偉人の本

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井上ひさしさんが亡くなりました。

読書を趣味と掲げながら恥ずかしいことに、井上先生の作品をあまり読んでいません。

仙台には「文の会」というのがあるのを、私が通う文章教室の先生から、教えてもらいました。

仙台文学館主催で井上先生をお呼びし、文章講座で集まった仲間たちが、

その後も先生を含めて活動を続けているのだそうです。

井上先生がテーマを決め、生徒が書き、先生に添削してもらうという会だそうです。

誰でも入会可能らしく、いつか入会してみたいと思っていた矢先の訃報でした。

井上先生の追悼文を新聞などでで見かけることが多くなり、

にわかに「読まなければ!」との欲求がフツフツと湧いてきました。


本屋さんに探しにいきましたところ、なんと、あまり置いていません。


一冊こんな本を見つけました。

「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」

あー、こんな本を残してくださっていたんだと感動です。


岩手県の一関市で行われた文章教室の講演の内容が書かれていました。


井上先生といえば、私にとって、ユーモア小説の印象が強いのですが(井上ファンには、きっと蹴飛ば

されそうな紹介の仕方ですね、もちろん大作家です!)、その印象どおり、笑いが多い講演でした


読んでいてとても楽しく、「さっそく文章を書いてみたい」とワクワクさせてくれるのはさすがだと思いました。


例えば、


つまり「いきなり核心から入る」ことが大事なんです。

ですから、みなさん、何か事件ものをお書きになるんでしたら、事件を終わったところからお書きになってはどうでしょう。「昨日、亭主を殴った。・・・・・・」というふうに、どうして殴ったかなんていうことは書かずに、いきなり核心に入っていく。「私はどうも亭主を殴る癖がある」と、ポンとはじめる。


この例文に大笑いしました。

そして、その後の文章をぜひ読みたいと思わせますよね。

たったこれだけのヒントなのに、読み手(聞き手)を引き寄せてしまうってのが、すごいなぁと思ったわけです。


又、日本語の特色という講義もありまして、

なるほどーと思ったのが、

日本語には「私意識」はあるが「公意識」がない。

人称代名詞の語彙の数で分かるというのです。
一人称、二人称を示す語彙は夥しくあるというんですね。

「ワタクシ、ワレ、オレ、ミドモ、オマエ、アンタ・・・・・」

でも、三人称がないんだそうです。

明治維新のころから「彼」「彼女」というのが入ってきたのですが、信じられないことに、それ以前は三人称がなかった。

へぇーーーーー!と驚きました。

そーいえば、彼や彼女ってことば自体を、あまり使わないですよね。

語彙がないということは、必要がなかったということに繋がるんだそうです。

なるほどぉー。

言語学ってそんな風にすすめていくんだなって感心しました。


語彙について、日本人は星について語彙がほとんどないに等しいのだそうです。
中国で使っているものをそのまま使用しているにすぎない。

サカナに関してはものすごく語彙が多いというんですね、確かにそうですね。

そして、納得しますね。

島国でサカナとは濃い関係がありますもんね。



井上ひさし先生の作文教室の講義、大変楽しかったです。



余談ですけど、小学生の頃、井上先生の「ブンとフン」を読んだことを思い出します。

大泥棒のブンが世の中から濁点を盗むというような内容が書いてあったと思います。

もう、本が近くにないのでどんな感じだったのか紹介できませんが、

つまり、こんな風です。

たくてんかなくなると、とってもこまるんてす。

なにいってるのかすくにはりかいてきないんてすね。

のうかふりーすしちゃいますよ。きっと。


あのころ、単純に大笑いして読みましたが、今思うと、斬新なアイディアで、しかも、上品な想像力だなぁと思います。



井上先生が話される話し言葉は、とても美しかったです。

マザーテレサの真実

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時々想像する。

今の時代にイエスの言葉が聞けるとしたらどんな事を語るのだろう?

今、イエスが人として現れたら世界はどんな反応をするだろうか?

又迫害するのかな?

イエス キリストってどんな人なんだろう?って。




でも、もしかしたらいつの時代にもイエスのような人を神様は世に送り出しているのかもしれない。

神様は2000年もほっておくわけないもん。


もし、いるとしたら・・・「ダライ ラマ」か「マザー テレサ」だよ。きっと。




マザー・テレサの真実を読んだ。

マザーテレサがどんな人で何をした人かはあまりにも有名だけど、

この本にはマザー自身が生前全く語っていなかった事が書かれていた。

マザーは霊的にイエスと聖母マリアから「直接」指導を受けていたのだそうだ。

その事が大司教への手紙の中で記されていた事が死後明らかにされたのだそうだ。


もし、霊的な人間がこの世にいるとしたら、マザーにその能力がない方がおかしい。

やっぱりそうか・・と思った。


すると、マザーの語る言葉はイエスの言葉なんだ。今の時代にもイエスの言葉を聞くことが出来たんだ!

重みが増した。



マザーが必ず言っていたことは「I thirst」「You did it to me」

「私は渇く」という十字架の上での言葉と、弟子達によく言っていた「あなたが私にしてくれた」という言葉

この言葉の意味を何度も何度も繰り返しこの本では説明してくれてます。

その意味がなんとなく「解った」ような気がしました。


マザーはシスター達に「私が言っているイエスとは実際に生きている存在としてのイエスであって、頭で考えるイエスではありません」と繰り返し言い、生きているイエスと本当に会話をしなさいと言っています。

「生きているイエスはいる」というのはその言葉の通りだったって事なんです。


そして私たちをイエスはいつも愛しているし、それに気付いてもらいたいと強く望んでいると言ってます。


次のマザーの言葉は特に私癒してくれた言葉です。


「悪魔」の存在について


生きているイエスに個人的に触れ合うことを、妨げようとしているすべてのものに気をつけなさい。

悪魔は私たちが人生の痛みを感じたり、過ちを時々起こすことを利用して、イエスが本当にあなたを愛していることをわからなくさせようとしているのです。 

あの方(イエス)はあなたを愛しているばかりでなくそれ以上にあなたを求めているのです。

あの方はとても淋しく思っています。あの方はあなたに渇いているのです。

あなたがたとえ自分なんて愛される価値などないと思っているときでさえ、あなたを愛しているのです。

あなたが自分自身すら受け入れられないときでもあの方だけはいつもあなたを受け入れています。


そーか、時々感じる痛みは悪魔の仕業だったんだ。

この言葉で救われる人は世界中にたくさんいると思う。


聖書の中身はある部分は真実で、ある部分は教会の創作だと言われています。


マザーはその真実の部分だけを教えてくれたのだと思いました。




ダライ・ラマがお父さんなら、マザー・テレサはお母さんだと思いました。




「I thirst」「You did it to me」


これだけで世界は平和になるって思いました

ダライラマ

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今回はダライラマの教えを書いている本を読みました。
前回は自伝だったので、チベット亡命と生い立ちが主だったのですが、今回は人々に何を伝えたいかが書いています。

人はみな幸せになりたい、苦しみたくないと願っている。
そして全ての人は心の平穏を育てて幸せや喜びに到達する力をもっている。
どうすればよいか。そのヒントを教えてくれている本でした。

仏教なので、カルマについても書かれていたのですが、それを読んで思ったんですけど、
原因と結果というのは、ちゃんと法則があって、数式の様に整然としているのかもしれないと思いました。1+1=2のように。

心のありかたを変えていく方法として、瞑想の説明がありました。
自分達は心の求めるがままに、自己中心的な道に入り込みやすい、瞑想は私達が心に対する支配権を持ち、心をもっと高潔な方向に導いていくプロセスと語っています。

比較的落ち着いて居る時に、「習熟」させておくことがよいのだそうです。
どうゆう行動や言動におちいり易いか検証して、どのような結果になっているかを認識し、
次のときに、同じパターンにならないようにどうしたら高潔なのかを考えておく。
そして「習熟」するとの事。

成る程、大変建設的。

その次の段階の瞑想は心を任意の対象に集中する落ち着いた瞑想があります。略します。


又、行為の質を測るときは、「動機」のよしあしを基準に考えると述べています。
これはとてもわかりやすかったです。とても公平な考え方だなぁと思いました。


最後にダライラマの詩を紹介します。




貧しい人が富をみつけられますように

悲しみを抱えた弱い人が喜びをみつけられますように

希望を失った人が新しい希望と、

変わらない幸福と繁栄を見つけられますように

怯えている人が怖がらなくなりますように

とらわれている人が自由になりますように

弱い人が力を得られますように

そして、みなの心が友情で結ばれますように

ダライラマ自伝

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ダライラマってどんな人なんだろうって、以前から興味がありました。
文庫で自伝が出ていたので読んでみました。

代々、生まれ変わりが就任するダライラマ。
サイキックな感じなのかなぁと思ったけど、そうではなかったです。
もっとも、サイキックな表現はあえて避けていたのかもしれないです。
とてもバランスがとれた人で、どうあるべきかって事を
どんな状況でも答えを出せる人なんだなぁと思いました。

中国のチベット支配政策は、メチャクチャでした。
「野蛮で非常に遅れているチベットを中国が援助する」との名目で
チベットの文化や宗教を、むりやり共産主義に染めて、
チベットを都合よく利用してやろうっていう、みえみえの政策でした。


ダライラマと中国政府は何度も話し合いを持つのだけど、
中国は調子の良い事ばかり言って、平気で約束をやぶるという始末。

大虐殺の様子なんか、もう犯罪的だし、野蛮なのは中国でした。
嘘ばかりつくし、中国という国ってやはり信用できないんだって印象を強くしました。
中国には宗教がないからなのだろうか?

巨大なわけわかんない組織を相手に、ダライラマは何度も交渉し、
そのたび裏切られのくりかえしなんだけど、普通なら、怒り爆発、すわ戦争!
となる所を、今は何ができるか?と冷静に感情に流されず行動します。
りっぱな宗教家は違うなぁと思ったけど、それに比べるとイスラム教ってどうなってるんでしょ?

印象に残っている文章で、ダライラマが、
「政治と宗教は混在し合うものであり、人の為に尽くすのが宗教家の明確な義務であり、そのゆえに現実を無視することは許されない、祈りにふけるばかりでは不十分だ、問題解決のために出来るだけのことをしなければならない」の考えを示したところ、
ある政治家は
「しかし、我々は政治家であって宗教家ではありませんよ。まずやらねばならないのは、政治によって
国民に奉仕することです」
この言葉にダライラマは
「政治家にとって宗教は魔に住む穏者よりもっと大切なのではありませんか、穏者が何か悪いことを思いついても、せいぜい自分を傷つけるだけです。しかし、社会に直接影響力のある人間が何か悪いことを考え実行に移したら、どれだけたくさんの人が傷つくかわかりません」

こんなリーダーがいたなら、
自信を持って支持するし、誇りに思うだろうと思った訳です。


ダライラマ、りっぱな人です。

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