きらぼしの手のひら

小説書いてます。お題募集中。

*使鬼〜ツカイオニ〜*

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現代日本のハイテク時代においても、『鬼』を使って『鬼』を封じる時代遅れな家に生まれた俺、「藤城忍」(ふじしろ しのぶ)は、一族の中に突如生まれた突然変異で無能のやくたたず。まあ、平凡かつ普通の生活を送る高校生なんだけど、日々の暮らしに十分満足していた俺に、ひたひたと何かの足音が迫る!…って、マジ、無理なんすけどぉっ!?
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使鬼〜ツカイオニ〜23

「キケっていうのはつまり、」

俺にやる気なさそうに説明をしながら、凪は手元の紙にシャーペンを走らせる。几帳面そうな『鬼家』の二文字がルーズリーフのラインの間にきちんと収まっていた。

「鬼が見える血筋、家系の総称だよ。鬼の家、と書く」
「…なーんか物騒な呼び名だな。鬼が見える血筋、って言うより鬼そのものみてぇじゃん」
「元は『気が使える血筋』だったんじゃないかと思うよ」凪は『鬼家』と書いたその上に、『気家』と書き足して続ける。「『気家』が転じて、『鬼家』となった」

俺は上下に並んだ二つの『キケ』の文字を見つめながら、無言で凪に話の先を促した。それを感じ取った凪も軽く頬杖を付いて、さらにシャーペンを走らせた。

「鬼家の中でも力が強いとされてる五家が、五等家。こういう考え方は好きじゃないんだけど、平安時代に鬼家を形作った五人兄弟を始祖とする、正統な血筋って言われてる。千年も続けば正統も何も無いと俺は思うんだけど」

『鬼家』の下に『五等家』と書いて、凪はそこを起点として枝分けれした線を五本、書き加えた。

「御当主の開会の儀、覚えてる?」
「開会の儀?」
「シキ藤城、琴だました加藤、陶器味ろ、じゅつしゃシラミや、おのおの後藤家に名を連ねるキケがそろいし当座において、第三十六代藤城家当主、藤城栄の名の元に選者の集いを開することをここに宣言す」
「あ、謎の呪文だな!?」

呪文ねぇ、と呟いて、凪はあきれ半分で笑った。今日はじめて見たいつもの穏やかな凪の表情に、少しだけ、ほっとする。

「五等家にはそれぞれ、役割というか…特徴みたいなものがある。まぁ、役職名のようなものだと思ってくれていいんだけど。シキ、コトダマシ、トウキ、ジュツシャ、の四つ」
「四つ?五つじゃなくてか?」

凪がふと手を止めた。困った顔で机の上で指を組み、言葉を選びながらゆっくりと話し始める。
「…本来なら、五つだよ。ただ、ある一族が、何十年も前、俺や忍が生まれる前に鬼家から追放されているんだ。だからそこは含めない。今ある五等家は実際は四家だけど、形だけ五等家という体裁をとっている、んじゃないかな」
「なんかぼんやりしてんなぁ。んで、何で追放されたわけ?」
「俺も詳しくはよく知らない。誰も進んで教えてくれようとはしないんだ。たぶんタブーだから、忍も口に出さないほうがいいよ」

ため息混じりにそう言って、凪は五等家の役職名とかいうのに話を戻した。さっきルーズリーフに書いた線の一つに大きく×印をして、残った線の先になにやら書き込んでいく。

使鬼、言霊師、闘機、術者。

「はぁ、なるほどね。漢字にしてくれりゃ、なんとなく分かるわ」
言霊ってのは言葉に関係することだろうし、術者ってのも、むにゃむにゃ呪文唱えて何かするんだろうって、イメージすることが出来る。使鬼ってのと闘機ってのは謎だけど。

「御当主がされた開会の儀は、この特徴の後にそれぞれの家の名を付け加えていたんだよ。だから、忍には呪文のように聞こえたんだろうけど」
「えぇと…使鬼藤城、あ、うちが使鬼ってやつなのか…」
なにそれ。っていう疑問はとりあえず置いといた。ま、おいおい凪が説明してくれんだろ。

「あと、なんだっけか。言霊師た…たかー…」
「使鬼藤城、言霊師タカトウ、闘機アジロ、術者シラミヤ」
「ああ、それだそれだ。それで…ん?タカトウ?」って、高藤?もしかして…凪の苗字と一緒?
「高藤。俺の家も五等家だよ」
「はぁ!?」

俺の素っ頓狂な声にも動じることなく、凪はあいている左手でお茶の缶を掴む。
「今更。話の流れで気付こうよ、そんなこと」
「え、だっておま・・・じゃ、じゃあお前も、鬼、鬼とか…」
「見えてるよ。忍よりずっと前から」

使鬼〜ツカイオニ〜22

さて、と大広間から廊下に出たところで、凪が俺を振り返った。
「ゆっくり話せるところがどこかにある?」
「…俺の部屋なら」散らかってるけど。
「そこでいいよ。案内してくれる?」

あくまでも自分のペースで動き続ける凪は、今の時点ではまったく話をする気がないみたいだ。むっとして、俺は頷く代わりに凪を一睨みした。けど、凪はしれっとしてそんな俺の目を見てくる。

廊下で睨みあってたって、なんにも進まない。とうとう俺は、どすどすと床を強く踏んで自分の部屋へと幼馴染を先導したのだった。もちろん、むっすりと黙ったまま、だ。


「それで?どーゆーこったよ。何でお前がここにいんの?」
六畳一間の俺の部屋に凪を招きいれ、小さなちゃぶ台を隔てて俺と凪は向かい合った。むくれて腕を組む俺に、凪は眉をあげて見せる。

「とりあえずお茶でも飲んで、落ち着いてよ」
後ろ手で隠すように持っていたお茶の缶を二つ、凪はちゃぶ台の真ん中にこつんと置いた。
「どっから持ってきたんだよ、そんなの」
「台所からくすねてきたんだ。お酒にしようかと思ったけど、さすがにちょっとね」
「俺ん家の?うち、缶のお茶とか飲まねーけど。そんなもんあったか?」
「宴会の準備がしてあったから、その中から見つけてきたんだ」
「宴会だぁ?」

凪はプシュッと缶のプルタブを開けると、ごくっと一口飲んでから、そ、宴会、とこともなげに言う。凪にならって、俺もお茶の缶を開けた。

「何で宴会になるんだよ。さっきまで言い合いしてたじゃねえか」
会議というより言い合い、と言うよりむしろ乱闘に近い。その証拠に今でも、大広間のほうから叫び声の名残のような騒がしさが聞こえている。

「今日の会議って、本当はみんなで集まるための口実なんだよ。ああやってひとしきり会議らしく論争を交わした後に、宴会になだれ込む、っていう。いつものこと」

凪がちらりと大広間があるほうに視線をやる。そういえば、大広間から伝わる騒がしさから、陽気な笑い声が交じっている気がしないでもない。

「…ほんとかよ」
「本当だよ。気になっているなら、少し覗きにいく?」
「…いや、いいわ」

大広間で最後に見たうちの家族の様子を思い出して、俺はなんだかちょっと宴会を否定することを諦めた。そういや確かに、あの人たちお酒飲んでたよ、うん。

「真面目な会議もあるんだけどね。そっちは後藤家の代表者だけでやるんだ。隠者の集いって言うんだけど」
ふーん、と聞き流しそうになって、俺ははたとお茶を飲む手を止めた。なーんか、どっかで聞いたような単語が交じってたぞ。なんだっけ。
「…あ!なぁおい、後藤って誰だ」

この発言に、凪は地球外生命体を見るような目で俺を見た。めんどくさそうでもあり、信じられないものを見たようでもあり、うさんくさそうでもあり。ようするに、「うーわ、まじで?」って言いたげな顔。

「…後藤さんなら、いないけど」
「じゃあ、なんだよ後藤家って。後藤さんいないのかよ」
「…忍、何か書くものある?」

凪が頭をぼりぼりかきながら、なんかひどく面倒そうにそう言ったので、俺は通学用かばんの中からシャーペンとルーズリーフを取り出して、ちゃぶ台の上に広げた。凪が変に生真面目な顔で、シャーペンを握ってルーズリーに向かう。なにかカリカリと短く書いて、くるりと俺のほうに向けた。
整った形の漢字が三つ、並んでた。

「五等家、だよ。五つの等しい家系。キケの中でも強い血筋の家のこと」
「ああ、それもだよそれも。キケって、なんだ」
「え、ちょっと待って、本当に?」
「…なにがだよ」
「本当に、何も聞いてないの?例えば、御当主から、とか」
「…聞いてねえけど」
御当主って、この場合俺の祖父ちゃんだよなあ、てゆうか凪にとってもあの人は御当主にあたるんすか。
そんなことを頭の隅っこのほうでつらつら考えてる俺の目の前で、凪はうつむいた顔の前に手を組み、重たいため息をついた。

「…面倒くさい」

あーあ、言っちゃったよ。やっぱ凪さん、そう思っていらっしゃったわけね。でも、それは、俺のせいじゃない。

使鬼〜ツカイオニ〜21

「お豪の言うように、たとえ一八年という空白があったとしても今はその身に気を宿す以上、一族の義務を果たすのは当然のこと。しかしながら、キケの者としては我が孫は生まれたばかりの赤子と等しい。そこで、皆の助力を願いたい。藤城の名を背負う一人と成る為にも、忍の手助けをしてやって欲しいのだ」

淡々とした祖父ちゃんの様子からは、人にお願いするときの切羽詰った感情は窺えない。例えるなら、お殿様が家臣に頼み事をしているような、そんな感じ。

と、さっきから祖父ちゃんが「お豪」と呼んでる婆さんがせせら笑った。

「気に食わんのう、その言い方が!手助けと言うてはおるが、暗に‘未熟な次代当主’の支えとなれ、ということではなかろうの?」

婆さんの嫌味に反応して、なにぃ、と婆さんが座ってる列の人々が息巻いた。
不穏な空気がみんなの頭上に漂っている。祖父ちゃんは少し眉間にしわを寄せて、ため息をついた。

「お豪よ、わしにそのようなつもりはない」
「どうだかな!お豪どのの言うとおりかもしれん!だいたい、シキであるというだけで当主になるということが間違いであるというのに、その上異端な末子を次代に据えようというのが藤城の魂胆ではないのか!?」

列の中ほどから血走った目のおっさんが叫ぶ。口を開けるたびにつばが散り、まさに口角泡を飛ばすってやつだ。
おっさんの周りから、そうだそうだと野次があがる。と思ったら、次の瞬間右端の列でこぶしを突き上げる人。

「口を慎まんか!さかえどのが現当主であるのは、後藤家の先代四人が決めたこと。決して、シキであるからではない。この期に乗じて当主たらんとしているのは、味ろ、おまえらであろうよ!」
鶴によく似た真っ白な頭の爺さんが、喉を割って叫んでいる。

「シラミやが言えたことか!」
また違うところで声が上がった。

あちこちで怒号が聞こえて、戦争勃発?みたいな雰囲気になってきた。そうだ!と叫ぶ人に、なんだとぉ!と返す人。
凪が、あ、いや、凪らしき学ランがいる一帯だけ、声を上げずに冷静に成り行きを見守っている人が多い。凪も、じゃなくて、凪らしき学ランも、表情を変えることなく静かに正座していた。

嵐のような言い合いの中心は、いつの間にか俺ではなくなって、何だか蚊帳の外だった。左右から交互に聞こえる罵声に、馬鹿みたいにきょろきょろと首を振っているだけ。

「きぇぇえええーいっっ!!!」
ひときわ大きな奇声が上がって、誰かがゆらりと立ち上がった。真っ赤な顔にとさかのように逆立った髪の毛。鶏に似てる。あ、あれ茂じじだ。祖父ちゃんの弟の。お気に入りの扇子を、腕がプルプル震えるほど強く握り締めている。

「いいかげんにせんかぁ!さっきから聞いておれば好き勝手言いおって!藤城への恩を忘れたのか!兄上も兄上じゃ。何故、忍のことをこの弟に、会議より先に、お話下さらなかったのかぁ!!」

祖父ちゃんのことを敬愛してる茂じじは、目じりにぶわっと涙をためて絶叫しながら訴えると、祖父ちゃんの元へ馳せ参ぜようとし、
「あ」
踏み出した二歩目で見事に滑って、小さな呟きと共に後ろへ盛大にずっこけた。その拍子に、握り締めていた扇子(金魚柄)が手から勢いよく滑り出て、
「ギィャぁあ!!」
茂じじの右斜め1m後ろに座っていたおっさんの眉間にぶっすりと突き刺さる。そのあまりの痛さに後ろへのけぞったおっさんの胸ポケットから金縁眼鏡が飛び出て行って、
「うわぁ!」
隣のおばさんが手で弾き飛ばした。ただし、おばさんの手はそこで止まらず、右斜め後ろへ鞭のようにしなり、
「へぶしっ」
婆さんの横っ面をハエたたきのようにしばき倒す。婆さんの口からは総入れ歯がつるりと出てきて、前に座るいかついオヤジのつるっぱげへ噛み付き、一方飛ばされていった眼鏡が遠くにいた誰かの背中に鋭く食い込む。

「ギャァアッ!」
「やったなこの野郎!」
「ちがうっ俺じゃない!」
「どこ触ってんのよ!」
「誰が触るかババァ!」
「やれっ!そこだ!」
「ちょ、ちょちょちょ、タンマタンマァ!」

まさしく阿鼻叫喚、地獄絵図。
火が燃え広がるような速度で伝染していった乱闘で、50人は軽く集まってる大広間はカオスと化していた。元凶の茂じじは突っ伏しておいおいと大粒の涙を流し、その横で男二人が取っ組み合いをしてるかと思えば、爺さんと婆さんが互いの頬をひっ叩き合い、その影でどこから拝借してきたのか酒を酌みかうおばさん連中、空中を飛び交う物物物、時々、人…

なんだこれ。

阿呆みたいにぽかんと口を開けて、唖然としていた俺だったが、
「ぅおわっ」
右肩すれすれに誰かの重たそうな金属の腕時計が飛んできて我に返った。
何とかしなければ、と言うより何とかして欲しい一心ですがるように親父を見る。と、

親父は気色悪くも微笑を浮かべながら、お袋にお酌をしていた。お酒が白い徳利からトクトクと盃に注がれ、お袋も嬉しそうに微笑み返す。

何であんたらこんなときにラブラブしてんの?
そして、そのお酒はいったいナニ?

もうこんなときは祖父ちゃんだ、祖父ちゃんしかいない、祖父ちゃぁん!

俺の頼みの綱、藤城家の大黒柱、誰もが恐れる現当主は、
…昼間見た黄色い鬼にお酌してもらいながら、渋い顔で、うむ、と一つ頷いていた。
黄色い鬼は祖母ちゃんの盃にもせっせと酒を注ぐ。
立ち上がった着物姿の姉ちゃんが、どこからかするめを持ってきて、口にくわえた。

もう意味わかんない。

呆然として、というより脱力して、予想外デースな家族を俺は見つめていた。そんな俺に、ふ、と影が落ちる。視界に入る、黒いズボン。

「忍、部屋を出よう」
「な、凪!」
そうそれは、凪、いや凪っぽい人、と俺がちょっと前まで悩まされていた原因で、カオスになった今ではすっかり忘れていた、凪の姿をした、でも俺のことをすっかりスルーしやがった、でも凪とおんなじ声の
、ついでにも一つ俺のことを確かに「忍」と呼んだ、ええいまどろっこしい、お前やっぱり凪だろ!?

「凪、お前凪だろ!?何でお前がここに!?っていゆうかさっき俺のこと思いっきりシカトしやがったろコノヤロー!!」
「…全部話すから、とりあえず外へ出て」

乱闘及び宴会が執り行われてるカオスな部屋をバックに凪が放った言葉は、どこまでも冷静だった。

使鬼〜ツカイオニ〜20

祖父ちゃんの一声に、乱れた列も水の波紋が広がったあとのように静まっていく。誰もが居住まいを正して、祖父ちゃんを見つめた。今度ばかりは俺を見る人もいない。
祖父ちゃんって、やっぱすげぇ。

整然と居並ぶ人々をゆっくりと見回して、祖父ちゃんが静かに、口を開いた。
「シキ藤城、琴だました加藤、陶器味ろ、じゅつしゃシラミや、おのおの後藤家に名を連ねるキケがそろいし当座において、第三十六代藤城家当主、藤城栄の名の元に選者の集いを開することをここに宣言す」
…はい?
しぃんと静まり返った部屋の中とは裏腹に、俺の頭の中にはてなマークが溢れかえった。祖父ちゃん、いったい今何て?うちの苗字があったことは確かだけど、それ以外はさっぱりだ。何かが開かれる、ってことだけはかろうじて分かったけど。

戸惑う俺をよそに、神妙な面持ちで座っている面々。おいおい、まじか。

「まず初めに」
息を吸う音さえ気まずいほどの沈黙。さっき祖父ちゃんが言ったことに何の疑問も抱いていないらしく、一族みんなが祖父ちゃんの言葉に集中しているのが分かる。身じろぎする人さえいない。

「急な呼び出しにも関わらず、遠方より出向いてくれたことに、礼を言う。このように急な集いを開くこととなったのは、我が愚孫の藤城忍が一八年の長きを越え覚醒したことを正式に公とし、広く伝えんと思ったためである」

うわ、こんな張り詰めた雰囲気の中に俺の名前を出さないで!今までで一番強い視線を感じて、俺はひたすら畳の目を見つめていた。誰とも目を合せたくない。

「覚醒とは」
どこからか、しわがれた婆さんの声が飛ぶ。何の感情も感じられないような、淡々とした語調だった。

「力を、気を得た」
「今さらか?」
「そうだ」
「馬鹿な」

今度はおっさんの声。すっげぇ緊迫した空気の中を、切り裂くような鋭く短い言葉が行きかっている。

「生まれたときに気を持ち得なかったものが、後天的に目覚めることなどあり得ない!」
「しかし、事実だ」

囁きがあちこちで生まれる。衣擦れの音と混ざって、首筋をなでるような気持ちの悪い音色になっていく。

「忍君、それ、見えてる?」
眼鏡をかけた30代ぐらいの男の人が、赤い鬼のほうを軽く指差して、俺にそう尋ねた。
親しげに忍君なんて呼んでくるけど、俺はこのおっさんのこと全く知らない。向こうにも親しみなんてなくて、むしろ冷やかに俺を見ていることが、眼鏡の奥の笑ってない目でわかった。
「・・・見えてます」

まさか、本当に、とさざ波が広がるように、口々にみんなが囁く。中には、見えてる振りをしてるのでは、とか、失礼極まりない言葉も聞こえて、俺はムッとした。

この力のせいで、どんだけ俺がひどい目に現在進行形であってるかを、ぜんっぜん理解してない。

まぁ、まだここまでなら我慢できた。
遠慮なく口を開くようになった大人たちの言葉の中に、役立たずなのに、とか、無能だったはず、とか最低な呟きが混ざるようになり、ついに俺は押さえきれなくなって、圧し殺した声で噛みついた。

「赤い鬼だろ。くそでかくてギョロ目の。胡座かいて座ってる。違うか?」

途端に、みんなが黙り込んだ。俺を強くにらみつける人、決まり悪そうに目を逸らす人、いろいろだ。文句あるんだったら、なんか言えばいいだろ。

それから、と俺は付け加えた。

「それから、俺は役立たずでも無能でもない。今まで、俺が普通だったんだ」
「口を慎め、藤城の」

突き刺さるような声。真ん中の列、一番後ろで、赤い鬼に負けないぐらい不遜に胡坐をかいて座っている婆さんが、俺を見据えていた。空気読まずに補足するなら、この人が着てたのは着物と言うより袴だったので、胡坐かいてても問題はない。

「鬼を使い世を成さしめる藤城の血筋であるにもかかわらず、力を持たぬ異端であったこと、少しも恥じておらぬとは。そなた自分が普通であると言い放ったが、これまでそのように一族皆を見下して生きてきたのか」

どうじゃ、と婆さんが俺に問う。俺は怒りと屈辱、それから実はほんの少しでも、いやかなり、変なのはみんなだと思っていたことへの後ろめたさから、言葉を失った。
だけど、婆さんから目は逸らさない。ここで俺が視線をそむければ、何かが、負ける。

「力があることは確かなようじゃ。そこは認めよう。しかし、これからはどうする。自分だけ異端であることを鼻にかけて、これまで通り一族のものにおんぶに抱っこ、役立たずとして生きていくか!ええ!!」

婆さんが叫ぶ。聞いていていやなことばかりだった。俺のせいじゃ、無いのに。これからどうする、どうすればいい、なんて、俺が一番知りたいに決まってんだろ!

「そこまでだ、お豪」

祖父ちゃんが腕を組み、瞼を閉じながら婆さんを止めた。婆さんは鼻息が荒いままだったが、しぶしぶ、といった様子で歯を食いしばって口を固く閉じた。

「そのことだ。これからのことについて皆に頼みがあるからこそ、わしは選者の集いを開いたのだ」

祖父ちゃんが、ゆっくりと、瞼を開いた。

使鬼〜ツカイオニ〜19

姉貴の宣言どおり、俺は金曜日も学校を無理やり休みにされて、全身筋肉痛になるまでこき使われた。
何十畳とある大広間の掃き掃除から始まり、天井のはたきかけ、廊下の雑巾がけ。ただでさえおんぼろの馬鹿でかい家だから、突っつくとこ全てから出るわ出るわの埃の量ときたら。そのままベッドになるんじゃねえかってぐらい。いや、そんな汚いもん、いらないけども。

日が暮れたころに家の掃除がひと段落し、よれよれになって倒れこんだ俺の前を、なぜか着物姿の姉貴が通る。お袋に「これで、いいかしら」なんて聞いてるし。

「ねえ、ちょっと、何してんの?着物なんか着て」
「何って、明日の準備よ。正装して行かないと何言われるかわかったもんじゃないからね」
「えっ!?お、俺は!?どうすりゃいいんだよ」

生まれてこの方着物なんか着たことねーぞ、と頭を抱え込んでうろうろする俺を、姉貴は一瞥してふんと鼻を鳴らした。
「学ランでいいでしょ」
「はぁ!?」
学ランって、他のみんなが着物着てびしっと決める中、俺だけ学ラン着ろってことか?反論の意をこめて姉貴を一睨みしたあと、救いを求めてお袋を見ると、お袋が着物の帯の形を整えながら、
「あらぁ。あの制服、クリーニング出しておけばよかったわねぇ」とのんびり答えた。
…もしかして、鬼に追っかけまわされたあの日の、砂と泥にまみれた制服着ることになるのか、俺は。

おい、いーのかあんたら。一族全員が着物を着てるのに、俺一人学ランって、そーとー浮くぞ。
俺の胸中は全くお構いなしなのか、姉貴とお袋は、そろそろお着物新調したいわねぇ、とかなんとかほがらかに話しながら、俺を残して去っていった。

運命の土曜がやってきて、案の定、一族会議で俺は浮きまくっていた。
お客と言う名の遠くから来た親戚を迎えたりは、親父やお袋、ついでに姉貴が玄関に立ってやってくれて、俺は不参加だったけど、親戚が大広間に揃うまで自室で待機してるときにそっと盗み見た限りじゃあ、着物着てないのは俺ぐらいなものだった。
というか、このご時世にそろいもそろってみーんな着物て。どうかしてるぜ、実際。

一族が揃うまで、他の人の目に触れないところで俺を待たせることにしたのは、祖父ちゃんだった。なんでも、「混乱を避けるため」らしい。
なんだかなあ、それって、俺が街を荒らす悪者かなんかみたいだなあ、とか思ってちょっといじけながら最初はマンガ読んだりケータイつついたり腹筋してみたりして、俺が呼ばれるのを待っていた。けど、だんだん大広間を大勢の人が埋めていくざわめきが伝わってくるにつれて、なんかそわそわと落ち着かなくなって、無駄に正座してたりする。
うう、緊張する。

俺が正座に疲れてもぞもぞと体を動かしたそのとき、
「忍、時間だ。付いてこい」
襖がスパンと気持ちいいほど勢いよく開いて、仁王立ちした親父が俺を見下ろしていた。

なんか、ドキドキしてきた。俺、みんなの前でなんか言わなきゃなんねぇのかな。それとも、座っとくだけでいいんだろうか。そんなことを考えながら、親の後をついて回るヒヨコみたいに、親父の後ろについて行く。
ああ、親父の度胸の一片でも、俺に受け継がれていればなあ。

俺が金曜日に必死で磨いた長い廊下を渡って、行きついた大広間の襖を、躊躇なく親父が開けた。
大広間に集まる人人人…その人数×2をした数の目が、いっせいに俺に集まった。

ひぇぇ、逃げ出せることなら、逃げ出したい。

親父の後について大広間に一歩踏み込んだ俺を、みんなが目で追って行く。誰も何もしゃべらない。けど、その分部屋中に響く衣擦れの音が、俺を圧迫する。

体育館に行儀よく集められた小学生みたいに、たくさんの大人たちが何列にもなって、ひしめきあいながら正座していた。髪の白い爺ちゃん婆ちゃんが多いけど、親父より若い人の姿も見える。
俺と同じぐらいの歳の人は、いない、ように思う。

一族の目に相対するように、人ひとり分を開けて、うちの家族が人々の列に向かい合って横並びに座っていた。一番上座に当たる入口からもっとも遠いところに、当主である祖父ちゃんが座る。その隣に祖母ちゃん、姉貴、お袋、と並んで、その横にここまで俺を連れてきた親父が座った。
と、いうことは、俺はその隣でいいんだよな。そう思って座ろうとした時。

腰をかがめた俺の目に映る、着物の列の中に混ざる黒い学ラン。俺と同じ、いや正確にはきったねえ俺の制服とは違って、クリーニングされていると思しききれいな学ラン、それを着る見覚えのある姿。

「んなぁ!?」

思わず変な声が出た。まずい、と思って口をふさいだけれど、中腰の姿勢で固まってしまうほど、俺は衝撃を受けていた。

もしもし凪さん、なんであなたがそこに?

一族の中に溶け込み、他の人と同じように膝を揃えて座る凪と見つめあうこと3秒。目で訴えかけるも、凪はしれっとした顔で俺を完全に無視して、顔をそむけた。

「おい、忍、座れ」
小声で囁く親父に制服の裾を引っ張られて、俺はようやく我に返って腰を下ろした。
その後も凪は俺を無視し続けて、いっこうに目を合わせてくれようとしない。

え、別人?全くの他人なのか、もしかして。それとも気づいてない?でもあのとき、確かに目があってたぞ。

ぐるぐると思考を巡らす俺を遮ったのは、あの赤い鬼だった。座って凪を睨み続ける俺の隣、列の端にじわじわと浮かび上がるように現れて、いつものように余裕ある様子でどっかり胡坐をかきながら、にやにやと俺の顔を覗き込む。

突如として現れた鬼に、口から心臓が出そうになるほどビビった俺だったけど、それ以上にざわついたのがお集まりのみなさんだった。うわっ、とか、ぎゃあっ、とか、中には平然と座って赤鬼を見据えている人もいたんだけど、過半数の人が口々に短い叫び声をあげて、赤鬼と俺を交互に見る。
凪、もしくは凪のそっくりさん、は、鬼をちら見しただけで、その後俺のことは華麗にスルーして、沸き立つ一族に囲まれていながら何事もない顔をしていた。

「静まられよ」

沸騰した鍋の中のように騒然とする室内を制したのは、それまで固く口を閉じていた祖父ちゃんの、張り上げてないけどよく響く、厳かな一言だった。

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