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			<title>◆◆◆DECORATION-アート＆クラフトのある暮らし◆◆◆</title>
			<description>伝統工芸品、古美術品、１９４０-７０年代のデザイン家具を求め骨董屋、オークションを彷徨いつづける準禁治産者。誰か私を止めてくださいー。ヨーロッパをさすらいながらも、京都の山奥にあばら屋に、夏は蚊帳をつってせせらぎの音に夜語り…ってな老後を夢見ております。</description>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>◆◆◆DECORATION-アート＆クラフトのある暮らし◆◆◆</title>
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			<description>伝統工芸品、古美術品、１９４０-７０年代のデザイン家具を求め骨董屋、オークションを彷徨いつづける準禁治産者。誰か私を止めてくださいー。ヨーロッパをさすらいながらも、京都の山奥にあばら屋に、夏は蚊帳をつってせせらぎの音に夜語り…ってな老後を夢見ております。</description>
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		<item>
			<title>初めてのトキメキをたくさん：後期鍋島または平戸の染付柿図七寸皿</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579941/47/63349647/img_0?1429117664&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　赤ちゃん連れの友達が遊びに来た。カミーユくん、1歳4か月。ヘラヘラ笑いながらヨタヨタ歩くその姿は、深夜の歌舞伎町にいるへべれけのオジサンたちと似ていた。　&lt;br /&gt;
　うちで白米を口にねじこまれて微妙な顔の赤子に、母親は「お米は初めて！美味しい？」ときき、彼がピアノを叩いて不協和音出すと「初ピアノだ」と喜ぶ。全てがこの調子。1日に「初体験」が何度あるのか。人生まだ16ヵ月だと毎日が新しい発見に満ちている。私など外国に転居してさえ滅多にない。そんな私にとってこの皿は久しぶりの「初体験」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「後期の鍋島にみるものなし」と誰かが言った一方、私には見分けの難しい平戸について、デンマークのある美術館長は「1750～1830年の平戸焼は日本に於ける最も見事な磁器」と著している。&lt;br /&gt;
　ヨーロッパの骨董市、骨董屋には大雑把な輸出用色絵古伊万里や、グロテスクな龍の盛絵がされた明治期の香蘭社や、銅版転写にしたってペラペラすぎる梅文の皿、チープな土産物用の横浜焼が溢れている。メイド・イン・ジャパンだと認めたくないような、このセンスのなさや粗悪な絵付けも私たちの歴史の一部と笑って流すのか、そんなものだらけなので、これを陶磁器修理工房で見たとき、掃き溜めに鶴のように美しく見えた。しかも私にとって「初めての」櫛高台なのだ。&lt;br /&gt;
　これが後期の鍋島なのか平戸なのか、私には判別がつかない。高台は雑な筆ではあるものの、一本線の櫛ではなく輪郭を描いてから塗りつぶす手間はかかっているし、伸び伸びと描かれた柿、呉須の濃淡でつけられた葉には立体感があり、周りの波に墨弾きで白抜きが施されていて、なにより呉須の青に透明感があった。&lt;br /&gt;
　が、ヨーロッパ式の直しがばっちり施されていてすごかった。彼らには「傷みを見えなくする」のが直しなので、カケやニュウを隠すためにその両側３センチぐらいは全て色が目立たないように白と青の絵具が塗られてニスがかけられている。元の色を極力出したくて、丁寧に直しを剥いでいくと、直し絵具の剥落を抑えるためにもとの釉薬に細かい擦過傷のようなものまでつけていて、すこし悲しくなってしまった。直しを直す。これまた少し寂しい初体験。これから金繕いするか、このままにしておくか思案中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この週末に、姉夫妻が那須温泉帰りに栗田美術館に立ち寄ったという。古美術にも陶磁器にも特段関心がなさそうな彼らに鍋島・古伊万里の壮大なコレクションがどう映ったのかは知らない。ただ、20代の私が有休を取ってそこに行った時の感動がなければ、木盃形の完璧な曲線も、色鍋島の巧緻さも、柿右衛門の乳白色の磁肌も、心に刻み込まれることはなく、そしてこの皿に出会っても気づかぬままスルーしていたと思う。&lt;br /&gt;
　経験があるからこそ出会える嬉しい初体験が、これからもたくさんありますように。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63349647.html</link>
			<pubDate>Thu, 16 Apr 2015 02:07:44 +0900</pubDate>
			<category>工芸</category>
		</item>
		<item>
			<title>もれなく美魔女大作戦：秋草流水文金蒔絵螺細火鉢</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/584996/98/63340898/img_0?1428574479&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　「誰かいい人紹介して」とはよく女友達から頼まれたが、40代になって以降は「誰でもいいから紹介して」という文言に変わった。希望年齢枠も広がり「私は時に20代にも見られるから、若ければ若いほどいい」という。オッサンか、きみら。お金かけてメンテしているだけあり、確かにみな美魔女を自称しても僭越ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一方、デカ・ブス・貧乳と三重苦の私は、デブという四重苦回避のため、半年前からテニスを始めた。先月コーチが解雇され、代わりに金髪碧眼の学生バイトがあてがわれたが、これがカワイイ顔に似合わず超スパルタで、脚はフラフラ息は絶え々々で、眩暈がした。おばさんイジメか人種差別か？元アスリートの見栄でついてはいったが、この歳でスポ根とは想定外。カフェで休まねば帰宅もできぬ強烈さ。しかし問題は昔取った杵柄にある。球技というものはどの競技も基本は同じで、テニス歴半年でも、私のサーブは弾丸だし、軽いラリーならちょろい。で、私は運動神経のよい、試合にも出せる生徒と勘違いされ、お前は宗方コーチかっ！ってなレッスンが三週間。ついにはワークアウトメニューまで作ってきて週末に付き合うからと言う。…はい？そこで聞かれもしないのに、私はコーチくらいの息子がいてもいい歳なんでムリ～と、さりげなく主張してみるも「その冗談、全然面白くない」と却下される始末。いや、大真面目ですが…。&lt;br /&gt;
　昨年末も健康診断で名前を呼ばれて診察室に入ると、女医さんが電子カルテを見ながら仏語で「○○(←私)さんを呼びましたが」と言う。頷いたら、「だから、○○さんの番ですが」と英語で繰り返す。だから「はい、私が○○です」と返すと、しばし沈黙して、「えーっ！あなた46歳なのっ!?…東洋人って…恐ろしい」と絶句された。&lt;br /&gt;
　断言するが、私は年相応である。その証拠に「若いね」が「元気ね」の同義語以外で使われた経験は日本ではない。欧州限定でブ魔女な私。日本人はツラの皮が厚いのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、家にある物の中で、欧州でのみ著しく評価が高いもの。それは火鉢である。これは裾が漆の切替わりで、流水文が気に入った。明治くらいの細工は平凡なお品。先日BRAFAという国際アートフェアに行ったら、東洋古美術を扱うブースの一つに桐火鉢があって、60万円の値がついていた。出店料もあるだろうが桁が違う。&lt;br /&gt;
　eBayがある時代になっても、洋の東西はいまだに問われ続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そこで、ブ魔女からの提言。さすがに40女を35以下の男性には紹介しにくい。でも欧州なら皆もれなく(美)魔女になれる。こちらに転職して来るのが、年下とつきあう近道かと思う。ただ結婚となると、パスポート提示は避けられないので、その時の相手のショックをいかに乗り切るか、そこが勝負どころではあるけれど。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63340898.html</link>
			<pubDate>Thu, 09 Apr 2015 19:14:39 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>知られざる日本趣味：アールヌーヴォー パン屑とり（ラマス・ミエット）</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/584996/31/63335931/img_0?1428268592&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　肩こりになる。が、欧州ではそれを説明できなくて困る。なぜなら、彼らの肩は凝らないから。ゆえに「肩こり」という単語がない。&lt;br /&gt;
　この痛みを表す単語を問えば、「寝違い」「首が硬い」と言われ、医者を薦められる。んな大げさな。マツキヨにもあるS字型肩押器もここにはないし、駅前にお手軽マッサージもない。で、同僚に肩を揉んでもらって「そこそこ、もっと強く～」とか言っていたら、隣の若いSEが「それはちょっと…」と耳まで真っ赤になっていた。マッサージ椅子は積年の念願なのだが、あのイケてない外見のものを家に置くのはいかがなものか。つまりドンピシャリ「肩こり」という単語は仏語にも英語にもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　逆に欧州のもので日本に存在しないものは邦訳語がなく、「ラマス・ミエット」もその類。これは19世紀末にフランスで作られた食卓用の塵取りで、食事中にテーブルに落ちたパン屑を、デザートの前に集める掃除道具。パリで少しお高いレストランに行けばクロスは白無地が基本で、糊の効いた木綿を滑るように曲線を描いてパン屑を集めるウェイターの洗練された手つきにはウットリするものがある。そして塵ひとつない純白のクロスにデザートが供されると、猫まんまや卵かけご飯が至福の私とて、なんとなく優雅な気分になってしまう代物である。&lt;br /&gt;
　これはアールヌーヴォーの、しかもジャポニズムが色濃い。浮世絵が印象派の画家やナビ派、イギリスのアート＆クラフト運動、ウィーンのクリムトやミュシャに与えた影響ばかりが目立つジャポニズムだが、陶磁器やガラス工芸などあらゆるジャンルに波及していて、実際に日本刀の鍔にそっくりなベルトバックルなんかも市で見た。&lt;br /&gt;
　それまでのヨーロッパで図案化される植物といえば「花」で、全体に埋めつくすか、中心に一つだけ描くか、またはフレームとして周囲に散りばめるかだった。野菜や生活雑器さえモチーフにし、アシメントリーな構図と絶妙な余白の古伊万里や漆器が与えた驚きはいかばかりだったか。江戸期に稲が文様に使われたように、このラマス・ミエットには麦芽があしらわれ、「パン屑集めに麦」と、どこか日本的遊び心を感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　現在のフランスの一般家庭で登場することはほとんどないラマス・ミエット。純血種日本人の私が家で「前菜はジビエのパテ、ペリゴール風でございます」的な食事をすることなどないので、これを使う機会は更にない。使ってもらえない道具とは、なんてお気の毒。&lt;br /&gt;
　TOTO社がウォシュレットをヨーロッパで売り出して数年が経つが、いまだに普及している兆しは全くない。あんなに便利なものでも浸透しないんだもの、日本がどんなに西洋に感化されても、ラマス・ミエットが日本で市民権を得ることは絶対にない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63335931.html</link>
			<pubDate>Mon, 06 Apr 2015 06:16:32 +0900</pubDate>
			<category>工業デザイン</category>
		</item>
		<item>
			<title>自腹を切っても分かりません：黒唐津割山椒小鉢</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579941/01/63327201/img_0?1427730376&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　地元でよく行く骨董屋さんが二つある。ひとつは『古美術』という店で、「古美術○○」とか「○○古美術店」という屋号ではなく、まんまの「古美術」。飼い犬に「ドッグ」と名前を付けた同級生がいたが、まあそんなかんじか。&lt;br /&gt;
　孫はまだいないかも…くらいのご夫妻が営んでいて、店内は玉石石石ぐらいの比率の混交。ご主人は昔のグループサウンズっぽい微妙なチャラさで、薀蓄の後に「東京で買ったら3倍はする」と必ず言い、胡散臭さは否めない。が、人当たりはすごく良くて憎めない。奥様のほうが泰然としていて値段の最終決定権もお持ちと見た。しかし夫婦のキャラはどうあれ、店の設えというか演出は他に類を見ないほど素敵で、古瓦と古木、更紗や欄干を観葉植物や水を交えてわざとらしくなく上手く配し、その上、出して下さる玉露がとびきり美味しく、隠れ家カフェのほうが流行りそうな、日がな一日、本を読んで過ごしたい空間なのだ。&lt;br /&gt;
　ということで、なんだかんだ言ってもこの店が好きで、帰省の度に餌食になっている。ここでは自分の眼で判断すべしと分かってはいるのだが、不思議と自信満々のご主人の私見をなぜかスルーできず、…唐津の向付を買った。彼は「江戸中期ぐらいはある古唐津」と言ったが、今思うとありえない。古唐津の定義は桃山から江戸初期なんだから。で、案の定、眺めれば眺めるほど、どことなく、そこはかとなく釈然とせず、なんの根拠もなく「違う」と思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　骨董がらみのエッセイやインタビュー記事には必ず書いてある「自腹を切って買い、痛い思いをすることで、初めて真贋が見えるようになる」という言葉を、なんとなく初めて実感したような器だった。中島誠之助さんなんかが「これはいけませんね」といっているのも、ああ、これがそういうものなんだと気が付く。私の眼は節穴なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そんな微妙な気分の唐津体験のリベンジがこの器。靖国神社の定期市で買った。私が悩んでいても、他を回って戻ってきても、別段何にも意見してくれない骨董商。これはいいのか悪いのか。一楽二萩三唐津、一井戸二楽三唐津。お茶の世界ではこんなに崇められる唐津なのに、とても分かりにくい。で、私には珍しく一週間考えた。それで忘れてしまうのが常なのだが、忘れなかったので頂いた。値下げ交渉もしなかった。した途端、おじさんはバンに積んだ段ボールに片付けてしまいそうな雰囲気だったから。&lt;br /&gt;
　今のところは気にいっている。ベルギーの青々しいアスパラに白和えなんか、土色に活き生き映える。&lt;br /&gt;
　唐津についてはまだ二度目。これで間違っていても三度目の正直ともいうし、ロッキーだってファイナルに至るまでに５回死闘しているし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ちなみに、地元のもう一軒は、商店街にある『○苑』というお茶道具屋さん。ＧＳおじさんと同世代と思しき店主は、悠然としていて、呉服屋の旦那的な風情がある。お道具屋なので現代作家の作もあり、お話全てに胡散くさいさが一切ない。そして、そこでいただいたもので変な気分になったことは一度もない。&lt;br /&gt;
　あまりにも芸風の違うこの二軒の店。長髪裾広がりスラックスのチャラ男と歌舞伎役者っぽい物腰の七三分けの旦那。私ってどっちもイケる口だったのね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63327201.html</link>
			<pubDate>Tue, 31 Mar 2015 00:46:16 +0900</pubDate>
			<category>工芸</category>
		</item>
		<item>
			<title>還暦だから生まれ変って：ヤマハ1953年製アップライトピアノ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579946/51/63322351/img_0?1427440316&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　4年前の大震災。その翌々日にサルコジ大統領は日本に居住する全てのフランス人に即時国外退去を指示し、アジアのビジネスから完全に離れられず、母国への帰還が難しい人は香港とシンガポールに一斉退避し、当時シンガポールにいた私は、急に街中に増えたフランス人に驚いた。&lt;br /&gt;
　その半年後に東京に転居した私にグループメールが届いた。中古ピアノの引取り手を探していると。フランス人の撤退で経営が立ち行かなったフランス人幼稚園が閉鎖となり、配送費を持てばタダで譲ってくれるという。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　1900年に国産初のアップライトピアノの製造を開始したヤマハ株式会社の1953年製造品で、現在ヤマハがネットで公表している型としては最古のU1シリーズ#100モデル。当時の195000円は現在相場に置き換えると200万円ぐらいとい大変な高級品だった。とはいえ、現在このモデルは修復の手がはいっていなければ10万円もあれば余裕で買える。&lt;br /&gt;
　高度成長期の後、女の子のいる家庭では五段飾りの雛人形よりピアノの普及率のほうが高かったとさえ思える70-80年代、ウチにもあったヤマハのピアノは年間20万台という大量生産品だったが、このモデルは年間で約4000台生産されただけ。使用されている木材もまだ良質で接着なども手がかかっているそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、配送されてきたピアノは、粗大ゴミ蒐集が趣味の私でも引いちゃうぐらいボロかった。幼稚園児にボコボコにケリを入れられ、おもちゃで叩かれ、マジックで落書きされ、あしたのジョー並に傷だらけ。ペダルはスカスカだし音の出ない腱板もある黒いアップライト。こうなると調律もできず、電子ピアノのままでよかったんじゃないかと後悔がよぎる。いくつかの修理業者は、「オーバーホールすればラフマニノフでも弾けますよ」と言ったが、見積りは新品のいいピアノが買える金額。そもそもラフマニノフなんて弾けないからっ！&lt;br /&gt;
　そんな折、本郷の修復士さんが、オーバーホールとまではいかないが、アクションの総取り換えて修理すれば費用を少し抑えられて、ショパンやサティぐらいなら30年は弾けるようになると言ってくれたので、即決。それから「あの…、真っ赤に塗り替えられますか」と付け足したら、「あ、赤？」と彼は目が点になっていたが、「真っ赤」の発色は希望した通りに出してくれて、今や毎日指を置かぬ日はないほど愛用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　パリにいたころ、知り合いがアンティークのピアノ修復の修業をしていて、パッシーにあったアトリエには何度か行った。1900年代のシードマイヤーやプレイエルなど、音が柔らかで、見た目もアンティーク然と美しい。手が届く金額のものもあった。でも…どう考えても、私の家財道具に西洋アンティークの大物は…全然合わないのである。結局そこでは踏ん切りがつかずにいたのだけれど、今、変身～した還暦過ぎのヤマハを眺め、「君に出会うために生まれてきた~♪」と、クサイ歌詞にでてきそうな感じにご満悦な私は、結局のところ、そこまで「音」の違いがわからず、「見た目」に対するこだわりが強かったということか。&lt;br /&gt;
　ケーブルTVで『カサブランカ』をやっていたので、As time goes byを練習中。しかし、加齢とともに初見で弾ける曲がどんどん減ることに気づいた今日この頃、誰か私をオーバーホールしてください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63322351.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Mar 2015 16:11:56 +0900</pubDate>
			<category>工業デザイン</category>
		</item>
		<item>
			<title>エントリークラス的作家冥利：明治伊万里　桜御所車文印判六寸皿</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579941/67/63317867/img_0?1427137814&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　岡山の実家のほど近くにある林原美術館。たかが徒歩10分でも、そこにいた頃の私はティーンエイジャーで、烏城下の美術館よりお堀に浮かぶ白鳥ボートで友達と競争することのほうが楽しかったので、一度しか入館したことがなく、そしてその中で記憶に残った唯一のものが色鍋島の桜御所車文の皿だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人間の感性は正直だ。例えば美術に疎い学生時代の私が初めてパリのオルセー美術館を訪れたとき、驚いて長らく見つめた二つの絵。それがモネの「パラソルの女」であり、またゴッホの「ひまわり」で、もものすごいマスターピースだということを帰国してから知った。お皿といえば瀬戸物か地元の備前焼か、またはヤマザキパンの景品しか知らない体育会系高校生の私でさえも、盛期色鍋島のそれが秀でて目を囚われるほど、芸術というのはオーラを放つものなのだ。そして代々の今泉今右衛門が今も踏襲する錦桜御所車文。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この染付の六寸皿は、鍋島のような御大層なものではなく、明治前期の印判手。有田の城島窯、城島岩太郎の作である。岩太郎は釉薬の研究に励んだ人のようで、印判で染付のイゲ皿やこういった六寸皿に多くその陶印が見られる。&lt;br /&gt;
　ところどころに鉄釉シミや釉薬斑があり、アッパークラスの窯ではなかったようだが、それでも日露戦争前夜の1903年、戦前で最後の内国勧業博覧会では、美術部門での褒賞の二等賞を深川製磁とともに受賞している。ちなみに一等賞は香蘭社である。この博覧会に先立つ1900年のパリ万博では深川製磁が金メダルを受賞している。深川兄弟強し。華々しく名売り、上場をやめたとかやめないとか色々あったにせよ、現在もなお続く香蘭社や深川製磁と同じ褒賞をもらっているのに、どうも後世に全く名を残していない城島岩太郎さんなのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかしながら、はたして歴史に名を残すことがいかばかりのことなのか。&lt;br /&gt;
　私は凡人なので、芸能界でオリコンのヒットチャートで記録的な連続首位をだすことも、陶芸家になって伝統工芸展で毎回宮内庁お買上げになることも、新製品開発でビルゲイツになることも、どこかの国の皇太子の嫁にもならないから、事故死したところで誰の記憶にも残らない。歴史的な犯罪者になる勇気はない。医学的にありえないほど長生きすることぐらいはできるか。でも、もし「後世に名を残すチャンス」なるものがあっても、それに飛びつくことはないと思う。なぜなら後世には自分はいないから。発つ鳥後を濁さない程度で十分で、飛んでったあとに池には関心がない。もちろん原発廃棄物の放置とか、何の策もなくTPPに全面降伏とか、そういうのはちゃんと後世を考えるべきことですが。&lt;br /&gt;
　西行さんなんて、「ほとけには　桜の花をたてまつれ　我が後の世を　人とぶらはば」とかいって、死んだ後まで人に頼み事してるけど、私はそれも極力避けたいとは願っている。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ただ、もしあの世というものがあるならば、100年前に作った自分のお皿が、香蘭社や深川製磁の輸出製品よりも、ずっと世界中旅をして、春になっても桜の咲かぬ土地で、私の気持ちをアップさせてくれていることを、城島岩太郎さんが空から眺めて微笑んでくれればいい。でもあくまで遠くからね。嬉しいからといって丑三つ時に出てこないよう、念のため、よろしくご理解を。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63317867.html</link>
			<pubDate>Tue, 24 Mar 2015 04:10:14 +0900</pubDate>
			<category>工芸</category>
		</item>
		<item>
			<title>昭和の無所属中年:　横尾忠則作(1972)、ビートルズのポスター</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579949/41/63312641/img_0?1426803502&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　大抵の流行ものからは取り残されている私であるが、昨年はアリスとローリング・ストーンズのコンサートに行った。それのどこが「流行りもの」なのかはまあさておき。&lt;br /&gt;
　ご近所のよしみでご家族が直々にチケットを取って下さった、30年ぶりの生アリス。還暦になっても皆スリムで、もとから頭髪が後退していた谷村さんは全くお変わりなく、キンちゃんの呟きトークは愛らしく、病気持ち以外は40歳で全員ホンジャマカ石塚になった学生時代のゼミ友とは大違い。小学生だった私がジャカジャカとギターを弾きまくった『ジョニーの子守歌』。「なぜ子守歌？」「なぜジョニー？」と、今ならツッコミどころ満載だが、子供の私には分からなかった歌詞の意味に気づいて、ああ自分も歳をとったなあと思った。&lt;br /&gt;
　続けざまにストーンズ。地下鉄や街中にばらまかれた古希のおじさんズのポスター。鈴木その子さんとか、復活して坊主頭になった岡本夏生とか、なんというか、そう、以前、渋谷で超ギャルギャルファッションの女性を追い抜くとき、チラリと顔を見たら…どこかで見たことある…、あ、あべ静江…と、見たほうがいたたまれない。ストーンズのポスターもそんな感じだ。&lt;br /&gt;
　が、ドームで目から鱗。体操コーチの父親の元、ずっと「体操(?)」を欠かさないミックは、キレキレに走る、ジャンプするる、声量バリバリ。フェロモン全開だった。「ミック～っ！」と黄色っていうか、もう黄土色の声を上げる中年の私。そういえばモデルの年下妻は先日自死なさったので、現在ミックの妻の座は空席。私、歳の差なんて気にしないわ、ミック様。そしてドームを満席に埋める中年のオッサン軍団も、息切らし、肉揺らして皆踊る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　西欧の40代以上の男は二つに分けられる。ストーンズ党とビートルズ党である。日本ではそのどちらにも属さない無所属もいるだろうが、欧羅巴では無所属はマイノリティ。私などは子供のころ「ずうとるび」と「ビートルズ」の違いが分からなかったし、今でもポールだかリンゴだかの顔も判別がつかない。&lt;br /&gt;
　学生時代のゼミ仲間にもビートルズ党（ハト派）がいて、新婚旅行はリバプールを筆頭にビートルズ所縁の地を訪ねる旅だった。なので、横尾忠則デザインの「Beatles/Jesus Christ」のオリジナル・オフセット印刷を手頃な価格で譲っていただいて、即、彼にプレゼントしようと思った。&lt;br /&gt;
　現在のサイケデリックさはない。ビートルズとキリストを大胆な構図で、古本屋で時折見る、70年代『少年マガジン』の表紙っぽい妖しい色遣いが、いかにも当時の横尾忠則。これとは違うバージョンが東芝MEIからの公式ポスターとなったため、これはおそらく未発表のもので、幻のアイテムともいえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　額装して宅配で出すとき、「奥様の好みじゃないんだから、物置の隅とかに置いて、時々こっそり眺めてね」とカードを添えた。そしたらお礼のメールがきた。&lt;br /&gt;
「今まで僕の持ち物は全て、見える場所に置くのは厳禁だったんだけど、おまえのおかげでビートルズのポスターが燦然とリビングに飾られている！」&lt;br /&gt;
オーマイガッ！あんた、いつからタカ派になったの。見えない場所でこっそりって言ったでしょっ！奥様はMarimekkoやittala好きのおしゃれさんなのに、北欧デザインと横尾忠則ｘBeatlesでは食い合わせが悪すぎる。しかし…、彼らは私の紹介で結婚したので、人並み以上に気遣いをする奥様には、強要に等しいことに気づかぬ、完全に私の迂闊。&lt;br /&gt;
　彼女と顔を合わせるのが恐ろしく、それ以来、彼らの家には伺えぬまま現在に至る。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/63312641.html</link>
			<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 07:18:22 +0900</pubDate>
			<category>絵画</category>
		</item>
		<item>
			<title>昭和枯れススキは今いずこ：お月見盆と肥&amp;#30879;山造高杯</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/584996/96/61045396/img_0?1315839374&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　明日はお月見だというのに、見つからない。近所のお花屋さんを７軒回ってみたが、ススキがない。&lt;br /&gt;
　そもそもススキなんてのは近所の河原とか空き地とか山裾とかにぞわぞわ自生しているもので、花屋で買うようなものではないんだろうが、引っ越して２週間、片付けもほぼ終わりハタと周りを見渡すと、自分で選んでおきながら、いったいここはなんなんだ？&lt;br /&gt;
　１年の期間限定セレブマンション。永田町のふてぶてしいオッサンも桜田門の警視総監も、皇居までも見下ろし靖国神社の参道を正面に据えるここからは、150度はあるパノラマ窓で新宿副都心高層ビル群から神宮球場のナイター、東京タワー、丸の内のオフィス街がぐるりと見渡せる。朝夕は富士山も拝めちゃったりする。だけどススキもつくしん坊もなく、萩も秋桜も期待できないどころか雑草すらビビって出てこないかんじだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　この春、代々木公園近くに滞在していたとき、神社の夜店で迂闊にも金魚すくいをやって持ち帰ってしまった。一週間ペットボトルで飼ってみたが、シンガポールに戻る段になってどこか川か池に戻してやらねばと思ったもののハテさて。代々木公園内に至る道沿いにも、公園内にも･･･池も川もドブすらない。うっそぉ。公園を徘徊すること1時間。飛行機に乗り遅れるんですけどぉ、多摩川やら鶴川やらに行ってる時間はないし、名実ともに「生」ゴミ行きか･･･。とそのとき、古畑任三郎の如く（古っ！）ガリレオ先生の如く（あ、ちょっとマシ）閃いた。ビビッと隣の明治神宮への道筋が電子回路のよーに。あそこには人工池というか小川みたいのがあったっけな。そして参道へまっしぐら。が、池には立ち入り禁止の柵(号泣)。その先の橋、見下ろすと５ｍは下にちろちろと人工池に続くせせらぎ発見！し、しかし明治神宮様の参宮橋からペットボトルの水をドボドボっていうのは、いかがなもんかと一瞬ひるみ、竹箒を手にした禰宜さんが遠ざかるのを見計らって、ガイジン観光客と参拝客の視線にグサグサ刺されながらも果敢に放出。小川はちょろちょろ程度だから金魚にとっては決死のダイビングだが、私の類まれなるコントロールのおかげで見事着水。ゆるり流れて池のほうに辿り着いた模様だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　スローライフとかエコロジーとか言われて久しいが、都心っていうのは人間の渦のわりに人間離れ(?)した場所だと気づく。死んだら灰にしてそこらに流してくれりゃいいよ、とか思うものの、規格通り「火葬して墓」のほうが撒く場所すら探すよりずっと周りの迷惑にならないだろう。&lt;br /&gt;
　貧しさに負けた～、いいえ世間に負けたぁ～、花さえも咲かぬ枯れススキ～♪なんてものすらないのが都心である。枯れてていいから、私にくれよ！お月見やるんだから。&lt;br /&gt;
　日本を出るときに知り合いが下さったお月見盆。あまりシュミではなかったのと、月を眺める習慣がない外国生活が長かったので、登場するチャンスを与えられないまま日本に戻ってきた。15年ぶりに出してみると悪くないかんじ。ススキの絵も入ってるし、これで済ませるか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それにしてもこのずばらじー眺めを一生に一度ぐらい堪能するのも悪くはないが、さすが靖国神社と皇居が隣だと右翼団体が毎日ご丁寧に周回くださるのでちと煩い。　&lt;br /&gt;
　街宣車から鳴り響く宇宙戦艦ヤマトを聞きながら、日曜の昼下がり、お月見団子を買いに出た。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/61045396.html</link>
			<pubDate>Mon, 12 Sep 2011 23:56:14 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>サバの読み描き：　H.H.&amp;G社　イングリッシュ･イマリ　ティーセット</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579941/32/60987432/img_0?1313799154&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　イギリスの鯖はやせていて秋刀魚の弟分みたいな形状をしている。これがけっこう美味で、塩焼きとか燻製とか味噌煮とか調理法さえバリエーションすれば朝昼晩でも食べれそうなほど、日本のものと優劣つけがたい。などと感じるのは、イギリスでは他のものが圧倒的に不味い･･･というか味がない･･･というか、とにかく世界が報道したロイヤル･ウェディングで、美少年から瞬時にオッサンへ変化したウィリアムの後頭部がかなりイタく、還暦過ぎたローリングストーンズのコンサートがイタく、レディ・ガガの登場でマドンナのセクシーコスチュームがちょっとイタくなってきても、年中曇りで消費税が高くても、それでもイギリスってのはなんとなく憧れちゃうような国なのだが、ただ食に関してはイタいとかそういうレベルを通り越した天下一の不味さである。よってイギリスの鯖もが秀でて美味しいと感じるのは、例えば中国人と食卓を囲むと「私ってサーヤのごとくお上品？」と感じたり、平均身長♂185cm♀172cmのオランダに行くと「私ってもしかして華奢？」と思ったりするような、単なる錯覚かもしれない。&lt;br /&gt;
　そう、私はオランダに行くと平均である。日本だとデカい。その上、ブスで貧乳というヘレンケラーも真っ青の三重苦で、近年は「年増」という苦難が圧し掛かってきても、とりあえずその実態を正直に申告するタチである。が、世の中の「サバを読む」という詐欺犯罪はまったく取り締まられず、野放しのまんま。特に身長体重年齢詐称は『魔女たちの22時』で「娘のカレを略奪！」ってなオバサンの登場で極まった感がある。逮捕しろ、逮捕。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この器も30歳詐称されていた。西フランスの漁港近くにある骨董屋さん、銀行勤めの妻に食わせてもらっている店主は「19世紀末」と言ったが、これは1920年～30年、日本で言う大正ロマンとかの時代のもの。この店主、前にもことごとく30年の時代詐称をしていた。どうせならドーンと世紀単位で詐称してみろっての。そんなチマチマだから、妻の尻にしかれてるんだろうなと余計なお世話なことを考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1862年のイギリス万博が日本の万博デビューだったが、その後1867年、1878年のパリ万博や、北斎に象徴される浮世絵ブームにあいまって日本趣味は最高潮に達する。そんなジャポニズムの流れに乗ってイギリスでもSamuel Radfordという作家を皮切りに伊万里を模した陶磁器が19世紀末から50年ほどの間に各地で焼かれる。これもそういう類のもの。&lt;br /&gt;
　ロンドンの今はなきHales Hancock &amp; Godwin社が、リバプール方面へ200Km、Staffordshireという町に当時30ほど軒を連ねた窯元のひとつに作らせたものだと思われる。染付技術がなかったため、赤絵の上に黒を乗せて赤絵染付の雰囲気を出そうとしているところが、稚拙で素朴。&lt;br /&gt;
　これが「伊万里風です」というのは、私が「20代に見えるっていわれます～♪」というのと同じぐらい僭越だと思う。ただ、いわゆる贋作とちがって下手な小細工をしておらず、純然と自文化に好きなものを取り込みたいキモチがある。「女になりたいの～」という素直であっけらかんとしたIKKOさんとかはるな愛とか、そんなあけっぴろげな努力が微笑ましくていただいてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まあしかし、私はサバは読まないが、無類の鯖好きなので、いまわの際には鯖寿司を食べさせてくれというのが、今のところ親族に伝えてある唯一の遺言（?）である。&lt;br /&gt;
　願はくは花の下にて春死なん、そのきさらぎの鯖寿司のころ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/60987432.html</link>
			<pubDate>Sat, 20 Aug 2011 09:12:34 +0900</pubDate>
			<category>工芸</category>
		</item>
		<item>
			<title>フランス人のこだわる眼：葛飾北斎『千繪の海 待チ網』</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b0-b9/linlin_s_sister/folder/579949/49/60943949/img_0?1312231215&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　1年ぶりにパリを散歩した。店舗の入れ替わりはあるものの、街並みは全く変わりがなく、それが嬉しいような寂しいような。東京やシンガポールでは1年も経てば、新しいビルがにょきにょき立ち、ヒルズとか汐留とか丸の内とか、街がどんどん再生されて迷子になる。蠢くような熱に満ちたアジアを訪れると、見識のあるヨーロピアンは「あっちはもう死んでるから」と言う。例えばフランスの生産性や志気の低さや、それを差し置いた待遇改善の執拗なまでの要求は、長年続くと悪循環で、退廃的な無力感が漂っている。&lt;br /&gt;
　パリにしか住んでいない人には、その自覚症状がないから困る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　がしかし、確かに美的コダワリのある人はわりといる。&lt;br /&gt;
　地下鉄でゲイカップルらしき男二人がいて、ひとりは頭ぼさぼさの不潔っぽい無精髭。極めつけにジーンズを半ケツぐらいずり下げ、･･･ってか、にーさん、下げすぎっ！パンツ覗いてまんがな、ってなチラリズムどころか、パッション紫色のブリーフが5cmは露出している。が！ラフに着たラベンダー色のセーターが、はみパンの紫と調和しているうえ、シャツ袖口のボタン穴は紫の縁取りで、だらしなく見えて隙がない。俄然ボサボサ頭が無造作なスタイリッシュに、無精ひげもセクシー感満載に見えてくる。アキバ系がツンデレに萌えるのと同じように、ダラピリ系にクラっとくる私。&lt;br /&gt;
　ある友だち(西洋版骨董オタク)は家の改装にあたり、船舶用円窓の素材感で建築家と互いに譲らず決裂し、元部下（ゲイ）は社内標準の見積書がダサくて美意識に反すると、独自フォーマットを作った。多少ルールから外れても寛容で、ケセラセラなくせに、シャツにパスタソースが散った径0.5ミリの染に「うぎゃー」と大騒ぎするお国柄。「美」に対するコダワリが尋常でない人の率が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　表参道近くにある太田記念美術館にも収蔵されているこの絵は、北斎の『千繪の海』。関東周辺の漁をテーマに水の流れと漁師を躍動感溢れる描写で表現した錦絵の連作で、『富嶽三十六景』完成期の同年作とされる。ホクサイって何？というレベルの我楽多屋に転がっていたのを、今私が居候しているノルマンディの家のマダムも北斎とは知らずに買った。保存が杜撰だったのか色褪せて、2色の濃淡しか残っていない。それでも市井の生活感と躍動する水が、A5版ほどの枠から飛沫を放つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このシリーズは全10図。各図50枚は刷られたという富嶽三十六景と違い、これは各十枚しか刷られなかった希少品で、日本に揃いは存在せず、全十図が最初に発見されたのはパリ国立図書館だった。それについてお正月にNHKで『幻の北斎』とかいう特番があったらしいのだけれど、見逃してしまって残念無念。それを見ていれば、この絵がフランスに渡った理由が分かったろうに。&lt;br /&gt;
　富士山や役者絵ならまだしも、漁師じゃありがたみがねえや！と当時の江戸っ子が言ったかどうか。この絵はフランス人のお眼鏡にかなって海を渡ったのだろう。同じシリーズの「総州銚子」がゴッホやモネをはじめとする印象派に多大なる影響を与えたことはあまりに有名だ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　不思議なアートがわんさかで、それが不思議な調和をなしているマダムの家。今晩は、鰯の南蛮漬けを、彼女が掘り出したイゲ皿に盛ってみる。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/linlin_s_sister/60943949.html</link>
			<pubDate>Tue, 02 Aug 2011 05:40:15 +0900</pubDate>
			<category>絵画</category>
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