神の御名

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“エホバ”かそれとも“ヤハウェ”か

英語の“Jehovah”(エホバ)は神のみ名の正しい発音かどうかという論争は、100年以上にわたって激しく行なわれてきました。現代の多くの学者は英語で2音節の“Yahweh”(ヤハウェ)を支持しているようです。エホバという語を、「神の御名ヤハウェを誤読した語形」と呼んだり、「奇異な語」と呼ぶ人もいます。しかし、証拠は“Jehovah”(エホバ)という発音もそれほど奇異なものでないことを示しています。
 
ヘブライ語で神のみ名はיהוהと書きます。神のみ名のヘブライ語は、英語の文字YHWHあるいは「エホバ」(Jehovah)という名前の基本子音JHVHに相当する四つのヘブル語文字で構成されています。右から左へ読むこの4文字は普通、四文字語<テトラグラマトン>と呼ばれています。
 
このテトラグラマトンをどのように発音すべきかが分からなくなったのはどうしてでしょうか。古代のヘブル語には母音の文字がなく、問題の発音は口伝えで伝えられていたためです。問題は、そのヘブライ語の子音字にどんな母音を補って読んでいたのか、分からなくなったことです。なぜなら、マソラ学者が母音符号体系を編み出す以前に、ユダヤ人はまことの神のみ名を発音しなくなってしまい、子音字のYHWH(יהוה)にどの母音が付けられていたかを確かめる明確な方法はないからです。
 
 
人名に含まれているもの
 
 
しかし、私たちは神のみ名の発音を知る手がかりがあります。聖書で言及されている人名や地名で、神の名の省略形を含むものは少なくありません。そういう固有名詞から、神のみ名の発音の仕方を知る手がかりが得られます。
 
米国、ワシントン特別区にあるウェスレー神学校の名誉教授ジョージ・ブキャナン教授はこう説明しています。「古代の親たちはしばしば自分たちの神々の名にちなんで子供に名をつけた。つまり、神の名の発音の仕方にのっとって子供の名を発音したということである。四文字語<テトラグラマトン>は人名に使われており、きまってその真ん中の母音が使われた」。
 
聖書中の固有名詞で、神のみ名の短縮形を含むものの例を幾つか考えてみることができます。ヘブライ語聖書にヨーナーターン、またはエホーナーターンとして出てくるヨナタンは、「ヤーホまたはヤーホワーは与えてくださった」という意味である、とブキャナン教授は述べています。預言者エリヤの名はヘブライ語ではエーリーヤー、またはエーリーヤーフーです。ブキャナン教授によれば、その名は「わたしの神はヤーホーまたはヤーホーワー」という意味です。同様に、エホシャファトのヘブライ語名はエホーシャーファートで,「ヤーは裁いてくださった」という意味です。
 
四文字語<テトラグラマトン>の英語で2音節の“Yahweh”(ヤハウェ)という発音の場合、という母音は神のみ名の一部としては存在しないことになります。しかし、神の名が織り込まれている数多くの聖書中の人名には、エナタンやナタンのように、真ん中に母音オーが含まれています。
 
ですから、ブキャナン教授は神の名に関してこう述べています。「母音のオーが省かれている例は一つもない。その語は“ヤー”という省略形で表わされることもあるが、決して“ヤーウェー”とはならない。……四文字語<テトラグラマトン>を1音節語として発音する場合、それは“ヤー”か“ヨ”であった。3音節語として発音する場合には、“ヤーホワー”または“ヤーホーワー”となったであろう。2音節語として省略形で表わされる場合があるとすれば、“ヤーホ”となったであろう」―「聖書考古学レビュー」誌(英語)。
 
しかし、神のみ名の正しい発音は分からなくなっており、学問上の論争は今後も続くでしょう。しかしながら、聖書中の人名は、神のみ名の古代の発音を知る確実な手がかりとなります。“エホバ”という発音は、神のみ名が含まれている聖書中の名に含まれている母音を含んでいます。ですから、エホバという神の名は、決して奇異なものではなく、神のみ名として受け入れられるものだといえます。
 
それでは、ヤハウェやヤーウェといった形を用いるのは間違っているのでしょうか。そのようなことはありません。大切なのは,神の名を用い、それを他の人々に宣明することです。こう命じられています。「あなた方はエホバに感謝せよ!そのみ名を呼び求めよ。もろもろの民の中にその行ないを知らせよ。そのみ名の高く上げられることを語り告げよ」(イザヤ 12:4)
 
 
 
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箴言18章 新改訳・神の御名を用いることによって得られる安全

 
「主の名は堅固なやぐら。正しい者はその中に走って行って安全である。」(箴言1810 新改訳)
 
 
今回は新改訳を用います。冒頭の聖句にあるように、聖書は神の民が神の名を用いることによって安全を享受できることを示しています。このことは、神の名を用いることが必要であることを示しています。
 
 
神の民は、悪魔サタンや悪霊、神に信仰を持たない人によって攻撃を受けるかもしれません。また、神の民は日々試練を経験します。その時、神の民は、神の名を用いて祈ることによって安全を享受することができることを聖書は示しています。祈る時、神の名を用いないならば、お名前を持たれる方からの安全は得られないかもしれません。
 
 
神の名は、一般的に、エホバあるいはヤハウェとされています。また、世界の別の場所では言語によって様々な形の神の御名があります。大切なことは、神あるいは主というような称号を用いるのではなく、神のお名前の固有名詞を用いるということです。
 
 
悪霊から攻撃された時に、神の御名エホバを用いて祈った時に、悪霊が退散したという経験はよく聞かれます。
 
 
聖書の他の聖句も神の御名を用いることが神の民が神から助けを得るために重要であることを示しています。例えば、詩篇には、「私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。」と記されています。(詩篇124:8)それで、神の御名を用いることによって神の助けを得ることができます。
 
 
さらに、詩篇の他の聖句も神の御名の重要性を示しています。「すべての国々が私を取り囲んだ。確かに私は主の御名によって、彼らを断ち切ろう。」と述べられています。(詩篇118:10)ですから、神に信仰を持たない諸国民からの攻撃を断ち切るためには、神の御名を用いることが必要です。
 
 
昔、神の民は、神の御名を用いて神からの助けを得ました。クシュ人が百万人の軍勢と三百台の戦車を率いて、ユダ二部族王国に向かって攻撃をしかけて来たことがありました。その時、ユダの王アサは、新改訳によると、次のように祈りました。「私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。」(歴代誌二14:11)
 
 
アサは、「御名によってこの大軍に当たります」と言いました。アサは神の御名に拠り頼み、助けを呼び求めました。明らかに、アサは「私たちの神、主よ。」と祈った時、「私たちの神、エホバよ。」と祈ったことでしょう。新改訳は、不正直にも大切な神の御名を「主」と変えてしまっています。
 
 
アサが神の御名に拠り頼んだ結果、エホバはユダの前にクシュ人を打ち破られ、クシュ人は逃げ去りました。エホバはご自分の御名を用いて祈り、助けを求める者に答え応じられました。
 
 
このように聖書は神の民が、神から助けを得て、試練から安全に守られるために、神の御名が重要であることを示しています。悪霊や信仰を持たない人々から攻撃される時、エホバあるいはヤーウェあるいはその他のふさわしい神の御名を用いて祈るようにしましょう。
 
 
新改訳も、聖書のひとつの訳であり、聖書の音信の原型を伝えてはいますが、私たちが頼るべき神の御名を不真実にも「主」と変えてしまっています。私が新世界訳を主に用いる理由のひとつは、新世界訳が神の御名を正しく「エホバ」と訳しているからです。神の御名を用いることによって、私たちはエホバあるいはヤーウェの御名を持たれる神からもたらされる是認と安全を享受することができるでしょう。
 
 
 
 
 
「そして,その日,あなた方は必ず言う,『あなた方はエホバに感謝せよ! そのみ名を呼び求めよ。もろもろの民の中にその行ないを知らせよ。そのみ名の高く上げられることを語り告げよ。』」(イザヤ12:4)

聖書の中には、神のみ名を呼び求め、語り告げるようにという命令があります。では、神のみ名はどのようなものですか。

ヘブライ語では、神のみ名は四文字語で表わされます。多くの現代語のアルファベットでYHWHまたはJHWHと書き表されます。これら四つの子音字で表わされる神のみ名はヘブライ語の旧約聖書の中に、7000回近く出てきます。

実のところ、神のみ名がもともとどのように発音されたのかは確かなことは誰にも分かりません。なぜ分からないのでしょうか。聖書を書くのに用いられた最初の言語であるヘブライ語は、もともと、母音を記さず、子音字だけを用いて書かれました。古代ヘブライ語が日常の話し言葉として用いられていた間、読者は容易に適切な母音を補って読みました。しかし、やがて神のみ名を口にするのは悪いことであるとする迷信的な考えが、ユダヤ人の間に生じました。そのため聖書朗読の際、神のみ名のところにくると、彼らはヘブライ語のアドーナーイ(主権者なる主)という語を口にしました。

ヘブライ語の発音全体が分からなくなってしまわないように西暦1000年紀の後半にユダヤ人の学者が母音を表わすための符号体系を考案しました。しかし、それらの学者は神のみ名が出てくると、本来の母音符号の変わりに、ほとんどの場所で代用表現に用いる母音符号をつけました。こうして、神のみ名のヘブライ語のもともとの発音はやがて忘れられてしまいました。

YHWHで表わされるみ名のもともとの発音についてさまざまな学者が異なった考えを抱いています。ヤハウェとつづる方が良いという学者は少なくありませんが、しかし、それも確かではありません。エフーアあるいはヤフーアであるという人もいれば、ヤーホーであったという人もいます。また、ヤボもしくはヤフーであった考える人もいます。あるドイツの聖書学者は、他に、ヤオ、ヤベ、ヤハベ、エフバ、エホバ、ヨバという神のみ名の異なった発音をあげています。

しかし、神のみ名のもともとの発音が分からないことは、真に重要なことではありません。大切なのは、わたしたちの言語で従来から使われてきた発音によって神のみ名を用いることです。なぜそう言えますか。

大抵の名は一つの言語から別の言語に移し変えられると、ある程度変化します。イエスの名は、ヘブライ語で多分エーシューアと発音されたと考えられますが、真実のところ、だれにも確かなことは分かりません。霊感を受けてクリスチャンの聖書を書いた人たちは、もともとのヘブライ語の発音を残そうとするのではなく、イエスの名のギリシャ語の形であるイエースースをためらうことなく用いました。

今日では、聖書を読む人の言語に応じてさまざまに訳されています。英語ではジーザス、イタリア語ではジェスー、ドイツ語ではエーズスと発音します。私たちはイエスのもともとの発音を知らないので、イエスという名を用いることをやめることはしません。また、イエスを師や仲介者という単なる称号で呼ぼうとは考えません。そうすることは、イエスに対する愛や敬意を表わすことだと考えないからです。私たちはその名を用いることを望んでいます。そのようにして、私たちのために命を犠牲にしてくださった神のみ子である方を示せるからです。私たちは自国語で普通に用いられている形を自由に用いています。

これと同じことが神のみ名について言えます。私たちはどうすれば、あらゆるお名前の中で最も重要なお名前を持つ方に愛と敬意を表わすことができるでしょうか。その元の発音が分からないから、その名を絶対に口にしないように、あるいは書かないようにすれば、敬意を表わせるでしょうか。そうではありません。その名を用いて、その名を所有する方をほめる方が敬意を示せるのではないでしょうか。

エホバという発音は、厳密にはもともとの発音どおりではないとしても、幾世紀ものあいだ神のみ名として、国際的に受け入れられています。これは、ヤハウェやヤーウェといった形を用いるのが間違っているということではありません。大切なのは、神のみ名を用いることです。

人は名前の分からない人と親しい関係を持つことは難しいものです。神のみ名を用いないならば、その方に祈りのうちに心から話しかけて、個人的な関係を培うのは、難しいかもしれません。また、すべての人々に神について語る場合に、どうすれば、まことの神が諸国民の神々とは異なることを明らかにできるでしょうか。神ご自身の名を用いて初めてそうすることができます。

私たちは、エホバあるいは自国語で神のみ名として受け入れられている発音を用いて、その方に愛と敬意を表わし、その方のことを語り告げることができます。
「エホバの名を呼び求める者はみな救われるであろう」(使徒2:21)

今日、教会員の中には、神のみ名を発音しようとしない人がほとんどです。しかし、それは初期クリスチャンの習慣ではありませんでした。初期クリスチャンの時代には、神のみ名が重んじられていたことを示す一般の資料が残っています。

ユダヤ教のラビの教えや伝承を集大成したものである、ユダヤ教のミシュナにのせられている情報はそのことを示しています。それを編さんしたのは,西暦2および3世紀に生きていたラビとされています。ミシュナの一部の資料は、明らかに西暦70年におけるエルサレムとその神殿の滅亡以前の状況です。つまりイエスやイエスの初期の弟子たちが地上で生きていた時代の状況を反映しています。

それによると、年に一度の贖罪の日に関して、ダンビー訳のミシュナはこう述べています。「神殿の中庭に立つ祭司たちや民は、大祭司の口から発せられて言い表わされた御名を聞くと、ひざまずいて身をかがめ、ひれ伏して、『その王国の栄光の御名が、限りなく永久にほめたたえられますように!』と言うのであった。」それで、神殿で大祭司は神のみ名を発音し、神のみ名は一般の民から重んじられていました。

また別のミシュナの記録によると、祭司が日ごとに述べる祝福の言葉について、こう述べられています。「彼ら(祭司)は神殿では御名を書かれている通りに発音したが,地方では代わりの言葉で発音した。」それで、初期クリスチャンの時代、エホバの神殿がまだ残っていた時代に、神殿で祭司は神の御名を発音していました。

また、ミシュナの他の部分には、「人は神の御名を使って仲間とあいさつすべきである」という積極的な命令もあり、その後にボアズの例が引き合いに出されています。ルツ記によると、ボアズは「エホバがともにおられるように」とあいさつし、それに答えて「エホバがあなたを祝福されますように」というあいさつがなされました。(ルツ2:4)それで、イエスの時代に人々は日常生活の中で神の御名を用いていたと思われます。初期クリスチャンは、そのような環境の中で、生活していたのですから、普通に神のみ名を発音し、用いていたであろうことは、容易に想像できます。

また、西暦2および3世紀にも、神の御名を用いるよう励ます事がある程度ユダヤ教の指導者であるラビによって行なわれていたことをユダヤ教のミシュナは示しています。

このようにエホバの神殿がまだあった時代、初期クリスチャンの時代に神の御名が重んじられていたことを示す一般の資料があります。初期クリスチャンの時代に神のみ名は用いられ重んじられていたのですから、今日、教会員が神のみ名を発音しない習慣は、エホバ神が望んでおられる初期クリスチャンの本来の習慣から、逸れてしまったものです。

冒頭の聖句は、新世界訳です。新世界訳では、新約聖書の中でも、神のみ名を復元しています。使徒ペテロは、預言者ヨナの言葉を引用して、エホバのみ名を呼び求めること救いに肝要であることを述べました。新世界訳聖書はこのように多くの場合、旧約聖書からの引用の場合、神のみ名を復元しています。エホバ神はご自分のみ名が呼び求められることを望んでおられます。クリスチャンは、救いのために、神の御名を用いて、呼び求めるようにすべきだと言えます。

神のみ名を用いている聖書について、また新世界訳聖書がどのような方針で神のみ名を新約聖書に復元したかについては、ブログの2009年11/12の分をご覧ください。
「日の昇る所から日の沈む所に至るまで,わたしの名は諸国民の間で大いなるものとなり,あらゆる所で犠牲の煙が上り,進物,すなわち清い供え物がわたしの名に対してささげられるようになるのである」(マラキ1:10)

冒頭のマラキ書の聖句も示しているように、エホバ神はご自分のお名前が諸国民の間で尊重され、崇拝されることを望んでおられます。ところで、多くの聖書翻訳は、神のみ名を「主」や「神」に置き換え、神のみ名を聖書の中から除き去ってしまいました。

一方、新世界訳聖書は、その新約聖書の中に、神のみ名を237回表示しています。今日私たちが手にしているマタイから啓示まで完全な形の古代ギリシャ語写本の中に,神の御名をすべての箇所に含んでいるものはありません。現存する新約聖書の写本の中に神のみ名が完全な形で表示されたものがないのに、新世界訳聖書はどのように神のみ名を表示する所を選んだのでしょうか。

旧約聖書はもともとヘブライ語とアラム語で書かれました。初期クリスチャンの時代には、ユダヤ人はヘブライ語だけでなく、当時の国際語であったギリシャ語を使っていました。

旧約聖書のヘブライ語版には、神のみ名を表わすヘブライ語の四文字語であるテトラグラマトンが保存されていました。また、初期クリスチャンが使っていたであろう旧約聖書のギリシャ語の翻訳であるセプタギンタ訳の初期の版にも、ヘブライ語のテトラグラマトンは保存されていたことが分かっています。
それで、初期クリスチャンが霊感を受けて聖書を書き記した時、それが、旧約聖書からの引用の場合、とりわけ、神のみ名を忠実に用いたことが考えられます。

それで、新世界訳聖書翻訳委員会はどのように神の御名を表示したのか、参照資料付き新世界訳聖書の付録の中で、こう述べています。

「神の名がギリシャ語ΚύριοςキュリオスやΘεόςテオスによって置き換えられた箇所を知るために,霊感を受けたクリスチャンの筆者がどこでヘブライ語聖書の節や句,表現を引用しているかを確定し,次いでヘブライ語本文そのものを調べて,そこに神の名が出ているかどうかを確かめました。・・・翻訳者の立場を越えて聖書釈義の分野に立ち入ることがないよう,わたしたちはクリスチャン・ギリシャ語聖書中の神の御名の翻訳に際しては,背景となるヘブライ語聖書をいつの場合も注意深く考慮しつつ,極めて慎重に作業を行ないました。」

つまり、新世界訳聖書翻訳委員会は旧約聖書の節や句、表現の引用である場合、ギリシャ語のキュリオスやテオスをエホバに変えたということです。

また、『主のみ使い』という表現、『主の言葉』という表現、『萬軍の主』という称号の場合、ヘブライ語聖書の先例に倣うならば、「エホバのみ使い」、「エホバの言葉」、「萬軍のエホバ」という表現であるということが分かります。その場合、神の御名を表示しています。

逆に,『我が主』,もしくは『我らの主』という表現が出て来る時は、いつでもエホバという言葉を用いることはしませんでした。

しかしながら、私の個人的な意見ですが、新世界訳聖書翻訳委員会が神の御名を復元した以上に、イエスやイエスの弟子たちは聖書の中でもっと神の御名を用いた可能性もあると思います。けれども、新世界訳聖書翻訳委員会は翻訳者の立場を越えることのないように慎重に神の御名を復元しました。

冒頭の聖句も示しているようにエホバ神はご自分のお名前が重んじられることを望んであられます。新世界訳聖書翻訳聖書委員会の姿勢はその神のご意志に調和しており、翻訳者の立場からそれないように慎重に神のみ名を表示していると言えます。私たちクリスチャンも神のみ名を重んじ、日常生活の中でエホバ神のみ名を用いるべきです。

神の御名が表示されている新世界訳聖書は望むなら、エホバの証人の奉仕者から無償で手に入れることができます。

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