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20年ぶりに昔住んだ街に立ち寄った。駅はリニューアルされ異空間だったが、一歩降り立つと大学の並木道も駅裏の商店街も以前のまま。それからいくつか隣の駅へ。元カレが住み、教え子の家があった場所。
哀願され、社会人になっても家庭教師を続けていたその家は、駅から暗い坂を10分近く歩かねばならず、車も通らぬ細い道を、まだ若かった私はビクビクしながら早足で下りたものだった。
凍りつくようなその夜も、私はダッフルコートの前を手であわせて帰りを急いだ。人とすれ違ったが、顔も上げずガシガシ歩く。と、つけてくるような足音が次第に近づいてくる。体をこわばらせ、歩調を速めた。「ちょっと、おねえさんっ」と肩を叩かれ、私は「ぎゃーっ!」と悲鳴を上げた。相手も私の声にたまげて「うわっ!」と後ずさりした。塀沿いにのけぞった私に、若い男は白い封筒を差し出し、「こ、これ、おネエさんのでしょ。落ちたの見た」と言った。コートのポケットに突っ込んだお月謝袋。私はのけぞったまま「あ・・・、ありがと」と言い、ふーっと脱力した。
それからそのワカモノは、今登ってきた道を駅まで一緒に降りてくれた。こんな時間にどこに行くのかと聞かれ、「行きじゃなくて帰りデス。家庭教師の後なの」と応えると、彼はしばし黙って、「受験ってやっぱ大変なわけ?」と、受験年代らしからぬアサッテなことを言う。
駅に着き、「拾ったら5%だよね。奢るよ」と月謝袋を取り出すと、彼はキレイに揃った歯を見せ、目の前のマックではなく、裏通りのバーに入った。店でニット帽を取れば、まだほんの少年で、女の子のように可愛らしい。口数は少ないが、どうも「どの高校へ行くか」より「高校へ行くか否か」で悩んでいる。別れ際、「頼めば家庭教師してくれる?」と訊かれ、「もう学生じゃないから無理。まあ相談にぐらいは乗れるかも」と、付箋紙に連絡先を書いた。
その冬、関東に大雪が降った頃に2度会った。電話はしてこず、あの暗い坂道でヘッドフォンに身体を揺らしていた。銀ブレスレットをした細い手首に捉まれたジンジャエールのグラスがアルコールに見える、実年齢より大人びた少年とは、笑えるほど共通の話題がない。教え子の部屋にあったアイドル雑誌で彼が芸能人だと知ったのは、家庭教師を引退する桜の頃だった。
二年ほどして次に会った時、彼は私の背を抜いていた。その次には笑顔がひまわりのようになっていた。その次には日焼した腕にジェイコブの時計をしていた。
無期限で日本を出るために携帯を解約する日、ふと思い出し、初めて彼の携帯に電話をいれた。
どしたの、珍しい/明日からフランスに行くから/マジ寒そう。いつまで?/無期懲役/へ?/向こうは日本のテレビないから、キミが観れなくなるなぁ/え゛?/じゃ、元気で励め。それと、超〜今更だけど、成人おめでとう。
翌日、空港のチェックインカウンター。「ちょっと、おねーさん。おっせーんだよっ!」ふいに肩を叩かれた。
カーキのニット帽にサングラスの彼が、ニパッと笑う。「マネさんカンカン。ロケバン待ってっから、もう行かなきゃ」と耳打ちし、少年の頃に付けていたブレスレッドを私の掌に乗せた。僕にはキツイし、もう大丈夫だからと。そしてサングラス越しにもわかる神妙な面持ちで「ありがとう」と軽く私を抱きしめ、くるりと背をむけると、頭上で手を振りつつ大股で去っていった。
「ありがとう」の理由は分からぬまま、でもそのことばを抱きしめた。
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羨ましい!生活も文章力も。。。ポチ!
[ 母屋 ]
2010/10/12(火) 午後 11:31
読書の秋の短編小説みたいですね。かって頑張っている弟子に、骨董屋で買った自分では気にいっていた中国の龍のシルバーネックレスをプレゼントしました。しばらくしてあのネックレス気にいってると聞いたら、どこかに忘れて、なくしました・・・かなしい!
2010/10/13(水) 午前 6:48
母屋さん、しかしもう日本昔話・・・みたいな霞かかったハナシですから〜(爆)。
2010/10/13(水) 午前 10:19
京うさぎさん、その弟子さん・・・かなりドライなかたですね(^^;)。
・・・かといって、私もこれまでに頂いたモノをすべて大事にとっているかというとそうでもないデス。この金相場上昇に乗って、この夏、母親にそそのかされて、若かりし頃に買ったり貰ったりしたけど全然使わない指輪とかネックレスの類を田中貴金属に売り飛ばしました。相当なお小遣いになってホクホクでした(爆)。
2010/10/13(水) 午前 10:24
言葉を抱きしめるか・・・
いいな
二人の人柄がにじみ出ているな。すげーかっこいい!!!
2010/10/14(木) 午前 6:55
うわわ〜、一冊の小説を読み切ったくらいの感動!
もしくはすっごい良い映画観終わった気分です。
ありがとうございます!
2010/10/14(木) 午後 3:50
佐藤蛾次郎と一言口利いた事を自慢にしてましたが
…負けました(涙)
ええ話やし、
なんか…うるっとしちゃいますねえ。
こやって書きながらも余韻を楽しんでま〜す!
めちゃ素敵ですがな♪
2010/10/14(木) 午後 5:13
おけやさん、え゛、破壊王(←せめてハカイダーにして・・・)ともラオウともいわれるわたしの人柄がにじみでてまっか!?そ、それはマズい・・・(^^;)。
2010/10/14(木) 午後 8:55
イク姐さん、ありがとうございます〜。
小説っぽいですか。そ、そうか・・・。じゃ今度は「げ〜っ!」という恋愛体験を文章にして、スマスマの本恋スペシャルにでも投稿しよう・・・。どっちかというと「げー」っていうほうが経験的には多い気が・・・(涙)
2010/10/14(木) 午後 9:00
元単さん、蛾次郎の勝ち!私、「男はつらいよ」DVD-BOXを購入してますからね♪タコ社長のひっくりかえった声とか、むちゃくちゃナマで聞いてみたい〜♪(うっとり)
2010/10/14(木) 午後 9:04
拝読で〜す。
青春時代の1ページを巧みな文章で描かれて・・・
私は・・倍近く「ニンゲン」をしていますのに、何もナイ!
セピア色の写真を見るよう・・・ポチです。
[ ミーコ ]
2010/10/15(金) 午後 4:40
ここ何回かを楽しんで読んでいて、だんだんと「りんりんの妹」さんに興味を抱くようになりました。
でも、文章の中に、ちょっと意味の分からない部分もありましたので、これまでの173回分をざっと拝読させていただきました(^_^)
そうしましたら、「りんりんの妹」さんのことが随分と分かるようになり、文章も、よ〜く理解出来るようになりました(*^_^*)
これからも益々楽しませてください♪
ポチ!
[ Dr.K ]
2010/10/15(金) 午後 9:42
こんばんは。すっかり御無沙汰しておりますが、お元気でお過ごしですか?
青春時代の思い出話…ってヤツでしょうか。なんか、その場にいなくとも懐かしい気持ちで読ませて貰いました。そういやあ、私も大学出たての頃、芸大を受ける高校生たちに、入試で課せられる小論文のノウハウを教えた経験があります。「おい!お前ら日本語わかるんか!」というようなおかしな文章ばかり書いていた連中ですが、受験前にはそれなりにモノにしたと記憶しております(笑)。そんな私も22歳頃でしたから、今の私からすればガキの親玉みたいな年齢でしたけどねー。
いつぞや、拙寺に取材へ来てくれた新聞記者の年齢聞いたら、なんと私が大学入った年に生まれたとか…光陰矢の如しというもなかなか愚かなり…ふぅ
2010/10/16(土) 午前 2:20
何か 小説か ドラマにもなりそうな 素敵な思い出ですね〜〜
年を経るにしたがって、経験 価値観の変化などで当時の強い印象が薄れる思いでも多いですが。。 いや〜〜 大切な思い出に〜〜 ポチですな〜〜 人間は 夢と思い出の生き物ですよね〜
2010/10/16(土) 午前 10:55
ミーコさん、そうそうセピア色ですよ。・・・というか、昔聞いた音楽を久しぶりに聴くと、その時の情景とか感情が沸いてくるのと同じように、その景色を見たときに、この記憶もザーって降ってきたかんじでした。記憶をたどるのに、何かの力を借りねばならないという・・・すいう歳に私もなったということですかね(^^;)
2010/10/16(土) 午後 0:23
Dr.Koimariさん、一応、字数制限はしているのですが、それでも他の皆様に比べるとムダに長い文章&時に激しく下品なこともある内容を読んでいただいただいたなんて・・・恐縮です。光栄でもあります。ありがとうございます。
>りんりんの妹」さんのことが随分と分かるようになり
↑
ひえーっ・・・。つ、ついにデカくてブスで全世がラオウだったとか、そういうこともバレてしまいましたか〜(涙)
そのへんのことも踏まえたうえで、今後ともよろしくお願いいたします。
2010/10/16(土) 午後 0:27
Ren'ohさん、ご無沙汰しております。はい、周りの皆様のおかげで、とりあえず欧州から東南アジアに居を移しても元気にしております。
小論文の書き方を教えるというのはスゴイですね!私にはそういう技はなかったです。もう中学受験を教えるのが精一杯で、一部高校受験もやりましたが、生徒によっては四苦八苦でした(^^;)。
でも、同じ学部の友だち(文系バリバリですよ)が、医学部を受験する高校生に全科目を教えていて、「どーやって教えてんのっ!」と聞いたら、結局教えることは特にないらしく、勉強してるかの監視と、メンタリティの特訓みたいなもんだということでした。
結局そこに尽きるのかもしれないと、後々思い出すとそんな気がしましたけどね。
REN'OHさんに教えられた生徒たちも、きっと小論文以外のことを沢山受け継いで、いま世の中で活躍しているんでしょうね!
2010/10/16(土) 午後 0:31
Nipponjmさん、そうなんです、普段は完全に忘れてますね、昔のこと。↑のミーコさんへのレスにも書きましたが、昔聞いた音楽を聴くと、フラッシュバックするのと同じように、その景色を見たときに、この記憶もザーって降ってきたかんじでした。
でも、きっと彼とはもっと色々話もしたろうと思うのですが、詳細は全然覚えてません。覚えてるのは上にかいたような一部一部の出来事の切れ端です。
2010/10/16(土) 午後 0:34
私は今でも家庭教師の延長のような『寺子屋』をしております。文字通り寺で寺子屋、子供達の勉強を教えております。
我々の子供の頃とはちょっと違った環境になっておりますね。外で遊ぶ子も減ったし、習い事をみんなしているし。でも子供はカワイイです。この経験をいかして我が子には英才教育を!!
2010/10/27(水) 午後 0:13
生臭坊主さん、
>文字通り寺で寺子屋
↑
(爆)
外で遊ぶ子供が減ったのは寂しいですね。それでも日本はまだお友達のうちに子供だけで歩いて遊びにいく習慣が残っていていいですよ。ヨーロッパなんて、通りの向かいに行くにも親が送り迎えですよ。
「●●ちゃーん、あーそーぼーっ♪」というノリが懐かしくなります。
2010/10/31(日) 午前 0:10