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近江屋

慶応3年11月15日、午後9時ころ
坂本龍馬暗殺。
 
龍馬は近江屋新助方の2階座敷で、陸援隊長の中岡慎太郎と面談中でした。
数日前から風邪気味だったという龍馬は、14日に潜んでいた土蔵から母屋に移っていました。
午後8時ころ空腹を覚えた龍馬は軍鶏を買いに行かせました。
 
軍鶏を買いに行ってから帰ってくるまでの小一時間の間に事件は起こりました。
 
十津川郷士を名乗る数人の武士が龍馬に面会にやってきました。
下僕である藤吉は以前から十津川郷士に面識があったため、なんの疑いもなく龍馬に取り次ごうとしていました。
階段を乗り切るあたりでその武士がこの藤吉を斬り、階段を落ちる音に龍馬は、藤吉と軍鶏を買いに行った峯吉が帰ってきて相撲を取っているものと思い「ほたえな(さわぐな)」と叫びました。
その声を聞いた刺客たちは龍馬たちの部屋に入り、来客を装っていきなり龍馬の前頭部を薙ぎ、その血が有名な寒椿白梅の掛け軸に飛びました。
 
無腰だった龍馬は床の間の刀掛けから太刀を撮ろうとしたときに、右肩先から袈裟懸けに二の太刀を浴びせられ、刀を持って立ち上がったところを再び斬り付けられてしまい、それが致命傷となりほぼ即死の状態だったそうです。
 
龍馬には全身34箇所の刀傷があったと言われています。
 
龍馬が前に潜伏したいた酢屋から移り住んできたのが慶応3年11月5日からということで、あっという間に襲われたことになります。
 
 
 
 
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現在はサンクスの前に静かに石碑が建っています。
ここは今でも繁華街でほとんどの人がこの石碑に目もくれず通り過ぎていきます。
 
 
 
 
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ここで龍馬は暗殺されました。
奇しくも龍馬33歳の誕生日でした。
 
龍馬と斬ったとされる刀は霊山歴史資料館に展示されています。
桂早之助のものと言われています。
 
 
 
 

西岸寺〜油懸地蔵〜

寺田屋事件の際に龍馬が逃げ込んだ場所らしいです。
 
 
 
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ここから材木資材置き場に逃げたんでしょうね。
 
 
 
 
 
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この中にはかわいらしいお地蔵さんがいらっしゃいます。
昔から油をかけてお参りするそうなのですが、油をずっとかけ続けている為に
2㎝ほどの厚みができているそうです。
 
龍馬もここによくお参りに来ていたそうですよ!
 

龍馬通り

こちらも龍馬坂に続いてよくある名前ですが
龍馬通りです。
この日はなうなうした通りロケをやっていました。
 
 
 
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入口にはこんな石碑があります。
 
 
 
 
 
 
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ここには龍馬の土産屋や以前お邪魔した真剣道場もこちらです。
静かな伏見にしては賑やかな商店街です。
 

お登勢さんの墓

寺田屋の女将さんであり、
龍馬の絶大な支援者であるお登勢さん。
妻であるお龍の面倒まで見てくれた方です。
実はこの方のお墓があるというのを最近知りました。
 
 
 
 
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場所は寺田屋から徒歩10分程度のところ。
松林院というところです。
ご覧の通り中には入れなかったのでお墓の実物を拝むことはできませんでしたが、
こうして龍馬と深く関わった人のお墓が近くにあったということを知ってよかったです。
 

寺田屋

ここは最近わかったことらしいですが、
昔の寺田屋ではなく、鳥羽伏見の戦いで焼失したということで
再築されたものらしいです。
 
でも疑問が・・・なのになぜ弾痕があったりするのでしょうか・・・
 
まぁ、細かいことはさておき、ロマンがあっていいじゃないですか。
ロマンを純粋に楽しみましょうということで紹介します。
 
 
 
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もろに寺田屋と出ていますね。
ここは龍馬が薩長同盟を締結した際に祝杯をあげていたところ
襲撃された場所です。
後の龍馬の妻となるお龍が裸で風呂場から階段を駆け上がり、急を知らせに来たということで有名ですね。
その風呂も現存しています。(焼失した件はここでは不問ということで・・・)
 
 
 
 
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今現在も営業がされており、
宿泊することもできます。
確か素泊まりで6000円だったと思います。
 
 
 
 
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横から。
この裏の方から龍馬は逃げて行ったのですね。
 
 
 
 
 
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ここに龍馬の銅像があります。
銅像それぞれにいろんな顔がありますね。
 
 
 
 
 
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実はここにはもう一つの話があります。
それは寺田屋騒動です。
よく池田屋事件と間違いますが、池田屋事件は新撰組が襲撃したもので、
寺田屋騒動は薩摩藩士同士が殺し合った事件です。
 
 
 
 
 
 
 
 
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これはきっと当時からあるものなんだと思うのですが、
薩摩藩士が同士を討つ時、一人が相手の動きを封じ、自分ごと刺して相手の息を止めろと
泣く泣く戦ったという話です。
お互いよく知っているもの同士で、互いの気持ちもよくわかる中、
壮絶な思いの中での戦闘だったのだろうと思います。
 
 
 
 
 
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確か維新の水とか井戸とか書いてあったように思います。
要するにこの井戸水が使われていたということでしょうね。
そういう生活感あるところが同じ人間目線で感じれてうれしく思いますね。
 
 
 
 
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入口にこういった石碑が建てられています。
 

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