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「アヒメレクは王に答えて言った,『ですが,あなたのすべての僕の中でだれがダビデのように忠実でしょうか。しかも彼は王の婿で,あなたの護衛の長ですし,あなたの家で敬われているのです。わたしが彼のために神に伺うのは,今日に始まったことでしょうか。わたしにはそれは考えられないことです! 王がこの僕[と]わたしの父の全家に何をも負わせませんように。このすべてのことで,この僕は大小を問わず何事も知らなかったのですから。』」(サムエル第一22:14,15) |
正直とうそ
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「ダビデは祭司アヒメレクに言った,「王がある事柄に関してわたしに命じ,さらにこう言われました,『わたしがお前を遣わし,またお前に命じた事柄についてはだれにも何も知らせてはならない』。それで,わたしはしかじかの場所で若者たちと落ち合うことにしています。それで今,もしあなたの自由になるパンが五つありましたら,それを,あるいはあるものを何でも,わたしの手に渡してください」。(サムエル第一21:2,3) |
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「アブラハムは自分の妻サラについて,『これはわたしの妹です』と繰り返し言った。・・・しかも彼女はほんとうにわたしの妹で,わたしの父の娘であり,ただわたしの母の娘ではないだけです。それがわたしの妻となったのです。」(創世記20:2,12) |
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「『わたしは彼の上に立ち,まさしく彼を殺しました。』・・・13 それでダビデは彼に言った,『あなたが手を出してエホバの油そそがれた者を滅びに陥れることを恐れなかったとは,どうしたことか』。15 ・・・『あなたに対する血の罪は,あなたの頭に降り懸かれ。あなたの口があなたに対して証言し,「わたしがまさしく,エホバの油そそがれた者を殺しました」と言ったからだ。』」(サムエル第二13:10,13,16) アマレク人の若者は、ダビデに喜ばれると思ったうそを言いました。この出来事はわたしたちに何を教えますか。そのうそは、油そそがれた王であるサウルを殺したといううそでした。アマレク人の若者はサウル王がダビデを迫害していたことを知っていたのでしょう。それで、ダビデにサウル王を殺したと言えば、喜ばれると思ったのでしょう。ダビデはアマレク人の若者の言葉によって判断しました。ダビデは当時の政治の権威でした。(ローマ13:4)ところが、ダビデは上のように語って若者を油そそがれた者を殺した罪のために処刑しました。 この出来事はうそについて何を教えていますか。ダビデは、神ではなく人ですからすべてのことを知っているわけではありませんでした。ふつうは、人は他の人の言うことを信じるものです。とりわけ、当人がしたと言う行動については、人は信じるものです。 アマレク人は、自分が実際には行なっていない罪のために命を失いました。それはうそのためでした。それで、私たちは自分にとって状況が良くなると考えるうそによって命を失うことさえあるということを覚えておくべきです。さらに、ダビデ王にしても、神ではありませんから、物事をすべて見抜くということはできず、人間は裁きをあやまるということを意味しています。人はうそを言った結果を甘受しなければなりません。 この出来事が教えるもうひとつの教訓は何ですか。この出来事は、エホバがたとえ不忠実になっても油そそがれた王のサウルに対して敬意を払うことを期待されたということも示しています。(サムエル第二24:10)
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