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時代:弥生中時代期から弥生時代後期 弥生時代の遺跡分布地図:幡鉾川下流域を中心とする原の辻遺跡を中心としたグループ 幡鉾川上流域の車出遺跡、田ノ上遺跡(郷ノ浦)を中心としたグループ 刈田院川上流のカラカミ遺跡を中心としたグループ 丸尾遺跡(勝本町)を中心としたグループ 天ヶ原遺跡(勝本町)を中心としたグループ 出土遺構:(弥生時代後期) 濠1条、溝2条、貯蔵穴1基、土器 出土遺物:(弥生時代後期後葉) 丹塗袋状口縁壺、舶載の方格規矩鏡1、小形倣製鏡1、貸泉1、銅鏃3、獣骨など 土器:逆L字形口縁の甕 (弥生時代中期末から古墳時代初頭) 逆ハの字形口縁の小甕(古墳時代前葉) 山陰系の複合口縁の壺 (弥生時代終末期から古墳時代初頭) 終わりに:この遺跡は、弥生時代中期に人々が作り、そして、弥生時代後期に発展を遂げ、古墳時代前葉
には、終わりを迎えられたことが分かる 水田の溝があること、そして濠があろことから、ここも、生活集落と考えられる |
♬古代の風(裏)♬
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壱岐にもこれだけ遺跡があるんですね。勉強になります。
2007/6/7(木) 午後 5:28
赤いフィットsan:ここに取り上げているのは、おおまかなものだけですね。大きいところだけかなぁ・・・
2007/6/7(木) 午後 8:21
こんばんは。山陰系の土器も出ているんですね。壱岐は大陸交通の要衝でしたから、色々な地域の遺物が出るのでしょうね。とても興味深く思いました。
2007/6/7(木) 午後 9:32
あなもりやsan:この車出遺跡には、なぜか、山陰系の遺物しか出てないんですよね。不思議です。原の辻遺跡では、弥生土器と渡来土器が出土してるんですけどね。
2007/6/7(木) 午後 9:42
山陰系の土器は北陸にも出てきますし、日本海側に広く分布するんですね。。
土器以外も山陰系のものは何か出ているのですか?
2007/6/7(木) 午後 9:56 [ zak*t*ityo* ]
zakotaityouさん:ここの遺跡では、基本的に、山陰系の土器しか出てきませんね。しかも、上記のような時代です。日本海側って言うと、例えば、どの辺りに出土しているのか教えてくれると幸いです。
2007/6/7(木) 午後 11:21
おはようございます。
土器なら山陰地方にその系譜を求められるのが、福井県、石川県、最近では新潟県の西側で発見されてますね。
四隅突出墳丘墓(の影響を受けたお墓)は福井県、石川県、富山県、福島県にあります。
2007/6/8(金) 午前 8:11 [ zak*t*ityo* ]
zakotaityoさん:なぜ、山陰系の土器や墳丘墓って、山陰系の人々は、そこまでの力を持っていたんですか?
2007/6/8(金) 午前 8:25
なぜ、と言われると難しい問題ですね(苦笑)
うーん、立地でしょうかねぇ。
半島や九州の先進的な技術(鉄)と北陸や丹後の玉などの伝統(?)技術を、それらの中間地点において流通を担ってたと考えると・・・・。
2007/6/8(金) 午後 9:18 [ zak*t*ityo* ]
zakotaityouさん:立地ですか・・・中間地点なんですね。
2007/6/10(日) 午後 10:40