ここから本文です
GPS付きランニング用の時計って素晴らしく便利。あと迷子解消機能を付けてくれれば完璧なのに。

書庫家具

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1

 4年前の大震災。その翌々日にサルコジ大統領は日本に居住する全てのフランス人に即時国外退去を指示し、アジアのビジネスから完全に離れられず、母国への帰還が難しい人は香港とシンガポールに一斉退避し、当時シンガポールにいた私は、急に街中に増えたフランス人に驚いた。
 その半年後に東京に転居した私にグループメールが届いた。中古ピアノの引取り手を探していると。フランス人の撤退で経営が立ち行かなったフランス人幼稚園が閉鎖となり、配送費を持てばタダで譲ってくれるという。
 
 1900年に国産初のアップライトピアノの製造を開始したヤマハ株式会社の1953年製造品で、現在ヤマハがネットで公表している型としては最古のU1シリーズ#100モデル。当時の195000円は現在相場に置き換えると200万円ぐらいとい大変な高級品だった。とはいえ、現在このモデルは修復の手がはいっていなければ10万円もあれば余裕で買える。
 高度成長期の後、女の子のいる家庭では五段飾りの雛人形よりピアノの普及率のほうが高かったとさえ思える70-80年代、ウチにもあったヤマハのピアノは年間20万台という大量生産品だったが、このモデルは年間で約4000台生産されただけ。使用されている木材もまだ良質で接着なども手がかかっているそうだ。

 しかし、配送されてきたピアノは、粗大ゴミ蒐集が趣味の私でも引いちゃうぐらいボロかった。幼稚園児にボコボコにケリを入れられ、おもちゃで叩かれ、マジックで落書きされ、あしたのジョー並に傷だらけ。ペダルはスカスカだし音の出ない腱板もある黒いアップライト。こうなると調律もできず、電子ピアノのままでよかったんじゃないかと後悔がよぎる。いくつかの修理業者は、「オーバーホールすればラフマニノフでも弾けますよ」と言ったが、見積りは新品のいいピアノが買える金額。そもそもラフマニノフなんて弾けないからっ!
 そんな折、本郷の修復士さんが、オーバーホールとまではいかないが、アクションの総取り換えて修理すれば費用を少し抑えられて、ショパンやサティぐらいなら30年は弾けるようになると言ってくれたので、即決。それから「あの…、真っ赤に塗り替えられますか」と付け足したら、「あ、赤?」と彼は目が点になっていたが、「真っ赤」の発色は希望した通りに出してくれて、今や毎日指を置かぬ日はないほど愛用している。

 パリにいたころ、知り合いがアンティークのピアノ修復の修業をしていて、パッシーにあったアトリエには何度か行った。1900年代のシードマイヤーやプレイエルなど、音が柔らかで、見た目もアンティーク然と美しい。手が届く金額のものもあった。でも…どう考えても、私の家財道具に西洋アンティークの大物は…全然合わないのである。結局そこでは踏ん切りがつかずにいたのだけれど、今、変身〜した還暦過ぎのヤマハを眺め、「君に出会うために生まれてきた~♪」と、クサイ歌詞にでてきそうな感じにご満悦な私は、結局のところ、そこまで「音」の違いがわからず、「見た目」に対するこだわりが強かったということか。
 ケーブルTVで『カサブランカ』をやっていたので、As time goes byを練習中。しかし、加齢とともに初見で弾ける曲がどんどん減ることに気づいた今日この頃、誰か私をオーバーホールしてください。

イメージ 1

 昨日は中国の骨董家具が搬入された。引越しの搬入日、引出しと扉以外が全く「パーツ」にならないこの家具は、搬送用エレベータに入らず、階段も通らず、窓からクレーンで上げるにはベランダの柵が耐えられないほど重く、ひと月、倉庫に据え置かれていた。そしてついに「分解して搬入してまた組み立てる」案が提示された。
 がしかし、今日運び込まれたものを見て私は気絶しそうになった。愛する収納棚は、分解ではなく、切断されていた。それもまっぷたつに。フリーズしている私に大工さんは
「中国の古い家具おおきいね。シンガポール、入口小さいから入らないことよくあるねー。いつも切って入れる。もっと大きいの、3つに切ったことあるよ」
と罪もなさげに笑った。わりゃ、惚れた女のあそこが小さくてオッサンのモノがデカすぎて入らんかったら、切るんかいっ!そのうえ二つの接合するにあたり、ガンガンにメタルの釘をドリルでさしていった。またんかい、オッサン!この家具は木だけで作られてるだよっ。大工のくせして、おのれの目は節穴かっ!という言葉を飲み込んで、ただ「メ、メタルの釘…」とつぶやいたら、
「これ、よくわかるね。また引っ越すとき、この釘をはずして運び出せて便利ねー」
と自慢げにいった。
 そもそも、持ち家もなく、長距離引越しがある人間が、こんな巨大な家具を持つなといわれれば、全くをもってその通りだ。でも、こんなふうに切られてしまうなら、最初から壊さないまま「売る」という解決案のほうがまだ胸が痛まなかったのに。たとえ買値より叩かれたとしても。どう見ても中国系の大工さんに、躊躇はないのだろうか。全然知らない国の得体の知れないものならいざしらず、自分の祖国の歴史の一部でさえあるオブジェをできる限り原形の状態で維持しておきたいとかいうキモチはないんかい。それとも客商売であるからゆえに、「入らないものを入れる」目的達成ができることのみに注力し割り切っているのか。

 ふう…。まぁ、いつまでもぐちゃぐちゃ言ってもどうしょうもないので、あとは修復作業とはこんな風にされるのかと、組み立てから接合部分を埋めたり着色したりするのを見させていただいた。大工さんのうちシニアのほうはいかにも職人で、仙人コスプレの志村けん風。ちょっとニヒルなのに愛嬌がある。まっぷたつのショックがなければお友達になりたい感じ。ちなみに私は志村けんか玉木宏のどっちかとデートしていいよと言われたら、断然けんさんにお願いする。で、ついでに痛んだ阿片用寝台も直せるかと実物を見せたら、クーイークーイー(できるできる)と名刺をくれた。Chinese Art Centreという会社の修復技師で、じゃ、見積りはメールで…と言ったら、「メールなんてわからんから電話するー」とのこと。このご時勢にメールも使わず、シンガポールなのに英語も喋らずに腕一本で食っていけるなんて、カッコよすぎ。

 家具はまっぷたつになったがためにある意味ふんぎりがつき、中に棚板を追加してもらうことにした。もう傷物なので、ほかへ嫁に行きようもないから、より食器が収納し易くて、益々愛用できるように手を入れて、私が一生面倒みさせていただこう。
 しかし、確かに私は「分解はしてもいいよ」とコンファームした。んで分解ではなく分断されてしまった家具。これは引越保険の対象となるのでせうか。

イメージ 1

 昨日は面白いものを見た。いやモノ自体は普通だったのだけれど、演出が珍しかった。
 一週間の仕事を終え、知合いのご夫妻宅で週末を過ごすため、パリのサンラザール駅で特急の発車を待っていたとき、隣に並んで停車中の電車の窓がキラキラ光った。目を遣ると、隣の車中で太りじしの男が懐中電灯を手持ち無沙汰に振り回している。懐中電灯とはヘンな人と思っていたら、男は股間をまさぐり始め、「誰も見てないと思って…」と呆れている私に向かって、いきなりモノをつかみ出し、ニヤニヤしながらブンブン回しだした。
 そこに至って懐中電灯は私の注意を引くためだと気が付いたのだが、踊る露出魔とは珍しい演出に、思わずバッグから眼鏡まで取り出して遠慮せずじっくり拝見させていただいた。特筆すべき巨根だとか色艶がよいとか曲り具合が尋常でないとかならまだ見せびらかしたくなる気持もわからないではないが、ソレはやや小ぶりで超…並。腰を突き上げ、デッキで軽やかなステップを踏んでいた。
 澁澤龍彦は『妖人奇人館』の中で「男なら露出趣味は誰しも持っている」と述べているが、その心情については、いくらオヤヂ化していようとも、とりあえず女の私には理解不能のままだ。露出狂には高校生の頃から頻繁に遭遇しているので、例えば暗がりの路地に立っていたり、車から「道を教えて下さい」と地図の下から出していたり、ラッシュアワーのすし詰めの車内で出していたり、そんな類なら見飽きて嫌悪感しか沸かないのだが、彼の場合は、二重の窓越しという安心感もあって、どこか劇場的でかつ意外性があり、主題はともかく芸はあった。

 これはちょっと有名な森岡嘉祥さんの作。京都は参寧坂の直営ギャラリーで買い求めた。
 七賢人というモチーフは好みでないし、絵付けも伸びやかさに欠け、それは多分森岡先生が景徳鎮の窯で現代の中国陶工に技術指導を兼ねて彼らと共同で作ったからなのだろう。森岡さんの作にしては、並。これが私の祖父の純和風な庭にあっても目立たない。渡り廊下越しにある瀬戸染付の便器と同程度の扱いになるのがオチだ。
 これを私はどうやってもご恩返しし切れないほどフランスでお世話になっている方、そう、ちょうど今週末もお世話になっているお家のご夫妻に贈った。彼らのいかにも西洋チックな庭になら、びっくりするくらい映えるだろうと思ったから。予想にたがわず、来る人来る人、皆から絶賛だとマダムは大喜びしてくださった。

 沢口靖子は高校時代テニス部だった。私の先輩は近隣高卒で、時折試合会場で見かけたとか。地味な揃いのジャージ姿でさえ燦然としていて、誰しも彼女に釘付けだったそうだ。美人は着るものを選ばない。そういえば、印象派も知らない21歳の無知な私がオルセーに行った時、強烈な迫力に圧倒された絵と、不思議な心地よさに長い間佇んだ絵の写真を2枚撮った。それがゴッホの『アイリス』とモネの『パラソルの女』であると知ったのは数年後のことだった。美しいものは、予備知識や大層な額装がなくても自ずと人の心を惹く。
 自身が秀逸ならば自ずと輝く。でもモノが並ならば演出でカバーするしかない。演出で実物以上に輝ける可能性も、この庭椅子のセットのように、世の中にはおおいにある。

 あまりに真剣に見たからか、無表情で反応が無かったからか、散々振り回した挙句、男は憮然と退場してしまった。宴会ネタ提供のお返しに、少しはリアクションしてあげればよかったと、今更ながら彼のちょっぴり哀愁漂うデッキ露出ダンスを思い出しつつ反省する。 

イメージ 1

 東京でお勤めしていたころ、わかりやすい女の先輩がいた。
 私の同期が、顧客だった郵政省の課長さんと結婚退職することを聞きつけ、「私がその仕事やってたら・・・」と羨ましがり、経理部に学生時代から付き合っていた外交官の彼が外国赴任になったので結婚退職する子がいれば、「共学に行けばよかった」と悔やみ、派遣の子が、前に勤めていた外資系金融のヤンエグと婚約したとなると、「こんな会社なんかやめて派遣になりたい」とのたまい、私の送別会では、「金髪碧眼のイケメンがザクザクよね、いいなぁ」とため息をつき、そして毎回「あ〜あ、私にも白馬にのった王子様が現れないかしら」というのが締めの決まり文句だった。私ならそんなダサいものより、ディープインパクトに乗った武豊のほうがいい。それにフランスには金髪碧眼より茶髪茶眼のハゲ胸毛のほうが圧倒的に多い。ちなみに私はおバカなイケメンよりは、インテリなハゲを好む。

 彼女の価値観を批判する気はない。女にとって、なんとなくエラそうな肩書きの男というのは、男にとって、美人で巨乳の女と同等の一般的嗜好だろうし、彼女が有名女子大卒であれば、パートナーに高学歴を求めるのもまあ不当とはいえない。でも私がゲンナリするのは、常に「羨望」と「後悔」で、その欲求不満に対する対策をなんら講じないこと。上級公務員がよければ、国家上級試験を受ければいい。今から出身校は変えられないが、今から外資に転職してもいい。合コンに積極的に参加している様子もない。無策である。でも、なにより「おいおい」と思うのは、自らの勤め先を「こんな会社」と卑下し、身を粉にして一生ここで勤め上げようとしている男の同僚の前で、それを大声で言ってしまうところだった。
 ウチの社の男性は、概して高学歴だが、地味でシャイで、昼休みに女子社員と丸の内の流行のリストランテに行くような今っぽさからは程遠い。デスクでコンビニ弁当を広げ、自作のゲームプログラムを組んだり、チャットしたり、業界柄アキバ系なのは否めない。でも多くは、誘えば提灯の一杯飲み屋でも赤坂の天麩羅屋もシャネルビルのレストランでも嬉しそうに付き合ってくれメモり、デパートをブラブラしつつ「こんなシャツ似合いそう」と言えば、ちゃんとそのうちそういうシャツを着てくるほど素直で、自宅のPCに不具合があれば、即座に直してくれ、ついでに家電の修理も電球替えもしてくれるほど優しいのに。

 これはパリの骨董市、中近東の絨毯を扱う店子に、絨毯以外の小物を飾る棚として置かれていた。ホコリまみれで薄汚かった。ガラスの飾り棚は探していたので、多少へんでもまあいいか・・・と思いつつ買った。でも、ぬるま湯と中性洗剤で洗ったら、彫漆に彩色された絵が浮き出してきて、ガラスを拭いたらすっかり変身。中国産なのか、ヨーロッパ産のシノワズリなのかは不明だけれど、その混血のような雰囲気がとても気に入っている。

 頭だけはよい男がワラワラいる職場。ちょっと視界を広げれば、磨けば珠になるいい素材はいっぱいいる。最初から大物を狙う釣りもいいが、釣った魚に餌を与えて、すくすく自分好みにするような、津田梅子の門下生ならそのくらいの気概があってもよいのに。
 中板のガラスが欠けてしまったので、サイズを測ってガラス屋へ行った。剥げた箇所に漆を塗りながら、今も彼女がどこかで「あ〜あ」とため息をついているのが聞こえるきがした。

イメージ 1

 東京の友達、裕子ちゃんが結婚した。ネットで知り合った15歳上のバツイチ男性がお相手で、一時期は「私、太っているし、結婚はむりかも」と彼女は相当落ち込んでいたので、今は気持ちが安定して幸せそうだ。友達グループの一同はホッとした。
 というのも、ここに至るまでに、彼女は三度、ネットで知り合った男性に激しく恋をし、訥々とその想いを聞かされるにつけ、「でも、会ってみなくちゃ…」「せめて写真くらい交換したら」などと皆で言ってみるのだけれど、だいたい恋する女というのは人に相談に乗れといいつつ、人の話など聞いちゃぁねぇのが一般的で、結局、1人目のときは待ち合わせはしておきながら「勇気がない」と出てゆかず、2人目は勇気を振り絞って会ってみたら、「角刈りでデカくて、超苦手な柔道一直線!路線だったのぉ」と、瞬間冷却。ちなみに彼女はちょっとホストの入ったアブナイ系が好きなのだ。3人目のときは待ち合わせ場所にいたら、時間に来たアホの坂田そっくりの男が、目があった途端、踵を返して行ってしまったとか。フォローしようがなく、皆で罪もないアホの坂田に罵詈雑言を吐いて慰めた。

 平安時代には高貴なご婦人は男性の目には触れない場所で生活しており、催しがあっても御簾に隠れて姿をあらわにしなかった。それゆえ、姿が見えない女人の姿の破片、たとえば御簾越しに映った影とか、御簾からかきいでた黒髪とか、焚き染めた香の残り香とか、部屋から部屋へ移動するときの0,5秒くらい瞬間残像とか、そういうものに萌えてゆく。チラリズムと季節の挨拶を主としたメールの交換が恋の本道の世界だったのだから、容姿は察するだけでメールが主流のネット恋愛とは平安貴族の流れを汲む由緒正しい路線ともいえる。

 私はネット恋愛に偏見はない。ネットから結婚した友人も他にいるし、ちょっと違うけれど、東京本社の男性と2年ほどメールや電話でお仕事をする機会があったが、面識がなくても、私は彼の頭脳明晰さと卓越したギャグと渋い声にクラクラし、そして実際彼がロンドンに異動になって会ってみたら、容姿はイメージと違ったけれど、でもやっぱり大好きなままだ。あと、小屋野さんという東大講師の著書に『もてない男』というのがあるが、これがすごく面白くて、「貴方がモテないはずはありません」とメールしたら、そのレスがまた絶妙に笑えて、お目にかかったことはないけれど、すっかりファンになってしまった。
 とまあ、私はあまり男性の容姿に恋しないので、多分IT恋愛はできるほうなのだと思うけれど、でも殿方のほうは容姿を無視して恋はできないのではと思う。裕子ちゃんの4度目のネット恋愛の最中は、私はすでに東京におらず、経緯は知らない。ただ、私たちが強固に主張したとおり、会う前に写真の交換をしたのがよかったらしい。

 私の住むフラットのダイニングにはお座敷簾をかけている。日本に比べると陽の光が弱いから寝室でもないかぎりカーテンの必要は感じない。でも丸見えというのも気恥ずかしい。竹簾は外光は申し分なく取り込むし、日中は家の中を隠してくれるし、そして夜になると、外からこの簾越しに私がゴソゴソしている影がぼんやり見えるのだと思う。だから家に昼間いるときは素っ裸でウロウロすることもあるが、夜は絶対にない。
 写真を見せてというご希望をいただくこともままありますが、怖いもの見たさでご希望の方は、Googleアースででもお越しください。風流に簾越しで、ぜひ見初めてくださいまし。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

りんりんの妹
りんりんの妹
女性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事