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“ジュリエット・グレコ” (1927年生〜)歌手 俳優 現在も現役で活躍中。 1950年代頃 サルトル実存主義を 代弁する媒体として 前衛的な シャンソンを歌う フランスを代表するシャンソン歌手。 因みに エディット・ピアフは1915年生。 グレコがシャンソン界の頂点に上りつめたのは… 彼女の素質・美貌もさることながら 彼女の “生き方”そのものに 要因・要素があったらしい… 「古い女性像」が 日常の不幸の語りを通して いわば 従順な伝統的なものだったとしたら… グレコは 先ず 従順な女性像を 追い払い 常に 誰をも 恐れず はっきり 自分の中の“真実”を示し 発言する と言う「女性像」をくっきりと 人に知らしめていた。 しかし そういう 生き方を 構築していくプロセスの中に トラウマ的問題を 幼心に 抱えて来ていた… 「母は姉だけを愛していた。母に愛されなかった という思いが、長い事私の胸に ナイフのように刺さって 抜けなかった。」 と… そして 母親がレジスタンの闘志 という事もあり 母娘3人が刑務所に送られ グレコだけが 未成年という理由で釈放され(グレコ15歳の頃) それ以降 一人で身を立てなければ ならなかった。 それらの体験が より「自由への希求」を培ったと思われる。 パリ解放後 グレコは「サンジェルマン デ プレ」に集うサルトル派に可愛がられ “サルトル”からも詩を送られ、そして後に「枯葉」を作曲した “コスマ” を紹介されたり… グレコの世界的デビューに繋がっていくのです。 今年 御歳82歳になられるグレコは 今も現役であり 歌唱における 方法論をも築きあげてきた。 「歌」について 尋ねられれば… 「歌は 先ず 詩ありき! 私は 愛する言葉しか 口にしない 愛する人にしか キスしない 素晴らしい詩に出逢ったら 詩を 抱きしめて 詩と 一緒に寝て 詩と 一緒に暮らして その 詩の 世界に入り込む いつしか 詩が 私を通して生き始めたら 歌う準備が 出来たということ…」 トレードマークの黒ドレスに“宝石”は身につけない 何故ならば… 心が “宝石” 歌詞が “装飾” だとか… さて 最後に グレコに“詩”を捧げた詩人達を 書き記します。 サルトル モーリヤツク レオ・フェレ ゲンズブール ブレル ファノン グーゴ クノー カリエール そして ジャック・プレヴェール ともかく 美音は 知らない事だらけ… 何だか やる気になってきたゾ! 今日は この辺で… 美音。 |

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愛の讃歌
の
岩崎時子の訳詞は
微妙な違いを遺して
決定的な間違いを冒しましたね。
2013/7/15(月) 午前 1:02