ここから本文です
1967年の寺内タケシ
エレキ万才!

書庫日記

記事検索
検索

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

こんにちは。
こちらのヤフーブログが、12月でサービス終了となります。
それに伴い8月末で、記事の投稿・編集・書き込みが出来なくなるとの事。
よって、少し早いですが、今回で最後の記事とさせて頂きます。
約10ヵ月の短い期間でしたが、ご訪問していただいた方々にお礼を申し上げます。

殆どのエレキファンは、ベンチャーズがエレキサウンドを知る扉となり、その後寺内タケシや加山雄三、欧米(北欧も)のエレキバンド等を知るというのが、一般的な流れというのはご存じの通りです。
しかし私は、ベンチャーズでなく寺内タケシでエレキを好きになりました。
エレキファンは色んなエレキサウンドを聴きますが、私は寺内タケシしか聴かず、他のエレキバンドに関して無知なのは、音楽仲間の知る所です。

もしかしたら、エレキが好きな以前に寺内タケシという人物に魅力を感じているのかも分かりません。
ですから、もし寺内タケシが津軽三味線奏者なら、私は今頃津軽三味線を弾いているかも知れません。
そういう意味では、寺内タケシと共に同じ時代を生きる事が出来て、本当に良い人生だと思っております。

寺内タケシのファンになったお蔭で、日本各地の方々と交流が出来ました。
それらが無ければ、きっと充実感の少ない日々を送っていた事でしょうし、年齢を重ねても音楽仲間がいてるから、寂しさを感じることもありません。
残念ながら何人かの友人は他界しましたが、共に過ごした想い出は心の中に刻まれております。

寺内タケシは80歳になりましたが、私にとっては、今までも、今も、そしていつまでもエレキの神様のままです。

今から40数年前に、当時の後援会会長から直接聞いたエピソードを書かせて頂き、このブログ最後の記事とさせていただきます。

その頃、寺内タケシは帽子(レコードジャケットにも載っていたテリーハット)を愛用していました。
ところがある日、楽屋から心無いファンに盗まれてしまったのです。
それから後日、寺内タケシは新しい帽子をかぶっていました。
会長が「新しいのを作ったのですね?」と尋ねたら、寺内タケシは「いや、戻って来たんだよ」
どう見ても新しい帽子なんですが、寺内タケシは「戻って来たんだから、もういいじゃないか」と言って、にっこり笑ったそうです。
こういうことがあるから、寺内タケシのファンをやめられません(´▽`)

最後の画像は、ファンになったきっかけの寺内タケシとバニーズでお別れしましょう(マルベル堂で購入したプロマイドです)。

それでは皆様、いつまでもお元気でお過ごし下さいませ!


イメージ 1





上段左のモズライトは、もはや説明は要らないでしょう。
寺内タケシの代名詞になっているギターですね。
後年、再塗装をしてヘッドのデザインも変えました。
私としては、寺内タケシの歴史を感じる為に、そのままにして欲しかったです。
ピックが当たって塗装が剥がれているのが、寺内タケシの気合を感じて好きでした。

次は、グレコの特注12弦ギターです。
二本しか作ってないので、とても貴重ですね。

その次は、12弦のアコースティックギターです。
レコーディングに使用されたかと思います。

下段左は、ギブソンのレスポールモデルです。
米国のギタープレイヤーが「寺内タケシはレスポール氏と同じくらい有名だ」と、インタビューで語っていました。

次は、寺内タケシが尊敬するプレイヤー「チェット・アトキンス」のモデルです。
モズライト同様、0フレットが付いていますね。
コンサートで使用しないので、プライベートでカントリーを奏でているのでしょうか。

最後は、バニーズ時代から第三期ブルージーンズまで使用されたモズライトです。
バニーズ時代はヘッドが塗りつぶされてましたが、また元通りになっています。
これもファンに取っては、思い出深いギターですね。

以前にも書きましたが、寺内タケシは40本以上を所有されています。
普通の家なら、置き場所に困りますね。

イメージ 1

昭和43年度の「グループサウンズ・プロマイドランキング」です。

遂にザ・タイガースが、テンプターズに首位を奪われました。
二つのグループは、常にライバル視されましたが、実際はタイガースの方が圧倒的な人気を誇っていたと感じます。

寺内タケシとバニーズは、女性人気が少ないと言われてた割には健闘していますね♫
先日「マルベル堂」に訊いたら「今でも寺内タケシのプロマイドは売れてますよ」とのこと。

「フォーククルセダース」と「シューベルツ」「ピンキーとキラーズ」は、GSでは無いような?

ランキング入りしているGSは殆ど知っていますが、ここでの趣旨と違いますので、説明は割愛されて頂きます。

日本中を熱狂させて社会現象にもなり、約3年続いたグループサウンズブームは終焉を迎えます。
しかしながら、日本に新しい音楽文化を根付かせ、若者達にエレキギターを普及させた功績は計りしれないものがありますし、ヒットをしないだけで隠れた名曲を数多く残しました。

昭和42年・日本レコード大賞
ジャッキー吉川とブルーコメッツ「ブルーシャトウ」

同じく日本レコード大賞・編曲賞
寺内タケシ「レッツゴー運命」


イメージ 1


上の画像は、土浦三高時代の寺内タケシです。
中学時代に見た、明治大学マンドリンクラブのコンサートで大いに感化され、高校入学と同時にマンドリンクラブを結成し、NHK器楽コンクールで三年連続優勝しました。

次の画像は、関東学院大学時代です。
てっきり学業に専念していると思っていた父親に、ふとした事でバンド活動が見つかってしまい、逆鱗に触れて勘当されたのは有名なエピソードですね。

下の画像は、マウンテンプレイボーイズ時代です。
寺内タケシがバンジョーを持っている珍しいものです。
隣には、いかりや長介がいてますね。
寺内タケシの音楽人生で、一番幸せな時代だったかも知れません(^^♪

イメージ 1


イメージ 2


イメージ 3


ギターマガジン7月号に、新三大ギタリストに選ばれたマーク・スピア―(表紙の人物ではありません)が、巻頭インタビューで『寺内タケシの奏法や、曲への取り組み方などで影響を受けた。彼は日本でナンバーワンのギタープレイヤーだ』と話しています。

イギリスには寺内タケシのファンクラブが有り、その会長が寺内タケシに会いに来た事が、ヨーロッパの音楽雑誌に掲載されました。

世界各地から寺内タケシへのファンレターが寄せられていますので、その一部(下の画像)を載せて置きます。

中野サンプラザに見に行った時、アメリカから寺内タケシに会いに来たギタープレイヤーがステージで紹介されて「寺内タケシって、本当に世界的な人なんだなぁ」と感心した覚えがあります☆

イメージ 1


イメージ 2

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

竹さん(しょうまん)
竹さん(しょうまん)
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新の画像つき記事一覧

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事