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若者というのは進取の気象があり、体制に批判的で、政治的には左傾化する傾向が一般的にある。米国ではブッシュ政権にノーを叫び、フランス大統領選でも左派のロワイヤル候補に多くが投票した。
ところが、日本の若者は保守化、右傾化が進んでいる。安倍政権の支持率がやや下げ止まっているのも、20代の支持率が高齢層とともに比較的高いことが要因である。
日本の若者の保守化は、極めて特異な現象である。
こう言うと異議を唱える向きが少なくないだろうが、日本では当たり前に受け取られていることでも、地球的な規模で見ると明らかに異色である。
異色は個性的ということでもあり、即悪いとは言えないが、若い層の保守化、右傾化はいただけない。
と言うのも、彼らが自民党政権を支えるべき客観的理由はほとんど見当たらないからである。
若者層の最大の関心の一つは就職であるが、労働環境は年々悪化し、その背景には、“人材派遣”という美名に隠れた合法的なピンハネがある。大企業が人材派遣の子会社を作って体よく雇用コストを削減する傾向は今後も強まるだろう。
やはり若者が不安に感じている年金崩壊や福祉切捨てなども今後、悪くなりこそすれ、良くなる保証はない。財政赤字が悪化の一途を辿り、いつ破綻してもおかしくない。
少なくなる一方のパイの分配を巡る生存競争は激化し、富むものはさらに富む富の偏在、中間層の没落とワーキングプアの増大により、格差拡大は急速に進む。
その責任が、戦後の日本政治を支配してきた自民党長期政権にあることは言うまでもない。
そして、その最大の被害者である若者層が自民党を支持し、政権交代を阻むと言うのは、ほとんどブラックジョークに近い。
何故、こうした奇怪(あえて、そう言う!)な現象が起きるのか。
最大の原因は、政治や政治屋への不信感と思われる。
若者の特徴は青臭い正義感と向こう見ずな行動力だが、学生運動が下火になった1970年代以降、そのエネルギーが、反体制への反動から体制内へとひん曲がり、体制側に吸い上げられているように見える。
1970年代以降の経済成長と一億総中流化がそれに拍車を掛け、バブル時代に絶頂期に達した。
1990年前後のバブル崩壊で自民党政権崩壊へと変化が現れるが、細川改革の頓挫とその後の政治の迷走、長期停滞段階に入った経済は、日本中に虚脱感と閉塞感を充満させ、屈折した潮流を生み出していく。
その捌け口をナショナリズムに求める動きが保守政界に起こり、若者層が敏感に反応する。
攻撃的なブッシュ政権の登場がそれに力を与え、“北朝鮮の脅威”が反発を強め、日本人拉致問題が若者独特の正義感に火をつけた。
そうして、ほとんど無名であった安倍晋三が“対北朝鮮強硬派”のヒーローとして急浮上し、政権首班の座を射止めるのである。
もう一つ、無視できないのはインターネットの影響である。
静岡の大学で「韓国・朝鮮の文化」を教えていたとき、ある教え子が控室まで尋ねて来て「韓国の学生はひどいことを言います」と抗議するように語った。穏やかな性格の学生なので少々、驚いたが、ネットの掲示板で韓国の若者の“反日的”な書き込みを知ってショックを受けたらしい。
ネットユーザーは日韓ともに若者が中心だが、学生運動の伝統のある韓国の若者は進歩派もしくは左傾的で、教科書問題や靖国参拝問題などで言葉をきわめて日本を批判することが少なくない。
対照的に日本のユーザーは保守的で、掲示板でしばしば韓国の学生と激しくやりあっている。最近は、中国とも批判合戦を繰り広げている。
つまり、ネットで日韓中の若者がナショナリズムをぶつけあっているのである。
無論、相互理解を深めている若者も多いが、大声が目立つのは世の常である。
こうした不幸な流れを変えるのは、簡単ではない。
ナショナリズムは現実逃避という感情世界に根を張っており、道理が通じにくいからだ。
例えば安倍政権に参院選で投票するのは、財界の支援を受けている自民党政権を延命させ、労働条件の悪化を招く・・・などと言っても、“勝ち組”になればいいと反発し、なかなか聞く耳を持たないであろう。
憲法改悪で軍備が強化され、結局、若者が鉄砲玉になると説教しても、火に油を注ぐことになりかねない。自民党も抜け目なく、財政難にもかかわらず自衛隊や警官の待遇を厚くして、巧みに誘っている。
さらに、ナショナリズム克服は一国の努力では限界があり、韓国、中国側の“反日”との相応関係がある。
しかし、最大の問題は、若者の青臭い正義感と向こう見ずな行動力を引き付ける魅力ある政治家がいないことである。
一時期、小泉純一郎やそのコピーの安倍晋三をヒーロー視した誤解は解けつつあるが、それを超えるものがなかなか現れない政界、特に野党の人材枯渇は深刻である。
やや話は飛ぶが、フランスの次期大統領に決まったサルコジは興味深い。
ロワイヤルは国立行政学院出の超エリートだが、パリ大卒のサルコジは経歴は庶民そのものだ。野心的で努力家の移民二世で、父親はハンガリー人、母親はユダヤ系だ。
当人は「フランス人の血は四分の一しか入っていない」と述べるが、「フランスの国益を誰よりも守る」と公言する。「フランス社会の平等の伝統」を重視するロワイヤルに対して、停滞する社会打破のためにアメリカ式の競争原理導入を主張する。
経歴などをみるとどちらが左派で、右派かと思わせるところがあるが、意外と開いた得票率を見ると、そうした従来の区分を超える現実的判断が今回の大統領選に作用したようだ。
サルコジは実用主義者と呼ばれが、恐らく当たっていよう。アメリカ式の競争原理導入が正解とは思えないが、ロワイヤルはそれに対抗する代案を示せず、既得権の擁護者でしかなかった。
旧イタリア領のコルシカ生まれのナポレオンになぞってサルポレオンとか呼ばれているらしいが、日本で言えば、在日二世の代議士であった新井将敬を連想させる。
安倍晋三が代議士に初当選した頃、“改革派のホープ”と称えられ、若者層を中心とする支持者たちから“戦後生まれの初の首相”を嘱望された新井は結局、日本政界の保守的体質に潰されたが、フランスはそれを受け入れた。
米国でもケニア系の黒人二世のオバマが次期大統領候補として旋風を起こしているが、新しい視点を持った政治家が求められているのは世界的な共通現象なのであろう。
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