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ララちゃんのブログ
3回目のブログ始めました!

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  ララちゃんが、ツアー添乗員のような服装をして東寺を紹介してくれます。
 延徳13年(794)桓武天皇は、長岡京を経て平安京へと都を遷され、羅城門の東西にそれぞれ大寺を書かれ、そのひとつが東寺だそうです。
 東寺が、本格的に活動を始めたのは、弘法大師が嵯峨天皇から東寺を勅賜され、天長3年(826)に創建に着手して以降ということです。
 では、ララちゃん、ヨロシクお願いします。
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 続いて、金堂ですね。
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 金堂の先には、講堂がありますね。
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 東寺の象徴、五重塔ですね。
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 ツアーの皆さんは、ついてきていていますか。
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 小野道風、ゆかりの柳ですか。
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 ララちゃん、お疲れさまでした。
 努力をすれば道が開けるということですね。
 勉強になりました。ありがとうございました。


 しなまみ海道を本州側から走行すると、向島、因島、その先に生口島があります。
 そこには、耕三寺博物館というものがあります。
 その耕三寺博物館の奥に、「未来心の丘」という大理石庭園があります。
 ララちゃんが、その大理石庭園についてレポートしてくれます。
 この大理石庭園には、いくつかのモニュメントがあり、その各モニュメントの形と置かれた方角は仏の世界を守護する十二天にちなんでいるそうです。
 「未来心の丘」は、現在アートの力を借りて仏教の世界観を表現した庭園という言うことです。
 今回、ララちゃんが紹介するのは、その庭園の一部ですが、ヨロシクお願いします。
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 この大理石庭園をイタリアからのレポートと言っても、信じる人がいるかな。
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 大理石に囲まれたララちゃんですね。
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 瀬戸内の景色もいいですね。
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 ララちゃん、座り込んでますね。
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 この「光明の塔」が庭園の中心のようです。
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 ララちゃんは、飛んでいってしまいましたよ。
 どこに行ったのかな・・・?
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 ララちゃんが、神田明神を訪れました。
 神田明神の創建は、古いんですね。
 平将門との関係を思っていましたが、当初、鎮座したのが将門塚の近くで、現在の場所に遷座したのは家康公が幕府を開いてから後だったんですね。
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 江戸時代は、幕府から庶民に至るまで崇敬されていた神社だったんですね。
 なんといっても、「江戸鎮守府」ですからね・・・。
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 現在のご神殿は、昭和9年竣工の鉄筋コンクリートなんですね。
 当時としては画期的だったのが推察できます。
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 絵馬の奉納も多いですね。
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 御祭神は、「だいこく様」「えびす様」「平将門」の三宮だったんですね。
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 今回は、境内のほんの一部しかレポートできていないようですね。
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 レポート、お疲れさまでした。
 また、宜しくお願いしますね。

 ララちゃんのラブホ突撃レポート、第二弾です。
 まずは、前回紹介でしていなかった、写真からです。
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 続いて、洗面所からレポートしてくれます。
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 お風呂場からもレポートしてくれました。
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 次は、バスタブです。
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 ここは、下着姿まででしたね。
 ベッドの脇に足を組んで座り、独り言を言うララちゃん。
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 レポート、お疲れさまでした。
 この後は、このまま帰るのですか・・・?
 ま、この先を聞くのはやめておきましょう。

 この記事は、ライブドアブログでも見れます。
 よろしければ、そちらにも訪問でしてみてください。

 ララちゃんのラブホ突撃レポートです。
 でも、ララちゃんは、まだ、ホテルの実態を把握していないようです。
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 このダブルベッドで一人寝は、ないと思いますが・・・
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 ですよね。やっぱ、ここは普通、一人では来ないですよね。
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 言われるままにララちゃんが、スカートを・・・
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 エッ、ララちゃんが、下着にまで・・・
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 今回は、下着姿でのレポートになるようです。
 この先は・・・・
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