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フルート奏者の友人・元子ちゃんが演奏会出演の為、

日曜日に横浜のホールまでノコノコと聴きにいく。



海に近い場所にあるこのホールは、船をイメージしているのか、

開始のブザーが出港の銅鑼の音なのである。

しかし今回、到着が開始ギリギリになってしまい、銅鑼の音、聞き逃す。

のっけからすいません…。



既に照明が落とされた客席に着くと、

タキシードとドレス姿の演奏者の方々が舞台に出てくる。

元子ちゃんはシャンパンゴールドのドレスを着ている。

光沢のある生地と流れ落ちるドレープがとても綺麗。



今回はアルトフルート、コントラバス、リコーダー等の

木管楽器の演奏会である。

元子ちゃんはアルトフルートっつー通常のフルートより一回り大きい楽器を演奏。

肩、凝りそうだなー、などと不謹慎な感想を抱いていると演奏開始。

どれ、プログラムでも見ましょ。





…クラシックの知識が無い奴が
プログラムを見ても、余り、意味が無い。
なぜなら、どの曲を演奏してるか自体
分からないから。







なので演奏が終るたびに、



「この曲目が終ったのかしらー。

それとも楽章が終ったのかしらー」




とどこで拍手をすりゃあいいのかも分からん状態。

ま、その辺は周囲に合わせておけばいいんだけどね。



最初の曲が終わり、次にペール・ギュント組曲の「朝」を演奏。

この曲は超ポピュラーなので聴き覚えがある。

やはり、知ってる曲があると親近感がわくなぁ。






しかしこの曲、中学の昼休みに
校内放送でよくかかっていた為
「弁当ターイム!」のイメージが
頭から離れなくなる。
有名すぎるクラシックって
よく、こうなるよな〜。







(ちなみにビバルディの「春」は私の中では「掃除の時の曲」になってるし)






私は元子ちゃんの演奏会以外はクラシックを聴く機会はほとんど無いのだが、

やっぱり生で聴くと、音がいいなあ、とうっとりする。

目をつぶって聴いているとウトウトしてくるのだが、



「退屈で眠くなる」



のではなく



「リラックスして気持ちよくなってくる」



のである。クラシック音楽ってα波が出てるってきいたことあるしな

(真偽のほどは不明)。

他の聴衆の方々も同じ状態らしく、ところどころで頭が揺れている。

ただ、みな寝入ってしまうわけではなくて、

数分船を漕ぐと、スムーズに目が覚めている。

やっぱりα波だわ〜、と感心

(でも、これやっぱり失礼なのかしら。

 読んで不快になったクラシック奏者の方、すいません〜)。



その後、休憩を挟み、リコーダーの独奏があったり、

楽器についての説明をしてくれたりと、

バラエティに富んだ演奏会が終了。

拍手を送った後会場を出て、ロビーに出て待っていると

演奏を終えた奏者の方々が出てくる。



ロビーではそれぞれが顔見知りの方々と挨拶したり、花束を贈ったりして

いくつかのかたまりが出来て、賑やかになる。

元子ちゃんを探すと、霞がかった満月の光のような色のドレスをしゃらしゃらさせて

笑顔で大勢の人に囲まれている。

私も彼女のところに行き「お疲れ〜」と話していると、

お友達が来て



「そのドレス、すっごくキレイ〜」



と賞賛。元子ちゃん、たおやかな笑みを浮かべ






「このドレスさ、8,800円なんだけど、
 お直しに6,300円かかってるんだよ〜」



アンタ、何も自分からバラさなくっても…。








とりあえず、お疲れ様。素敵でしたわ〜。

ダ・ヴィンチ・コード

※ネタバレにも程があるだろうっつー位、内容が書いてあります。
未読の方は、ご注意下さい〜。






映画じゃなくて、読書感想文なんである。遅くてごめんなさい。

文庫も出てるっつーのに友人からハードカバーを借りて、読破。

読み出すと止められずに、かなりの一気読みをしてしまった。



アメリカの有名な宗教学者である主人公・ラングドンが、

ルーブル美術館で自分と面会予定の館長の死体を発見。

死体はダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」と同じ格好をしていた。

警察から犯人にされそうになったラングドンは、館長の孫・ソフィーと一緒に

真犯人をあげる為に逃亡する。事件を探っていくうちに、2人は

キリスト教が根底からひっくり返るような真実へと近づいていく。



読んで第一の感想。






なんで、そこまでムキになる?






個人的には、イエスが結婚してようが、その子孫が残っていようが、



「まあ、そういうコトもあるかもねぇ」



で終わりなんである。

しかし、欧米では作者はオプス・デイから訴えられるは(ま、これはねー)、

映画の上映禁止運動が起こるはの、かなりのセンセーション。

西洋はやはり宗教が生活に根付いているんだなあ、と感心。

キリストを「神」として信仰している方にしてみれば、

耐えられない内容なのであろう。



よく、外国の方が



「日本ではキリスト教の信者でもない人達が、
 なぜ結婚式を教会でするのか?」




と不思議がってるっつー話を聞くが、そりゃそうだよな、と納得。



しかし私はクリスマスも祝うけど、その数日後には初詣も行っちゃうし、

教会の式は出席すると感動するけど、宗派は曹洞宗っつー何でもありの日本人。

やはり一神教の敬虔さは深く理解は出来なかった。

これは私だけでなく、日本全体としての傾向といえるだろう。

もし今の日本で



「観音様が実際は結婚して子供もいて、
 その子孫が京都に住んでいる!」




って内容の小説が出版されても、これほどのベストセラーにならないだろうし。



でも作者のダン・ブラウンは騒動が起きることも全て計算済みで書いたと思う。

アメリカはヨーロッパに比べて信仰熱心な方が多いので

(イラク戦争なんて最たるもんである。ま、あれは石油の利害がメインらしいが)、

そこでこの内容でいきゃー、騒ぎも起こるのは分かりきってたことだしねぇ。

ダン・ブラウン、中々の策士である。



キリストの聖杯の謎に関しては、私に西洋史や宗教学の知識があれば

もっと面白かったかなーと思ったが(なんせ、高校で世界史を選択した程度)、

殺人事件の展開は、かなりスピーディーでドキドキした。

フランス警察もかなりしたたかで、

単なるアタマの悪い門外漢になってない所もイイ。



しかし「アメリカ的だなー」と思ったのが、

結局ラングトンとソフィーがストーリーの中では結ばれないこと

(エピローグでくっつく)。

もしフランスの作家が書いたんであれば、

絶対スイス銀行の金庫のとこでやっちゃってるよ。

しかし、作者がこの内容で更にラブ・アフェアーを入れたりしたら、

マジ狙撃されるかと思ったのかもしれない。

どちらにしろメインはキリストのミステリーだしね。






でも、これ読んで
ルーブル美術館の
ピラミッドの下のところ、
見にいく入場者が増えるんだろうなー。







私はこれ読んで、ルーブル美術館に行ってみたくなりました。

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ヨコハマメリー

中学生の時に、1度だけ「ハマのメリーさん」を見たことがある。



友達と、伊勢佐木町の有隣堂に画材を買いにいき、モールをぶらついていた時に、

ベンチに座っているメリーさんを見た。

私の記憶の中では彼女は、ふんわりとしたカールした白髪に、真っ白に塗った顔と

黒く隈どった目。フランス人形のようなドレスを着ており、



「魔法がかかって年をとったビスクドールのよう」



と思った。



しかし、今回映画「ヨコハマメリー」を観て、私の記憶のメリーさんと少し違うので、

あれは、私の想像が作り上げたものかもしれないな、と思った。



メリーさんは、伊勢佐木町・馬車道周辺で戦後すぐからずっと街娼をしていた女性で

(80歳過ぎまで!)、歌舞伎役者のように真っ白に塗った顔、極太の黒いアイライン、

レースがひらひらのドレスで、ほとんどしゃべらずに座っており、

「ハマのメリーさん」「白いメリーさん」の愛称で、横浜界隈のシンボル的存在であった

(ちなみに、私は「白いメリーさん」の呼び方しか知らず、彼女がどういう女性かも

 全く知らなかった。私位から下の世代だと、メリーさん、都市伝説として認識されており、

 中島らもも「白いメリーさん」というホラー小説を書いていた、と思う)。



映画では、メリーさんと親交のあった人、美容院や宝飾店などのお店の人、

戦後の横浜をずっと見てきた歓楽街の方々や風俗ライター等の色々な人が、

メリーさんについて語っている。



知ってはいたけど、改めて伊勢佐木町近辺の懐の深さに感心。

戦後すぐから歓楽街だというのは知ってはいたが、大人の歴史があったんだな。

今だと「ゆずが歌ってた通り」の認識の方が強いんだろうけど、

その前から、ずっと独自の社交文化はハナ開いてたのね。



メリーさんはプライドが非常に高く、生い立ちや街娼という仕事に入ったきっかけなどは、

あくまでも、の推測を出ない。

スクリーンの中のメリーさんも、にこやかに微笑んではいるが、



「ここからは入ってくるな」



と自分の牙城は崩していないように見えた。



多くを語らず、自分の世界を背負ったまま、一人で生きていく。

愛も憎しみも山のようにあっただろうに、総て引き受けて抱え込んで自分だけの想いと

して隠していく。






昔の人の人生は、壮絶だな、と言うのが一番の観想。
愛情やときめきもみっちりと濃厚だったんだろうけど
その代わり、世間の風当たりや辛い思いも
正比例で強くなっていく。







ヘタレな愛に生きている自分と比べて、少し羨ましくなったりもするけど、

正直、自分がこの人生を生き抜けるかっつーと、ソッコーで「NO!」と答える。

恋愛や人との係わりは、この当時から比べると確実に薄くなっていると思うが、

それに呼応して、差別や女性の多様な生き方への無理解、といったマイナスのものも

薄くなっているので、今の世の中は、悪いことばかりではないと思う

(メリーさんも、行きつけの美容院やコーヒー店の他のお客から

 「娼婦なんてしてる人が使ったものを触るのは嫌」と拒否をされているし)。



映画は最後、故郷のケアホームに入ったメリーさんの所に、

彼女を支えたシャンソン歌手の方が慰問に行って、再会をして



「100歳までね」



と指切りをして終わり。結局彼女がどんな女性だったかは、ハッキリとは語られない。






でも、それはそれでいいんだよなぁ。
全てを陽の下にさらす必要なんかないんだし。
こんな女性がかつて横浜にいたんだよ、
覚えててねってだけで十分なんだよな。







伊勢佐木町の映画館で観たので、終わってネオンがきらめくモールを歩いていたら

なんだか、その辺の路地の暗がりに、メリーさんが座っている気がした。

かもめ食堂

会社帰りに寄り道で「かもめ食堂」を観る。

ららさんの感想で「シナモンロールが食べたくなる」らしいとの情報をキャッチしたので

(ららさんの感想はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/lala_blog_lalala/31903070.html)、

買って食べながら観よう、と思ったが、調達出来ずに断念。ま、いいけどさ。



ストーリーは、フィンランドのヘルシンキでサチエ(小林聡美)が

日本食の「かもめ食堂」を開くが、お客は日本カブレのトンミ青年一人のみ。

そこに旅行者のミドリ(片桐はいり)やマサエ(もたいまさこ)らがやってきて、

色々な人が集うようになっていく、というもの。



感想は、まずなんと言っても食べ物が美味しそう!

看板料理のおにぎり、コーヒー、シナモンロール、豚カツに焼き鮭とみんなイイ。

片桐はいりが小林聡美の家に泊めてもらって、ヘルシンキで初めて食べる食事の

肉じゃがと玉子焼きも美味しそうなんだな。

一人で外国について、最初にあのご飯出されたら、私も泣いちゃうよな〜。

観終わって私はシナモンロールと豚カツが食べたくなったが

(豚カツを切る時の音が、サクサクサクッ!でまた素敵なの)、

この辺のポイントは人それぞれらしく、後ろの席の女の子2人連れは






「美味しいコーヒー飲んで、
 焼きたてのシャケが食べたい!」







と叫んで席をたっていた。



原作者の群ようこは、対象とキッチリと距離をおいて描くので、

やはり映画も人物同士の間に、ゆるやかな距離がある。

サチエもミドリもマサコもお互いの事情には深入りせず、

本人が話したことを受け止めるだけ。

なので、声高に主張されるテーマは無いのだが、随所に



「どうしようもない時は、どうしようもない」



「どこにいても、さみしい人はさみしいし、
 かなしい人はかなしい」




「人は変わっていくものだから」



といった人生の機微に触れる言葉が散りばめられている。

特別なことが起こる訳ではなく、日常が淡々と流れていくのであるが、






「タダ生きているだけで、
 人生は素敵」







っつーテーマが明確に伝わってくる。



そうだよね。毎日をフツーに過ごして、美味しいご飯を食べて、

友達と楽しくおしゃべりをすれば、もうオッケーだよね。







私も世界最後の日は、
好きな人たちと美味しいものを食べて
過ごしたいな〜。






そして東欧チックなファッションもおしゃれ。

柄が大好きな私は、小林聡美の着る



「柄のブラウス+柄のエプロン+スカート」



に釘付け。ああ、柄の重ね着ってなんて可愛いのかしら!

着てみたい〜。

ノンノとかキューティーとかで、先走って






「今、中央ヨーロッパの
 柄がモード!」






って流行らせてくれないかしら。



と、しょーもないコトを考えつつ帰宅。






そして、その気になりやすいので、
「コピ・ルアック」と
おまじないを唱えながら、
コーヒーを入れた
浮かれポンチでした…
(↑しかも死語)。







でもホントに美味しくなった気がする〜。

虚無への供物

中井英夫の書いた推理小説。昭和39年刊行のものを、新装版で文庫化した

「推理小説の墓碑銘」と絶賛された傑作だそう。推理小説好きなので、早速読んでみる。



舞台は昭和三十年前後の東京。主人公のサラリーマン・亜利夫はゲイバーで知り合った

青年・氷沼藍司から、氷沼家は呪われた一族で皆、不幸な死に見舞われている話を聞く。

この「ザ・ヒヌマ・マーダー」を解明せんと、亜利夫、女友達の久生、

久生の婚約者牟礼田らで調査を開始するが、それをあざ笑うかのように

氷沼家の人間が、次々と密室で不可解な死をとげていく。



由緒正しい推理小説である。殺人事件はすべて密室で起こり、本にはその見取り図が

掲載されている。氷沼家を取り囲む世界は、先祖の報い、ゲイバー、まぼろしの薔薇、

不動明王の経文といったゴシックロマン的怪奇趣味が満杯。

作者が「ドグラ・マグラ」にはまっていたのが納得の世界である

(ちなみに私、「ドグラ・マグラ」の作者の夢野久作って、江戸川乱歩の別名って

 聞いたことあるんですけど、これってマジトリビアなんでしょうか〜?

 知ってる人、教えて下さい)。

しかし、トリックは全てあり、犯人も実在の人間である。






「推理小説の醍醐味は、オカルトとしか説明しようがないことを
 きちんと論理的に解き明かしてくれる爽快感」







という書評を読んだことがあるが、まさにその通りである

(でも、トリック自体は正直それほどすっきりするものじゃないけど)。



そして、構成と文章も凝っている。小説の中で、登場人物が書いた推理小説が展開される

っつー入れ子構造になっていたり(気付かないで読んじゃったよ)、

アガサ・クリスティーやディクスン・カーからの引用、果ては「不思議の国のアリス」

までモチーフにされている(主人公の亜利夫は、アリスになぞらえて「アリーシャ」と

呼ばれている)。もっと本読んでる人だったら、他に色々気付くんだろうなー。



密室殺人の謎がいくつも出てくるけど、メインはトリックではなく、

殺人が起こるに至った社会や、人としての生き方といったもので、

どちらかというと社会派小説と言えるであろう。



登場人物も魅力的で、読んでいて楽しい。私は紅一点だけど一番チャキチャキしてる

久生と、亜利夫の掛け合いが好き。






しかし、氷沼家の登場人物
総勢10名ほどだが、
全員色の名前がつくので、
誰が誰だか分からなくなる。
その点は要注意。







その辺も、ちょっと外国の推理小説っぽいな。

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