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☀ฺ差別と偏見について☀ฺ
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わたしの悪い癖だと思うが ときどきどんなこともくだらない どれも此れも結局は同じことだろうという目で 見てしまうことがある それはやはりほんとうは時間というものが 存在しないことと関係しているのだろうか、。・ そう考えれば、悪い癖とも思えない どんな人も持っている感情なのだろう 差別をしてはいけない なくなればいい、と習ってきた。理解している。 でも、どうしても自分の心のなかから 小さくすることは出来ても 消えないことをずっと責め続けている でも、どんなに突き詰めても 一対一の場面でさえ、なくならない それは自分と自分以外という括りから抜け出せないからでしょうか 思えば、ご縁があってかなり小さいころから いわゆる学校のなかで出会う同年代の子どもたちだけではない 年輩の方や、養護学校の子どもたちに接する機会が多かったように思います 教員免許の取得時にも養護学校での実習がありました そのときに印象に残っている出来事があります 養護学校での実習の初日、 朝、生徒たちがバスで登校するので 玄関で実習生も含め、いつものようにお迎えすることになりました どんな生徒なのかと、言葉で伝えられても実際には会ってみないと分かりません その玄関での出会いが、実習生と生徒のはじめての対面の機会でした 緊張しながらもわたしたち実習生は生徒たちを待っていました お迎えが終わり、そのまま授業に入っていきました… 昼休みの時間だったと思います 『◎◎さん、朝のお迎えのときに一番驚かずに子どもたちと接していたね』 わたしに担当の養護教諭が声をかけました この言葉には耳を疑いました 養護教諭たちは実習生が生徒たちとどう対面するかを見ていたのです わたしは、教育の中で身に付けることが出来る知識をつけ その知識がいつかこの先、自分の首を絞めるだろうと恐怖したことを 3年程前のことですが、今でもしっかりと覚えています 無意識にこういう行動を取る人を自分が差別していることに気づきながらも あの頃と何が変わったのか、。・ 基本的な考え方はこの辺から出てきているかもしれません 優先座席に座らない、 当たり前の行動が出来ない人を嫌悪している自分が あのときの養護教諭とまったく同じ視点にいることに 薄ら笑いを浮かべてしまいます 確かに、意識をするレベルは高まっているとは感じます わたしの勤務する学校にも身障学級があり 行事をともに行っています 身障学級は行事に力を入れており 授業の時間数なども違います そのことについて子どもたちから思わぬ発言が出た時には 指導することが出来ます しかし、大半は発言はせず指導するに至らぬ行動を取る者 わたしには、 先の養護教諭の発言となんら変わらないと見えます 傍目に立派に見える行動を取れる人の発言や考えが伴わない現実 わたしもその括りから出ることが出来ないでいます 文章が下手で理解に苦しむかもしれませんが 考えていたことを描いてみました よかったらコメント、ご指導よろしくお願い致します ずっと探してたのよ、、もう描けないかもしれないからね。。 コピーして載せます。成長しているだろうか、。・
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電車の中で |

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4月29日3時3分配信 毎日新聞 |

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