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GPS付きランニング用の時計って素晴らしく便利。あと迷子解消機能を付けてくれれば完璧なのに。

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 「誰かいい人紹介して」とはよく女友達から頼まれたが、40代になって以降は「誰でもいいから紹介して」という文言に変わった。希望年齢枠も広がり「私は時に20代にも見られるから、若ければ若いほどいい」という。オッサンか、きみら。お金かけてメンテしているだけあり、確かにみな美魔女を自称しても僭越ではない。

 一方、デカ・ブス・貧乳と三重苦の私は、デブという四重苦回避のため、半年前からテニスを始めた。先月コーチが解雇され、代わりに金髪碧眼の学生バイトがあてがわれたが、これがカワイイ顔に似合わず超スパルタで、脚はフラフラ息は絶え々々で、眩暈がした。おばさんイジメか人種差別か?元アスリートの見栄でついてはいったが、この歳でスポ根とは想定外。カフェで休まねば帰宅もできぬ強烈さ。しかし問題は昔取った杵柄にある。球技というものはどの競技も基本は同じで、テニス歴半年でも、私のサーブは弾丸だし、軽いラリーならちょろい。で、私は運動神経のよい、試合にも出せる生徒と勘違いされ、お前は宗方コーチかっ!ってなレッスンが三週間。ついにはワークアウトメニューまで作ってきて週末に付き合うからと言う。…はい?そこで聞かれもしないのに、私はコーチくらいの息子がいてもいい歳なんでムリ〜と、さりげなく主張してみるも「その冗談、全然面白くない」と却下される始末。いや、大真面目ですが…。
 昨年末も健康診断で名前を呼ばれて診察室に入ると、女医さんが電子カルテを見ながら仏語で「○○(←私)さんを呼びましたが」と言う。頷いたら、「だから、○○さんの番ですが」と英語で繰り返す。だから「はい、私が○○です」と返すと、しばし沈黙して、「えーっ!あなた46歳なのっ!?…東洋人って…恐ろしい」と絶句された。
 断言するが、私は年相応である。その証拠に「若いね」が「元気ね」の同義語以外で使われた経験は日本ではない。欧州限定でブ魔女な私。日本人はツラの皮が厚いのか。

 さて、家にある物の中で、欧州でのみ著しく評価が高いもの。それは火鉢である。これは裾が漆の切替わりで、流水文が気に入った。明治くらいの細工は平凡なお品。先日BRAFAという国際アートフェアに行ったら、東洋古美術を扱うブースの一つに桐火鉢があって、60万円の値がついていた。出店料もあるだろうが桁が違う。
 eBayがある時代になっても、洋の東西はいまだに問われ続けている。

 そこで、ブ魔女からの提言。さすがに40女を35以下の男性には紹介しにくい。でも欧州なら皆もれなく(美)魔女になれる。こちらに転職して来るのが、年下とつきあう近道かと思う。ただ結婚となると、パスポート提示は避けられないので、その時の相手のショックをいかに乗り切るか、そこが勝負どころではあるけれど。

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 肩こりになる。が、欧州ではそれを説明できなくて困る。なぜなら、彼らの肩は凝らないから。ゆえに「肩こり」という単語がない。
 この痛みを表す単語を問えば、「寝違い」「首が硬い」と言われ、医者を薦められる。んな大げさな。マツキヨにもあるS字型肩押器もここにはないし、駅前にお手軽マッサージもない。で、同僚に肩を揉んでもらって「そこそこ、もっと強く〜」とか言っていたら、隣の若いSEが「それはちょっと…」と耳まで真っ赤になっていた。マッサージ椅子は積年の念願なのだが、あのイケてない外見のものを家に置くのはいかがなものか。つまりドンピシャリ「肩こり」という単語は仏語にも英語にもない。

 逆に欧州のもので日本に存在しないものは邦訳語がなく、「ラマス・ミエット」もその類。これは19世紀末にフランスで作られた食卓用の塵取りで、食事中にテーブルに落ちたパン屑を、デザートの前に集める掃除道具。パリで少しお高いレストランに行けばクロスは白無地が基本で、糊の効いた木綿を滑るように曲線を描いてパン屑を集めるウェイターの洗練された手つきにはウットリするものがある。そして塵ひとつない純白のクロスにデザートが供されると、猫まんまや卵かけご飯が至福の私とて、なんとなく優雅な気分になってしまう代物である。
 これはアールヌーヴォーの、しかもジャポニズムが色濃い。浮世絵が印象派の画家やナビ派、イギリスのアート&クラフト運動、ウィーンのクリムトやミュシャに与えた影響ばかりが目立つジャポニズムだが、陶磁器やガラス工芸などあらゆるジャンルに波及していて、実際に日本刀の鍔にそっくりなベルトバックルなんかも市で見た。
 それまでのヨーロッパで図案化される植物といえば「花」で、全体に埋めつくすか、中心に一つだけ描くか、またはフレームとして周囲に散りばめるかだった。野菜や生活雑器さえモチーフにし、アシメントリーな構図と絶妙な余白の古伊万里や漆器が与えた驚きはいかばかりだったか。江戸期に稲が文様に使われたように、このラマス・ミエットには麦芽があしらわれ、「パン屑集めに麦」と、どこか日本的遊び心を感じる。

 現在のフランスの一般家庭で登場することはほとんどないラマス・ミエット。純血種日本人の私が家で「前菜はジビエのパテ、ペリゴール風でございます」的な食事をすることなどないので、これを使う機会は更にない。使ってもらえない道具とは、なんてお気の毒。
 TOTO社がウォシュレットをヨーロッパで売り出して数年が経つが、いまだに普及している兆しは全くない。あんなに便利なものでも浸透しないんだもの、日本がどんなに西洋に感化されても、ラマス・ミエットが日本で市民権を得ることは絶対にない。

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 明日はお月見だというのに、見つからない。近所のお花屋さんを7軒回ってみたが、ススキがない。
 そもそもススキなんてのは近所の河原とか空き地とか山裾とかにぞわぞわ自生しているもので、花屋で買うようなものではないんだろうが、引っ越して2週間、片付けもほぼ終わりハタと周りを見渡すと、自分で選んでおきながら、いったいここはなんなんだ?
 1年の期間限定セレブマンション。永田町のふてぶてしいオッサンも桜田門の警視総監も、皇居までも見下ろし靖国神社の参道を正面に据えるここからは、150度はあるパノラマ窓で新宿副都心高層ビル群から神宮球場のナイター、東京タワー、丸の内のオフィス街がぐるりと見渡せる。朝夕は富士山も拝めちゃったりする。だけどススキもつくしん坊もなく、萩も秋桜も期待できないどころか雑草すらビビって出てこないかんじだ。
 
 この春、代々木公園近くに滞在していたとき、神社の夜店で迂闊にも金魚すくいをやって持ち帰ってしまった。一週間ペットボトルで飼ってみたが、シンガポールに戻る段になってどこか川か池に戻してやらねばと思ったもののハテさて。代々木公園内に至る道沿いにも、公園内にも・・・池も川もドブすらない。うっそぉ。公園を徘徊すること1時間。飛行機に乗り遅れるんですけどぉ、多摩川やら鶴川やらに行ってる時間はないし、名実ともに「生」ゴミ行きか・・・。とそのとき、古畑任三郎の如く(古っ!)ガリレオ先生の如く(あ、ちょっとマシ)閃いた。ビビッと隣の明治神宮への道筋が電子回路のよーに。あそこには人工池というか小川みたいのがあったっけな。そして参道へまっしぐら。が、池には立ち入り禁止の柵(号泣)。その先の橋、見下ろすと5mは下にちろちろと人工池に続くせせらぎ発見!し、しかし明治神宮様の参宮橋からペットボトルの水をドボドボっていうのは、いかがなもんかと一瞬ひるみ、竹箒を手にした禰宜さんが遠ざかるのを見計らって、ガイジン観光客と参拝客の視線にグサグサ刺されながらも果敢に放出。小川はちょろちょろ程度だから金魚にとっては決死のダイビングだが、私の類まれなるコントロールのおかげで見事着水。ゆるり流れて池のほうに辿り着いた模様だった。

 スローライフとかエコロジーとか言われて久しいが、都心っていうのは人間の渦のわりに人間離れ(?)した場所だと気づく。死んだら灰にしてそこらに流してくれりゃいいよ、とか思うものの、規格通り「火葬して墓」のほうが撒く場所すら探すよりずっと周りの迷惑にならないだろう。
 貧しさに負けた〜、いいえ世間に負けたぁ〜、花さえも咲かぬ枯れススキ〜♪なんてものすらないのが都心である。枯れてていいから、私にくれよ!お月見やるんだから。
 日本を出るときに知り合いが下さったお月見盆。あまりシュミではなかったのと、月を眺める習慣がない外国生活が長かったので、登場するチャンスを与えられないまま日本に戻ってきた。15年ぶりに出してみると悪くないかんじ。ススキの絵も入ってるし、これで済ませるか。

 それにしてもこのずばらじー眺めを一生に一度ぐらい堪能するのも悪くはないが、さすが靖国神社と皇居が隣だと右翼団体が毎日ご丁寧に周回くださるのでちと煩い。 
 街宣車から鳴り響く宇宙戦艦ヤマトを聞きながら、日曜の昼下がり、お月見団子を買いに出た。

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 米米の「浪漫飛行」がヒットチャートを上り詰めたその年に、初めて飛行機で、初めて「旅」に出た。
 離陸の浮き上がる感触。それにあわせてバクバク自分の鼓動が聞こえるような恐怖感と「うっぴ〜」と湧きあがるキモチは忘れられない。洗面具や服の類以外になぜか普段は読まないような小説や、滅多に書きもしないレターセットなどを旅行鞄に詰め込んだ。うきうきするのは空間移動だけではなく、日常からの脱出だ。

 ベルギーの骨董屋で見つけたこのトランクには、1919年の通関印がある。旅先でのステッカーが所狭しと貼り付けられ、ミラノやローマといった欧州都市のみならず、コロンボ、カルカッタ、ブエノス・アイレスなどのものもあるから、持ち主はグローバル・ビジネスマンだったのか。外皮は使いこまれているが、開けると中は几帳面なまでに清潔で、なんとウィスキーやブランデーのボトルやグラス、マドラーを収納するミニ・バーなのだ。
 数ヶ月に及ぶ船旅。フィッツジェラルド、秋山好古なんかの時代に、デッキでマイ・バーを携えて酒を飲む男。風を感じる。この鞄は彼の子孫が売りに出したのだろう。本人が手放すはずがない。

 旅は、殊に独り旅は浮き立つ喜びがある。でもそれは、往復切符を持っているとき、待っている人がいるときにだけ持てる幸せなキモチ。孤独な時に独りで飛ぶののも、独りで片道切符を握り締めるのもちょっと辛い。
 岡山の親元を離れて東京の大学へ動き出した新幹線。窓際の席なのに見送りの父を見上げることもできず俯いてピーピーと泣いた18の春。成田を発つコペンハーゲン行き、離陸をした瞬間からベソベソと泣き出した私に、隣席の見知らぬデンマーク人は「Are you OK?」と何度もたずね、「大丈夫」とも答えられず頷きながらハンカチを顔に押し付けた29歳の冬。片道切符には寂しさと希望が詰まっていた。 

 ♪はちきれるほど My Dream、トランク一つだけで浪漫飛行へ In The Sky、飛びまわれこの My Heart♪

 昨夏、フランスからシンガポールへ3度目の片道切符で飛んだ時に、一切の感慨がなかったのは、ヨーロッパに残していく大切なものがなく、また、はちきれるほどのDreamなどを持たない乾いた歳になったからだろうか。ただ降り立ったチャンギ空港の張り付くようなくぐもった湿気だけが肌に残る。
 最近は、日本とシンガポールをハンドバックひとつで往復することも多い。それは普通電車に乗るのと大差ない味気なさ。いつのまにかフライトは私に臨場感をくれなくなった。
 気分を変えたくて、一昨日エド・ハーディのシャツを買った。昨日は12センチヒールのサボを履いて184センチになり江口洋介の視界でオーチャド通りを闊歩し、今日は美容院で「金髪にしてください」と言って止められた。

 ♪時が流れて誰もが行き過ぎても、トランク一つだけで浪漫飛行へ In The Sky、飛びまわれこの My Heart♪

 下着の枚数を数え、天気予報をチェックし、Ipodの中身を確認し、お気に入りの服や読みかけの本をトランクに詰める。それをカチリと閉めて玄関に立てかける、その臨場感。HALCALIがカバーした「浪漫飛行」を聞きながら、そんな旅をまたしたいと空を見上げる。

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 20年ぶりに昔住んだ街に立ち寄った。駅はリニューアルされ異空間だったが、一歩降り立つと大学の並木道も駅裏の商店街も以前のまま。それからいくつか隣の駅へ。元カレが住み、教え子の家があった場所。
 哀願され、社会人になっても家庭教師を続けていたその家は、駅から暗い坂を10分近く歩かねばならず、車も通らぬ細い道を、まだ若かった私はビクビクしながら早足で下りたものだった。

 凍りつくようなその夜も、私はダッフルコートの前を手であわせて帰りを急いだ。人とすれ違ったが、顔も上げずガシガシ歩く。と、つけてくるような足音が次第に近づいてくる。体をこわばらせ、歩調を速めた。「ちょっと、おねえさんっ」と肩を叩かれ、私は「ぎゃーっ!」と悲鳴を上げた。相手も私の声にたまげて「うわっ!」と後ずさりした。塀沿いにのけぞった私に、若い男は白い封筒を差し出し、「こ、これ、おネエさんのでしょ。落ちたの見た」と言った。コートのポケットに突っ込んだお月謝袋。私はのけぞったまま「あ・・・、ありがと」と言い、ふーっと脱力した。
 それからそのワカモノは、今登ってきた道を駅まで一緒に降りてくれた。こんな時間にどこに行くのかと聞かれ、「行きじゃなくて帰りデス。家庭教師の後なの」と応えると、彼はしばし黙って、「受験ってやっぱ大変なわけ?」と、受験年代らしからぬアサッテなことを言う。
 駅に着き、「拾ったら5%だよね。奢るよ」と月謝袋を取り出すと、彼はキレイに揃った歯を見せ、目の前のマックではなく、裏通りのバーに入った。店でニット帽を取れば、まだほんの少年で、女の子のように可愛らしい。口数は少ないが、どうも「どの高校へ行くか」より「高校へ行くか否か」で悩んでいる。別れ際、「頼めば家庭教師してくれる?」と訊かれ、「もう学生じゃないから無理。まあ相談にぐらいは乗れるかも」と、付箋紙に連絡先を書いた。
 その冬、関東に大雪が降った頃に2度会った。電話はしてこず、あの暗い坂道でヘッドフォンに身体を揺らしていた。銀ブレスレットをした細い手首に捉まれたジンジャエールのグラスがアルコールに見える、実年齢より大人びた少年とは、笑えるほど共通の話題がない。教え子の部屋にあったアイドル雑誌で彼が芸能人だと知ったのは、家庭教師を引退する桜の頃だった。
 二年ほどして次に会った時、彼は私の背を抜いていた。その次には笑顔がひまわりのようになっていた。その次には日焼した腕にジェイコブの時計をしていた。

 無期限で日本を出るために携帯を解約する日、ふと思い出し、初めて彼の携帯に電話をいれた。
 どしたの、珍しい/明日からフランスに行くから/マジ寒そう。いつまで?/無期懲役/へ?/向こうは日本のテレビないから、キミが観れなくなるなぁ/え゛?/じゃ、元気で励め。それと、超〜今更だけど、成人おめでとう。
 
 翌日、空港のチェックインカウンター。「ちょっと、おねーさん。おっせーんだよっ!」ふいに肩を叩かれた。
 カーキのニット帽にサングラスの彼が、ニパッと笑う。「マネさんカンカン。ロケバン待ってっから、もう行かなきゃ」と耳打ちし、少年の頃に付けていたブレスレッドを私の掌に乗せた。僕にはキツイし、もう大丈夫だからと。そしてサングラス越しにもわかる神妙な面持ちで「ありがとう」と軽く私を抱きしめ、くるりと背をむけると、頭上で手を振りつつ大股で去っていった。
 「ありがとう」の理由は分からぬまま、でもそのことばを抱きしめた。

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