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このブラック・ベルベットは、今世紀初頭、すでにヨーロッパで飲まれていたという。
男がそう説明してくれたのだった。
「じゃあ、結構古いカクテルなのね。でも、シャンパンと黒ビールなんて、なんかちょっと不似合いね」
少しずつ消えていく泡を惜しむように、女はまたそっとグラスを口に運ぶ。
「そこがいいのさ。上品なシャンパンと、どこか下世話な黒ビール。シャンパンが辛口の上等であればあるほど、うまくなるんだ」
「ミス・マッチの魅力ってところね」
「そうそう、ミス・マッチ」
男はそういって、ブラック・ベルベットで口を湿らせてから、ちょっと遠い目をして言葉を続けた。
「ま、僕たちは本当のミス・マッチで終わってしまったけど……」
「そういえば五年ぶりになるわけね、あなたに会うの」
「うん、五年ぶり。この前は、やっぱり今日のあの彼女が最初の結婚をした時だったからな」
二人は、大学時代からの共通の友人が再婚したその披露パーティーの帰りだった。
「あの時も、帰りにあなたと飲んだ?」
「なんにも覚えてないんだな」
男は溜息まじりに苦笑した。
女は、五年前のその夜、何人かの仲間たちと連れだって、やはりバーに寄ったことは覚えていた。
しかし、その中に彼の顔があったかどうかは記憶に無い。
「あの時は披露宴会場でちょっと言葉をかわしただけ。帰る時は、君は僕のことなんか一顧だにせず、大勢の友達とにぎやかにパーティー会場から出て行ったよ」
男はグラス三分の一ほどのブラック・ベルベットを一気に飲み干した。
「おかわり、するだろ?」
「え、ええ、いただくわ」
女は五年前と今夜の心境の落差に気をとられながら、自分もグラスを空にした。
かつて二人は、恋人同士の関係にあった。しかし、女は彼がすぐ物足らなくなり、たった半年ほどで別れてしまった。
共通の友人が最初の結婚式をあげた五年前は、その別れからちょうど一年後のことだった。
あのころの私は、仕事と新しい恋に夢中になっていた。披露宴に同席した友人知人たちも、その多くがまだ未婚で、共通の楽しい話題が山ほど合った。
それなのに五年後の今夜ときたら……。
二杯目のブラック・ベルベットがきた。
女はすぐグラスに手を伸ばし、優しいベルベットの感触を急いで味わった。
「どうしてああみんな、結婚、結婚って騒ぐのかしら。三十で独身の女なんて、今は少しも珍しくないのに」
「それであんな仏頂面をしてたのか」
「だって会う人会う人、結婚は? ってまずきくのよ」
つい先ほど終わった披露宴は、肩の張らないビュッフェ・スタイルだった。
ビールでの乾杯がすみ、いくつかの祝辞が述べられたあとは、新郎新婦もフロアに降り、くだけた雰囲気のパーティーになった。
久しぶりに会う懐かしい顔がいくつもあり、女も最初のころは弾んだ気分でいた。
しかし、誰もが判で押したように、「結婚は?」ときいてくる。「もらい手がないの」などと、初めの内こそおどけていたが、次第にバカバカしくなってきた。
男たちは、「あまり選り好みしてるからだよ」とか、「みろよ彼女を、もう二度目だぜ」などと、新婦を引き合いに出してからかっている。女たちも「もうそろそろ落ち着いたら?」「結婚っていいもんよ」などとしたり顔で言う。
特に彼女たちの「うちの主人が」「うちの子供が」を連発するおしゃべりには、心底うんざりしてしまった。
お愛想笑いに疲れ果てた彼女が、壁際で独り、苛立つ神経を持て余していた時、かつての恋人がすっと寄ってきた。
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続き楽しみです。
ブラック・ベルベット大人の恋の香りがしそうですね。
2010/2/24(水) 午後 9:30