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学生時代の仲間、辻井くんから年賀状が届いた。互いに引越したので手間取ったとはいえ今頃に。
愛らしい二児の写真脇にいびつな字で「後厄も終え、これから生涯、世界のセキュリティ向上のために尽力したいと思います」とあった。世界の安全向上に生涯。す、すごすぎる。
中学までペルーで過ごしたせいで、「安全保障」オタクに育った彼は、ナンパな私大では浮いていた。迷彩色の服に編上げブーツ、カラオケでは軍歌を歌い、ゼミ合宿では朝晩匍匐前進をして鍛え、外交関係のゼミだったので、毎月の研究テーマを話し合う際は、必ず「防衛構想」「テロ対策」を提案して却下され、アメリカ旅行すれば、安いからとガスマスクを買う。サリンも同時多発テロも起こる前だったのに、先見の明があったというべきか。
「安全」オタクだから婦女子保護にも熱心で、外国育ちも相まってレディーファーストができ、ガスマスクを買う片手間に、頼んだクッキーモンスターの人形を買ってきてくれるマメな優しさもある。あまりに純粋なので、ツッこむと躍起になって反論するのでからかい甲斐があり、眼光鋭く凛々しい顔立ちの、見ようによってはいい男だった。
社会人2年目に、ゼミの女3人と辻井君の4人でソウルへ行った。エステ、免税店、料理を満喫。彼のために軍事博物館にも立ち寄る。その帰り、白タクに乗り込む私たちに、彼はぶちギレ。英語の通じない運転手に「新羅ホテル」と伝えるのに「しっら!」「しんら?」「しらぎじゃん?」「あれ?」と女3人がキャアキャア騒ぐ中、あらゆる危険行動を憎む彼はパニックになり「拉致されそうになったら、車から飛び降りるからなっ!」と真顔でいう。「ありえな〜いっ」「おまえら甘い!」と、口論するうちホテルに到着。運転手さんは心底ウザそうだった。市場で買ったみかん一袋を置き忘れるわ、女たちに「ほら、平気じゃん」「大げさ」といわれるわ、辻井くんはシュンとしていた。
その夜、ツイン2部屋だったので、じゃんけんで彼と同室になった私が、「シャワーお先〜」とサッパリし、パジャマからお腹をだしてぐーぐー寝てしまうことに戸惑った彼が、ジーンズのまま夜を明かしたことを、数年後に宴席で知った。そのとき彼は「いつ危険があってもすぐ脱出できるように」と釈明したが、一体何の危険だってんだ。
98年に、私がパリに移住した少し後にアルジェリア大使館勤務になった辻井くんは、休暇にはよく遊びにきてくれて、このガンダーラの壊れて修復の入った仏頭を、来るたびに見つめ、タリバンの破壊行為について淡々と話した。この彫像が壊れている理由はもちろんイスラム過激派とは関係ないが、ただ思いを馳せる糸口になる像ではある。
昨年ユネスコ事務局長を退任した松浦さんは、仏像破壊の防止に尽力した。駐フランスの大使だった頃に二度お目にかかったが、にこやかでおだやかで敢然とテロに立ち向かうという強さを表面からはかんじないおじさまだった。靭さとは、静かな内に匿めるものかもしれない。実際、私は三十三間堂では毘楼博叉像とか雷神像より、一体の千手観音像のほうに圧倒される。
辻井くんの眼光は、最近はさほど鋭くなくなり穏やかになった。その彼の年頭の決意を読み返し、若かりし頃から一生のテーマを見つけ、より強く貫こうとする彼に、多少の羨望を感じずにはいられない。
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