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みなさん、「依田勉三(よだべんぞう)」という人物をご存じでしょうか? 依田勉三とは、まさに「帯広を開拓した人」なのです。 下の写真は、若き日の依田勉三です。 依田勉三は、嘉永6年(ペリーが浦賀に来た年)に生まれました。 そして明治14年、一人で帯広を調査し、この地が肥沃で将来性のある土地であることを目につけました。 翌年、資金を集め「晩成社」という会社を設立します。 最初の3幹部と呼ばれるのが、依田勉三、鈴木銃太郎(すずきじゅうたろう)そして渡辺勝(わたなべまさる)です。 明治16年、依田勉三を団長とする22家族27人が十勝を目指し、ここから十勝の開拓がはじまりました。 開拓の苦労というのは筆舌に尽くしがたいものです。 写真は、依田勉三が明治26年から大正4年まで、十勝の大樹町に住んでいた頃の家を復元したものです。 中を覗くと4畳ほどの土間と居間、そして風呂と物置が見えます。 とても質素な生活だった様子がうかがえます。 依田勉三が謳った有名な句がこれです。 「ますらおが 心定めし北の海 風吹かば吹け 波立てばたて」 依田勉三が、幾多の困難にも真正面から立ち向かった意志が伝わる句です。 時期をみて、依田勉三が辿った軌跡を時々アップしていきたいと思います。
これは、十勝に生きる人間の語り継ぐ宿命と感じています。 |
依田勉三
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十勝の開拓者! その存在は有名ではありませんが、未来に語り告がれる価値のあるものです。
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