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関心を持つとイライラするから
右から左、見て見ぬふり 無関心でいようとするけれど 否応なく耳に入ってくる、目に飛び込んでくる ぐるっと頭を一周すれば、それはもうイライラの種。 あー気持ち悪い、政治の世界。 あの人もその人もこの人も、不気味な人ばかり。 どうして平然と人前に立っていられるんだろう? どうしてあんなに自信満々でいられるんだろう? 気持ち悪くて見てられない。 無関心、無関心、無関心。 がんばって無関心。 |

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関心を持つとイライラするから
右から左、見て見ぬふり 無関心でいようとするけれど 否応なく耳に入ってくる、目に飛び込んでくる ぐるっと頭を一周すれば、それはもうイライラの種。 あー気持ち悪い、政治の世界。 あの人もその人もこの人も、不気味な人ばかり。 どうして平然と人前に立っていられるんだろう? どうしてあんなに自信満々でいられるんだろう? 気持ち悪くて見てられない。 無関心、無関心、無関心。 がんばって無関心。 |
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昨日ちょっと愉快な場面に遭遇した。 愉快といっても今回は楽しい愉快ではなく、私の意地悪心をくすぐる愉快さ。 駅のホームから改札に下りるのにエレベータに乗った。 乗り合わせたのはカートを引いた老婦人と4歳くらいの女の子とその母親。 扉が閉まり機内がシーンとしたとたんその女の子が母親を見上げて問いかけた。 「ねぇ、なんでこれに乗ったの?」 「・・・・・」 「ねぇ、どうして?」 「・・・・・」 「階段で下りたら疲れるから?」 「・・・・・」 「ねぇ!なんで乗ったの?ねぇ」 しつこく答えを求める子供に終始沈黙を決め込んでいた母親だったが とうとう最後に小さな声で答えた。 「近くにあったから・・・ね。」 子供の質問はしつこいものだ。納得がいくまで「なぜ?なぜ?」と聞くのが子供。 この女の子が何を思って母親に尋ねたのか なぜエレベーターを使うことにそれほどまでに疑問に感じたのかは分からないけれど そんな小さな子供がお年寄りや体の不自由な人優先に使うものだと理解していて 母親の行動をとがめているようにさえ思えて苦笑した。 でもこの子がエレベーターに乗り慣れていないところをみると この母親は普段はエレベーターを使わないのだろう。 もしかしたら、元気な人はなるべく階段を使うのよと 教えているのかもしれない。 たまたまこの日は疲れていて利用したのかもしれない。 子供の質問にばつ悪そうにしている様に見えたことからも この女性は良識のある人なのだろうことが伺えた。 すいているんだから堂々と利用してよさそうなものなのに。 最近電車にのる機会が増え、乗客の行動が目に付いて仕方がなかった。 特に夏休みだったことで日中、子供連れで外出する人が多いこともあったと思う。 そんな子供達にこそ電車や駅、公共の場でのマナーや行動を教えるいい機会なのに 一度たりともそんな光景に出会ったことがない。 靴のまま座席にひざまずかせ窓の外を見せている親。 混んできても小さな子供を座席に座らせ膝の上に乗せようとしない親。 立っている人がいても荷物を座席に置いて平然としているおばさん。 大股開きでふんぞり返っている若者。 一般席にバラバラに座っていた家族が、3人がけの優先座席が空いたとたん 大慌てで一斉にそちらへ移動して行ったのには閉口した。 電車が駅に着いたかと思えば、我先にとエレベータに飛んでいく。 歩くのが遅い足の悪い人やお年寄り、もっと時間のかかる車椅子の人は後まわし エレベータが戻ってくるまで待たねばならない。 一度だけ年老いた親をエレベータに乗せ「下でね」と自分は階段で降りた婦人に会った。 その人のお陰でもう一人お年寄りが乗ることができた。 あ〜、ちゃんとした人もいるんだと心が温かくなる。 家族連れでも皆でエレベータに乗る必要はない。元気な人、若い人は階段を利用し 改札前でまた合流すればいいんだから。 もちろん利用者が少なければ堂々と利用すればいい。 乗り込む前にちょっと周囲に目をやって、譲るべき人がいるか否か確認するゆとり ちょっとした気配り、思いやり、心がけで社会がほんわか温かくなるのに。 こんなことをぶつぶつ言うと障害者の僻み、権利の主張で図々しいと言わることもある。
だから言い訳がましく付け加えるが、決して障害者になってから感じたことではない。 「足腰を鍛えられていいとか言って子供の頃はよく立たされた。」 そんな光景をうちの子供達はそう言う。 息子は途中で席を譲るのが照れくさいからよほどすいていないと最初から座らない。 子供の頃に教え込んだことは少なからず実を成しているようだ。 手前味噌で失礼。。。(≧m≦)プッ! |
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今年も24時間TVが終わった。 毎年チラチラと見るんだけれど・・・(好きなタレントが出てるので・・・) 子供の頃、あんなに感動し純粋に見ていた番組が 今では大きな疑問と憤りなしには見られない。 わずかなおこずかいをコツコツ貯めて募金にくる子供達。 自分にもあんな時があったなぁ・・・ どうしてこうも心が穢れてしまったんだろうと思う。 TVで見る限り募金に集まる人達は決して有り余る財をもつ人達とは見受けられない。 そういう人達は銀行振り込みで募金している・・・と思いたいが期待は薄いだろ。 汗だくになり大声をはりあげ募金会場を手伝っているボランティアの人達。 立派な若者がまだまだ大勢いるんだと感心し頼もしくも思う だけど実際問題、そんな健気な子供達や善意ある人々の裏側で 出演者はちゃんとギャラをもらっているんでしょう? 本当のところどうなのか知らないけれど 募金に集まる金額の何倍もの経費がかかっていると聞く。 そういう問題じゃなく啓発運動が大事だというのだろうか? 障害をもちながらも前向きに一生懸命生きる姿。 重病と戦いながらも純粋に生きようとする姿。 進行性の病を抱える障害者である私としては複雑な場面が数々ある。 それでももしこの番組に関わる人すべてがボランティアで参加しているのなら 拍手喝采して応援できるだろうと思う。 この手の番組は他にもあった。まだあるのか? タレントの持ち物やタレントが描いた絵画をオークションにかけ募金とするものなど。 自分の腹は痛めず純粋な視聴者の上に成り立つ番組。 それでも何百万、何千万、何億という募金が集まるのだからいいじゃないか? そんなことを考えることなく純粋に募金箱に小銭を貯めていた子供の頃はよかったなぁ。
どうしてこんなにひん曲がった視点でしかものを見られなくなったんだろう。 それが大人になるということだ、広い視野を持てるようになったからだと自分を慰める。 |
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事情で外に出ることが多くなった。 大勢の人を目にする機会が増えた。 色んな光景が否応なく飛び込んでくる。 最初は驚いた。呆気に取られた。憤りを感じた。 その内こんなもんかと諦めた。 見ないようにしよう。考えないようにしよう。 だけどやっぱり感じてしまう。 みっともない。情けない。悲しい。 この人達は恥ずかしくないのか? 自分の目の前に杖をついた人が立っていても。 携帯電話に食い入る目線を上げればお年寄りが立っていても。 前にどんな人が立っていようが平然と優先座席に座り続ける人。 大またを広げふんぞり返って座っている人。 隣の人と中途半端な間隔をあけて座わっている人。 我先に年配者を押しのけてまで座席を確保する人。 電車が駅に着けばエレベーターへと飛んでいく若者。 後から来る人を確かめもせずドアを閉めて行ってしまう人。 周囲に自分より弱い人間がいても素知らぬ顔でいられる人。 気が付かないふりをしていられる人。 視界にも入らぬと他者の存在すら無視する人。 この人達はそんな自分を恥ずかしくないのだろうか? そういう人の方が圧倒的多数だということを外出すればするほど思い知らされる。 こんな世の中でいいの? 当たり前のことが当たり前にできず 間違ったことを恥ずかしいと思わずできること それを許している世間。 自分が楽な方に順応していく世間。 この世の中
悲しすぎる・・・ |
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今、作られた野菜の4割は規格外だとかで廃棄処分されているという話を聞いた。 曲がったり、キズがついていたり・・・ そんなの別にいいじゃない!? 調理してしまえば形なんてわからない。 キズの部分だけ取り除けば十分食べられるじゃない!? 最近は生協でも多少キズのある規格外商品が出る。 割安なこともあり私はもっぱら利用する。 規格外商品が消費されるのはいいことだと思ったが 先日TVで農家の人がアウトレット野菜が出回ることにより採算が取れなくなると嘆いていた。 価格の安いアウトレットは消費者に取っては助かるがそれによって農家の人は苦しくなる。
作ったものが売れて生活が苦しくなるって間違ってる。 作る人がいる=買う人がいる。 売れて喜ぶ人=食することができ喜ぶ人。 双方が潤う公式が成立しないといけない。 当たり前のことが当たり前として通らない世の中はおかしい。 人の意識改革からはじめないと今の世の中はまともにならないんだろうな。 |
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