ダニエル8章・ギリシャはメディア・ペルシャに取って代わるこの動画は、ダニエル8章の預言の解釈をみ使いが説明した部分を動画にしています。年代は正しいかどうか分かりませんが、メディア・ペルシャがギリシャに取って代わられたこと、また、ギリシャのアレキサンダーの王国が分かれて四つの王国になったことを説明しています。いちおう、イメージは参考になるので、アップしました。
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聖書の中の野獣
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エゼキエル43章・淫行と王たちの死がいを取り除く「また、彼らは自分たちの行なった忌むべきことによってわたしの聖なる名を汚したので、わたしは怒りのうちに彼らを滅ぼし絶やした。今、彼らにその淫行とその王たちの死がいをわたしのもとから遠くへ取り除かせよ。そうすれば、わたしは彼らの中に定めのない時に至るまで必ず住むであろう。」(エゼキエル43:8,9)
エゼキエルの神殿の幻は、将来のエホバへの崇拝に大きな変化を預言しているように思われます。エホバは神の民に対して怒りを表され、神の民は一時的に壊滅的な影響を受けるようです。しかし、広大なエゼキエルの神殿の幻が示しているように、神の民はエホバの是認を取り戻し、全地におけるエホバへの崇拝が復興します。そのために、神の民の側に調整が必要です。(エゼキエル43:8,9)
エゼキエルの幻の神殿は、神の民に起きるどのような出来事を預言しているのでしょうか。淫行とその王たちの死がいを取り除くとは、どのようにしなければならないことを意味しているでしょうか。
このことについて洞察を深めるには、聖書の他の預言書を調べる必要があります。将来神の民は、さまざまな政治の実体から迫害を受けることになっています。聖書の預言は神の民が南の王である大いなるバビロンからも、北の王からも迫害を受けることを預言しています。
まず、啓示の書は大いなるバビロンが神の民に対して流血を伴う迫害を行なうことを預言しています。(啓示17:6;18:24)また、ダニエル7章も、同様のことを預言しているように思われます。その預言によると、第四の獣に生じる小さな角が、「聖なる者たちに戦いをしかけ、それが彼らに対して優勢になる」ことを預言しています。(ダニエル7:21)この小さな角は、大いなるバビロンを表しているでしょう。(ダニエル7:11,12,22。啓示19:2)エホバ神によって「聖なる者たちを助ける裁きが下され」、小さな角は「全く滅ぼし去(られ)」ます。(ダニエル7:22,26)
また、聖書は、神の民が迫害を受け、全体としては全地で野獣に対する崇拝に屈してしまう時が訪れることを預言しています。啓示13章では、「第一の野獣」つまり主の日における政治組織が「全地」によって崇拝されます。そして、その野獣は、「聖なる者たちと戦って彼らを征服することが許され」ると述べられています。(啓示13:3,4,7,12)おそらく大患難、つまり世界大戦が起きる前に、国家主義が全地で強くなり、神の民は迫害に屈してしまうようです。
また、ダニエル8章の預言も神の民が北の王によって崇拝が妨げられることを預言しているようです。聖書は、大患難の前に、北の王の迫害のために、神の民が捧げる「常供のもの」、つまりエホバに対する崇拝と奉仕が一時的に取り去られることを示しているようです。(ダニエル8:11) ですから、聖書は大患難の前に神の民が北の王からも、南の王からも迫害を受け、特に北の王の迫害のために全地で行なわれる組織的なエホバへの崇拝と奉仕が中断させられることを示しています。
エゼキエル書はこのようなことが生じることをエホバが許された理由を説明しています。「イスラエルの家は、彼らもその王たちも、その淫行やその王たちが死んだ時の死がいによって」エホバの聖なる名を汚したからです。(エゼキエル43:7,8)
聖書は比ゆ的な淫行とは、偶像崇拝や政治国家に頼ることを意味することを示しています。(エゼキエル23::11,14)ですから、エホバへの崇拝が中断させられるのは、神の民がエホバに対する忠節な崇拝という点で失敗し、偶像崇拝とりわけ、国家に対する崇拝に陥ってしまうからです。それで、神の民は、南の王に対する崇拝にも北の王に対する崇拝にも陥らないように気をつける必要があります。
また、「王たちの死がい」に取り除かなければならないとは何を示しているでしょうか。聖書は、「ダビデとその胤」すなわちダビデの子孫のイスラエルの「王たち」を、「油そそがれた者」と呼んでいます。(詩編18:50)ですから、「王たちの死がい」を取り除くべきだというのは、死んでしまった油そそがれた者に対する崇拝に、気をつけなければならないことを示しているでしょう。
たとえ、油そそがれたクリスチャンであっても、聖書的に間違ったことを言ったりしたりすることがあります。それは、私についても言えます。またとりわけ、世界情勢が十分に進展していない時、その聖書解釈が十分進んでいない時は、聖書の理解に関しても、完全に正しいわけではありません。そのことも、私の聖書の解釈についても言えると思います。
しかし、とりわけ過去に死んでしまった油そそがれたクリスチャンの聖書解釈に執着しているならば、比ゆ的に王たちの死がいを崇拝していることになるのではないでしょうか。聖書のより正しい解釈は生きている油そそがれたクリスチャンによって行なわれるはずです。聖書の解釈が進んだならば、過去の油そそがれたクリスチャンの聖書の解釈は捨て去る必要があります。
ですから、エゼキエルの神殿の幻は、野獣の崇拝の圧力が強くなっても、エホバへの崇拝を断固として続けなければならないこと、また過去の油そそがれたクリスチャンに対する崇拝にも陥らないようにしなければならないことを教えています。
しかし、同時に、エゼキエルの神殿の幻は、それらの試練を神の民が乗り越えて、全地でエホバ神への崇拝が復興されるという希望を指し示しています。私たちは、これからもエホバへの崇拝を確固として継続していきましょう。
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啓示19章には、野獣は偽預言者と共にとらえられ、最終的に両方とも火の燃える湖に投げ込まれることが述べられています。これは何を意味しますか。また、この記述からどういうことが分かりますか。 野獣は主の日における政治組織全体を意味しています。野獣の像とは、政治組織全体の偶像とも言うべき、国際的な政治組織を表わしています。 では、偽預言者とは誰ですか。偽預言者はしるしを行ない、野獣とその像を崇拝する人々を惑わします。(啓示19:20)一方、啓示の書の13章に出てくる子羊のような二本の角のある野獣は、大いなるしるしを行なって、人類の前で火を天から下らせることをします。天から火を下らせるというのは、預言者エリヤのようです。(列王第一18:36〜38) また、子羊のような二本の角のある野獣は、野獣の像を作るよう唱道し、地に住む者たちに野獣の像を崇拝させます。(啓示13:11,14,15)この点からも、子羊のような二本の角のある野獣は偽預言者として行動していると言えます。ゆえに、偽預言者とは、子羊のような二本の角を持つ野獣を表わしています。 アメリカ合衆国は1945年10月24日、国際連合を設立し、国際連合軍として戦って国際連合が権威を増し加えるように働きました。そして、原爆を投下したり、原水爆実験を行なったりして、大いなるしるしを行いました。それで、アメリカ合衆国は、子羊のような二本の角のある野獣すなわち偽預言者であるとと言えます。そして、偽預言者は大いなるバビロンをも表わしています。 硫黄で燃える火の湖とは何ですか。啓示21章8節には、「火と硫黄で燃える湖」は「第二の死を表わしている」とあります。(啓示20:14)第二の死とは何を意味するでしょうか。 第一の復活つまり天への復活にあずかる者たちに対して、「第二の死は何の権威を持た(ない)」と言われています。(啓示20:6)彼らは、天へ復活する者たちは、不滅になっていますから、第二の死つまり復活のない滅びを経験することは決してありません。第二の死とは復活のない滅びを意味しています。 それで、野獣と偽預言者が両方とも硫黄で燃える火の湖に投げ込まれるとは、野獣と偽預言者が完全な滅びを被り、二度と現れることはないという意味です。 野獣と偽預言者が両方とも生きたまま滅びを被るとは何を意味するでしょうか。箴言1章12節には、罪人が罪のない者をひそかにねらって「彼らを生きたまま、・・・そっくり呑み込もう」と言うと述べられています。それで「生きたまま」滅びるというのは、だんだんと弱っていって滅びるのではなく、活発に活動している時に突然滅びることを意味しています。 大いなるバビロンは、緋色の野獣と十本の角と戦うことになり、突然滅びてしまいます。(啓示17:16)大いなるバビロンは、生きたまま復活のない完全な滅びに処されてしまいます。(啓示19:3)大いなるバビロンすなわち偽預言者は、滅びて後、二度と現れることはありません。緋色の野獣と十本の角は、神のお考えを遂行しようとして、大いなるバビロンを滅ぼしますから、間接的にイエスとイエスに従う天の軍勢が、大いなるバビロンを滅ぼしたともいうことができます。(啓示17:17) 緋色の野獣は、大いなるバビロンとの滅ぼした後、しばらくの期間、「八人目の王」として支配します。(啓示17:11)しかし、最後に、やはりイエスと彼に従う天の軍勢が、緋色の野獣を生きたまま永遠の滅びに処してしまいます。(啓示17:11)その時、野獣全体も滅ぼされてしまいます。 それで、イエス・キリストと彼に従う天の軍勢は、間接的にまた直接的に主の日における政治組織全体を表わしている野獣とアメリカ合衆国を表わしている偽預言者を両方とも突然、第二の死に処します。それで、野獣と偽預言者が硫黄で燃える火の湖に投げ込まれたと表現しています。これは、最終的な結果から振り返って述べられているものだと言えます。 聖書は、人間の政治組織が最終的には、永遠の滅びを被ることを述べています。私たちは、どんな政治的な実体も崇拝することのないようにしたいと思います。 ※子羊のような二本の角のある野獣がアメリカ合衆国をなぜ表わしていると言えるかは詳しくは、 2009/11/26「子羊のような二本の角のある野獣とは何ですか」 と2009/11/28「別の野獣は第一の野獣の像を作る」 の記事をご覧ください。 大いなるバビロンがアメリカ合衆国なぜ表わしていると言えるかは、多くの記事がありますが、
2009/10/7「大娼婦の淫行のぶどう酒で酔わせるとは」 、2009/10/10 、2009/10/21 、2009/10/27 、2009/10/29「大娼婦は地の王たちの上に王国を持つ大いなる都市」 の記事をご覧ください。 |

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バビロンの王ベルシャザルの時に、ダニエルは預言的な夢を見ました。(ダニエル7:1)夢の中で、海から四つの巨大な獣が上ってきました。それぞれの獣は何を表わしていたのでしょうか。預言は成就したので、私たちは預言を解き明かす良い立場にいます。 海から上ってきた第一の獣は、ライオンに似ていて鷲の翼がありました。翼は抜き取られ、それは人間の心が与えられました。(ダニエル7: 2〜4) エレミヤ4章7節にはバビロンが「藪から出るライオンのように」「諸国の民を滅びに陥れている者」であると述べられています。また、哀歌4章19節には、バビロンは「天の鷲よりも早かった」と述べられています。(ハバクク1:6,8)ですから、鷲の翼がありライオンに似ていた獣とはバビロンを表わしていたに違いありません。 詩篇104編15節には、ぶどう酒とパンが「死すべき人間の心」を歓ばせ、支えると述べられています。ですから、バビロンは、ライオンのように勇敢に戦う態度を失って、ぶどう酒やパンなどを喜んで、歓楽に身をやつす国家になることを意味しているのかもしれません。(サムエル第二17:10)実際、バビロンが陥落した時は、大宴会をしていた時でした。また、バビロンはペルシャから攻撃された時に、一夜のうちに攻略されましたから、預言されていたとおり、女のように恐れて戦うことをしなかったのでしょう。(ダニエル5:30。エレミヤ50:35〜37)このことは、このライオンのようで人間の心を持つようになった獣がバビロンであることを裏づけているでしょう。 二番目の獣は、熊に似ていました。そして、それは一方の側が起こされましたが、その口の中には三本のあばら骨があって、それらは起き上がって,多くの肉を食らいました。(ダニエル7:5) では、熊に似た獣とは何を表わしていたのでしょうか。聖書の預言は調和しているはずです。実際に起きた歴史の記録によると、バビロニア帝国に取って代わった王国とは、メディア・ペルシャ帝国でした。(ダニエル書5:30,31;6:28)ですから、熊に似た王国とはメディア・ペルシャ帝国でした。メディア・ペルシャ帝国は、最初はメディア人が優勢でしたが、後にペルシャ人が優勢になりました。(ダニエル8:3,20)この事が、熊の一方の側が起こされたという象徴表現で表わされていたのでしょう。 口の歯の間にあった三本のあばら骨とは何を意味しているでしょうか。ダニエル11章2節には、ペルシャにさらに三人の王が立つことが預言されていました。メディア人ダリウスの後に、アルタクセルクセス、ダリウス・ヒュスタスピス、クセルクセス一世であるアハシュエロスが支配します。(エズラ4:7;4:5,24;エステル1:1)これらが、メディア人ダリウスの後になおペルシャに立つ三人の王、つまり、三本のあばら骨を表わしているのかもしれません。 ダニエルが見た三番目の獣は豹に似ていました。その豹には背中に四つの頭と翼四つがありました。(ダニエル7:6)では豹で表わされた王国とは何でしょうか。史実によると、メディア・ペルシャ帝国に取って代わったのは、ギリシャ帝国でした。(ダニエル8:5〜7)ですから、豹で表わされた王国とは、ギリシャ帝国ということになります。 ダニエル8章21,22節によると毛深い雄やぎの目の間にあった第一の王を表わす大いなる角が折れて、その代わりに四本の角、つまり四つの王国が立ち上がると預言されていました。実際の歴史によるとギリシャのアレクサンドロス大王は翼のある豹のようなスピードで、小アジア、南のエジプト、インドの西側諸国を征服していきました。(ハバクク1:8)西暦前323年に彼が急死した後、彼の帝国は四人の将軍により四つに分割され、四つの王国が興りました。 カッサンドロス将軍は、マケドニアとギリシャ、リュシマコス将軍は小アジアとトラキア、セレウコス将軍は、メソポタニアとシリア、プトレマイオス将軍は、エジプトとパレスチナを支配しました。 次に、ダニエルが夢の中で見た四番目の獣は、恐ろしく、すさまじく、際立って強いもので、大きな鉄の歯があり、それはむさぼり食い、かみ砕き、残ったものをその足で踏みつけました。そして、それには十本の角がありました。(ダニエル7:7) 十本の角のある四番目の獣は何を表わしているでしょうか。史実によるとマケドニアとギリシャは西暦前2世紀に、ローマ人の手に落ち、ローマの一属州になりました。そして啓示13章1節には、海から上って来る十本の角と七つの頭がある野獣がいます。これは、主の日に存在する政治組織全体を表わしているでしょう。 こうして考えてみると、四番目の獣というのは、ローマ帝国と、それが分裂してできた諸国家、そして、主の日のアメリカ合衆国や、十本の角、すなわち主の日における独立した王国、国の中の支配的な勢力、支配者すべても含まれているでしょう。ローマやそれが分裂・派生してできた諸国家は、軍事強国で、他の諸国家を踏みにじりました。 このように聖書の預言は、政治強国の移り変わりを分かりやすく預言していました。聖書がこのように過去と現代に至るまでの世界強国の移り変わりを予言できたのであれば、現代における聖書の預言も慎重に考慮してみるべきではないでしょうか。
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バビロンの王ネブカドネザルは、高さが60キュビト(約26.7メートル)の金の像をドラの平野に立て、その奉献式を行いました。そして、ネブカドネザル王はバビロンのすべての行政官を集めて、さまざまな楽器の演奏がなされる時、ひれ伏してその金の像を崇拝するようにという命令を出しました。そして、ひれ伏して崇拝しない者は誰であれ、即刻火の燃える炉の中に投げ込まれると警告が出されました。 それで、楽器が演奏されると、集まったすべてのバビロンの住民は像を崇拝しました。しかし、ユダヤ人のシャデラク、メシャク、アベデネゴは、その金の像を崇拝しませんでした。彼らは、エホバを崇拝していたので、あらゆる偶像崇拝を禁じる十戒に従っていました。(出エジプト20:4,5) ネブカドネザルは3人に対してそのことについて問いただしました。その時、3人は、冒頭の聖句のように答えました。3人は、エホバはご意志ならば、3人を火の燃える炉の中から救い出すことができるという確信を表明しました。しかし、それがエホバのご意志でなくて自分たちが火の燃える炉の中で滅びることになっても、ネブカドネザルの立てた金の像を決して崇拝しないと言い切りました。 それで、王は憤怒して炉をいつもより七倍熱くするようにと命じ、3人を火の燃える炉に投げ込ませました。しかし、3人は、炉の中に投げ込まれても、何の害も受けませんでした。そして、炉の中には、3人の他にもう一人み使いがいました。エホバ神はみ使いを遣わして3人が炉の火から害を受けないように守られたのです。(ダニエル3:24,25) それで、ネブカドネザルは、3人のユダヤ人の神がほめたたえられるようにと言い、またいかなる人も3人の神に対して誤ったことを言ってはならないと命じました。王は、3人をバビロンで栄えさせる結果になりました。 3人のユダヤ人が王の立てた像を崇拝しなかったことは、彼らが啓示の書の描写する政治組織を表わす野獣を崇拝しなかったことを意味しました。 3人のユダヤ人は、エホバが将来復活させてくださるという約束に信頼を置いていたので、命を失う危険に直面してもエホバに忠誠を保ち、野獣の崇拝を確固として退けたのでしょう。 エホバは、私たちが野獣の崇拝を強制されたり、試練に遭わせられたりする時に、ご意志であれば、その試練から無事に救い出されることもあります。エホバは私たちを試練から救い出す力を持たれる神です。しかし、私たちは、3人のユダヤ人の冒頭の言葉のように、エホバからの奇跡的な救出を受けるにしても、死に直面したとしても、野獣の崇拝を避け、エホバ神に忠誠を保ちたいと思います。
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