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ギタークラフト及び古楽器全般

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(以下はwebより転写。)

 
 
 

ヨーロッパでガットのギターが発展し、

アメリカで鉄弦のギターが発展した理由は、

生活上でアメリカでは鉄線がなくてはならないものだったためといわれます。

 

1800年代のアメリカ黒人奴隷達が、

タバコ箱に棒をつけて、ワイヤーを張ってリズムをとった、

所謂「タバコ箱ギター」が鉄弦ギターの一つの原型であるとも考えられます。

このタバコ函はセブンスター一函を想像しないでくださいね。いくらなんでも小さすぎます。

最低でも葉巻の函のサイズ、そしてそれ以上のサイズでしょう。

 
 

   ラーソンブラザーズ

    

アメリカのギター製作会社で有名なのは、ラーソンブラザーズです。

LARSON BROS1890年代半ばから1940年代初期に、OEM楽器の製作で名を業界の中で覇しましたが、

LARSON BROSブランドギターはなかったようです(?)。。しかしよいものを作りすぎたのか?倒産してしまいました。

この会社が生きていればギター業界は相当変わっていたでしょうに、、、。

品質が相当高く手の込んだ製品をつくっていたようです。

アコースティックフリークの中でマーティンのプリウォーのモノのように高値で

取引されていると聞いています。

 
 

ただ最近ドイツ?の製作家がこのラーソンモデルの復刻を試みて市販しています。日本でも売っているようです。わたしは弾いたことも見たこともまだありません。

 
 

ラーソンブラザーズに限らず1800年代はイタリアンマンドリンが主流の時代でした。

ラーソンブラザーズはイタリアンマンドリンを製作していましたが、大音量化が叫ばれ始めたため、よりボディの大きなクラシックギターを改良してギター製作をしたのです。雑誌などの写真を見るとネックからボディ最終のリアーブロックまで直径1cm位の鉄の棒そのものが入っています。

もちろんXブレージングもやっています。

 
 

実際に鉄弦ギターをマーチン社が製作しはじめたのは、ラーソンに遅れること

1920年〜22年と言われています。この時代は鉄弦のバンジョーとウクレレやハワイアンがはやっていました。それまでマーチンは通販用のクラシックギターが主流だったのです。

 
 
 

☆最初のエレクトリック楽器

 

最初のエレクトリック楽器は、1924年にロイド・ロアーに「ViVi−Tone社」から「エレクトリックダブルベース」が世に送り出されました。

 

1931年に最初のエレクトリックギターと言える「フライングパン」がリッケンバッカー社によって作られました。

 

一般に広まるのは1930sのギブソンスーパー400や

Lシリーズにピックアップが搭載されるのを待つことになります。

 

戦前に40本製造されたいわゆる”オリジナルOM-45”や91本だけ製造されたいわゆる”プリウォーD-45”モデルは、当時のフラッグシップモデルであることに加え多く生産されなかったため、ヴィンテージギターとしては極めて希少価値の高いものになっています。筆者は1900年ごろの程度のよいテナーギターをひかさせてもらったことがあります。音の抜けの良さにびっくりしました。

 
 
 
 

☆マーチンの経営の盛衰

 

需要に応じて1900年頃からマンドリンを、ハワイアンミュージックブームで1920年頃からウクレレを量産開始したが流行の変化で販売量が低下し製造を中止。

 

1929年からの世界恐慌を端緒とする長引く不景気で1930年にはギターを4474本製造していたのが1933年には2494本と生産量が激減してしまい、労働時間の週3日への短縮、他社のヴァイオリンの部品や玩具の製造等で苦境を乗り切った。

 

第二次世界大戦後、アメリカにおけるカントリーミュージックやフォークソングの大流行に支えられて順調にアコースティックギターの生産量は増加し、

 

1970年には22,637本を製造するが音楽の流行の変化で楽器の人気がエレクトリックギターに移り、

 

やがてシンセサイザーが大流行。アコースティックギターの生産量は急速に減少し、

 

1981年には6,174本に留まり、倒産寸前までの状況であった。

 

マーティンは人員削減を実施し、同業のライバルであるギブソンは1894年の創業から継続してきたアコーティックギターの生産を1984年に一旦中断してしまう。

 
 
 
 

☆アンプラグド・ブームで再浮上

 

1989年に放送開始したMTVのテレビ番組MTVアンプラグドのヒットなどにより、アコースティックギターの人気が再上昇。

 

1994年には16,473本を製造し、急激に業績が回復した。

 
 

需要が増えるとマーティン社は新たに積極的な商品戦略を展開。

アーティスト・シグネチャーモデルはやらないと公言を覆し、ギブソン同様に宣伝を強化し、路線変更をした。

 
 

過去には一切発売されなかったエリック・クラプトンモデル(000-28EC)などのアーティスト・シグネチャーモデルや

 

戦前モデルの仕様を復活させたヴィンテージシリーズ(HD-28Vなど)、

 

コレクター向きの超高級モデル(D-100 Deluxeなど)、

 

希少材を使用した過去モデルの復刻版(D-28Authentic 1937など)などを販売している。

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