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お医者さまにかかれるまで、1ヶ月強もあり、今いただいている漢方薬が身体にあっていて。
アロマの香りも、心地よく作用してくれているようなので・・・。
ひとつでもできることがあればいいな、と、本を購入してみることにしました。
(おぼれるものは、なんとやら・・・)ですね。
お勉強、してみます。
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読書記録
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湧き出てくるんでしょう。言葉が。
前作が600ページほどの長編、で、読み終えたばかり。 ああ、江国さんらしい。(江国さんのすべてを推量することは、もちろんできないけれど。)
時を切り取るのが本当に、巧みな方。美しくきちんとした日本語の、文体も。
すごくほれぼれする作家さんなのです。
言葉を取り戻したいときにはいつも、この作家さんのお世話になっています。
源氏物語を買い置く予定だったのですが、5巻あり、1巻も、まだ読み終えてませんし・・・。
と思っていたらなんと、江国さんの新刊が出ていたのです。驚きました。江国さんって・・・すごい。
即断即決で、ほかの買い物と一緒に、衝動買いしてしまいました。
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昨日の<本日のおやつ>記事で、100記事目を書かせていただきました。
正岡子規<俳人・歌人>1867-1902年の 新聞連載記事をまとめた病床六尺(病床の『床』は本来旧字体で、もっとややこしい字を書きます。パソコンでは出てこなかったので、新しい字体を使用しました)
その百回目に当たる記事にこんなお話があります。
文章が前後しますが
<記事を送るための、封筒への宛名書きが面倒なので、新聞社に頼んで、宛名を印字してもらった。
新聞社にこれを頼む際にも、病人としては、「あまりに先の長いことをやる」といって、笑われはしないかと、内心、心配していたくらいであったのに、新聞社は何を思ったか、100枚頼んでおいた封筒を300枚刷ってくれた>
正岡子規さん、という方は若くして当時不治の病といわれた結核をわずらって、寝たまま俳句や短歌をよまれた方です。ご本人にしかわからなかった、壮絶な痛みと闘いながら。
<病床六尺が百に満ちた。一日にひとつとすれば百日過ぎたわけで、百日の日月は極めて短いものに違いないが、それがわたしにとっては、十年も過ぎたような感じがするのである。>
(文中、文語体のため 一部わかりやすくさせていただきました)
<出典:病床六尺 正岡子規:著(岩波文庫)>
ブログ、はじめてみませんか?と投げかけられたのが
たいせつなひとからでなかったら、わたしは これを始めていませんでした。
物事を忘れやすい、という異変を感じていなければ、一日にひとつの詩を、残そう、などとは思いもつかず
痛みと異変に 毎日泣き暮らしていたでしょう。
(今も泣き暮らすことはありますが、泣き暮らす回数が減っています。
ありがたいことです。)
何より読んでいただいていて、コメントや温かい一言を寄せてくださるみなさまが、いてくださることが支えになっています。ありがとうございます。そして、これからも読んでいただけると、嬉しいです。
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頭に入りそうにない、のですが、面白そうな本を、ネット検索してみるというのが中毒みたいになっていて
平松洋子さんを知りました。
「おいしい日常」と「贈り物歳時記」がいつか読んでみたい本の、頭の中リストにあがっています。
混乱せず おいしそうなので。
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江国さんを読んだあとに・・・と大城立裕さんの琉球処分 という本を買ってみました。
沖縄の歴史物なのでたぶん、頭は拒否しません。
しないと思います。混乱せずに読めたらいいなあ・・・。
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