|
誰もが心の底で望んでいることだと思うのですが、思想、信条、信仰、性別、民族、国籍の違いを超え、みんなが互いを尊重しあい、仲良く暮らせる社会をつくりたいものです。
無限大の宇宙で我々が砂粒のような銀河系の一点に生を受け、今この瞬間にも同じ地球の空気を吸って生きていること自体が、大いなる奇跡なのです。
大気圏外から地球を見た宇宙飛行士は崇高な気持ちになると言いますが、我々も、超自然的なものの存在をすら感じさせる奇跡を素直に受入れ、感謝し、同時代に生きる人間としての誇りと連帯感を取り戻そうではありませんか。
生きるということは喜びであると同時に、大変なことです。
人類は一つのリンゴを奪い合うように、長く争ってきました。自分が生きるために他を犠牲にする矛盾した現実は、弱肉強食し、適者生存せよと自然が人類に与えた試練でした。数あまたの地域紛争や民族紛争はそれが生んだ最大の悲劇と言えるでしょう。
しかし、我々は地球外から地球を、自分を見れる高度な科学技術と生産力を持った時代に到達しました。ともに生きることが可能になったのです。
遺憾ながら、まだそれに気付いていない人が少なくないのですが、自分が生きるために他を犠牲にする試練の時代は、゛客観的゛には終わったのです。
最近、火星の地中に氷があることが分かり、水と生命の存在可能性がクローズアップされています。
広大な宇宙で人類が孤立していないことを確かめようとするのは結構なことですが、この地球上で一人一人が孤立していないことも同時に確かめましょう。
たまには自己の狭い殻から抜け出し、民族や国籍も外から眺めてみようではありませんか。
民族がどうの、国籍がどうのと争うのが愚かに見えてくるのではないでしょうか。
一つのリンゴを奪い合う時代ではありません。地球上にリンゴは溢れています。
それを公平に分配しようとしない政治システムや意識が問われています。人間としての連帯に背を向け、自分を卑しめるあらゆるレベルの利己主義に別れを告げましょう。
アジアは一つ、地球は一つを目指します。すべての人間が兄弟的な関係に立つ全人類的なヒューマニズムが目標です。
努力した人が報われ、それが社会を活性化して生産力をさらに高め、地域格差をなくし、子どもや病人など社会的弱者を支えるグローバルな社会システムを構築していこうではありませんか。
勿論、理想論だけで現実を変えるのは無理があります。階段を一歩一歩上るように、理想へと近づく努力が必要でしょう。
日韓共栄圏は、そのための大きなワンステップと考えています。
偏見やタブーに惑わされやすい観念と異なり、利害の一致を実感させてくれる経済はその突破口ですが、幸いにして、日韓共栄圏の経済的諸条件は整いつつあります。
1998年の第1回日韓閣僚懇談会の場で日韓自由貿易協定(FTA)構想が議論され、00年の日韓首脳会談において日韓FTAビジネス・フォーラム設置が合意されました。
さらに、今年3月、小泉純一郎首相と金大中大統領が日韓FTAに関する産官学研究会の設置で合意を見ました。
関税撤廃効果、競争促進、生産性向上、外資誘致等により日韓双方の世界貿易収支が改善されるなどのメリットが現実的に認識されていることが、その背景にあります。
日韓は先進国型の分業関係、つまり、水平的な補完関係に移行しつつあります。
IT(情報技術)分野はその典型であり、基礎に強い日本と応用に優れた韓国が力を合わせれば、1+1=2以上の相乗効果が期待できます。
また、日韓サッカーW杯共同開催をきっかけに文化的交流気運も盛り上がっています。
日韓チームの善戦は予想以上のものがありました。初戦翌日の日本の新聞は一面に大きく「日本引き分け 勝ち点1」と報じ、韓国も「初勝利 やった!」と喜びを爆発させました。ライバル紙の東亜日報と朝鮮日報が同じ見出しだったのは、それ以外に表現する言葉がなかったからでしょう。
そうした中で、日韓両国のサポーターが互いの健闘をたたえ、支援しあう姿は印象的でした。
韓国VSポーランド戦を中継したフジテレビの解説者が「黄善洪、柳想鉄のJ-リーグの柏コンビが得点しました。地元の柏のサポーターは喜んでいるでしょう」と述べたのは素直にうなずけるものがあり、時代の流れを感じさせました。テレビの視聴率は22・2%とまずまずで、多くの人が茶の間で声援を送っていたことでしょう。
W杯は゛国の名誉をかけた戦い゛と言われ、日韓でも当初は開催名をJapan-KoreaにするかKorea-Japanにするかでギクシャクしました。
しかし、実際に始まってみると、極めてインターナショナルなイベントであることが分かってきます。
各国の一流選手は普段は他国のクラブチームでプレーし、フランスのジダンら主力選手には゛外国人゛が少なくありません。日本の三都主もそうです。
国籍は全世界が注目するピッチで最高のパフォーマンスを演じるための資格証明書でしかありません。
日韓両チームがこれほど活躍できたのも、ともに外国人監督を招聘して体質改善を行ったからです。ナショナリズムをインターナショナルな゛お祭り゛に変え、各国、各民族、各人の個性を引き出しながら、同時に相互理解と協調を促進しているのがW杯ではないでしょうか。フーリガンはごく一部の悪酔い現象です。
前途は明るいと言うべきでしょうが、まだ端緒に付いた段階で、超えるべき障害は少なくありません。
特に、精神面において、アジアは統合へと踏み出したEUに比べ、大きく立ち遅れています。
最大の障害は、やはり国境の壁、民族や国籍です。
日韓共栄圏というと、大東亜共栄圏を思い浮かべる人がいるようですが、それとは本質的に異なります。
大東亜共栄圏は日本など特定の国や民族を盟主にした覇権主義思想ですが、ここで言う日韓共栄圏は国や民族の壁を限りなく低くし、個人を中心にした共存、共栄圏です。そこでの民族や国は個人の上に君臨するものではなく、鹿児島県や山形県、韓国で言えば慶尚南道や全羅南道のような懐かしい故郷です。
民族固有の伝統や価値観は大切なものであり、個人のアイデンテイテイ-の重要な一部です。自国チームの応援に熱をあげるW杯のように、時には同胞としての一体感を盛り上げ、エネルギー源にもなります。
だが、人間は過去、現在、将来に渡って生きるものです。過去の一時期を絶対化して垣根をつくるのではなく、人類みな同胞の意識を高め、大らかに、全面的に発展して行こうではありませんか。
重要なことは、お互いに変わることです。
我を張り、相手に要求をぶつけるだけでは、個人間の喧嘩がそれで始まるように、国家の対話もうまく成立しません。
日本の瀋陽領事館での北朝鮮住民亡命事件は、我々に大きな教訓と勇気を与えてくれました。母親が強制連行される傍らで泣く三歳のキム・ハンミちゃんの姿は多くの人に衝撃を与え、同情と怒りの声が世界中で湧き上がり、関係当局を衝き動かしました。
これは、ヒューマニズムにどの国も面と向かっては反対できないということ、そして、東アジアもそうした時代に入りつつあるということをはっきりと示しました。
と、同時に各国の限界を教えてくれました。
北朝鮮は自国民を養うことができず、中国は人権意識に欠け、日本は難民を受け入れず、韓国は難民受入れ能力に限りがあるということです。
国家の狭い利益や体面にこだわり、あれやこれやの理屈をこねれば、その限界は厚く高い壁ですが、視点を少し変えれば、違うものが見えてきます。
この地域の国民が力を合わせれば、それらの限界は優に超えられます。今回は五人が世界と地域の善意に支えられて自分の希望をかなえることができましたが、その輪をさらに広げていく主体的努力が求められているのではないでしょうか。
ヒューマニズムをさらに高く掲げ、個人をあらゆる抑圧や制約から解放し、自由に国境を超える鳥のように羽ばたこうではありませんか。
これは特定の政治運動ではありません。我々の周囲から誤解や偏見、進歩を妨げるタブーをなくし、ヒューマニズムという普遍的な価値観に基づいて、ウェブ上で人間の輪を広げる市民レベルのネットワーク運動です。何か誤解して、ウィルスを送りつけてくる人もいますが、怯むことなく努力して行きたいと思います。
ご理解いただけたでしょうか。
一人でも多くの人が関心を持たれ、友人、知人にリンクし、ネットワークを広げてくだされることを望みます。Ha Shingi net の全ページはリンクフリーです。ご自由にリンクをお貼りください。ただし、各級ネットワークとサーチシステムの知的権利だけは尊重してください。
最後まで読んでいただき、心から感謝いたします。(2002年6月)
参考:http://www8.ocn.ne.jp/~hashingi/page006.html#kyoueiken
|