|
お盆の休みに岐阜城へ行ってきました。 実は朝、昨年行ったダイナランドのゆり園を見ようと家を出発したのですが、高速道路が渋滞! 急遽予定を変更し岐阜城へ向かうことにしたのです。 岐阜城と言えば標高329mの金華山山頂に築かれた、織田信長、斉藤道三の居城だった難攻不落の城。 山頂までは徒歩でも登れるみたいですが、この日は非常に蒸し暑く少し歩くだけでも汗ビッショリです。 という事で、我々はロープウエイで登ることにしました。 ま!普通の人はこの方法で登ると思いますが・・・ ロープウエイの山頂駅を降りた所には“リス村”があります。 リスに触れたり餌をあげることができるのですが、ナント飛びつくと思っていた娘はパス! あんなに可愛いリスなのに怖かったのでしょうか?? ここから10分ほど徒歩で登ると天守閣が見えてきます。 この天守閣は昭和31年に造られた鉄筋コンクリート製の建物です。 てっきり冷房が効いていると思って入館したのですが、残念ながら暑かった〜 でも、我慢して中を見学します。 展示物はお決まりの刀剣、鎧兜、それに城跡から出土した瓦などが主です。 それと、やはり織田信長の城ということもあって、肖像画や木像が展示されていました。 天守閣の最上階から見る眺めは、まさに絶景! 金華山の麓に広がる岐阜の街、それに長良川が一望できます。 信長も道三もこの景色を見ながら毎日をすごしたのでしょうね! 今までに私が訪れた城の中ではもっとも眺めが素晴らしい天守閣でした〜 同じく山頂に建てられている岐阜城資料館へも入ってみました。 刀剣類に加え、以前に建てられていた岐阜城の写真や、珍しい“さざれ石”も展示されています。 さてと、12時を過ぎて、お腹が空いてきましたので展望レストランで食事をすることになり、 私が注文したのは“どて丼” どての甘辛さに添えられたカラシがいいアクセントになって、美味しい丼でしたよ。 さすが、このレストランの名物?とされているだけあります。 お腹がいっぱいになり・・・ 少し早いのですが見るものもないので麓に戻り、土産を物色することにしました。 ですが、ロープウエイで麓まで降りると、今にも降り出しそうな天気! 傘を持っていない我々は、土産どころではなく急いでクルマに戻り帰ることになっちゃいました。 何か岐阜の美味しいものを買って帰るつもりだったのに、残念で〜す。
|
お城めぐり
[ リスト | 詳細 ]
|
愛知県日進市の「岩崎城」を訪ねました。 ここは羽柴秀吉と織田信雄、徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い」の中で、家康の本拠「岡崎」を攻めるために動いた池田恒興らの隊を落城と引き換えに足止めし、家康の勝利を招いたことで知られる城です。 岩崎城址公園内には昭和62年に建てられた展望塔としての天守閣(模擬天主)と岩崎城歴史記念館があります。 まずは、天守閣から見学です。 入場料は無料で、1階は周辺の自然を紹介する展示物! 2階から上は、この城を撮影した写真などが展示されていて・・・ 最上階はやっぱり回廊がある展望室となっていました。 展望塔なので見所は少ないな〜 次は歴史記念館! ここも入場無料です。 内部には合戦の様子を描いたジオラマなどが展示されていました。 公園内には、他に水琴窟などがあったのですが、ちょっと寂れたかんじだったので写真は撮りませんでした。 天気も曇りで、風も強く寒かったせいもあったのか、全体に寂しい感じがしました。
小さなお城ですが、小牧長久手の戦いでは家康にとって大きな役割を果たした場所の様です。 |
|
墨俣一夜城と言えば、信長が稲葉山城を攻める際に、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が一夜にして築いたことで有名な城で、藤吉郎が「天下人」に出世する出発点となった事で知られています。 今回訪れたお城は平成3年4月にオープンした「大垣市墨俣歴史資料館」で、犀川が長良川に合流する場所に 建てられています。 天守閣へは犀川を渡って行くのですが、その橋は「太閤出世橋」とされていました。 「凄い名前付けたものだな〜」 天守閣入り口の横には「出世ひょうたん」として木下藤吉郎の出世にあやかろうと、色々な人が願いを書いた ひょうたんがあります。 「受験」など色々な願い事がありましたよ! ここの展示は藤吉郎の出世や墨俣一夜城築城についての掲示物が主で、天下人になるまでの戦歴など は解りやすく解説してあります。 数少ない実物の展示物では、一夜城から出土した兜が印象的でした。 当時の城を再現した模型です。 一夜にして作ったのは、立派な天守閣ではなく砦の様な形の建物だったみたいですが、 ここの地域住民の方々の夢が、このような立派な天守閣の資料館を建設したとの事です。 最上階はやはり展望室! 隣を流れる長良川上流には岐阜城(稲葉山城)が小さく見えてました。 今度は岐阜城にも足を延ばすかな!
|
|
お千代保稲荷神社を後にした我々は、大垣城に向かいました。 市営の駐車場にクルマを止めて徒歩で城まで向かうことになったのですが、 大垣と言えば水の街! 雰囲気のいい川が流れています。 橋の上から水面を覗いたら、大きな鯉が泳いでいました。 大垣城は関が原の戦いの時に、西軍の拠点となったことで有名な城です。 私はちょっと前に、司馬遼太郎の「関が原」という歴史小説を読んで、近いうちに訪れてみたいと思っていました。 現在の天守閣は昭和34年に復元された鉄筋コンクリート製! 以前にあった天守閣は、四重四階建てで、たいへん優美な城だったらしく、昭和11年に国宝に指定されたのですが、昭和20年7月の戦災で消失してしまったそうです。 名古屋城と同じ運命をたどったのですね! 天守閣横の公園には、明治まで藩主となった戸田氏の像が凛々しく建っていました。 お城の内部には、鎧や関が原当時のジオラマが展示されていたりして、面白い歴史資料館になっています。 体験コーナーで、娘が火縄銃を持ってみました。 ズッシリと感じる銃の重さに、よろめいていましたが、なかなかサマになっていると思いませんか? 最上階は回廊がない展望室。 伊吹山が見えるはずですが、この日は雲が厚く見ることは出来ず残念です。 今度は、関が原をゆっくりと訪れて、戦いの拠点などを見て回りたいな〜なんて思ってます。
|
|
静岡旅行の途中、浜松城を訪れました。 徳川家康が29歳から45歳までの17年間をここで過ごしたそうで、家康の生涯で最大の敗戦と言われている 三方ヶ原の合戦で、逃げ帰った城で知られています。 城へ登る途中には、若き日の家康像が立てられていました。 城内に入ると、敗北を自戒するため敗戦直後の意気消沈した自分の顔を描かせた絵が展示されています。 この絵はよく肖像画として紹介されていますよね! その他には陣羽織や家康が19歳の時に着用した武具なども展示されています。 地下の薄暗い中には籠城の際に水を確保するための井戸。 娘は“お城”と“井戸”からは何か怖いものを連想するらしく、近寄りませんでした! この城の城主となった人には、幕府の要職に就いた人が多く「出世城」とも呼ばれているそうです。
お仕事などで出世したい方は、訪れてみるといいかもしれませんね! あ!城主にならないとダメかな! |



