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子は親の背中をみて育つという。
ならば、私はどんな背中をしているのだろう?
子供達に私の背中はどう見えていたのだろう?
子供がいただけないのは、親のしつけが悪いという。
ならば、私のしつけが悪かったのだろう。
育て方を間違ったのだろう。
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子育て
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磯野家みたいな家庭が子育てには最適な気がする。 核家族が当たり前のようになったかと思ったら 今度は片親家庭が珍しくなくなってきた。 親達は忙しくなり、必然的に子供に費やす時間が減る。 変わりに面倒をみてくれる祖父母、親類だって傍にいない。 シワ寄せは子供にいってしまう。 ベビーシッター、学童保育所、習い事、塾 お金を出せば子供を一人にさせない方法はある。 けれど、それで子供の心は満たされるのだろうか? 一緒にいることだけが愛情じゃない。 実しやかに言う人がいる。 そうかな? やっぱり子供は大好きな親と少しでも一緒にいて いっぱいいっぱいかまってもらいたいんじゃないのかな。 小さければ小さいほど、その欲求は大きいんじゃないかな。 昔の日本の家庭の姿から、ややこしい嫁姑の関係を取り除いたこの形態。 一時、「マスオさん状態」なんて言葉が流行った。 私の周りにも何人かいるけど、なかなかいい感じで羨ましい。 同居じゃなくてもいい。 二世帯住宅でも、味噌汁が冷めない距離でも 沢山人がいて、誰彼なしに子供をかまえる環境。 今の社会では難しいのかな。
これからますます細切れの家庭が増えていくのかな。 |
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'08年度の虐待件数が4万2662件と過去最悪で後を絶たないと新聞記事。 でもこの数字、全国の児童相談所で対応した児童虐待件数であって 実際のところその何倍、何十倍も虐待されている子供達はいるんだろう・・・な。 許せない! なんとかしろよ! 罪のない子供達を早く救ってやってよ! 虐待の報道を聞く度、子供達のことを思っては涙し、親達を許せなく思い 周囲の無関心さ、不甲斐なさに腸の煮えくり返る思いをし 第三者として、部外者として、あたかも善人気取りで憂いていた。 そう・・・ごくごく最近まで・・・ TVの特集で、ある家庭の母子の家での様子を1日撮影したものがあった。 母親は自分が子供に対して辛く当たってしまうことに悩んでいた。 罵声を浴びせたり、カッとなり手をあげてしまったり・・・ やめたいと思いつつ、いけないとわかっていならがも繰り返してしまう。 子供がかわいくないわけじゃない。愛情もあるし大事にも思っている。 けれど、子育てにイライラしてしまい、きつく当たってしまう。 子育て真っ只中だった当時の自分を振り返りながら 映し出されたその1日の母親の様子をみていた。 似たようなこと私もやったよ・・・ 程度こそ違えど、掃除した後にお菓子の袋ぶちまけられて罵声を浴びせたことある。 言うこときかない子供の頭をはたいたこともある。 何かしてって言われても、いつもいつも優しく答えてたわけはない。 怒鳴ったことも度々・・・ しつこいくらい怒ったこともあった・・・ あった・・・あった・・・ やった・・・やった・・・ その映像の後、それを見た専門家の所見。 「これはもぅ虐待ですね!」 ヾ(☆o☆))) ガッビーーン!! じゃぁ私も虐待親じゃん! 夜、息子に聞いてみた。 「ねぇねぇ。虐待されたことある?」 「はぁ?(?_?)」 「だからさぁ・・・小ちゃい時のこと・・・あれは虐待やったって思うことある?」 「はぁ?俺がされたって?」 「そぉそぉ・・・」 「ん・・・・・・・・・・・・・・・ ある!!」 「・・・やっぱり・・・?(|||▽ )e」 「悪いことした時、布団たたき持ってきて『お尻出し!』って。あれは怖かったなぁ〜」 「そ、そ、それかぃ!(;一一)」 いや・・・でも・・・ それも虐待だったのかもしれない。 時には怒鳴り散らしたり、手をあげたり こっちは躾のつもりでも子供にトラウマとなって残っているとしたら それはやっぱり虐待か・・・ 「そっか・・・未だに怖い思いが残ってるんやったらアカンかったなぁ。ごめんなぁ。」 女の子ということで娘にはもっと厳しかったはず。 最初の子で余裕もなかったし・・・ 娘とはそんな話をしたことがないけど、もしかしたら胸の中に私への憎悪を抱いてるかも。 もしかして、娘が私を拒む気持ちは、その当時から始まっていたのか・・・も? 人の心はわからない。 親子でも、親子だからなおさら見せないことも多い。 もしかしたら、私は取り返しのつかない子育てをしてきたのかもしれない。 あのTVを見てから、怖くて怖くてどうしようもない。 |
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普通の親、余所の親がどんなものなのか本当のところはわからない。 自分が知っている親の姿は誰しも自分の親だけだろう。 TVや書物、ブログや他人の話から世間一般の親の様子を知り 学者や評論家の話から理想的な親像を頭に描いてみたりする。 どうやら親と言うものは子供に対して「無償の愛」らしい。 どこまでを「無償の愛」とよぶのか どういう状態ならばそれは無償なのか それも人それぞれの受け取り方で大きく違ってくる。 ようするに自己申告、自己満足の域の話か・・・ 甲斐甲斐しく子供の世話をやく親の話をよく耳にする。 無償の愛なんだか、単なる過保護なんだか・・・と考えてしまう。 いぞれにせよ、私にはできない。 私はそんな風には思えない。ということが多々あり つまり私は、子供に対して無償の愛もなければ、過保護でもないってことか・・・? なぜ無償の愛を向けられないのか? 愛情が足りない? 母性が薄い? 他人と違う? 悩んでしまうことがある。 だけど、やっぱり腹が立つ。 助けてくれない子供に、私を使うことを当たり前に思う子供に。 子供なのだからそれで普通。 親なのだから子供にしてやるのが当たり前。 とてもそんな風に思えない。 助けてくれなければ、手伝ってくれなければ なぜ、私ばっかりしなくちゃいけないの? と思ってしまう。 助けてくれないんだから、手伝ってくれないんだから こっちだってしてやらない! と思ってしまう。 思いながら結局してしまう。 してやりたいから・・・? しないとうるさいから・・・? 両方。 だけどやっぱり腹立たしくってムカムカする。 クソッ! もうしてやらない! 勝手にしろ! 心のなかで罵声を吐く。 次の瞬間・・・ やっぱり無償の愛じゃない。私は愛情の足りない親なのか? とへこむ。 私の愛情が足りないから、子供も私を助けてくれないのか? と考え込む。 毎日これのくりかえし。 |
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ついこの間まで幼い子供だった娘や息子も 日々成長し大人になる。 我が子・・・ 生涯自分にとっては子供に違いないけれど 「子供」じゃなく「大人」になる時 「あ〜もう子供じゃないんだ、大人なんだ」 親がそう思う時ってどんな瞬間だろう?
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