証し

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「神よりもあなた方にきき従うほうが、神から見て義にかなったことなのかどうか、あなた方自身で判断してください。しかし、わたしたちとしては、自分の見聞きした事柄について話すのをやめるわけにはいきません。」(使徒4:19,20)

西暦33年、ペンテコステの日にエルサレムに集まっていたイエスの弟子たちに聖霊がそそがれ、また弟子たちの証しに動かされて多くの者がバプテスマを受け弟子となりました。

そのころペテロとヨハネが、エルサレムの神殿で生まれつき足のなえている人をイエス・キリストの名によっていやして歩けるようにしました。(使徒3:6〜8)そして、そのいやしを見て驚いて集まった人々にペテロはイエス・キリストの死と復活について証しをしました。(使徒3:16)話を聞いた人々のうち大勢の者が信じました。(使徒4:4)宗教指導者たちは彼らが民を教え、イエスの復活について告げ知らせているのでいらだち、彼らを捕らえて拘留しました。(使徒4:2,3)

次の日、エルサレムでは人々の支配者、年長者、書士たちが集められました、この人たちはペテロとヨハネをまん中に立たせて、「だれの名において、あなた方はこのことを行なったのか」と尋ねました。ペテロは聖霊に満たされて、人々が杭につけたが、神によって死人の中からよみがえらされたイエスによってこのいやしが行なわれたことについてはっきりと証しました。そして、救いを得るべき名はイエス以外にはないということをはっきり語りました。(使徒4:10〜12)

それらの人々は相談した後、どこにおいても、イエスの名によって何か口にしたり教えたりすることのないようにと彼らに言い渡しました。(使徒4:18)しかし、それに答えて、ペテロとヨハネは冒頭の聖句のように語りました。

こうしてペテロとヨハネは釈放されました。その後、彼らは仲間のところに行き、祭司長や年長者たちが言った事柄すべてを伝えました。それを聞くと、彼らは思いを一つにして、神に向かい声を上げて次のように祈りました。

「今、エホバよ、彼らの脅しに注意を向け、あなたの奴隷たちがあらんかぎりの大胆さをもってみ言葉を語りつづけることができるようにして下さい。」(使徒4:29)

こうして祈願を終えると、彼らはひとり残らず聖霊に満たされ神の言葉を大胆に語るのでした。(使徒4:31)

使徒たちは当時の政治の権威から、イエスについて語らないようにと命令されましたが、イエスの証し人になるようにという神の命令に従い続けました。彼らはそうすることによって、エホバ神の是認と祝福を受けました。使徒たちは圧力を受けても神の命令に従う点ですべてのクリスチャンに模範を示しています。

すべてのクリスチャンはやはりイエスの証人になるという務めが課せられています。(使徒1:8)私たちはもし政治の権威から、イエスについて語らないようにと命じられたらどうするでしょうか。使徒たちやその仲間の模範に従うようにしたいものです。そうするならば、エホバ神の是認と祝福と支えを享受し続けることができます。
「イエスは言われた,『[この]裁きのためにわたしはこの世に来ました。すなわち,見えない者が見えるようになり,見える者が盲目になるためです。』」(ヨハネ9:39)

聖書は、ヨハネ9章の中で、地位も名誉もない生まれつきの盲目のこじきだった人が、イエスについて勇気をもって証しをしたことに注目しています。

そのいきさつはこうです。生まれつき盲目でいつも座ってものごいをしていた人がいました。その人がイエスの指示通りにすると、その人は目が見えるようになりました。

パリサイ人たちがどのように見えるようになったのかと、彼に尋ねました。その人はいきさつを話しました。パリサイ人の中には、そのいやしが安息日に行なわれたので、イエスは神からの人ではないと言う人がいました。パリサイ人が「彼が目をあけたことからして、あなたは彼について何と言うか。」と尋ねると、その人は「彼は預言者です。」と答えました。

次いで、ユダヤ人たちは、その人の親たちを呼んで、どうして見えるのかと尋ねましたが、親たちはユダヤ人を恐れて、答えませんでした。ユダヤ人たちは、すでにだれでもイエスをキリストと告白する者がいれば、その者はユダヤ人の会堂から追放するとの合意に達していたからです。つまり、コミュニティから村八分にするということです。

それで、彼らはその人を二度目に呼んで、その人にイエスが何をしたのかを尋ねました。その人は、彼らにどうして尋ねるのか、イエスの弟子になりたいわけではないでしょうと答えました。すると、彼らは、その人をののしって、「お前はあの男の弟子だが我々はモーセの弟子なのだ。・・・この男についてはどこからの者か知らない。」と言いました。

それに答えて、その人は、言いました。「神は罪人には、お聞きになりませんが、だれでも神を恐れてそのご意志を行なうなら、その者にはお聞きになることをわたしたちは知っております。昔から、盲人として生まれた者の目を開けるというようなことは聞いたためしがありません。神からの人でないなら、この人は全く何もできないはずです。」

その人は彼らにイエスが神からの人であることを勇気をもって証しました。この人は、イエスに目を開けてもらったことに対する感謝の気持ちから、イエスについて擁護したいという気持ちに動かされていたに違いありません。

それで、パリサイ人たちはその人の論理的でもっともな答えに憤って、その人をユダヤ人の会堂から追い出してしまいました。イエスはそのことをお聞きになり、その人を見つけると、ご自分がキリストであることを明らかにされました。そして、冒頭の聖句のように言われました。

さらに、イエスは「いつでも、人々があなた方を憎むとき、またいつでも、人の子のために人々があなた方をしめ出し、非難し、あなた方の名をいとわしいものとして退けるとき、あなた方は幸いです。その日には歓び踊りなさい。ごらんなさい。天においてあなた方の報いは大きいからです。」と言われました。(ルカ6:22,23)

この盲目のこじきだった人は、イエスの言葉の通り、人々に締め出され迫害されましたが、イエスの死と復活の後、クリスチャンになった可能性が高いでしょう。彼は、おそらく、一世紀にすべてのクリスチャンに差し伸べられていた、何にも換えがたい天の神の王国を受け継ぐという特権を捉えて幸いな者となったでしょう。

このこじきだった人は、勇気をもって証する上で私たちの模範となっています。

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