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こんにちわyukuです。
今回の記事では、小野不由美先生の代表作でもある、『十二国記』シリーズに登場する更夜の物語を追っていきたいとおもいます。
更夜といえば、もはや荒廃と化した雁国で、戦乱に困窮した両親によって真夜中、ひっそりと捨てられその後、妖魔に育てられた人間であります。
作品内でいまのところ、更夜の登場するシリーズは『東の海神 西の滄海』及び『図南の翼』のみです。
妖魔に育てられ、行動をともにする更夜はやがて、雁の宰補である六太との出会いをはじめ数多の要人たちと、次々に邂逅を果たしていくという数奇な運命をたどることになるのですが、
そのなかでも特に、更夜の人生のターニングポイントとなるべき出会いだと考えてるのは斡由との出会い、そして珠晶との出会いだと思っます。
まず、六太と邂逅を果たした更夜は捨てられてから初めて「人の温かさ」に触れ、そればかりでなく「更夜」という名前までもらいました。
だけど六太は「おっきいの」と一緒には更夜を連れて行ってはくれませんでした。
六太の温かさに触れたことで人恋しさがなお募る更夜は街に出ては、親子連れの楽しそうな様子を眺め、癒され、また同時に自分には決して手の届かないものであるということを思い知らされ…更夜の心は次第に寂しさですさんでいきます。
そんなときに更夜に差し伸べられた大きくて温かい手――
それこそが、斡由その人でした。
斡由は更夜の居場所を与えるという、六太には成し得なかったことを実現しました。
だから更夜も、六太への情念はあれど斡由への忠誠と信義を胸に誓い、やがて斡由の願いを叶えるべく、六太の自分への好意をも利用し、「宰補誘拐・王への反逆」に加担することとなります。
斡由といえばかつて雁の国土が折山の荒廃に曝される中、元州の柱として、他州に比べよく地を治め、人を治めてきました。
斡由は、荒廃とよく戦ったのです。
そんな斡由へ賛美はしかし、やがて新王が践祚し国が復興し始めると、次第にフェイドアウトしていき、もはや斡由の治める元州は均され斡由自身も英雄ではなくなっていきました。
斡由が欲しいのは権でもなければ財でもない
ただ賛美が欲しい
だからこそ自分からそれを奪った新王を批判し、貶め、足を引っ張ろうと画策します。
そして自分こそが、延王よりも王にふさわしいということを認めさせようとします。
昇山し、麒麟に天意をはかる度量もなかったのに――
支配したい、賛美が欲しい、権限が欲しい
だけど選ばれなかった時の恥辱には耐えられない
失敗はすべて他者に押し付ける
玉座に坐ることの重みも背負いたくない
賛美は欲しいが批判は受け付けない
「そんなのは俺の甲斐性だろう」「若、と呼ばれることの意味をわからないでいられるほど俺は馬鹿ではない」
と言いきることのできる尚隆とは、そこのところで所詮トップに立つものとしての器というか、ベクトルがちがいすぎたんだろうなあって思います。
そして、斡由のそんなどうしようもないダークな部分を知りつつも斡由への恩義と情愛から清濁併せ飲み、斡由の期待通りに動こうとする更夜。
ですが斡由の乱を通じ更夜は、玉座というものは「坐るものではなく背負うもの」ということに気づきます。
ここが一つ目のターニングポイント
いわゆる、尚隆は、「玉座とは、求める求めないに関わらず、坐ってしまった以上は、民に託されたものを背負い続けなければならないもの」というスタンスです。
皆が賛美をおくるのも、個人の人望などのなせるわざではなくただただ王である自分に期待し国を託そうとしているから。
斡由は逆に玉座を背負わずして個人の人望・功績で民の賛美を得ようとしました。
だから失敗は他者になすりつけ、恥を消すためならなんでもしなければその賛美は維持できないと思い込んでいたフシが見受けられます。
――さて、斡由・尚隆という、「玉座を背負わずして王を批判し、賛美と権限を得ようとした男」と「玉座を背負うということの意味を知っている男」の二者との出会いを経た更夜はやがて、「犬狼真君」として黄海を守る飛仙となり、数百年後、昇山にきた珠晶との邂逅を果たします。
なぜ昇山したか、との問いに
「あたしが王の器だと思ったからよ」
と言い放つ珠晶。
そんな珠晶に、更夜は
「玉座は子供の玩具ではない」
「玉座とは坐るものではなく、背負うものだ」
「王の責務を背負うということがどういうことだか分かっていれば、自分が王の器などと、口が裂けても言えるものではない」
とそっけなく言い返します。
これはずばり、斡由の乱にて、更夜が得た持論でしたよね。
しかし、それに対し、珠晶はこう言い返します。
「(昇山するのは)義務だと思ったからよ!」
――そうです。珠晶だって、本気で自分が王の器であり、自分こそが国を背負う甲斐性があると思っていたわけではないのです。
でも、みんなおじけづいて昇山しない。
そして、ものわかりのよい顔で「昇山なんて無謀な」とチャレンジもせず、しかしあんぐり口を開けてまっていたら、だれかがそのうち王になって平和な国をつくってくれると…まあ他人任せなんですよね。
だったら自分に器があるかどうかはともかくとして、国に王を渇望する国民のひとりとして、自ら昇山するのはたしかに義務を果たすことになるのだと思います。
それがたとえ「無謀な」「恐れ多い」と非難や嘲笑を買うことになろうとも。
で、ここがおそらく、更夜の物語としてもうひとつのターニングポイントなのかなと思います。
斡由は、「玉座を背負うこと」の意味を解せずして王の権を得ようとしました。
ある意味、その無謀さ・厚顔無恥さは「あたしが王の器だと思ったからよ」と言い放った珠晶に通ずるものがありました。
だからこそ、更夜は冷淡に珠晶を詰ったわけですが、しかしながら何もしないで他人任せに王を待ち焦がれ、本気で昇山しようとする子供を笑うだけの大人たちよりはこの状況下ではよほど「正しい」行動でもあったわけです。
おそらくですが更夜は斡由の乱の顛末以降、一旦は斡由のすべてを否定したのだと思います。
そしてそれは、これまで斡由を心の拠り所にしていた更夜の、人生の寄る辺を失ったことと同じだったのだと思います。
だから更夜は尚隆のことを認めつつもあのとき雁国には戻らず、黄海にとどまり続けた――
自分がずっと信頼し、心を寄せてきた恩人である人物を全否定しなければならなかった更夜の空虚はそう簡単には埋められないのかなって思います。
そしてそんな更夜のかたくなに閉ざされた心におそらく、珠晶の言葉は、一条の光となって更夜の中に差し込んだのかなと感じました。
(――斡由だって、そうだったのかもしれない)
たしかに賛美が欲しかっただけ――
玉座を背負うことの意味も解さず尚隆の批判することで自分を正当化し、そうすることで王より偉い気分になっていた斡由ですが、新王が践祚するまでの、みなが生きることに疲れ果てていたあの荒廃の時代に寄る辺とするリーダー不在の中で「自分こそが地を治め、人を治める器」と信じ荒廃と戦った斡由は、それが新王践祚までの間、誰が国を維持するんだ、誰もしないなら自分がやってやろうじゃないかという純粋な義務感と使命感に裏打ちされたものにほかならないのです。
斡由の乱の愚行は、まさにその延長線上にあるはずなのです。
残念ながら更夜は今のところ、この珠晶との邂逅以降、登場はないのですが是非次回作ではまた、一皮むけた更夜にお目にかかりたいものです。
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十二国記
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コメント(2)
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こんにちわ
yukuです
なななななんと
新潮社から開設された『十二国記』サイトにて
待望の新作が出る感じの情報が…!
以下抜粋↓
「待望の新作書下ろし長編まで『十二国記』の全作品が新潮文庫で順次刊行」
…
…まぢすか。
てかアレですか。
昨日のエイプリルフールの続きなのでしょうか…
と思いきや公式ツイッターにて「エイプリルフール説」が否定されてました^^;
……つまり。
ついに待望の新作ですか!
長編書下ろし!
これ真実なり!
『黄昏の岸 暁の天』の続きのおはなしになるんでしょうか
とゆうことは舞台は戴…!
うああ
シビアな感じのストーリー展開になりそうですな。。。
楽俊は出てこないのでしょうか。
むむむ…なかなか難しいかな。
でも折角なので楽俊が出てこられる、展開について一生懸命考えてみたよっ
↓↓以下はうちの妄想記事なので読み飛ばし強く推奨
yuku的には『十二国記』
ラスボスは天帝なんですが
戴国はじめ各国では、芳国の例(麒麟を弑し民意だけで月渓が玉座に就いたりしたこと)当然、民の耳にも届いてるだろうし
とくに戴国では阿選に国を思いのままに蹂躙されたまま、ちっとも姿を見せない王&麒麟を見限って…
過激な連中は、「天帝」からの脱却と自立を求めて、天啓の象徴である麒麟狩りを決行しようとしたりして……
そういう不穏な動きがのちにいつしか天帝サイド(王・麒麟)VS民みたいになってしまい(そして過激派の民に攫われる泰麒とか…)
陽子(王)と楽俊(民)は敵どおしに…
(
でも楽俊はやはり陽子や延主従とは敵対したくなくて、雲の上の人たちと民との仲介役みたいな感じになって…
おなじく、妖魔と人間の間を行き来する中立の立場である更夜も絡んできたりして(妖魔はここぞとばかりに暴走すると思うので更夜はそのストッパー役として)
で。
ここで、更夜×六太×楽俊がお互い顔見知りであることが生きてくるわけですよ!
さらには珠晶×更夜もじつは顔見知りっていう、そーゆう設定もどんどん回収みたいな感じになって…
しかし陽子は王の立場でありながら天帝の摂理には疑問を持っててウロウロ葛藤みたいな感じになって、それを尚隆あたりにたしなめられて
最終的には楽俊の言葉にまた勇気をもらう感じの展開とか♡♡
そんでなんやかやありつつクライマックスはみんなで、角を失くした麒麟・泰麒(ヒロイン)を護ろうぜ的なそうゆう展開!
なお、泰麒は、驍宗のピンチで麒麟の力を自ら取り戻します。
…アカン、やっすいバトル漫画みたいな妄想になってきました
要するに楽俊が出てきてくれて、そんで陽子や六太あたりとちょろっと絡んでくれたりしたらもうそれだけが望みです。。。
新潮社さま
新刊情報サクサクプリーズです(>_<)
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こんばんわ
yukuです。
いまになってみれば結構どうでもいい話題なのかもしれないのですが…
楽俊から、卵果に関して教えてもらった陽子。
そしてふと湧き上がるひとつの疑問。
でも楽俊にそれをきくのははばかられ、結局「妓楼 があるんだからそういうことだろう」と、ひとり納得していたシーンがあったとおもうのですが…///
結局。。。
その後、慶の玉座に就き、こちらの国で生きていくことをきめたあと、何かの折に、この疑問については解消したのでしょうか
まあ、即位前後、だれかに聞く機会はたくさんあったと思うんですよね…
ではいったい誰に聞いたのか?
可能性として考えられるのは
◆可能性1◆ |
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まだまだ謎に満ちた十二国記の世界の成り立ちや、天の理に関していろいろと思いめぐらせてみました。
大抵のことは、天帝が管理運営しているといっても過言ではない十二国の世界ですが、ごくまれに天帝ですら想定外のイレギュラーが、そこかしこで起こっています。
今回はそんなイレギュラーをピックアップしながら天帝が采配する、摩訶不思議な十二国の謎について考察を巡らせたいと思います。
![]() ![]() ![]() まず、想定範囲内のイレギュラーとして定番なのが蝕の発生です。
これにより、本来交わってはいけないあちらがわとこちらがわが混ざり、双方に大きな災害がもたらされるだけでなく海客が流れてきたり、あるいは胎果があちらがわに流されてしまったりします。
こればかりは天帝にも予測不可能な現象で、やっかいなことに王や麒麟までもが胎果となり流される例もあるためそうなったときの周囲の苦労はひとしおです。
しかしながら、蝕が起こる⇒災害をもたらすといった摂理が機能している以上、イレギュラーとはいえその現象は、天帝にとっては対応可能の想定範囲内ということにはなるでしょう。
ところが、想定外のイレギュラー…
つまり、天の節理がまったく機能しなくなる事態が、まれに起こっています。
実際、それらの想定外イレギュラーの際には天帝すら対応しきれてない、つまり放置プレイ状態になっています。
下記、思いつく限りの想定外イレギュラー例を挙げてみます。
■阿選の変に関するイレギュラー泰麒の角を折り、驍宗失踪後に戴を支配した阿選。
本来ならば、麒麟がしねば王もしぬ、もしくは王が道を誤れば麒麟が失道し、いずれにしても次の麒麟が次の王を選ぶという流れで摂理が成り立つはずですが、肝心の麒麟が失道したわけでもなければ、王がしんだわけでもない。
見かねた他国が、戴に王師を差し向けようものならば覿面の罪という節理が今度は機能してしまうから阿選を打つことすらままならない。
六太のいうところの、まさに「法の裏をかく」やりかたで戴の支配者に君臨し続ける阿選。
天帝の摂理から外れたところで王となる最初の例となるのかも?
■妖魔と人が共生しちゃったイレギュラーこれも大きなイレギュラーのひとつであると思います。
景麒がいうところの「摂理の外の生き物」であり人とは決して相容れないはずの存在である妖魔が更夜という一人の人間を育て、背に乗せ、言うことを聞き、共生している。
もしかしたら将来的に、天の摂理になんらかのほころびが起こり十二国の世界が均衡を保てず崩れ落ちるようなところに物語が進行した際には更夜は、摂理の内と外をつなぐ重要なキーマン的存在になるのかも?
■王と麒麟の双方を民意で弑しちゃったイレギュラー芳では月渓が仲韃の過酷な法に苦しむ民をみかね、仲撻とその妻、そして峰麟を討ち最終的には仮王となることを決意します。
恭王珠昌が「芳には峰麒がどうやらいない」と断言していましたがこのことも、仮王として望まれた月渓が麒麟を手にかけたことと関係があるのでしょうか。
つまり、民意の具現=麒麟の存在よりも実際の民意が勝った結果、麒麟不在のまま民意によって選ばれた月渓が玉座に就くべきという新しい節理が起動したとか?
いずれにしても、麒麟不在のまま天啓ではなく民意によって玉座につくことになるという、きわめてイレギュラーな事態に天啓も対応しきれてないような気がします。
峰麒のゆくえが大変気になります。
…陽子は、すべてが天帝の統べるこの国の成り立ちを「神の庭」と心の中で揶揄します。
行動の是非ではなく、ひたすらに「天網の文言に触れたか否か」で天からの罰が発動する、自動的な条理に「それは、可怪しくないか」と陽子はいいます。
それに対し、「いいとか悪いとかそんなことを言っても仕方がない。この世はそういうものだと呑み込むしかない」と六太はいいます。
だけど、想定外のイレギュラーに関しては天の理とやらも機能しない。
対応が追いつかないのかもしれないしもしかしたらそれすらも、天帝がなにか考えあってあえて放置しているのか?
このまま、天の条理では対応しきれないイレギュラーが降り積もれば、摂理はどんどん綻び世界そのものが崩壊する日が迫っているのかもしれません。
庭を管理しきれなくなった神が、世界を崩壊するに任せその先に待っているのは世界の消滅か、再生か…
あるいは民自身が神の庭から解放され、導なき道を自分たちで歩み、運営していこうとする、自立した世界が来るのか。
天帝に囚われの民が、神の庭(=流刑地)からの脱却を図り覚醒し、一斉奮起するときがくるのかも。
個人的には、十二国記結末として、その説に一票です。
すると、十二国記のラスボスは…天帝???
http://x5.zashiki.com/bin/ll?10226270p |
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コンバンワyukuです。
『十二国記』最強のパンピー・楽俊の、大学卒業後の進路について思いめぐらせてみました。
▼背景として▼・延麒六太が「楽俊を雁に引き抜きたい」と景王(陽子)に漏らしている
・それに対し景王(陽子)「(雁にやるくらいなら)慶に欲しい」と発言
・楽俊の故郷は功である
・楽俊は延王尚隆の計らいで雁の大学に通えている
・楽俊は六太の依頼で休暇中に柳国調査を請け負い遂行している
・楽俊と陽子は身分を超えた親友である
・慶はまだまだ信頼のおける人材が不足している
・楽俊は他国の法に明るい=有能官吏の条件は備えている(祥瓊お墨付)
まとめると楽俊は、雁の宰輔と慶の女王からその身を懇願されていて(楽俊自身は六太の「雁に欲しい」をリップサービスと捉えているが)さらに楽俊自体、有能な官吏になる素養は充分にあり、一方で故郷の巧は空座状態。
つまりせっかく一生懸命勉強して巧に戻っても就職口はない感じです。
そして六太は楽俊をかなり買っている様子なのが窺がえるものの、雁はすでに有能な官吏が揃っているので、六太としても特に楽俊を引き抜けなくても雁にとってそれほど痛手にはならない一方、慶では切実に人材不足のため、楽俊がもし慶の官吏となって陽子を助けることができたらほんとうに心強いはず…
ということで楽俊、慶に就職が固いですかね!?
ちょうど祥瓊とも顔見知ですし…
金波宮でほたほたと働き回る楽俊が見たい見たいです♡
http://x5.zashiki.com/bin/ll?10226270o |




