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ウカジが「説明」と「言語化」について「説明」してくれました。
ので、僕なりに理解したことを書いていこうと思います。
もしくは、殆どウカジの説明を丸写しになるかもしれませんが、それはご愛嬌。
ウカジの説明を読んでいて、「記号と象徴」の話を思い出しました。
似ているんだけど、根本は違う言葉。
「説明」と「言語化」について、大雑把に分類すると、相手がいるかいないか。
もしくはいることを前提としているか、いなくても成り立つものか。
「説明」するとき、必ず「誰か」いないと成立しません。
例えば学習の為、自分に説明して理解させるにしても「誰か=自分」ということになります。
一方、「言語化」は事象を言葉にする、文字に起こすだけで、誰かに理解されることを必要としていません。
詩や短歌は「言語化」、新聞や小説はちょっとズレる気がしますが「説明」かなと。
「詩と新聞」でいえば、直感的(詩)なものは言語化、論理的(新聞)なものは「説明」ということにもなるのかもしれません。
ウカジの言葉を引用すると、
「言葉に起こせるまでその対象に掘り下げて考えてるか」
ということが、そのまま論理的ということになるのではないかと思います。
どうでしょう。
ここまでハッキリしてくると、ニュアンスの問題で説明出来ないなんていうのはちょっと恥ずかしいかもしれないですね。
「ニュアンスの違いで〜」というのが如何に便利な言葉かって話です。
「目には目を、歯に歯はを」
って話じゃなくて、ここは素直に感謝の意を込めて。
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