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先週、欧州連合が文化事業の一環で運営するバロック・オーケストラのコンサートに行った。
欧州各国のコンセルバトワールの主席卒業者、または在籍の優秀な学生を推薦させ、毎年オーディション選抜する1年任期の若いオケだ。そこに有名ソリストを1、2加えて巡業コンサートするが、過去21年の500人に及ぶ元メンバーの多くが、プロ奏者として活躍しているところをみると、これは欧州では登竜門的役も果たすらしい。
コンサートは圧巻だった。バロックだからあまり抑揚がなかろうと思うかもしれないが、ビバルディは珍しくもチェロがソロに立ち、情熱がほとばしる演奏に鳥肌が立った。チェロに気を取られっぱなしだった私は、3曲目になってようやく気が付いた。2年前の同じコンサートでセカンド・バイオリンだった奏者が、コンサートマスターをしている。北欧特有の明るい巻き毛を、弦を弾くたびに揺らしていた少年のようなバイオリニストは、今は金髪を短く刈り込み、すっかり男っぽくなていったので気づかなかった。
あの日、コンサート後の晩餐会で、彼はたまたま私の隣席になり、はにかみつつ自身の音楽の系譜を話してくれた。20歳という異例の若さで最初にこのオケに参加し、28歳で2度目に参加したのが2年前。今30歳のはず。ブランデンブルグ協奏曲の彼が奏でる優美なソロ。今回はオーディション抜きのコンマスとして呼ばれたのだろう。
コンサート後の晩餐会が引けたとき、人ごみを掻き分け、後ろから彼の肩をつついてみた。
こんにちわ、覚えてるかな、私。彼は少し驚いたように私を見て、はにかんで応えた。2年前隣に座ったMade in Japanだね、と。少しホッとして言った。
「2年前『次の時はコンサートマスターでくる』って言ったでしょ。本当にそうだから驚いちゃった。You made it!」
彼は目を見張って、それから「Yeah, I am a man of my word.」と僅かに目を細めた。
これは私が唯一持っているシャンパングラスで、LSA International社のもの。ハンドメイドならでわの柔らかさとコンテンポラリーでかつ上品なフォルムが特徴だ。パリのコンランショップで買った。
嬉しいこと、おめでたいことがあると、シャンパンをキンキンに冷やす。それをお気に入りのグラスに注いで乾杯すれば、言葉にせずとも「おめでとう!」の心がキラキラとした明るさで伝わる気がして、大好きな飲み物だ。
ディナーの終わったテーブルには当然もうシャンパンはない。だから私は「シャンパンの代わりね」と言って、スパークリング・ウォーターをグラスに注いだ。
「コンサート、とても感動したけれど、貴方のソロが素晴らしくて感動したのか、貴方の昇進に感動したのか分からないんだよね。・・・ま、なんにせよ、乾杯!」とグラスを渡したら、彼は隣の丸い柱に突っ伏して笑い続けた。
向こうで「帰るぞ」と連れが指合図していたので、お別れの握手をして歩き出したその時、
「ぼくは明日ルクセンブルグに発つけど、12月にはロンドンにいるから・・・」と彼が言った。
私は足を止めて振り返り、彼のブルーグレイの瞳をすこし見つめ、続く言葉を待たずに踵を返した。そして会場から出て行こうとしている連れを追いかけた。
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