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ザ・京都!

 
今度の学会は京都で開催されました。

学会→観光となるのは、もう、当然ですね。

がつんと言われようが、潰されようが、観光ははずせません!


と言うことで、京都観光してきました。

メインは寺社仏閣でいったところは御覧の通り。

銀閣寺(慈照寺)(×2回)
百万遍知恩寺(×2回)
三十三間堂
清水寺
八坂の塔(法観寺)
庚申堂
建仁寺
六波羅蜜寺
八坂神社 
知恩院
金閣寺(鹿苑寺)
竜安寺
仁和寺
平安神宮
本能寺

二日間でけっこう行ったと思いませんか?
ちなみに学会二日目は自主休講です。(へこんでるのにそんな気分じゃありませんでしたwww)


祇園、先斗町、河原町、新京極といった町も堪能してきました。


そして、食も!


京都は楽しいですね。


「そうだ、京都に行こう」
2007年7月16日

二日目。

いよいよ本格的な敦煌観光がはじまります。


敦煌の観光地はその大部分が砂漠の中です。

小さな敦煌の街を出ると、目の前に広がるのは砂漠。

車は、砂漠の中に作られた道を延々ひたすら走ります。


朝早起きして最初に向かったのは、敦煌の観光地の中で最も遠い場所にある「ヤルダン魔鬼城」です。
(「ヤルダン」とはウイグル語で「風でできた凹凸」と言う意味だそうです。)

敦煌市内から、実に170キロも離れた場所にあります。

ヤルダン魔鬼城を突き抜けるとそこはもう新疆ウイグル自治区という辺境です。

車をビュンビュン飛ばしても2時間30分はかかりました。

イメージ 1


「ヤルダン魔鬼城」は、正式名称を「雅丹国家地質公園(ヤルダン国家地質公園)」といいますが、その異様な風景から鬼の住む城という名前で呼ばれています。


公園内は、専用のカートで移動します。

イメージ 2


莫高窟と同じで、何人か集まってやっと出発です。


何の事前情報もなく行ったのですが、実際、見学がはじまるとその広大さに驚かされました。

カートの発着所周辺をちょこちょこっと見学して終わりなのかと思いきや、見学には優に1時間以上はかかりました。


それもそのはずでGoogle Earth(MAP)でもはっきりと異様な地形を見ることができました。

Google Mapで見るヤルダン地質公園の画像
翼のような形をして、砂が右上から流れ落ちているようなところがヤルダン魔鬼城です。


イメージ 3


公園の中には、写真のような岩、山が見渡す限り広がっています。肉眼では果てが確認できないほど広大です。


イメージ 4

「金獅迎賓」金の砂をまとった獅子がお出迎え。出発してまもなくの所にいます。

イメージ 5

「獅身人面」遠くを臨むスフィンクス


カートの通り筋には名前が付けれれている岩がたくさんありました。

名前の付いている所ではカートがとまります。

その中でも、最も雄大で有名なのが「〓(簡体字では「舟+見」)隊出海」です。

イメージ 6


ここで映画「HERO(中国題「英雄」)」のロケが行われたために、有名なんだとか。

軍艦のような縦長の岩が延々と見える限りの奥まで続いています。

まさしく軍艦の出航のような異様な光景です。

この地形をGoogle Earth(MAP)で見ると、砂が流れているように縦にすじとなっている部分にあたります。
その大きさはGoogle Earth(MAP)を見て頂ければ想像して頂けると思います。

とにかく、広すぎて、広さが実感できなくなるほど、広いです。


ですから、見えている岩も、小さく見えるかも知れませんが、実物は相当な大きさです。


イメージ 7


上の写真に写っている岩はどのくらいの大きさだと思いますか?









同じ岩を左から撮った写真です。

イメージ 8



左端に人間が小さく写ってます。

とんでもない大きさです。。。




こんなに何にもない広大な砂漠でも、ちゃんと住人がいました。わかりますか?
イメージ 9

肩こりママさん!私もトカゲ、見つけましたよ!


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2007年7月15日

敦煌に到着後、一旦ホテルに向かいチェックイン後、早速世界遺産「莫高窟」へ向かいました。


莫高窟は、敦煌からみて南東の方向にあります。
ちょうど敦煌空港の南、鳴沙山の東の裾野に位置しています。

イメージ 1
莫高窟へ向かう道路から撮った砂漠↑

敦煌の中でも莫高窟はブロガー泣かせの場所。
なぜなら写真撮影禁止だから。

なので、お約束の写真しかありません(笑)

イメージ 2
莫高窟入り口よりみた三危山方面↑

イメージ 3
世界遺産の碑↑

イメージ 4
莫高窟北側入り口↑

莫高窟のチケットには、中国人料金と外国人料金があります。
中国人のチケットは120元ですが、外国人のチケットは外国語ガイド料20元を含む180元のチケットです。

チケットを買ったら、さて入場ですが、しかし好き勝手に自由には参観できません。
莫高窟は、基本的にガイドさんのあとについて参観しなければなりません。
なぜなら、窟に設置されている扉を開閉する鍵をガイドさんが持っており、人がいなくなると、或いは、参観し終わると、鍵を閉めてしまうからです。
しかも、ガイドさんもそう多くいるわけではないので、観光客が10人程度集まらないと参観がはじまらない場合もあります。

一回目の時は20分くらい、二回目にのときは10分くらい待たされました。
(一回目の時は団体さんが来るから待ってと言われたのに来なかったので、結局ガイドさんと私二人だけでした。。。待たされ損だ。。。。)

イメージ 5


また、ガイドと言っても、莫高窟ガイド暦数十年のベテランから最近日本語学校を卒業したての新人さんまで様々です。


高いお金を払っている割には、自由度は低いです。



私は、敦煌滞在中、莫高窟に二回行きましたが、ラッキーなことに一度目はガイドさんを独り占め、二度目はガイドさん1人に参観客は私を含め3人という少人数だったため、じっくり見て回ることがでいます。

莫高窟に行く場合は、観光客がまだあまり来ない朝方に行くと、少人数で見て回ることができるかも知れません。

イメージ 6


ガイドさんによっても楽しみ方が全く違います。
ベテランガイドさんは、日本語も説明も上手でこなれています。
でも、解説は短めで、サクサクと進んでいくので、じっくり見たい人向けではありません。
方や新人さんは、日本語が下手で、単語量が少ないので、ある部分ではこちらが救いの手を入れてあげないと、うまく説明できない人もいます。
でも、その代わり、日本語を覚えようと言う意欲があるため、こちらの話に付き合ってくれます。そのため、アレは何?これは何?と言う質問にも鬱陶しがらず答えてくれます。
私は二回とも新人さんでしたが、じっくり見たい私にはちょうどよかったです。

イメージ 9
手前の柵から向こうにはカメラ持ち込み&撮影禁止↑

二度目に行ったとき一緒に回った方が、キリスト教や西方美術に詳しい方だったので、莫高窟と西方のつながりというようなおもしろい話が聞けました。
仏教遺跡だと思っている莫高窟の壁画にも、ヨーロッパの教会にあるのと同じ図柄図案が描かれていたり、キリスト的な要素が入っていたりと、中国の歴史・文物・文学か見てこなかった私には新鮮でした。
それらが、本当に西洋の影響にあるかどうかは別として、まさに、東と西の交錯点なんだと言うことを感じました。

イメージ 7
一回目訪問時、曇り↑

イメージ 8
二回目訪問時、晴れ↑

さて、莫高窟最大の謎と言っても過言ではないモノ、それは、莫高窟の一番北側にある第16窟にある「蔵経洞(第17窟)」でしょう。
井上靖の小説「敦煌」とそれをもとにした映画「敦煌」にも出てきたのでご存じの方も多いと思います。

http://www.posteios.com/PROJ_AA/MOGAO_ZOKYO_17_OLD.jpg
奥の仏像のある所が第16窟。手前右手の壁の中の空間が「蔵経洞(第17窟)」(発見当時の写真か?)↑

1900年、第16窟に通じる通路の壁の中に隠し部屋が発見され、その中に大量の文書が隠されていました。
このことにより「敦煌学」という新しいジャンルまで生まれたくらいです。

私も、この部屋に興味があって、二回ともじっくり見てきました。
現在は、別の窟にあった僧侶の像が安置されていますが、何万点もの文書が収められてとは思えないほど狭い部屋(おそらく四畳半弱です)でした。

ここから発見された文書のなかにも、様々な言語で書かれた文書が見つかりました。
特に驚いたのが、ゾロアスター教・マニ教・景教(ネストリウス派)などの漢訳された経典や各国の言葉に訳された仏典などが発見されたことでした。
ここまで色々発見されているとは知りませんでした。
第十六窟の向かえに作られた資料館には、蔵経洞から発見されたこれらの文書の展示を見ることができます。


今や世界遺産として、中国人のみならず各国の観光客が訪れ賑わっていますが、人がいなければ本当にひっそりと寂しい場所です。
五胡十六国時代(前秦・4世紀)時代に開削されて以来、元(14世紀)に到るまで約千年間もの長い間、あんな寂しい場所で仏像を彫り仏画を書いていた僧侶達は何を思っていたのでしょう。

なぜあの場所なのか。。。
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php

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2007年7月15日〜22日、帰国間際に敦煌・安西・嘉峪関へ旅行に行ってきました。

敦煌は今私が研究していることにも少なからず関係していますし、そうでなくても中国古典詩の題材として(敦煌のみならず)国境付近で戦う兵士の嘆きなどは辺塞詩という一ジャンルを築くほど時代にかかわらず歌われています。

だから、一度は行ってみたいと思っていました。


北京から敦煌へ行く飛行機は、7月に行ったときは一日おきに一便のみ。

そのせいで、16日出発予定だったのを、15日に変更しなくてはいけませんでした。
しかも、帰り(嘉峪関→北京)は電車で帰る予定にしていたのですが(行きに飛行機を使ってしまったので)、この電車も一日おきの出発。

何と不便なんでしょうか・・・・


さて今回の旅行では、中国に来て「初」のことがありました。

それは中国の「国内線」に乗ったこと。

今までの旅行では安くあげるために電車での移動でしたが、今回は帰国まで時間がないので、思い切って国内線に。

快適で早いのはいいですが1000元超の運賃は痛いですね。


乗ったのは「中国国際航空」AIR CHAINA!!

イメージ 1



離陸の時はいつも以上に手に汗握りました^^;

座席は窓側。ベストポジションにもかかわらず天候はあいにくの曇り。

眼下には一面雲が広がっていました。

つまらんよ。。。


イメージ 2イメージ 3
↑機内食。一枚目のはおかゆみたいなモノでしたが、味は正直・・・


北京から敦煌空港までは約3時間。
成田に行くのとほぼ同じなんですね。

国内なのに遠い場所です、敦煌は。


離陸して1時間30分〜2時間位した頃でしょうか、雨雲の隙間から地上が見え隠れ。

怪奇な地形と茶色が地面を覆っていました。

イメージ 4


この光景にいやが応にもテンション↑。


雨雲を抜けると、真っ茶色な大地の中にぽつんとある敦煌の空港が。

予想以上に空港は小さかったです。


イメージ 5


小さい空港なので、飛行機から建物までは徒歩移動。

目印のためだけにあるような小さな建物を抜けるといよいよあこがれの敦煌です!

イメージ 6

↑滑走路側から見ても正面玄関側から見ても、あんまり変わらないデザインの空港ですね〜

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帰還の報告

皆様、無事敦煌・安西・嘉峪関の旅から帰ってきました!!


イメージ 1


敦煌すばらしかったです。

どうよかったかは、うまく言葉にはできないかもしれませんが、おいおい(いつになるかわかりませんが)記事にしていきたいと思います。

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