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タンスの中

サスペンダーを引っ張り上げて、ごくんと息を飲む。
僕はタンスの中に恋をした。
くりくりと可愛いお目々がごろんと落ちる様にも、それは似ているように思う。
きらりと輝く老眼をかちかちと音を立てながらそっと木製の洋服箱に近づいた。
「お止ませり」
しゃんとか細い声が響く。小さなおちょぼ口がこれまた小さく動いたのが陰ながら見えた。
むつかしい表情をしているようにも見える。
なんだか切なくなってきて、「近づいてはいけないのですか」と懇願した。
「いけん」
寂しそうにあなたはいう。美眉の曇りに心が痛んだ。
「申し訳ありません。もう近づいたり、しませんから」
僕の慌てて離れていく音にはっとしたのかあなたは今度、泣きそうにいう。
「いいえいいえ!離れては行かないで!離れては行かないで!」
無尽蔵に繰り返す心臓の音がやけにうるさい。息を荒立てながら凄まじいほど騒ぐあなたの声さえ、これが邪魔をして聞こえはしない。ついに僕は顔を逸らした。そうして気づく。心臓の音ではない、僕自身があなたの声を聞きたくないのだと。
「いけません。そのようなこと。僕はもう帰りますから」
あなたの声は一層泣きじゃくる。
「待って!待って!行ってはいけない!こちらにおいて、こちらにおいて」
まるで子供のようだ。
「ではどうしろというのですか!抱きしめることさえ、出来はしないのに!」
僕もまた子供だった。
「なぜ、こうも二人の願いに他者は無頓着でしょう?少なからず返事をして頂ければ、あなたも僕も手を握れた」
あなたは黙っている。僕の言葉一つ一つを錦糸を摘むように頭の中で繰り返しながら。
これが最後のように、思い出を閉じこめながら、僕もまた僕の言葉に聞き入っていた。
「僕はタンスのあなたに恋をした。それは誰かが決めた結末でない。僕自身が決めたことでもない。あなたがタンスにいらっしゃるから、僕は恋をしたのです。おかしな話でしょう。ええ、結構です。僕の恋であって、あなたにとって無頓着なことなのかもしれません。それでも僕は恋をした。あなたに関係なくとも、他者はどれほど横目でも、僕さえそこに誉れがあるならそれこそ僕なのでしょう。僕は、後悔致しませんのです。それではどうぞさようなら。お元気で。」
あなたは返事をせず、また僕はそれを分かっていたのか知らずか返事を聞こうともせず、その場を後にした。
しばらくたってあなたがおちょぼ口を開いたのは、その忌々しい戒律に囚われた身を呪った時だった。
「ルールとはなんでしょう。命とは、なんでしょう。それがあるから生きられる。食べられる。話すことが出来る。恋ができる。感じることができる。殺すことができる。死ぬことができる。だけど命という名で、わたしたちは縛られたままなのです。それは、死んでもなお、死ぬという名で縛られてしまうのです。人はお肉と野菜と魚を食べますね?コンクリートやお皿は食べません。お肉と野菜と魚で生きているのです。おかしな話ですね。あなたは?あなたは恋という名で生きたのですか。それは命よりも幅の効かない縛りですね。なぜその中で生きたのですか。なぜお止めになるのですか。わたしも恋という名で生きたいです。なぜ人は狭みの中で生きようとするのですか。自分のことなのに、分からない分からない。ああ、会いたい。会いたい会いたい会いたい。わたしはタンスの外に恋をした。あなたの恋ではありません。ああ、会いたい。」
あなたはそこですうっと一度深呼吸する。
それから、ゆっくりと体を落ち着けて涙と息を同時に吸い込むと、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げて隙間から除く血と雨と人と命とその日差しの中でよく知らない姿を求めた。
「・・・・・・・・・・・・いらっ、しゃらないの・・?」
しんとか細い声が響く。

























・就活しています。むしゃくしゃしてやりました。後悔はありません。

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