きらぼしの手のひら

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遺作14

 何故、と聞かれて士朗は言葉に詰まった。深くこうべを垂れたまま、浅く呼吸を繰り返す。早いところこの重苦しく付きまとう空気から逃れたいものの、うまい言い訳も浮かばない。本当のところを言ってしまえば、どんなにか馬鹿にされるか分からない。けれども、それ以外の作り話を積み上げることもできずにいる。こめかみのあたりにじとりと不快な汗が流れた。

思考が右往左往するだけで実を結びそうにない頭の中で、もう知るものか、という自棄の声が微かに挙がった。

「…大変ありがたいお話なのですが、私が営んでいるような脆弱な店には荷が重すぎるご依頼にございます。恥を承知で打ち明けますと、私には曽根先生の作品を扱うような力量はございませんし、それを補って然るべき財力もございません。どうか、」

 お考え直し下さい、という続きはのどの溝に引っ掛かり、うまく言葉にすることが難しかった。

 すでに言葉にしてしまった本心の自分勝手さに、今更ながら目眩がするようだった。どこの世界に自分の力量不足を嘆いて仕事を断る商売人がいるのだろうか。そう思う反面、そもそも自分は商売に向いてなどいないのだから、という甘ったれた擁護の声が聞こえてくる。

 あくまで自分を守ろうとする幼稚さに反吐が出る。士朗が苦い唾を飲み込んだその時、

「そんなこと」

と、静謐とも言えそうな静峰の感情のない声が、水の波紋のように部屋に広がった。


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