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サイバーポルノ(6)−子供を守る

サイバーポルノから子供を守る


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Multimedia 7  by Multimedia Looijmans & ter Haar
判断力のない子供をサイバーポルノから守ってください  


インターネットは便利なツールですが、サイバー・ポルノすなわちネットワーク上のポルノは、子供に非常に大きな悪影響を及ぼします。子供は健全な判断力に欠けています。サイバーポルノは、子供に他の人の知らない闇の部分を作り、子供の良心を損ない、また犯罪に巻き込むことさえあるかもしれません。親は、子どもがいかがわしいインターネットのサイトにアクセスすることがないよう助けることができます。

「情報ハイウエーにおける十代の安全」(英語)という小冊子は,この問題に関する有益な情報を提供し,次のように述べています。「現在では,ウェブサイトを内容によってランク付けするサービスがあり,また親は,フィルターをかけるソフトやブラウザーを使って,不適切と思われる種類のサイトへのアクセスを制限することができる。こうしたソフトの機能は様々だ。いかがわしい内容であることが分かっているサイトへの接続を制限するものもあれば,ユーザーが名前や住所などの情報を入力できないようにするものもある。また,子どもがチャットルームに参加できないようにしたり,電子メールの送受信を制限したりするソフトもある。こうしたソフトはたいてい,いかがわしいと思われる内容のサイトへの接続だけを制限するよう親が設定を調整できる」。

とはいえ,そのようにして親にできるのは子どもが見る可能性のある望ましくないサイトにフィルターをかけることまでです。親は、子どもを四六時中監視することはできません。自宅でポルノに接することのない子どもや若者も、学校や友達の家にあるコンピューターを使ってほとんど何の制限もなくポルノにアクセスできるかもしれません。

ですから、親は子どもがポルノにアクセスできないようにするために手を尽くすだけでなく、子どもにポルノを避ける必要性について教える必要があります。そのためには、結婚や純潔を尊重する聖書の基準について教える必要があります。また、サイバーポルノによって多くの問題が生じ、犯罪に巻き込まれることがあることも話しておく必要があります。(エフェソス6:4。箴言22:6。申命記6:6,7)それらのことを理解していれば、子どもは言われなくてもポルノを避けるようになるでしょう。
 
子どもをポルノから守るための提案
  以下の提案は,子どもたちをインターネット上のポルノの危険から守るのに役立つかもしれません。
    ●子ども部屋からインターネットにアクセスさせない。インターネットに接続できるコンピューターは家族全員が自由に出入りできる部屋に置く。
    ●インターネットで不適切な情報にアクセスしないよう,子どもに注意を与える。  
    学校や友達の家にあるコンピューターは子どもがポルノを見られないよう設定   されていないかもしれないということを話しておく。
  ●子どもが使用しているコンピューター・サービスを知っておく。
  ●子どもが親の知らないところで自分のウェブサイトを作っていないかどうかを調べる。それには,インターネット全体を検索するサーチ・エンジンで子どもの名前を検索してみるとよい。関係のないサイトに行き当たらないようにするには,子どものフルネームで検索する。
  ●親の知らないコンピューター・ユーザーと直接会う約束をさせない。
  ●メールや電子掲示板の書き込みが,思わせぶりなもの,あるいは卑わい,攻    撃的,脅迫的なものである場合には返事をしないように教える。


先回、「(4)アダルトサイトブロックサービス」をアップしましたが、そこで、子供のパソコンがアダルトサイトその他の有害なサイトにアクセスできないように設定するいろいろなサービスを紹介しています。親は、自分は自発的にそうしたサイトを避けるようにできるので、そうしたサービスを利用しなくてもいいと考えるかもしれません。しかし、判断力の欠けた子供のためにはアダルトサイトをブロックするサービスを利用したいと考えるかもしれません。


サイバーポルノのシリーズは(1)〜(7)まであります。「(1)本当に有害?」「(2)夫婦生活を守る」「(3)中毒から抜け出す」「(4)アダルトサイトブロックサービス」「(5)ポルノとの闘いを続ける」「(6)子供を守る」「(7携帯スマートフォンアダルトサイトブロック」です。


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先回、「親の言葉による虐待(2)−ののしりに対処する」をアップしました。今回はどのように自尊心を取り戻すかについて考えたいと思います。
 
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自尊心を取り戻す
 
アンは、親の言葉にいつも脅かされ傷ついて、「自分が愚かな、だめな人間で、厄介者だと思うようになることもあります」と述べています。いつも「馬鹿」、「ろくでなし」、その他の言葉で悪く言われる子供は、それをそのまま信じ込むかもしれません。子供の見方は限られているため、ひどい誇張やうそと真実との区別がつかない場合が多いのです。それで親から口汚くののしられると子供が自尊心をなくし、劣等感を抱くことがあります。
 
どうすればそうした消極的な感情を打ち払うことができるでしょうか。
 
(1)創造者との良い関係を培う
 
聖書は、たとえ私たちが親から虐待されたとしても、エホバはわたしたちを捨て去ったりされないことを保証しています。「わたしの父とわたしの母がわたしを捨て去ったとしても,エホバご自身がわたしを取り上げてくださることでしょう。」と聖書は述べています。(詩編27:10)
 
エホバは、自分は無価値だと考えている神の僕をさげすんだりはされません。エホバは自尊心のない人、劣等感に悩まされている人に、憐れみを示し、支えてくださいます。詩編 34編18節にある、「エホバは心の打ち砕かれた者たちの近くにおられ、霊の打ちひしがれた者たちを救ってくださる」という言葉は、何という慰めなのでしょう。
 
私たちが自分を取るに足りないと考えたとしても、エホバはわたしたちを高く評価してくださいます。イエスは、小さなすずめを顧みるエホバ神ですが、神にとって人間はたくさんのすずめよりも価値があり、神は人の髪の毛の数を数えるほど、ひとりひとりに深い関心を抱いていると述べています。(マタイ10:29-31)
 
創造者との良い関係を培うことは、人がふさわしい自尊心を培う助けになります。神が自分に関心を持っていてくださり、祈りを聞いてくださるということを認識すると、人生に対してずっと積極的な見方ができるようになります。(マタイ 18:10)
 
是非、聖書を読み、み言葉に従い、エホバに祈るようにしましょう。エホバが祈りに答えてくださった時には感謝しましょう。
 
2)築き上げる友を持つ
 
難しい家庭環境の中で忍耐しながら、感情面で全く健全であることを示している若者も少なくありません。そういう若者には「大抵、これまでの人生で自分を見守っていてくれる人が少なくとも一人はいる」ことが幾つかの調査によって明らかになっています。
精神科医でソーシャルワーカーのジャネット・ドローブスは、「若者は、積極的な人や、自分を評価してくれる人と時を過ごす必要がある」と説明しています。恐らく、あなたは少なくとも片親とは良い関係を保っておられるかもしれません。その場合は、その親に近づくことができるでしょう。
 
 
箴言の書が述べているように,「苦難のときのために生まれた」友がいます。(箴言 17:17)満たされない空白を埋めることのできる他の人―できれば自分より年上の人―を探すようにしましょう。あなたの最善の益となり、神の言葉と調和している助言を差し伸べる賢い友との交友を求めましょう。(箴言 13:20)良い友達の助けを得るなら、自尊心を取り戻すことができます。
3)創造的なことを行なう
 
楽器の演奏を学んだり、外国語をマスターしたりするといった創造的な趣味を持つことができます。技能を修得するならば、自尊心を培うのに役立ちます。
 
また、神の言葉を知るよう他の人を助けるのは、満足をもたらす活動です。神が自分の努力を祝福してくださるのを見るなら、なおさらです。(コリント第一 3:6‐9)
 
「エホバの愛のおかげで携わることのできた宣教を通して、私は自分が父親から言われているほど愚かな人間ではないことが分かりました」と、アンは述べています。アンは他の人に聖書を教える活動を通して、自尊心を培うことができました。
 
4)人のためになることを活発に行なう
 
聖書は自尊心を取り戻す上で役立つ生き方の大要をクリスチャンのために述べています。それは、奇抜な服装をしたり、乱交にふけったりすることではありません。その助言がクリスチャンたちに勧めているのは、人のためになることを活発に行なうことです。そうすることは幸福を生み出します。(使徒 20:35)
 
ドルカスはその一例です。この婦人は他のクリスチャン、特にやもめたちのために着る物を作ることに時間を用いました。その努力は彼女たちを物質面で援助することになりましたが、ドルカスは仲間の信者に愛されたので、それは孤独感を克服し、自尊心を培う助けにもなったことでしょう。(使徒 9:36-42)
 
これからも時々自分に自信がなくなる時があるかもしれません。しかし、神があなたを気遣っておられるということを決して疑う必要はないのです。「人が神を愛しているなら、その人は神に知られている」のです。(コリント第一 8:3)聖書に助言に従って消極的な感情を打ち払い、ふさわしい自尊心を培っていきましょう。
 
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親の言葉による虐待(2)−ののしりに対処する

 
 
先回、「親の言葉による虐待(1)−親がののしる理由」をアップしました。今回はののしりに対処するための聖書の助言を示したいと思います。
 
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                  ののしりに対処する
 
米国では、毎年100万人を超える十代の若者が家出をしますが、多いのは身体的また性的虐待また感情的虐待など耐え難い家庭問題を逃れるための家出です。また、単に親と衝突して家出をする若者も多くいます。
 
家出をしないで、親からの言葉による虐待に対処するために何ができるでしょうか。多くの場合、親にののしられている状況を耐えやすいものにするために子供にできる事柄があります。
 
(1)言い争いに加わらない
「愚鈍な者の唇は言い争いに加わり、その口はむち打たれることを呼び求める。」と箴言は述べています。(箴言18:6)親に口答えしたり、さらに悪いことに、どなり散らしたりするなら、親からの叱責の言葉を増し加え、神の不興を買い、大抵、争いをエスカレートさせるだけでしょう。
 
(2)言い争いの場を離れる                                      
不必要な対立を避けることができます。箴言は、「言い争いが突然始まってしまう前にそこを去れ」と助言しています。(箴 17:14)その場にいたら、言い争いが始まる、もしくは激しくなると思ったら、とにかくその場を離れるように聖書は勧めています。
 
(3)怒りを抑える
「激怒する人は口論をかき立て、怒ることに遅い者は言い争いを静める。」と箴言は述べています。(箴言15:18)怒りを抑えて、言い争いに対処するなら、親との衝突は少なくなることでしょう。
 
(4)親に敬意を払い従う
 
親に口答えしたり、親を軽べつするような態度をとるなら、家庭内の雰囲気は悪化するだけでしょう。大切なことは、エホバ神が、親を敬い親に従うよう若者たちに命じておられるということです。それは、親が従うことを難しくしている場合も変わりません。(エフェソス 6:2)
 
神が子供に、「あなたの父と母を敬いなさい」と命じ、「それはあなたにとって物事が良く運び、あなたが地上で生き永らえるためである」と付け加えておられることを心に銘記しているのは良いことです。親に従うことによって子供は神に対して敬意と従順を示しています。また、そうすることは多くの場合、物事が順調に運ぶ結果になります。(エフェソス 6:1‐3。ヨハネ第一 5:3)したがって、少々嫌でも子供のほうが折れる、つまり親と親の要求に従うことです。
 
ある若者は,「いま思えば、爆発の引き金になったのは大抵、自分がすべき事をしなかったことによります。もっと意識して、皿を洗うとか、ごみを集積所に持って行くといった雑用を果たすようになりました」と述べています。結果はどうなったでしょうか。衝突はずっと少なくなりました。
 
(5)識別力を示す
箴言は、識別力を働かせることを勧めています。「自分のことばを控える者には知識があり、識別力のある人は霊を冷静に保つ。」(箴言17:27)
 
バーバラという名の若い女性は、年若い時に何度か親と衝突したことを思い起こして、「話す前にもっと考えるべきでした。私にはもっと識別力が必要でした。もし親が何かのことで腹を立てているようなら、しばらく待つことです。そんな時には何をしても、火に油を注ぐようなものだからです」と述べています。
 
6)適切な時に話す
親のあなたに対する態度によって、どんな影響を受けているか、穏やかに説明することもできます。これは、言い争いの真っ最中に行なうべきではありません。箴言 25章11節は、『適切な時に話される適切な言葉』について述べています。それは、事態がひとまず落ち着いて、親も聞く耳を持っていそうな時ということになるでしょう。
 
(7)温和に答える
「温和な答えは激しい怒りを遠ざけ」ます。(箴言 15:1)女流作家のジョイス・ベドラルは自著「両親のおかげで気が狂いそう」の中で、腹を立てた母親が「お前を生まなければよかった」と口走った状況を想定しています。そこで、「別の人が母親ならよかった」と切り返すなら、言い争いを長引かせるだけです。それでベドラルは、「わたしのせいで時々お母さんがつらい気持ちになることは分かるわ。子供を育てるのは大変なことだと思うわ」といった答え方を提案しています。
 
ここまで、激しい怒りに対して温和に対応するのは、ほんとに円熟性と謙遜さが求められ、容易なことではありません。しかし、そうすればきっと口論の火は消えることでしょう。(箴言 26:20)ののしられても礼儀正しく振る舞おうとするなら、エホバの心を歓ばせることになります。(箴言 27:11)
 
 (8)祈る
忍耐できるようエホバ神に助けを求めてください。また、事態が良くなるよう祈り続けましょう。(フィリピ 4:6,7)
 
あなたが親を変えることは難しいでしょう。しかし良い影響を与えるよう努力することはできます。分別をもって問題に対処するなら、親は心を動かされ、態度を和らげないとも限りません。
 
マルリーンという少女は、以前は心を乱していましたが、次のように述べています。「これまでの私は、母が大声を上げると、口答えをしていました。でも今では、神の言葉が述べている事柄を実行するようにしています。神の言葉には力があります。母の態度が変わり始めました。聖書を適用することによって,母をもっと理解できるようになりました。私たちの関係は改善されました」。あなたも自分のほうから率先するなら、関係を改善することができます。
 
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次回は、「親の言葉による虐待(2)―自尊心を取り戻す」をアップしたいと思います。
 
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「口汚い言葉でけなされると,自分はだめな人間だという気持ちになって,その言葉が何日も,時には何週間も気になりました。そういう言葉が原因で精神的に傷つきました。」―ケン。
 
「生きていても仕方がないと思いました」−マルリーン
ケンとマルリーンはどうしてこのように思ったのでしょうか。ケンとマルリーンは、他の多くの十代の若者たちと同様、言葉による虐待の犠牲者でした。親から絶えず口汚い言葉でけなされたからといって、骨折したり、打撲傷を負ったりすることはありませんが、中にはそれをきわめて破壊的な形態の児童虐待とみなす人もいます。
 
もちろん,一部の若者が虐待と呼ぶものが、親からのしつけにすぎないことも少なくありません。聖書も、「確かに,どんな懲らしめも当座は喜ばしいものに思えず、かえってつらいことに思えます。」と述べてどんな懲らしめであってもつらいものであると述べています。(エフェソス 6:4。ヘブライ12:11)そうした訓練は、不愉快な仕方で与えられるとしても益となり得ます。(箴言 4:13)
 
さらに親も、やはり「何度もつまずくのです。言葉の点でつまずかない人がいれば、それは完全な人」です。(ヤコブ 3:2)それで、模範的な親でもかっとなると、後悔するような事柄を口にすることがあるのです。
 
しかし、厳しくて残酷な言葉がいつものこと、すなわち絶えず繰り返される破壊的な行動様式になった場合、それは由々しい感情的虐待と言えるかもしれません。米国児童虐待防止委員会の白書は、「感情的虐待とは,親の否定的な行動様式の日常化を特徴とし,単に単発的な出来事や親の感情の正常な起伏を特徴とするものではない、という点に注目することは大切である」と述べています。
 
ばかとか、役立たずとか繰り返し言われたり、落伍者のように思わされ、「お前がいるといつも気が滅入る!」と絶えず言われたり、「みんなお前のせいだ!」と絶えず責められたりする若者の間では、自尊心の欠如は珍しいことではありません。
 
聖書は「剣で突き刺すかのように無思慮に話す者がいる。」と述べ、有害な言葉の影響を「剣で突き刺す」ことになぞらえています。(箴言 12:18)また、聖書が述べているように、親の手厳しい扱い方は、子供たちを「いらいらさせて気落ちさせる」ことになります。(コロサイ 3:21)
 
キャスリーン・マッコイ博士は,「子供の人格に関してレッテルを貼ったり、けなしたり、批判したりすると……十代になってから、自尊心の欠如やうつ病、コミュニケーションの喪失の要因となる場合がある」と指摘しています。また専門家は親子関係にゆゆしい欠陥があると自殺を図ることにつながる場合があるとも述べています。
 
さらに、言葉による虐待に起因する好ましくない影響として、精神面あるいは感情面での成長の遅れや破壊的あるいは内向的な行動を指摘する人もいます。そうした若者は周囲と仲良くやっていくのが下手かもしれません。
 
そういう状態で若者には何ができるでしょうか。最初に、親がののしる理由を理解することにしましょう。
 
親がののしる理由
 
聖書の預言には、今日の家庭がいっそう多くの問題を抱えることを予示していました。それによると、非常に多くの人が「自然の情愛」を持たなくなります。(テモテ第二 3:3)今日の親たちの多くも自分自身、「自然の情愛」がほとんど、あるいはまったくない家庭で成長しました。
 
自然の情愛は家族を結び合わせるものです。多くの人が今日、家族生活において衝撃的な崩壊が生じていることを認めざるを得ないでしょう。世界中で離婚率が急上昇しています。それで、親が成長した家庭は、姦淫や離婚で分裂した家庭、冷淡さと憎しみに損なわれた家庭であり、もしかすると言葉による虐待、感情面での虐待、身体的虐待、あるいは性的虐待が日常的に行なわれていた家庭でさえあったかもしれません。
 
そうした家庭で成長すると、子供の時だけでなく、大人になってからも害を受けかねません。統計によると、子供のころに虐待を受けた人は親になってから自分の子供を虐待する可能性が高いのです。
 
子供をののしる親を対象にブレアー・ジャスティスとリタ・ジャスティスが行なった調査によって明らかになったところによると、そういう親の85%は、子供のころに実際の身体的虐待は受けなかったにしても、愛情の欠如を経験していました。つまり子供をののしる親の85%は、子供のころにののしられていました。
 
聖書も神が人間を愛する模範があるおかげで人間は愛を学べると述べています。(ヨハネ第一 4:19)同様に、親から愛を示されなかった子供は、親になって子供に愛を示すのに困難を感じるでしょう。
 
「健全な子育て」という本はこう注解しています。「自分の親とは違った振る舞いをするための措置を意図的に講じない限り、望もうと望むまいと、子供時代のパターンが繰り返される。」
 
また、今は「対処しにくい危機の時代」なので、生計を立てたり子供を養育したりすることの難しさは相当な圧力になる場合があることも覚えておく必要があります。また親は、親自身の問題のためにストレスを感じているかもしれません。(テモテ第二 3:1)とりわけ、独り親にのしかかる経済的圧迫は大きなものがあるでしょう。
 
中には、そうした圧力に負けて、息子や娘の反抗のしるしと思えるものに過度の反応を示す親もいるのです。聖書も「単なる虐げ[または,「圧迫」]が賢い者に気違いじみた行動を取らせることがあ(る)」と述べています。(伝道の書 7:7)
 
言葉による攻撃は、親が生計を立てるストレスや心配に苦しんでいたり、心痛や憂うつ、自尊心の欠如に苦しんでいる証拠かもしれません。さらに、結婚生活で心痛を味わっているとか、アルコール依存症といった問題を抱えていることを表わしているのかもしれません。
 
子供は、ののしる親が多くの問題に煩わされており、厳しい圧力のもとにあるのかもしれないということに洞察力を働かせることができます。そうすると、傷つくことを言われても事態を大局的に見ることができます。そういう洞察力を持っていれば、ののしられた時に「怒りを遅くする」こともできるでしょう。(箴言 19:11)
 
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次回は、「親の言葉による虐待(2)―ののしりに対処する」をアップしたいと思います。
 
 
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なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか(4)−腹立たしい気持ちに対処する

 
前回まで、「なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか(1)−敬うとは」「なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか(2)−敬うべき理由と益」「なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか(3)−問題のある親でも」をアップしました。今回、『父と母を敬う』にあたって腹立たしい気持ちに対処することについて記事をアップしたいと思います。
 
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腹立たしい気持ちに対処する
 
親のために、うつ病になったり、親に対して怒りを抱いたりする若者もいます。「悲しみのうちに成長する」という本によると、親からの拒絶や虐待が一因となって、うつ病になる子供がいます。こう説明されています。「親が子供に絶えず批判や屈辱を矢継ぎ早に浴びせてきたケースもあれば,親子関係にまさに溝がある、つまり,親が子供に対する愛を決して表に出さないケースもある。……そうした親を持つ子供たちの結末は特に悲惨である。というのは、子供にとって、またこの点では大人にとっても、愛というものは植物にとっての日光や水のようだからである」。
 
人知れず、様々な形の虐待を受けている若者にとって、親に対する怒りや憤りは特に強いものかもしれません。メアリーという女性は、隠れアルコール依存者である父親から受けた「ありとあらゆる暴力や冒とく、虐待」について書いています。しかし、メアリーの父親は人前では良い父親を演じました。そのような場合、親に対して愛や敬意を示すのを難しいと感じるでしょう。
 
しかし、親を敬うとは、必ずしも親の生き方を認めるとか、あなたに対する扱い方をうれしく思うという意味ではありません。聖書中の「敬う」という言葉は、以前にこのシリーズで扱ったように、単に、正式に任命された権威を認めるという意味でもあります。
 
例えば、使徒ペテロは、クリスチャンは『王を敬う』べきであると述べていました。(ペテロ第一 2:17)しかし、ペテロは王ヘロデ・アグリッパ1世が、クリスチャンを迫害し、『ヨハネの兄弟ヤコブを剣にかけて除き去り』、『さらにペテロをも捕縛した』ことを知っていました。(使徒 12:1‐3)それでも、ペテロは反逆するようにとは勧めず、かえって、王への従順を奨励しました。
 
それで、必ずしも尊敬すべきでない王を敬うのと同じように、子供は尊敬できない親を敬うことができます。親は、どんな欠点を持っていようとも、やはり責任ある立場にあり、子供の生活にかなりの影響力を及ぼします。親に反抗したり、親を横柄に扱ったりするならば、家族生活から平和が失われ、親から受けられる支援を受けられず、生活がもっと難しいものとなることでしょう。また、神の恵みを失う原因ともなりかねません。(箴言 30:7。伝道の書 10:4)一方、できる限り親に協力するなら、少なくとも家族の平和や平穏な関係を一応保つのに役立つでしょう。(コロサイ 3:20)
 
しかし、これは、性的虐待を耐えなければならないという意味ではありません。そうした状況にいる若者は他の所に助けを求めるべきです。もう片方の親に助けを求めることができます。助けを家族以外のところに求めることもできます。
 
クリスチャンの親が権威を乱用する場合
 
もしあなたの親がクリスチャンで、権威をひどく乱用していると感じているとしたらどうでしょうか。ソロモンは,「単なる虐げが賢い者に気違いじみた行動を取らせることがあ(る)」と述べました。(伝道の書 7:7)ある若者たちは、親の貧弱な手本ゆえに苦々しい思いを募らせ、非行を働き、クリスチャンの生き方をやめてしまった若者さえいます。(箴言 19:3)しかし、反抗は何事も成し遂げません。憎しみに満ちた、悪意のある態度も同じです。(伝道の書 8:3,4。伝道の書 10:4)
 
聖書はこう警告します。「激しい怒りに誘い込まれて悪意に満ちて[行動する]ことのないように気をつけよ。……あなたが有害なことに向かわないよう用心するように」。(ヨブ 36:18‐21)両親には自分たちの行為に対してエホバの前に責任があり、どんな重大な不正行為に関しても、エホバに言い開きをすることになるという点を理解しておく必要があります。(コロサイ 3:25)
 
昔、ヒゼキヤという若い王子の父親アハズ王は、ダビデの子孫であるユダの王でありながら、自分の子さえも異教の神々にささげるほど、エホバの崇拝から離れていました。(列王第二 16:1‐4)しかし、ヒゼキヤは,偽善的な父親の非常に悪い手本にもかかわらず、「エホバに付き従って」いました。彼は、エホバの目に良いことを行いました。(列王第二 18:6;19:15;20:2,3)ヒゼキヤの良い模範は、聖書に記されることになりました。
 
あなたもそうすることができます。もしかすると、親は偽善的に振る舞っているかもしれませんが、あなたは、エホバにずっと付き従ってください。親の行状がどんなものであっても、ひとりひとりが「恐れとおののきをもって自分の救いを達成してゆ(く)」必要があります。(フィリピ 2:12)
 
しかし、あなたの親は、人身犠牲を捧げるアハズのようには邪悪ではないもののクリスチャンであるにもかかわらず、あなたに対する態度や行状はクリスチャンらしくなく愛がないと思うかもしれません。親の行動について洞察力を働かせることもできます。箴言 19章11節には,「人の洞察力は確かにその怒りを遅くする。違犯をゆるすのはその人の美しさである」と記されています。
 
親の振る舞いは本当によこしまなのでしょうか。それとも、それは単に、親が弱かったり、落胆していたり、助けを必要としていたりするためなのではないでしょうか。親の示す態度は、病気や、憂うつな気持ち、孤独感、仕事上のストレスのためだという可能性はありませんか。このような洞察力を働かせることは、親にもっと同情心を感じ,おそらく怒りの気持ちを和らげるのに役立つでしょう。
 
また、親の理不尽だと思える行動について率直にしかし敬意を払いながら話してみることができます。グレゴリーは十代の少年だったころ,自分の母親から感情面での支えをほとんど得ていないように感じていました。実際には何の根拠もないのに,悪いことをしているとしてしばしば責められました。グレゴリーの感じていた内面的な痛みのゆえに,日ごとにいさかいが絶えませんでした。グレゴリーは一人のエホバの証人に相談しました。その人はグレゴリーに,母親と話す際に『自分の心から率直に』語るよう勧めました。(ヨブ 33:3,ウィリアム・ベック訳,「今日の言語による聖書」)
 
それで、グレゴリーはその助言に従いました。「自分が実際にどのように感じているかを母に知ってもらおうと一生懸命努力しました。母の理解と感情的な支えを必要としていたのです。僕は自分が何も悪いことはしておらず,母に信頼してもらえないためにどんなに自分が傷ついているかを,母に理解してもらえるようにしました。やがて母は僕の感情を理解するようになり,親子の関係は改善されました。また,母に従い,母が僕を信用しなくなる理由を全く与えないようにしました」と,グレゴリーは語っています。親との心からの対話は家庭の雰囲気を向上させます。あなたも親にあなたの気持ちや状況を理解してもらうように努めるのはどうでしょうか。
 
父と母を敬うことは、エホバが求めておられることです。それにはエホバの是認と、報いが伴います。問題のある親であったり、親が親としての権威を乱用したりしているとしても、聖書の助言に従うよう努力して、エホバの是認と祝福が得られるようにしましょう。
 
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この記事は、「若い人が尋ねる質問 実際に役立つ答え」の1章「なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか」の事例を参考に作成されています。
 
 
 
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歴代第二29章・親の影響―バアル崇拝者の子ヒゼキヤ

 
 
 
 
 
 
 

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