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ここには本当に何度も足を運んでいます。
特にこの公園にある桜の老木は大好きで
初めて関西に来た時から本当に四季折々の顔を見せてくれます。
春には花見で賑わい、
外国の人たちも含めて本当に多くの人が集まります。
春と違って色深い秋も人の数はまばらですがよく似合っています。
悠久の時ですね。
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ここにはもう何度も足を運んでいます。
今回は土佐勤王党結成150年ということで
「竜馬と土佐の衝撃」という特別展示がありました。
つい先日発見された近藤勇の詩書などがあり初公開のものを
数点展示されていました。
その他にも初めて見たのですが、
武市半平太(瑞山)の所用の脇差。
太くて立派な短刀でした。
これを武市は横一文字に三度切り裂き、見事な切腹をしました。
そのほかにも切腹時に来ていた肌襦袢の一部もあり、
今もなおその血痕から切腹の激しさがうかがえます。
他にも龍馬暗殺に使われた刀(桂早之助が下手人といわれています)や、
龍馬襲撃の指揮をとっていた佐々木唯三郎の血染めの鎖帷子、
今井信郎の脇差などが展示されていました。
以前は、近藤勇の所用刀「虎鉄」なんかも展示されていましたよ。
暗殺の再現CGも3Dになってました。
悲しくもなりますが、貴重な資料が展示された楽しい空間でもあります。
場所は霊山護国神社のとなりにあります。
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「龍馬坂」と呼ばれる坂はいつくか聞いたことがありますし、
実際に見たこともあります。
今日紹介する龍馬坂は京都にある龍馬が最後に通った坂です。
石碑にもある通り
龍馬以外にも多くの志士がここを通ったようです。
龍馬はここを通って霊山護国神社へ埋葬されたそうです。
ここは2年坂霊明神社へ向かう道なのですが、
今は本当にひっそりとして人がほとんど通っていませんでした。
ほとんどというか同じく写真を撮りに来ていた人が1人ほど・・・
ちょっと表の2年坂に出れば観光客で賑わっているところです。
何も語ることなく通った坂ですが、
仲間のいろいろな思いを抱えながら登って行ったのでしょうね。
今回が初めての訪問でした。
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引き続きですが、
ここでは毎年龍馬の命日に「しゃも鍋」が振る舞われます。
龍馬が実際に亡くなる時にしゃも鍋を食べようと峯吉という
少年にしゃもを買いに行かせていました。
その間に暗殺されてしまったのです。
ということで、龍馬と一緒に味わおうということで
当然、お墓にもお供えされ振る舞われるのです。
かなりの量を作っています。
志ということで寄付を入れてしゃも鍋をいただきます。
龍馬と同じものを、
龍馬と一緒にいただきます。
生姜が効いていておいしいですよ!
高知の名物であるゆず。
ということで、ゆずジュースとゆずサイダーをおいしくいただきます。
そして、長崎龍馬と高知龍馬、龍馬の銅像と記念撮影をしました。
実は先ほどの記事で紹介した霊山護国神社には、
多くの幕末志士たちが眠っています。
ただし、ここには高杉晋作のお墓もあるのですが、
実際には吉田に埋葬されているため、すべてが本当の墓ではないようです。
当然、戦で遺体のない墓もあると思うのでどれが本物であるかは区別がつきません。
ここではそんなことはどうでもいいので今こうしてあることに感謝するのみです。
これは桂小五郎(木戸孝義)のお墓です。
横には妻である幾松のお墓があります。
この人も龍馬と同じで天才と言われるような剣技を持っていながら
生涯剣で人を殺めたことがないそうです。
この人は江戸三大道場の一つ「力の斉藤(斉藤弥九郎)」の練兵館に入門し、
神道無念流の免許皆伝を得ました。
池田屋事件の発端となった
新撰組・土方歳三の拷問を受けた古川俊太郎の墓もあります。
尊王攘夷の急先鋒として散った天誅組の碑
その天誅組の筆頭であった吉村寅太郎の墓。
横井小楠の墓。
この人は熊本藩出身で福井藩の松平春嶽に招かれて政治顧問となった人です。
見ての通りこれだけ多くの墓があります。
墓というよりもほとんどが慰霊碑のようなものなのかもしれませんが。
そしてここからはこんなにすばらしい京都の町が見下ろせます。
遠くに京都タワーが見えます。
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今年も龍馬の命日にお墓参りに行ってきました。
場所は京都は東山の霊山護国神社です。
かれこれ4年連続お参りに行っていますが、やっぱりなにか特別な時間のように感じます。
まずはここから長い坂道を登っていきます。
だんだんとお墓が近づくにつれて感極まるものがあります。
入口を入っていくと正面に神社が顔を出します。
昨年は龍馬伝をやっていたこともあり、龍馬伝のお龍の写真展が開催されていました。
今年は書道にも定評のある中岡新太郎の展示が行われていました。
遺影のように見えてしまうのですが、
このようなものも毎年飾られています。
龍馬の像もお出迎えをしてくれます!!
来たって感じがしますね。
入口右手から龍馬のお墓に向かう道があります。
そこの階段を登っていくと・・・
龍馬・新太郎・藤吉のお墓が並んでいます。
左が龍馬の墓。
右が新太郎の墓。
この左側に藤吉の墓があります。
今回は朝一番で行ったので人もそれほど多くはなく、
お供え物についてもまだまだ少ないです。
夕方の供養の際には入場規制まであり、多くの人でごった返します。
わかりにくいですが、
手前から、
新太郎の墓
龍馬の墓
藤吉の墓
になります。
当時はおそらく土葬だったと思うので、
この下には龍馬の肉体があるのでしょうね。
なにか思うところがありますね。
龍馬・新太郎の像です。
円山公園と同じ格好をしています。
いろんな角度から撮ってみました。
これを見るだけでも感動的になってしまいますね。
ゆっくりと休んでほしいものです。
また足を運びます。
遠くで日本を見守っていてほしいと思います。
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