ノンフィクション

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「困ってるひと」 大野 更紗
 
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こんな現実を生きている人がいるのか!
あまりに過酷で、とにかく、驚いた。
しかも、お若い方だ。
おもわず、読んでる途中で記事をアップする。
本当に衝撃的だ。
うそだろ、、なにか、救いはないのか?
 
大野 更紗さんは、福島出身の若き女性だ。
東京にあこがれ、上智のフランス語学科に入学した。
その後なぜにか、ビルマ難民について研究を始める。
その研究への打ち込み具合は、徹底していた。
ミャンマーの危険地帯まで一人で出かけるという具合だ。
 
そんな矢先。
原因不明の病気に罹る。
 
初めはたんなる皮膚病で、安静にしていれば治ると思っていた。
それが一年経ってもなおらない。
一年中39度の高熱で、全身腫れ上がり、歩くだけで激痛の毎日。
それでも、彼女はそのうち治ると高熱のなかビルマに行ったりする。
 
 
病気はいつまでも症状を変えないが、どこの病院も病名がわからず、
「安静にしていれば治ります。」と告げるのみ。
 
一年も高熱が続いているのに、、、だ。
 
全身腫れあがった患者を大学病院は自宅へ帰す。
治療はない。
そんなことをずっと繰り返していくのだ。

このくだりだけでも、過酷なのに、まだまだ、序の口、富士山登山でいえば、
まだ入り口なのである。

とにかく不毛なる検査ばかりする。
それでもまだ病名はつかず、どこも入院させてもくれない。
手に負えない患者は、とっとと他の医者へ行ってくれといわんばかりの医者の態度。
その間、高熱はずっと続いている。
あいかわらず腫れあがっている。
ものすごいダルさ。

大野さんはネットでひとりの医師を自力で見つけ出す。
予約もいれず、東京へ向かい、飛び込みで電話を入れる。
もし、断られたら、死のうと考えていたそうだ。
もう耐えられない。
 
そして、やっと入院だった。
大野さんはオアシスと呼んだ。
 
これでも、苦悩はまだまだ続く。
まだまだ登山は一合目。
 
こんなに過酷なのに、うそでしょ〜!

オアシスでの、検査検査の日々は地獄の様相だった。
体をちょっと動かしただけで激痛が走るなかで、あらゆる検査を要求される。
まだ、病名はつかない。
経済的にも暗くなる状況だ
 
もしや?という病に見当がつき、専門医のいる別の病院へ
一旦転院。
そこで専門的な検査をすることになる。 
 

その病院は薄暗くオンボロ。独特のオーラが建物全体から放たれていた。
 
 わたしは、人間として、ほんとうに恥ずべきことに、内心、絶句した。
 おそらく頭蓋骨が先天的に変形していて、ヘッドギアのような装置を付け、電動車いすで目の前を通過していく男の子。
 眼球が飛び出し、ベッドの上で寝たきりで、人工呼吸器を付けながら移動していく女の子。
 重度の障害、難病を抱えた、子供たち。
 わたしは、わたしは、わたしは、ただ、その場に座り、見つめることしかできなかった。何も言葉として思考として浮かばなかった。その意味を租借したり理解できるようになるには、まだまだずっと先のことで。

この文章を読んだ印象は、最後の場所という感じだ。
どこからも見離された、最後に行き着く場所。
もし、この病院が清潔で明るい、近代的な建物だったら、もっと違っただろう。
古くて、寒くて、暗くて、じめじめしている場所だった。

大野さんは、精神的に参ってしまった。
今までの先生にSOSの電話を入れた。
せんせい、たすけて。

そんなSOSを受けて、派遣先(新しい場所のほう)の看護婦さんが大野さんにこう語るのだ。

 
「わたしたちもあなたのことを心配してました。驚いたのでしょう?」
「でもね、今すぐは無理だと思うけれど、ここでこういうふうにしか生きられない、それでも生きている患者さんがいることを、忘れないでね。今、あなたには、とにかく検査と筋生検を乗り切ってほしい。いちばん端の一人部屋がたまたま空いてます。そこへ移りましょう」

 
 
看護士さんのこの言葉は重かった。
私は本を置いて、しばらく思い巡らした。
このことをずっと覚えていなければならないと思った。
この文章を早く記事にしたかった。
 
私たちは、自分が見ていることしか知らない。
都会の片隅で、ここが最後の場所と言われるような場所で
絶望の中、それでも生き続けているひとたちが
今、現実にいる。

わたしはどんなに恵まれているんだろう。
本当に本当に本当に、、、、恵まれているんだ。
毎日、ちゃんと自分の足で歩いて、
ごはんだっておいしく頂けて、
仕事もして、
友達と笑い合って、
自分の好きなことを探して、それができる。
 
「ここでこういうふうにしか生きられない、それでも生きている患者さんがいることを、忘れないでね。」

ほんとうだ。
私は時々思い出さなければいけない。
ほんとうに、そう思った。

日本の国はどうして、彼らを助けられないのだろう。
豊かな国、日本で、難病に侵され、暗い病院で日々を過ごしている患者さん。
世界一のコンピューターがあるのに、、、。
 
 
その病院では患者さん同士でさえ、会話はないのだそうだ。
 

大野さんがこの病院でおこなう検査は、本当に地獄だった。
地獄というより、拷問が正しい。
麻酔なしで、2時間、筋肉の細胞を取り続ける。
それを二日間。
筋肉を切り刻む感覚がすべてわかる。
ありえないでしょ!野戦病院じゃあるまいし、麻酔無しですよ。それも2時間。
電極検査も壮絶だった。
絶叫の毎日だったのである。

検査が終り付いた病名は
筋膜炎脂肪織炎症症候群、、、、日本に数人しかいない難病だったのである。

ここまででも地獄なのに、地獄はこれからだったと大野さんは書いている。
 
 
                     
                        中川翔子さんが帯を書いている。
 
あまりにも過酷な運命に
あかるくまっすぐに立ち向かう大野さん。
想像を絶する痛みと苦しみのなか、それでも恋をする。
出口のみえない毎日のなかに咲く淡い想い、
そのために心は身体を凌駕する・・・・。
強くなりたいすべての女子に
絶対おすすめです!
 
 
 
15万部突破のベストセラー、より多くの「困ってひと」に届けるため、
異例の緊急文庫化!
 
 
この本を読んだら、困ってる人の多くが、たぶん、立ち止まって考えられると思う。
 
 
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           大野更紗さんの写真入手。!
           うわっ、こんなかわいい人だったんだー。
 
 
 
 
 

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友達との約束時間まで15分くらいあったある日。
時間つぶしに書店に入った。
買うつもりはまったくなかった。
積ん読が溜まっているのだ。
 
買わないもんね〜とダラリと立ち去ろうとしたその時

「運命が見える女たち」
 
のタイトルが目に飛び込んできた。
 
霊能力は本当にあるのか?
5年間におよぶ潜入取材の末に運命を操る正体をつきとめた話題作!

おお!
実にそそられるーーーーーーー。
 
さっきまでダラリとしていた、私は急に覚醒するのであった。
 
井形慶子さんの本は以前イギリス生活について書かれていたエッセイを読んだことがあり、
信頼できるお方なのである。
 
読む!
 

即、決断、即、購入、即、読んだ。
 

さて、
霊能者はどこまで当たるのか?
予言した未来は変えられないのか?はたまた、変えられるのか?
すべてが見えるのか?
から
料金はいかほどか?
に至るまで興味があるけど、
結局体験しないとわからないのが痛し痒し。

ニセモノ霊能者に関わりたくないけど
どう見極めたらいいのかわからないし、

それに、未来を知ってどうする?という疑問もある、
悲観的な予言をされても怖い、
生き方を叱られそうな気もするし
やっぱり、料金も気になるところである

等等の理由がたくさんあり、体験したいけど、したくないような、でもしたいけど、、、
と思っていたのだ。

本書!
そんな私の願望、期待を代わって体験した本である。
 
著者は5年にもわたって、取材であることを隠し(結局バレてないらしい、多分)、
あくまで普通の相談者として、ただし相談内容は現実にそったことを
3人の「間違いない!」と評判の霊能者たちに相談し続けるというルポである。
 
この取材をするきっかけから話はスタートするのだが、
ノンフィクションなんだけど、全部を読むと、ひとつの小説のような読後感があった。
 
仕事関係の悩みや、行方不明になった男性のことについての相談が主だ。
3人の女性にそれぞれ同じ質問を投げかけると、ほぼ全員が同じ答えを導く。
たとえば、順調にみえている仕事や人間関係が終わりそうだと告げられ、
井形さんはそんなはずがない!と激しく抵抗するのに、
現実になってしまったり、、、と
迫真にせまるルポが続くのである。
 
井形さんはこの5年間を常に未来を知りながら生活する。
そんな生活は精神にどう影響を与えるのか?
そして、予言は100パーセントなのか!?
 
(これについては、読んでからのお楽しみということで伏せておきましょう^^)

想像以上に濃い内容だったのですよ。
充実してました。

なぜ未来が見えるのだろう?
見えるってことは決まっているってこと?
決まっているってことは、どういうこと?
人生にはいろんな仕掛けが用意されているんだなぁって思った。

私は自分の未来は見えないから、井形さんのような体験は出来ないけど、
過去の自分に意識を集中させると、
未来を知っている過去の自分になれる
 
・・・・ワカル?この感覚。
ちょっとしたサイキックガールの気分だよ。

友達との別れの時期や住む場所、考え方の変化があることを知っている。
そう、永遠とも思えるその楽しい時間、信頼、安定には変化はあるのよと、予言するのである。
「諸行無常」なんだなぁ。
 
霊能者たちとじっくりと付き合ってみたい方にお奨めの本なのだ。
 
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田口ランディさん
 
彼女の本を読むと、必ず思う。
わたし、この人やっぱり好きだなぁって。
 
彼女の考えていることを読むと、私は元気になる。
 
彼女の興味の矛先は私のそれとほぼ一致し
私が知りたいことを調べて、直接取材してくれる。
その矛先を正しく分別してくれるのも嬉しい。
 
そんな人だ。
 
 
今回の「パピヨン」はエリザベスキュープラーロスを訪ねる話だ。
 
 
 
田口さん、ついこの間までエリザベスに対して好感を持っていなかったということだ。
なんということ!
私は興味深々だったのになぁ。
 
2006年にチベットを取材で訪ねた。
お寺の取材だったらしいが、
そこの宿泊所に日本の雑誌がおいてあった。
 
文芸春秋
 
読んでみると、河合隼男さんと柳田邦男さんの対談が載っていて、
二人でエリザベスについて語っていた。
 
その会話を読んでエリザベスを誤解していたことに気が付いたのだそうだ。
 
それまでは高慢な精神科医という印象をもっていたのだが、
実際は違ったという
 
「もっとこう、なんて言うのかしら。野生の人だったのよ。真っ正直で間違いや失敗も多くて、頑固でひたむきで誠実な人だったのよ。生き方としては不器用なくらいにね」
 
さっそくランディさんの好奇心はもくもくと育つ。
しかし、残念ながらエリザベスはもう死んでしまった。
直接会うチャンスを既に逃してしまったのだ。
 
そそそそー言われると、そーだよ、ランディさんに取材して欲しかったな。
あなたこそ、インタビュアーに相応しいじゃないか!
その可能性があったのなら
実際会って、ランディさんの印象を聞きたかったなぁ。
ものすごく残念に思った。
 
そーか、そーか、興味があったら会いに行くっていう行動があるんだもんな。。
 
とりあえずランディさんは、エリザベスの「死の研究」のきっかけになった
ポーランドのユダヤ人強制収容所を訪ねる旅にでる。
 
それがこの本の始まり部分だ。
 
エリザベスは「死」の研究者だ
 
さて、その旅が始まったとたん、田口さんに「死」が近づいてきた
 
お父さんが末期がんになってしまったのだ。
余命数ヶ月との告知。
アルコール中毒も重なり、受け入れ病院探しに奔走
行き着いたところがターミナルケアができる「ホスピス」だった。
 
エリザベスはターミナルケアを世に初めて提案した人だ。
 
そのエリザベスの取材を始めたとたんに、お父さんの病気。
こういう偶然があるから、つい、ユングが言う「共時性」という不思議を考えてしまうのだ
 
お父さんの死を体験しながら、エリザベスの「死の思想」を追う時間が重なり
とってもリアルな評論に仕上がっているのが本書だ。
 
 
「死の宣告」をされた、ひとりの普通の人間が
それをどのように受止め
日常をどのように生きるのか
 
決して立派な強い人ではなく
ものすごく人間っぽくて
覚悟のなかった人が
どんな風に日常を保つのか、
いや、保てるのか。
 
ある日、死を告知されたお父さんは
ベッドの脇にあるロッカーの中のものを全部出しては入れ、出しては入れを繰り返していた。
 
私は父の繰り返す様子をじっと見ていた。そこへ看護士さんが検温にやってきた。父の行動を制止しようとする看護士さんに「好きにさせてあげてください」と頼んだ。
「不安なんです。こうしていることで落ち着くんです。気がすむまでやらせてあげてください……」
 
 
なんかとってもせつなくなる。
やっぱりそうだよな。不安じゃないわけがない。
「死」だもの。
正常でいられるはずがない。それでもなんとか正常を保とうとするとき、人はいろんな行動をとるんだなぁ。
お父さんのとる色々な行動は全部不安がなせる業なのだ。
 
ランディさんが今ならわかると述べている部分があったのだが、
お父さんの言動で喧嘩をしたことがあったそうだ
 
その時お父さんは不安だっただけなんだ。
それを分かってあげればよかった…と。
 
 
私も覚えておかなければならない。
発した言葉の意味が重要なのではない。そこに隠された感情があるということ。
そして、日常でも言える。
何か変なことを言っている人。
それには原因がある。
不安とか恐怖、寂しさ、孤独、、そんな感情が変なことを言わせるのだ。
 
 
 
克明なリポートだった。
人間の最期は本人もそうだけど、
周りの人も物凄いエネルギーを使う。
 
 
エリザベスが言う死
 
「人間はさなぎから蝶になるように、肉体を脱ぎ捨てて魂となって別の次元に入っていく」
 
「死」が次の世界への入り口だったらいいのに、と本当に思う。
 
 
この本は田口さんの本の中でも傑作に入る部類だと思った。
 
 
 
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友情 ある半チョッパリとの四十五年 

西部 邁・著

昭和の時代は良かったと言うと、必ず文章教室の先生から釘をさされます。

昭和の初期は貧しくて、ひどい生活をした人が沢山いるから、軽々しくそう公言してはならない。


この本を読んで、「確かに・・・」と思いました。

昭和の初期の日本は「発展途上国」でした。


著者の西部 邁さん

評論家。

お顔をみるとああ!あの人とわかります。

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親友の海野 治夫さんの生涯を書かれました。





「海野さんが死んだわよ」


と、物語は始まります。

自殺でした。



自殺。


いったい、何故その人は自殺を選んだのだろう

…と、著者の話に耳を傾けるように本を読み進めました。





親友に自殺される。
それだけでも、もう重い事実です。






朝鮮人の父は戦犯の罪で若いときに処刑され
兄弟は幼い時に生き別れ

末っ子の海野さんと母だけのふたり暮らしの生活でしたが、
元娼婦の母にまともな職はなく、小学校さえ通えない状態。

住む家もなく北海道を転々とし、9歳の時に母は病死します。

そこでとうとう、本当にひとりぼっちになります。


そして、海野さんは、誰からも自分のルーツを教えてもらっていません。

父が朝鮮人のことも
母がなぜ娼婦になったのか
なぜ親戚がだれもいないのか

なにもわからずひとりぼっちになります

大きな海原にぽつんと浮かぶ枯葉です。


ルーツを知らない、、、深い孤独がいつも付きまとっていました。


生き別れの兄弟たちも散々な生活を送っていたのですが、
海野さんは調査をしたようです。
そこで少しずつ、ルーツを見つけていきます。


海野治夫さんは、貧困、孤独、不安の少年時代を過ごし、
それを抱えたまま大人になり、やくざの世界に入ります。

「弱気を助け、強気を挫く」

暴力団ではなく、「任侠」の世界なのだという理想を掲げていました。


海野さんはとても頭がよかったそうです。
もし、普通に学校へいっていたら、知事にでもなっていたのではないかとのことです。


読書で学んだ「理想」とか「愛」を
経験ではなく知識だけで獲得しようとしていたのだと思います。

それは根っこのない張りぼての理想であり、愛であり、
どこか本物ではなく虚しいだけなのでした。

その張りぼての、吹けば飛ぶような「理想」、だけど、それは、海野さんがたったひとりで築いた「自分自身」なのです。

なぜ満足できないのだろう、なにが違っているのだろう。

手ごたえがあったことなんて、多分一度もなかったんだと思う。

なぜなら、経験したことがないから。

満ち足りているという経験をしたことがないから。

わからないのです。私はそう思いました。



やがて、海野さんはヒロポンで身体をボロボロにしてしまいます。



少年時代の海の少年の貧しさの描写で、直ぐにでも助けに行ってあげたくなるような状態でした。


真冬に、防寒義はおろか、肌着もなく、素肌に学生服一枚を羽織って学校へくる海野さん。
ぶるぶる震えてストーブの前に陣取ることが唯一の防寒でした。

その時、母はすでになく、他人の家にやっかいになっている頃で、
衣類をねだることなんかできないと思うような聡明さのある少年だったからこそ
貧しさは本人をひたすら極限へ導いていくのです。


西部さんと海野さんは高校時代にちょっとだけ一緒の時をすごし

その後ふたりは、東京と札幌と別々の人生になるのですが、

お互いの存在が、自分の根っこの部分に生きていて、忘れられないというような仲でした。



議論を交わしたという時間もなく、
十年の間に2,3回会うか会わないかという程度の交流なのに、
けれどもお互いを「親友」と呼ぶのです。


海野さんにとって、孤独の人生の中で、西部さんという存在は大きな意味のある人だったということが、よく理解できます。

話なんてしなくても、たった一人、自分を理解してくれている人がいる。

家族も親戚もいない海野さんにとって、暗闇に灯る、確かな灯りだったのだと思います。


話なんてしなくても、会うこともなくても、親友と認め合う。


べたべたとくっついていることが友情じゃないんだな。



海野さんは死んだ。


親友の西部さんは彼の一生を本にしました。

そして、私は海野さんの一生を読んで、思いました。


お疲れ様でした

ありがとう

ごめんなさい




あなたの魂が、あなたの深い孤独と同じ位の深い愛に満たされますように。

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「日本人の博愛精神」━知られざる感動の11話 中山 理

博愛のてんこ盛りだ!

うわぉ、ごちそう☆!

博愛かぁ!どんな博愛が集められているのだろう


さて、博愛とは何ぞや、、、、「人種、国家、身分の上下、宗教の違いを越えて人類を広く愛すること」
である。


今回の震災で日本人の冷静な態度に世界各国から賞賛を浴びたそうだ。

私たちからすれば当然の行動が、世界から見ると立派だったと褒められた。

そーか、そぉーか、それは嬉しい!
だけど、いまひとつピンとこない。

昔の日本人は確かに立派だったと思う。
しかし、現代の日本人はどーかなーと常々疑問に思っていた。

武士道とか大和魂とか、「忍」的日本人って死滅しちゃったし、テレビに映る人々って軽い人ばっかりでなんかなー、日本人の誇りみたいなものがなくて自信喪失しちゃうなと感じてた。

そんな時に世界からのお褒めの言葉。

案外残ってたんだね。日本人の誇り。

それに、被災者の方々の立ち上がる姿などのドキュメンタリーを見る機会が増えて、腐敗したと思われていた日本は、実は立派な人が沢山いたんだって知ることが出来て、よかったなって思う。

素朴なひとの素朴な言葉がとても美しかったという画面が沢山あったもんね。

そして自衛隊の活躍にも頭が下がった。日本っていい国だなって思うよね。

日本人という「種」に共通する精神を、今回の震災を踏まえながら読んでみたいと思いましてこの本を手にしたのです。

目次

佐久間艦長の遺書
加藤 清正と朝鮮二王子
長屋王と鑑真を結んだ糸
北条時宗、円覚寺建立の秘密
天照大神にみる日本的精神の原点
光明皇后と「千人洗垢伝説」
貞明皇后と和魂
徳川慶喜と明治天皇
一般人による博愛精神の発露



11話の中で現代の話は数話のみで、期待とは違っていた。

だけど、

たんなる歴史の中の人物と思っていた人々の博愛を読んで、その人達がとっても身近な存在になった。

私たちと同じように人間で、心があって、社会のなかで自分のとるべき行動を選んで生きてきた人たちだったんだよね、生の人間だったんだよね、、みたいな、、なんというか、暗記をするだけの名前じゃないんだなって改めて思ったのであります。


そして、多く取り上げられている天皇家。
日本の歴史において天皇家の存在ってのは実際のところ、やはり凄い家系です。




この中で天照大神の章なのですけど、

日本の原点ってのはここではないだろうかと読めば読むほど唸るのであります。

天照大神が岩戸にこもった訳の解釈なんだけど、

あれは禊(みそぎ)だということだ。

自分に責任がなくても、その罪を負うのが禊祓の精神。

スサノオの暴威に怒ったとか恐れたのではなく、スサノオの行動にも、自分に罪があるためで、それを祓うための行動だというのだ。

なるほどねー、それはいかにも大和魂、武士道だ。



まぁ、そのおかけで暗黒になってしまう日本。

他の神々は動く。

天照大神に岩戸から出て頂こうとたくさんの神々が色んな策を講じるのだけど、このなかにリーダーが見当たらないのだそうだ!

明確な調整役も見当たらないという。

ねーねー、どこかで見たことあるような情景じゃない?


そしてそしてさらに、神々の長であるアマテラス自身がリーダー性を発揮していない。




まさに、日本ではないか!



日本てのはそういう国なんですよ。きっと。
それぞれが神で、ちゃんとやるべきことを知っているハズ・・・なんですよ。


だから、大きくは乱れない。




ねぇ、そう思いませんか?

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