|
公開記事へ変更しました♪ |
転載記事
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
月が天空高くにある時と地平線近くにある時の見え方に納得がいかない。 アレが同じ大きさなんて。 近くの建物や地上の立体物との対比による錯覚だなんて。 それはまるで、人の悩みや苦労のようだね。 同じ距離にありながら、何と身近で何と遠く、つかず離れず同じところをグルグル回るものなのだろう。 大きな月は、見ていて気分がいい。 覗き見られるようなドキドキ感。 見ることは見られることでもあるんだね。 昇って行くと、それは遠く全面的に正しく見える。 世界が変わらずそこにあることを示唆するようだ。 然るべき距離がそこにあることと、中途半端な天体知識を自覚できる。 昇る月を、ついじっと見つめてしまう。 ここから遠く彼方の宇宙に浮かぶ天体が、物語や伝説に姿を化えてなれなれしく手を振る。 まじまじとでこぼこした銀盤をみつめてしまう。 月は自分で光を発しているわけではない。 冷たい虚像に人は魅惑される。 鏡のようなその存在に、人はすぐに感情移入してしまう。 君は、僕の太陽だ。 と、恋人は言う。 君はバーベキューの網の上でごろんと転がるのが好きなんだな。 ははは、冗談だよ。明るい太陽は、健全なロマンスの象徴だってコトくらいは解ってる。 お月様ではピンと来ない。 気分屋で、移り気でちょっと猟奇的な私を想像しちゃう。ふふん。 月は、並んで見るものだ。時に、離れて見るものだ。 月そのものを恋人にすると、蒼い悲しみがつきまとって身を細らせてしまうものね。 でも、見上げる月は、太陽のように凝視を拒まない。 恨めしげに浮かぶ、真昼の月。 あなたの鏡は、何を映す? それは大きいか、小さいか。 時には、錯覚に溺れて自分の大きさを計ってみるのもいいじゃないか。 感覚で掴む、凝視に堪える月の蒼い憂いに溜め息をつきながら。
|
全1ページ
[1]





