が思い出の記」で以下のように生々しく触れている。 「わたしの信念が根底から揺り動かされたのは、じつにこの1年間であった。いわば『聖戦』というものの実態に驚きはてたのである。罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、いまさらここにあげるまでもない。かかる事変当初の一部の将兵の残虐行為は、中国人の対日敵愾心をいやがうえにもあおりたて、およそ聖戦とは思いもつかない結果を招いてしまった。 この失敗は軍および日本政府首脳に真剣な反省をうながし、新たに対華新政策なるものが決定され、わたしが南京に赴任していた1年間は、司令官以下この方針の徹底に最大の努力をした。 新政策が発表されるや、軍司令官はただちに『四悪』を禁止するという厳重な命令をくだした。四悪というのは略奪、暴行、放火、強姦のことである。ある第一線の大隊長のいうことがふるっていた。今までは敵のいた家は焼きはらって進んでいた・・。ところが放火を禁ぜられてみると、第一線がどこにいるかさっぱり分からない、と。まったく笑えないナンセンスであった。正義の戦いでなかったからこそ、いっそう表面的には聖戦を強調せざるを得なかったのではないか」 三笠宮はコードネーム若杉参謀として南京に赴任していたが、帰任直前の1944年1月、将校らの前で講話し、軍紀の乱れや残虐行為を厳しく指弾した。 それは1994年に「支那事変に対する日本人としての反省」として公表された。 しかし、三笠宮自身、罪悪感に長く苦しんできた。 「紀元節復活に反対運動を展開してはどうか」(毎日新聞1957年11月13日)と呼び掛け、『紀元節についての私の信念』(文藝春秋1959年1月号)で次のように心情を明かしている。 「昭和15年に紀元二千六百年の祝典を行った日本は、翌年には無謀な太平洋戦争に突入した。架空な歴史を信じた人たちは、また勝算なき戦争を始めた人たちでもあったのである。もちろん私自身も旧陸軍軍人の一人として大いに責任がある。だからこそ、再び国民をあのような一大惨事に陥れないように努めることこそ、生き残った私の責務だと考える」 さらに、「今もなお良心の苛責にたえないのは、戦争の罪悪性を十分に認識していなかったことです」(自叙伝『古代オリエント史と私』1984年学生社)と告白し、南京の実態について赤裸々に明かす。 「ある青年将校ー私の陸士時代の同級生だったからショックも強かったのですーから、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突き刺させるにかぎる、と聞きました。また、多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に連行し、毒ガスの生体実験をしている映画を見せられました。 その実験に参加したある高級軍医は、かつて満州事変を調査するために国連から派遣されたリットン卿の一行に、コレラ菌を付けた果物を出したが成功しなかったと語っていました」 当然、南京大虐殺を否定する一部の歪んだ風潮については批判的であり、「最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人数のことが問題になっているような気がします。人数は関係ありません」(『This is 読売』1994年8月号)と厳に戒めている。 注目すべきは、兄の昭和天皇とそうした認識を共有していたことをうかがわせる次の部分である。 「中国側は日本軍の残虐行為を『勝利行進曲』という映画にしていましたが、それを日本側が重慶あたりで没収してきたものを手に入れた私は、東京に連絡で戻った時に、その映画を持っていき、昭和天皇にもお見せしたことがあります。宣伝の部分も多いでしょうが、多くの部分は実際に行われた残虐行為だったろうと私は考えております」(同)。 南京大虐殺を否定する保守系メデイアは三笠宮を「赤い宮様」などと揶揄し、その発言を封じようとしてきた。 だが、現場を踏んだ証言の信憑性はいささかも揺るぐことがない。 『二人のプリンスと中国共産党』で、昭和天皇夫妻は「キリスト教の“秘密の洗礼”を受けた」と、タブーを明かした。戦前から聖書の講義を定期的に宮中で受けていたと『昭和天皇実録』に記述されており、キリスト教界の内部証言等で裏付けたが、三笠宮と共有していた罪悪感も心理的に作用したと思われる。 昭和天皇の人間宣言は、GHQに強要されたものではなく、自発的、必然的であった。 |
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安倍首相は従軍慰安婦について「日本軍による強制はなかった」と否定して物議を醸してきたが、国際社会の著名な日本研究者や歴史学者187人の共同声明によって明確に「歴史の事実を変えることは出来ない」と批判された。
5月上旬に発表された共同声明は、安倍首相が戦後70周年談話に謝罪と反省を盛り込み、日韓中の和解を促すように求めている。 日韓政府が対立する慰安婦問題について国際的な良識が判断を下した画期的な「日本の歴史家を支持する声明」は、ハーバード大のエズラ・ボーゲル名誉教授、マサーチュセッツ工科大のジョン・タワー名誉教授らが、日本の歴史家たちの慰安婦問題の研究成果を支持する形で発表された。 要旨は以下の通り。 「戦後日本の世界的な貢献を祝福するうえで障害となるのが、歴史解釈の問題であり、中でも、争い事の原因となっている最も深刻な問題の1つが、慰安婦制度の問題である。 20世紀に繰り広げられた数々の戦時における性的暴力と軍隊にまつわる売春の中でも、慰安婦制度は規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点において、そして、日本の植民地と占領地〜、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取した点において特筆すべきものである。 女性の移送と慰安所の管理に対する日本軍の関与を明らかにする資料は歴史家により相当発掘されており、被害者の証言にも重要な証拠が含まれている。 何万であろうと何十万であろうと、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われた歴史の事実を変えることは出来ない。 歴史家の中には異議を唱えるものがいるが、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、すでに資料と証言が明らかにしている。 今の日本政府にとって、海外であれ、国内であれ、第二次世界大戦中の慰安所のように、制度として女性を搾取する事は許容されるはずがない。 今年は日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会である。安倍首相が大胆に行動することを期待する。 慰安婦問題の中核には女性の権利と尊厳があり、その解決は日本、東アジア、そして世界における男女同権に向けた歴史的な一歩となる。 平和と友好のために、過去の過ちについて可能なかぎり全体的で、偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そう。」 同声明が出された経緯について、署名人の一人であるハーバード大のアンドルー・ゴードン教授は毎日新聞(5月27日)で、以下のように明かしている。 「今回の声明のきっかけの1つは、慰安婦問題についての米国の高校教科書の記述を巡り、日本政府が昨年、著書や出版社に訂正を求めたことだ。 これには私も含めて米国の歴史学者20名が日本政府の対応を批判する声明を出した。政府の介入で慰安婦という歴史を教科書から取り除くことはあってはならない。日本ではこの1年、植民地時代の特定のテーマについて語ってよいことの幅が狭くなったと感じる。 声明の基になったのは、今年3月にシカゴで開催されたアジア研究協会での議論だ。最初の賛同者は187人だったが、5月始めに発表してから457人に膨らみ、その人数と地域的な広がりに驚いた。 安倍首相は70年談話で村山談話を受け継ぐだけでなく、反省について自分の言葉で語る必要がある。思いやりの心をもって発言すれば、和解の可能性はゼロではない。」 同声明により慰安婦問題に学問的な決着がついたとみるべきであろう。 そもそも河野談話で一区切りしたはずの慰安婦問題を蒸し返したのは、「新しい歴史教科書を作る会」などが教科書検定を利用し、教科書から慰安婦記述を削除してきたことにある。 その中心的な役割をしてきたのが産経新聞であるのは衆知の事だが、そのドンと言われた鹿内信隆産経新聞社長・フジサンケイグループ会議議長が、主計将校時代に慰安所の設置、運営に携わった事を自慢気に著書で明らかにしているのであるから、歴史歪曲の茶番である。 しかも、「作る会」と関係ある人物たち、藤岡信勝、西尾幹二、櫻井よしこ、西岡力、八木秀次諸氏は歴史の門外漢、いわば素人集団であり、自分に都合のよい物語を作っているに過ぎない。 彼らの中で唯一歴史家の秦郁彦氏は韓国語を知らない韓国・朝鮮史の門外漢である。済州島で慰安婦問題の聞き取りをしたと売り込んでいるが、言葉も分からないようではまともな調査とは言えまい。 187人声明を支持して25日、日本歴史学会など日本の16の歴史学会、教育学会が声明を出している。 声明は「慰安婦の強制連行は実証された事実」とし、いわゆる吉田証言を朝日新聞が取り消した事は何の影響も及ぼさないと指摘した。 安倍首相は素人の戯言に惑わされず、専門家の声に真摯に耳を傾けるべきである。 |
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昨日午後、エーケレン元西欧同盟事務総長を迎えた「東アジアの安全保障と日欧協力の展望 日欧有識者フォーラム」に呼ばれて参加したが、欧州連合(EU)の中核にいた人物とのデイスカッションは示唆に富むものであった。
オランダ防衛大臣も務めたエーケレン博士は1937年生まれで、終戦時は8歳。ナチス・ドイツによる侵略を身を以て体験しており、「Never again war」が欧州統合の合言葉であったとの指摘は、反論を許さない説得力があった。 フォーラム会場は衆議院第1議員会館の国際会議室であった。朝鮮新報の記者をしていた1970年代に頻繁に出入りしていたが、新築改装後は初めてである。 当時はアポを取った議員名を用紙に記入さえすれば自由に出入りできたが、現在は通行証チェックが入り、警備が格段と厳しくなった感があった。 円卓のテーブルに就き、エーケレン博士の基調演説に続いてデイスカッションが始まったが、日中対立問題が中心となった。 エーケレン博士は「大国中国と周辺国は過去の戦争について和解しなければならない」と強調し、日本が真摯に戦争責任を謝罪する必要性に言及した。 「中国は遠くない将来、瓦解する可能性がある」と米国のハドソン研究所上席研究員が指摘していたが、エーケレン博士は「グローバリズムの波は避けられない」とのみ答えた。 「東アジアには欧州のような共通の宗教的なバックグラウンドがない」と拓大教授が向けると、「欧州の宗教も多用で、イスラム教徒もいる」と応じた。 私は二点、質問した。 ウクライナでEUがロシアと衝突するのは、市場経済化という共通の目標に収まらない政治的ヘゲモニー争い、もしくは、イデオロギー上の対立があるのではないか? 資本主義は欧州統合の理念として限界に達しているのではないか? それに対する答えは、要約すると、ロシアによるウクライナの民主主義選挙否定とクリミア占領であった。 後者については、我々のシステムを資本主義とは呼んでいない、であった。 根底には、ナショナリズムの衝突による戦争から得た教訓がある。 EUの母体となったのは欧州石炭鉄鋼共同体である。先の大戦の原因となったザール地方の石炭、鉄鋼を共同管理下に置くもので、スーパーナショナリズムの原則に則った初の機関と称された。 フランス外相が提唱し、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクが加盟し、欧州経済共同体、欧州共同体、EUへと発展する。 経済的な共同利益を拡大するのが基調となったが、決定的な契機となったのが、ドイツ、フランスの和解、具体的には、ドイツの謝罪である。 ナチスの戦争犯罪はニュールンベルク裁判で裁かれ、その後も一貫して責任追求が続く。 アデナウワー政権時代の1950年に非ナチ化宣言を出したが、「ナチに全ての責任を押し付け、ドイツ人の集団としての責任を否定している」と批判された。 大きな転機が1970年に訪れる。 ワルシャワのゲットーを訪れて献花したブラント西ドイツ首相は、突然、膝まづいて謝罪した。東欧諸国の西ドイツへの道徳的な不信感は大きく払拭され、ドイツ統一への布石ともなった。 しかし、被害者の心の傷はそう簡単には癒されない。2013年9月4日、その1つが癒される時が来た。 ガウク・ドイツ大統領がオランド・フランス大統領と共にフランス中部のオラドウール村を訪れた。同村はノルマンデイー上陸作戦直前にドイツ軍に襲われ、女、子供を含む642人が教会などに閉じ込まれて銃撃、焼殺された。村はそのまま保存され、69年経って初めて村人はドイツ大統領を受け入れた。 「ドイツ人が犯した重い罪に向き合うとき、深い驚愕の念を免れません」 村人と手を携えて教会の前に立ったガウク大統領は頭を深く垂れ、そう述べた。 オランド大統領は応えた。 「真実のみが和解の基礎になる。戦後、両国は過去を乗り越え、未来を分かち合うと決断しました」 エーケレン博士が述べたのはそういうことであったと思うが、翻って、東アジアの現状はどうだろうか。 今年5月、安倍首相は訪独したが、その直前、ドイツのフランクフルト・アルゲマイネ・ツアイトウング紙のインタビューを受けた。 「戦争責任問題で日本はドイツから教訓を学ばなければならない、とは考えないのか?」 その質問に安倍首相は気色立って答えた。 「日本はドイツ式の謝罪は出来ない。日本は周辺国と妥協し、賠償問題に関する真の基準を立てた。豊かでないアジア諸国を開発協力で支援した。」 このやり取りはドイツでちょっとした話題になったが、メルケル首相との会談がどこかぎこちなかったのもそれと無縁ではあるまい。 そこから見えてくるのは、戦争責任を明らかにし、謝罪した上で経済協力を進めたドイツと、戦争責任を曖昧にし、経済協力でまるけこもうとした日本の違いである。 タイトルの答えも自ずと見えてこよう。 日本の首相が南京虐殺記念館や元日本軍慰安婦を訪れ、謝罪するのはいつになるであろうか。 おそらく、そこから真の和解への歩みが始まるであろう。 なお、フランクフルト・アルゲマイネ・ツアイトウングは習近平主席が今年7月に訪韓した直後、「日本は自らに責任がある」(7月18日)で「日本は歴史を否定し、東アジアで経済的な孤立を招いている」と報じている。 |
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首相官邸、宮内庁が箝口令をしいたのか、日本では報じられなかったが、先月29日の宮中晩餐会の挨拶でオランダ国王は慰安婦問題に言及していた。
「オランダ国民や兵士が体験したことは忘れることが出来ない。戦争の傷跡は今も多くの人の人生に陰を落とし、犠牲者の悲しみは続いている」というもので、オランダ人慰安婦強制や捕虜の虐待を念頭に置いている。 アレクサンダー国王は日本に続いて韓国を国賓訪問し、韓オ元首会談の過程で日本での発言が明らかになった。 朴槿恵大統領は「韓日間では慰安婦問題が懸念となっており、解決に向けて努力している」と応じた。 オランダでも安倍首相が慰安婦への強制性を否定し、河野談話見直しを表明したことが問題となっていた。 オランダ外相は国王訪日に先立って日本人記者と会見し、「慰安婦問題は日本との外交の場で必ず取り上げることになっている。強制性があったことは疑う余地がなく、被害女性と家族の名誉に関わる重要な問題だ」と強調していた。 インドネシアに進駐した日本軍部隊が五十余人のオランダ人女性を軍慰安所に送り込んだ事件は戦犯裁判で有罪が確定し、首謀者の少佐らが処刑されている。 櫻井よしこし氏ら産経常連グループは「例外的な軍紀違反」と庇うが、通じる話ではない。旧日本軍が組織的に設置、運営した慰安所で常態的に行われていたとみるのが合理的である。 フジ=産経グループのドンとして君臨した元会長の鹿内氏は、著書で主計将校時代に積極的に関わったと自慢気に話している。 「ローマ物語」で知られる塩野七生氏は文藝春秋への寄稿文で、「白人までが慰安婦にされていたことが知られると、日本は欧米社会で孤立する」と述べている。 安倍首相が慰安婦への強制性を否定し、犯罪行為を隠そうとするほど、塩野氏の危惧は現実化しているのである。日本の名誉を貶めているのは誰か、よく考えるべきである。 米国の大手教育出版社のマグロウエルが発行するカリフォルニア州の公立高校用の教科書で「日本軍は約20万の女性を慰安所で働かせるために強制」と書いている。 その数に疑問があるなら調べる余地があろうが、強制性という本質的な問題を隠蔽するのは本末転倒、被害者の怒りを買うだけである。 李香蘭こと山口淑子氏は「シナの夜」の撮影現場をたまたま見た元慰安婦に連れ添い、生涯、贖罪に努めたが、同性の慰安婦を売春婦と貶める櫻井よしこ氏は山口氏の爪の垢を煎じて飲んだ方がよかろう。 |








