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その1の続きです。

他シリーズに比べるとやや冗長感否めないヨツバキラ編ですが、その魅力は何といっても「敵」がハッキリしている分、結託側の呉越同舟っぷりがアツかったところでしょうか。

ヨツバという巨大組織権力に懐柔される日本警察…これまでのキラとは違い、正義であるはずのL側がマイノリティな立場に立たされてしまうわけです。

そうなってくると頼るべきは、泥棒や詐欺師などといった非合法な存在になるわけで……「正義感」以外の様々な目的から利害一致を果たした彼らが「キラを捕まえる」というひとつの大きな目標に向かって一時的に手を取り合いする様が面白かったりもしました。

かつては相容れなかったさくらTVの出目川さんともこの通り

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というわけでここでは、もはやキラ捜査を断念した日本警察(正義)に反旗を翻し、独自の人脈を駆使しつつ、限られた条件下で「キラ(悪)」に立ち向かい、追い詰めていくまでの物語について、見どころをピックアップしつつ軽く語っていきたいと思います。

お付き合いいただければ幸いです。

ヨツバ編終盤の扉絵。ヒロイン風味な夜神月…

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さくらTVで火口を押えるべく待機する夜神総一郎とウェディ

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「警察官でない自分たちが銃を持つことは許されない」とこの期に及んでなお、頑なに法を遵守する元局長。

その信念については大変素晴らしいとは思うのですが今回の場合、彼が銃を持たないことで必然的に銃を構えるウェディの方が最初に標的にされるやん?矢面に立たせるわけやん?そこんとこ分かってるんかと、ちょっぴり納得できない部分もあったりしたのですが…

案の定、真っ先に銃を持つウェディを狙い撃ちにしようとする火口…!

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しかしいち早くそれを察知した総一郎が我が身を省みず盾になります。

このシーンで先ほどの「自分だけ銃を持たないことで結局ウェディを矢面に立たせているじゃないか」という考えは払拭されましたねー。

まあ、単細胞の私ですら気づくぐらいなんで…総一郎はもともとウェディに銃の所持を拒んだあの時点で、こうなることは予測済みであり、いざとなれば自分が盾になることも覚悟の上だったというわけでしょうね。

同じように正義を貫く者でも「日本の法律では本当に排除されるべき悪は裁けない→だったら自分が犠牲(キラ)となってでも世の中から悪をなくそう」という、息子・夜神月に対し、「日本の法律を遵守した上で自分が犠牲(身代わり)になることは厭わない」という夜神総一郎の信念の違いが窺えるひとコマでした。


さて、Lによる壮大なる人海戦術により見事、確保されたキラ(火口)…

そして夜神月も「計画通り」、キラであったころの記憶を取り戻します。

記憶を取り戻した夜神月の回想シーンより。レムにノートを渡す人間の条件を事細かに指示する月

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しかし夜神月もレムにここまで細かく新キラの条件出すならついでに「なるべく氏名の画数が少ない者」っていう条件も出しときゃ良かったかもしれませんね。

まあ火口卿介の「介」が「輔」とかじゃなかっただけでもよかったのかもしれないですが…

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「一生のうちで一番長い40秒だ…」by夜神月

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デスノート使用初期は1人葬っただけで「命だ。軽いはずはない」と動揺していた夜神月が火口の命のカウントダウンをするまでになるとは…

もはやデスノートに名前を書きこんでしまったあの瞬間から、確実に夜神月の「人間性」は蝕まれ、やがては「人間でない何か」に変えられていくという…それが「デスノートを使用した者に課せられる代償」というやつなのかもしれません。

「情のある人間なら」という「恋愛感情論」でLを煙に巻く月

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このやりとりはつまり実際のところ「これだけ好意的に尽くしてくれた女性」であるミサミサに対しまったく心動かされてない月自身はもはや「情を失った人間」であると無意識にであれ自覚しているということの裏返しなのしょうか…

個人的にはしかし「善悪」はともかく、情を捨ててでも自らの信じる正義を貫き通す夜神月の姿勢には尊敬の念を禁じ得なかったりします。

そして夜神月の素晴らしい点は、自らはいわゆる社会的に「勝ち組」の立場にありながら、理不尽に搾取される「弱者」を見過ごせずデスノートの筆を取り続けたことです。

そこに私怨や復讐心などはいっさい介さない…あるのはただ純粋で揺るぎない正義感――だからこそ松田もLも、キラの犯罪を憎みながらも、どこか彼にシンパシーを見出していたのではないかと思います。

さてデスノートの作品テーマともいえるべき「正義」についてですが…

そもそも「正義」とはなんなのでしょうか。

法律に違反しないことか?

人に迷惑をかけないことか?

悪を駆逐することか?

弱者を助けることか?

…僭越ながら私が考える正義とは、「常に中立の立場にあること」です。

他者に寄り添った時点で正義はそのカタチを歪にする――

まあ要するに「愛と勇気だけが友達さ♪」ってやつですよね。

…すみません話が大きく逸れました!

つまり夜神月は確かに殺人者(キラ)であり大犯罪者ではあるのですが、同時に「人間の情」に左右されない、紛うことなき「正義」であったと言えるのかもしれません。


その3へ続きます→→







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    昼ごはん食べながらまったり見てまふ>(*^^*)
    yukuさんの観点わ。ホント面白しいね。!!
    愛わ。デスノート見てたらたぶん。そんな観点で見ないと思う。
    確かに、勝ち組なら愛なら弱者のためとわいえ。その地位を揺るがす行為しないな。。。ライトくんのそこわ。すごいなぁ。って、思う。
    正義に対しても面白いね。!!
    中立かぁ。。弱者にも強者に対しても。。
    「愛と勇気」だけが友達って、、、見返りも気にせず、それを突き通すのわ。人間にわ。無理な気がするよ。。
    ライトくんわ。ミサミサの件にしてもやっぱり、情がなくなってしまって、別の次元の何かになってしまったのかな。。
    孤独にしかも、エルとかの目から隠れて、、、恐ろしいくらい孤独で辛いよね。。><;デスノート使うのって。。
    愛に正義わ。貫けないな。。。心弱いから。。

    [ ]

    2015/10/20(火) 午後 0:25

    返信する
  • > 愛さん
    コメントありがとうございます♡

    正義というものにカタチがない以上、えてして人情と正義はなかなか両立し得ないものだとは思うのですが、善悪はともかくとして、Lも月も、自分の信じる正義を貫き通したところにデスノートの感動ポイントがあるのかなと思ってます(^u^)

    ゆく65

    2015/10/20(火) 午後 5:44

    返信する
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    そもそも正義って個人の道徳的観念に強く左右されるものだからいくら中立であろうと他人にたいして振りかざした時点で正義ではなくなると思うけど
    行動の規範ではあっても目的を達成するための名文として他人に振りかざすものであってはいけない 削除

    [ ]

    2015/12/6(日) 午前 0:47

    返信する
  • > 犬さん
    コメントありがとうございます。

    なるほどです…この記事で私は「正義とは中立であること」と述べましたが確かに仰られるように「他人に対してそれを振りかざした時点」で正義とは異なるものに変容してしまうのかもしれませんね。この漫画でいえばまさに夜神月がそれに当てはまるんですかね。

    正義が必ずしも勝つようにはできてない世の中の在り方を変え、優しい人だけの世界にしたいという理想がいつのまにかそれを叶えるための手段の一つに過ぎなかったデスノートの争奪戦に目標の焦点がズレていったことについては大変残念に思います。

    大変有意義なコメントをありがとうございました。

    ところでヤフブロは最近の改定でログインしないとコメント一覧が読めない仕様になってしまったみたいなのですが…この返コメは読んでいただけそうかな…

    ゆく65

    2015/12/8(火) 午前 10:19

    返信する

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