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1月6日(木) 今年初の受診日
診察後、注射をしてもらうために処置室のイスに座って看護師さんとしゃべってると
背後から誰かが肩をポンッと叩き 「おぅ!元気か?」
見上げると元主治医。
おっとっとーーーぉ。 少々気まずい・・・ でもここでひるんではいけない。
120%の明るさ・・・ ちょっとぶりっ子気味に
「あ〜先生! 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますぅ。」
「調子どうや〜? こっちの方はその後どうや?」 と自分の胃の辺りをさすり
春にした胆石手術の経過まで聞いて下さった。
それから、「今朝ちょうど噂してたとこや!」
看護師さんも 「そうそう!話題になってたんよ」 「えぇぇ!?なんの話ですか?」
先生と看護師さんは高笑いするだけ。「・・・?」
なんでもヒュミラを開始したばかりの患者さんがやけに注射を痛がった折に
同じくヒュミラを痛がる私のことが話題に上ったらしい。
辛抱がきかないタイプだとは自分では思わないんだけれど、ヒュミラは痛い。
毎回注射前に看護師さんが保冷剤を貸してくれ、患部を冷やし感覚を麻痺させて
注射してもらっている。 特別待遇・・・?^^;
看護師さんからの提案で決して私が要求したわけではないので・・・ね。
そんな話はまぁどうでもよくて、前主治医がわだかまりもなく話しかけてくれがことが
とても嬉しかった。 この先生のこういうノリは好きだなぁ。 波長が合う。
今の主治医は真面目で優しくて、そこに惹かれて主治医を変えたんだけど
変える前も変えてからも、「これでよかったのかなぁ?」とずっとひっかかってはいる。
前主治医が嫌で変えたわけじゃないし、迷いに迷って変えたわけで
後ろ髪ひかれるというか、未練はタラタラだったわけで
体は一つなのに主治医は2人も3人もほしいなんて我侭極まりない。
前主治医の長期出張中に胆石手術を受け、その間に担当となってくれたのが
今の主治医、その時の対応があまりに温かかったので、どさくさに紛れて
主治医を変えてしまい、前主治医は気を悪くされてるだろうと思っていた。
それが昨日の先生の言動でものすご〜く気持ちが軽くなった。
よかった〜。 もちろん先生の心中は複雑だろうけれどね。 すみません。
リハビリ担当の先生にも新年のご挨拶にうかがいたかったが
いつも時間に追われ走り回っておられる、ましてや休暇明けでてんやわんやだろう。
「いつでもリハビリ室に寄ってよ。」 と言ってもらってはいるものの
やっぱり遠慮しておこう・・・ そしたら、会計前でバッタリ。
ほんの1、2分だったけれど話ができた。 よかった〜。
新年早々神様から2つのプレゼントもらいました。 (*^^*)
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病録
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1997年 リウマチ発症。
各種リウマチ薬、シオゾール・リメタゾン・ケナコルト等の注射も効かず症状は進行。
生物製剤レミケード点滴開始により症状の改善は顕著ながら、病状は徐々に進行中。
関節、腱、筋、筋肉など全身の痛みと共生。
各種リウマチ薬、シオゾール・リメタゾン・ケナコルト等の注射も効かず症状は進行。
生物製剤レミケード点滴開始により症状の改善は顕著ながら、病状は徐々に進行中。
関節、腱、筋、筋肉など全身の痛みと共生。
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ブログはなかなか更新できないが、通院はサボるわけには行かない。
2週間おきのヒュミラもしっかり受け、気づけばもう27回終了。
3月11日に19回目を受け、胆石手術で少し間があき
20回目・・・4月22日 21回目・・・5月6日 22回目・・・5月20日 23回目・・・6月3日
24回目・・・6月17日 25回目・・・7月1日 26回目・・・7月15日 27回目・・・7月29日
開始から1年2ヶ月が過ぎ、ヒュミラ手帳も2冊目に突入したのだが・・・
なにやら雲行きが怪しいような・・・ 気がするだけか・・・?
いや違うなぁ〜 『気』の問題だけじゃないと思う。
動きすぎ? 酷使しすぎ?
ん・・・ それもないとは言い切れないけれど
長年自病と付き合ってきた自己診断からいうと、病状が悪化している感じがする。
薬や注射で進行を抑制しているわけで、完治を目標とした投薬ではないから
体に薬に対する対抗性が出てきたり
体力、免疫力が弱まったり
またその相乗効果で、症状の悪化を感じるのは今までにも経験済み。
その度に次の薬剤に移行し現在に至っているわけだ。
生物製剤もレミケード、エンブレル、アクテムラ、そして現在のヒュミラ。
2004年2月〜2008年4月 レミケード
いい新薬が出るからと聞いてからどれだけ待っただろう。
大金持ちの患者は飛行機でアメリカまで点滴を受けに行っているという話を
なんとも複雑な気持で聞きながらひたすら待った。
認可が下り、保険適応になり、やっと私にも順番がまわってきた。
杖をついてきた人が点滴を受け杖を忘れて帰った・・・なんていうまゆつば話が
医師の間でも出るほど前評判の高い薬だった。
流石に杖を忘れたり、1度で痛みが改善された実感はなかったけれど
実際このレミケードは劇的に症状を改善してくれた。
このまま寝たきりになってしまうと覚悟までしたこの体を
日常生活ができるまでに回復させてくれた。
そして4年間も私の体内で効力を発揮してくれた。
4年間も? 4年間しか?
ん・・・考え方ひとつで変わってしまうけど。^^;
2008年4月〜10月 エンブレル
レミケードで軽減されていた痛みが徐々に復活し
ついにレミケードから新薬エンブレルへの移行を決意。
レミケード以上に効いてくれるかどうか不安はあったが
効かなければまたレミケードに戻せるということで安心して変更できた。
ただ、面倒なのは週に2回の皮下注射であったこと。
レミケードは8wおきの点滴だったので、通院と同時に受けることができたが
週に2回となると大学病院への通院はとても無理。
自己注射でと考えたが、この注射の痛いこと。
とても自分で針を刺す勇気は出なくて、近くのクリニックで注射だけを依頼。
ところが、この薬は私には全くといっていいほど効果が現れず半年で中止。
2008年10月〜2009年4月 アクテムラ
新薬が次々に開発認可され、こうして新しい薬を試せることは
患者にとってはとてもありがたい。
新薬の認可については、あ〜だのこ〜だのうるさく言う人が多くて
待ってる患者はないがしろだったりする。
言いたいことは山ほどあるけれど、話がそれるのでここではやめとく。
で、このアクテムラ。
最初はいい感じかも・・・?と思ったのだが、満足いくほど痛みは軽減されず
おまけに5ヶ月目に肝数値が跳ね上がり、そちらはすぐに点滴と服薬で
正常に戻ったけれど、私には効果のわりにリスクが高いので中止となった。
2009年5月〜現在 ヒュミラ
この時点で認可されていて試せる新薬の最後のカードがヒュミラだった。
これが効いてくれなかったらどうなるの?
またレミケードに戻って以前ほどの効果が得られるの?
不安を抱えながら最後の砦、祈る思いで開始した。
エンブレルにも負けないほど痛い注射だけど、2週間に1度の辛抱。
効いてくれた! レミケードが効いてくれた時のように痛みが軽減された。
このままズッと聞き続けてくれ! もう後がない!
そう願いながら1年が過ぎた頃、徐々に痛みが増してきたような
今まで痛くなかった小さな指関節が時々ずれて痛い。
発症当初痛んで、変形後痛みのなくなっていた部位が痛み出した。
人工関節置換の術後の痛み、筋肉のこわばり、腱の突っ張り・・・
ん・・・ ヒュミラに対する抗体? それとも他の要因?
また新薬が出たと主治医から聞いている。
すぐに移行するかどうかまだわからないが手詰まりじゃないのはありがたい。
私の体と薬、いたちごっこを繰り返しながら人生を歩んでいかねばならない。
余談・・・
それでも幸せだなぁと思える時もある。
薬さえ使っていれば、不自由ながらこうして日常生活が営める。
それすらままならない人達が大勢いるんだから。
反面そう思うことは失礼なのでは?とも思う。
物事って難しい。正解のあるものって数知れてるんだなぁ。
最後にはそこに行きついてしまう今日この頃。(^^ゞ
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主治医変更という思いがけないことには、相当悩んで結論を出したけれど
重なった様々な要因のどのひとつが欠けていても
この結論には至らなかったような気がする。
今回はその中で最もショッキングな要因についての話。
胆石手術から退院して間なし、主治医を変えるか否かに悩んでいる最中に
病友さんから電話があった。
この病友さん、かなり強烈キャラの持主で、数年前の入院で同室だった人達から
「アンタ、よぉあの人の話、黙って聞いてエライなぁ!」と感心されたものだ。
患者同士だけでなく、医師に対してもズバズバものを言う。
「医者がいくら頭がいいか知らんけど、人生経験では私が上」 と説教は十八番。
それには医師も閉口で、私が無理して彼女と付き合っていると思うらしく
私を慮って受診日が重ならないようにしようか?と気を廻してくれる始末。
その彼女の主治医が、別院に異動することになったそうだ。
主治医曰く、移動先の教授と反りが合わないからすぐに戻ってくるだろうと。
そう言う主治医に彼女は「石の上にも3年!嫌でも3年は頑張ってきなさい!」と
いつものごとく説教したという。
主治医が彼女にいい訳をするつもりで話したのではないだろうけれど
その教授がこちらの病院にいた時のエピソードを話したそうだ。
教授は専門分野では顕位で、地方からも患者が受診を希望して集まってくる。
私はその分野でお世話になる必要がなかったので
入院中の教授回診で接するのみで、どんな性格の人なのか全くわからない。
ただ、一見は人格者で信頼できそうな雰囲気をかもし出していた。
ところが彼女が主治医から聞いたエピソードは耳を疑うものだった。
なんでも医局の満座で、一人の医師を名指しし
「君は手術が下手なんだから手術なんてしなくていいんだよ!!」と罵倒したという。
ドラマじゃあるまいし、本当にそんな場面があったんだろうか?
だけど、その主治医がそんな作り話を彼女に聞かせる必要はないし・・・
彼女が私にそんな作り話を聞かせる意味も全く思いつかないし・・・
だとすると、この話は本当にあったこと・・・なのだろうか?
この話の真偽がどうであれ、私の主治医選びと無関係のようだが
なんともまぁ、その名指しで罵倒され侮辱を受けた医師というのが・・・
私の初代主治医だったときた。
10年来お世話になり、3度、4箇所の手術を執刀してもらった医師。
心から信頼し、崇拝するほどの医師、その人だった。
患者思いで、とても親身になってくれ、朗らかで、穏やかで・・・
嫌な点を探せと言われても思い当たらないほどの先生。
そんな先生が教授の気に障るような言動を取るとは思えない。
教授に嫌われたり、目障りに思われるなんて考えにくい。
となると・・・ 教授の発言は事実を口にしただけ? ・・・?
えぇぇぇぇ!!?? ヾ(☆o☆)))
あの先生が・・・? 手術が下手??
同じ病気や怪我であっても、人それぞれ症状や体質が違うから
同じ医師の執刀を受けたとしても、同じような結果が得られるとは限らない。
他の医師に執刀してもらっていたらどうだったかなんて比較はできるはずもない。
私の両膝の人工関節置換術にしても、3年前に受けた右膝と
昨年受けた左膝の術後の症状改善はかなり差がある。
両膝の傷み具合や手術のタイミング、その他の部位の傷みからの負担・・・などなど
様々なことを考えて致し方のないことだと思ってる。
右膝と同じように改善しなかった左膝を手術のせいだと考えたことはなかった。
ましてや初代主治医の手術の腕がよくないなんて発想は浮かんだこともない。
ところが、両膝を数年の差で人工関節手術を受けたこの病友さんが
一昨年だったかの術後に私にぼやいたことを思い出した。
両膝の執刀医が別の医師で、後で受けが膝の方が具合が良くないと言う。
それを医師の腕のせいにして不満をもらしていた。
そのご不満の医師というのが私の初代主治医だった。
その時、私が信頼しきっているのを知ってるくせに、嫌なことを言う人だなぁと思った。
でも、ひとそれぞれ感じること考えることは違って当然だしと聞き流した。
今回この教授のエピソードを聞いて、その時の彼女の言動を思い出し
私は一人の医師の手術しかうけていないけれど
違う医師の執刀を受けた彼女が比較していうのならば
それは、まんざらいい加減ではなかったのか?
なんてことが脳裏をよぎった。
こんなことをたとえ微かにでも考えてしまう自分が情けないというか
いい加減というか、今の今まで信頼しきって、崇拝するとまで言っていたくせに
真偽のわからない怪情報に心惑わされる自分を恥ずかしく感じた。
10年来、信頼しきっていた自分の気持ちは一体なんだったんだ?
口先だけの感謝、信頼だったのか?
そう自分を責めつつも、色々な思いが湧き出してきた。
もしかして・・・他の医師の執刀だったら?
多くの人達が言うように、痛みは全くといっていいほどなくなったのだろうか?
もっと楽に曲げ伸ばしができ、もっと楽に歩けたのだろうか?
杖もなく歩いているその病友さんの姿と自分の差を考えてしまったりもした。
ひとつ疑問がわくと、あれこれと余計なことを考えてしまう。
初代主治医は退職する時、なぜ私と病友さんの主治医を違う医師にしたんだろう?
病友さんのズケズケとした態度に私が困っていると思い込み放してくれたのかと
思ったりしていたのだが、真意は別の所にあったのだろうか?
自分の一番扱い易い後輩に私を託した?
悪い方へ悪い方へ、あることないこと、いや、ないことないこと空想し、被害妄想。
あーーー! いやだ!いやだ! そんな自分に嫌気がさす。
けれど、一度浮かんだ妄想はそう簡単に打ち切ることはできない。
主治医を変えるかどうか、初代主治医に相談してみようか・・・と思った当初の考えを
ここで打ち消してみることにした。
もし相談して、変えずに自分が引継ぎを依頼した主治医のままを薦められても
それを率直に受け止められる自信がなかった。
勘ぐって、またおかしな妄想を繰り返す気がした。
もちろん相談したら、いとも簡単に
「どちらでも好きな方で・・・、待ち時間の少ない方でいいんじゃない?!」という
答えが返ってきたかもしれない。
どうだったかはわからない。 でも聞かない方がいい気がした。
私は初代主治医をこれからも信頼し、感謝し、崇拝し続けたいと思った。
寝たきりに近い状態で通院もままならなかったあの頃
本当に親身になって考えて下さり、大学病院への通院を極力少なくすむようにと
通常は近くのクリニックで対応してもらえるよう先生にも連絡を取って下さるなど
忙しい大学病院の先生とは思えないほどよくしてもらった。
百歩譲って、手術の腕がよくないという怪情報が真実だったとしても
それで今更私の何が変わるというのだろう?
それが真実であって、私の膝が今以上に改善されるのというのか?
それはあり得ない。 どんな真実があれ、私の今の状態は今の状態。
術前ならいざ知らず、もう真実なんて知る必要はない。
ただ、私だってただの人間。
こんな話を聞いて平然といられる仏様ではない。
微かでもシミのついた心で現状を続けるよりも
ここは心機一転、全く関係のない医師と関わりをもってみるのもいいかもしれない…
降って湧いたこの機会は天のお導きなのかもしれない・・・
流れが起きたのなら、それに身を委ねてみるのもいいかもしれない・・・
そう思って主治医変更を決心した。
これが吉と出るか、凶と出るか、先のことはわからない。
これからも年に数度は初代主治医の診察を受けたい気持ちは変わらないし
元主治医に対する感謝もなんら変わることはない。
ただ、しばらくはこの流れに身を任せて流されてみようと思う。
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降って湧いた主治医変更話に大いに心を揺さぶられつつ
結局自分の中に全くなかったことながら、主治医を変えるということになった。
何か物事が動く時って、その原因は一つではなく
一度にいくつかの要因が重なって起こるように思う。
今回のことにしてもそうだ。
主治医の出張中に胆石が発覚し、手術入院になったこと。
代診医師がとても親身に対応して下さったこと。
代診医師からの「引き続き自分が診る事もできる」という選択肢の提示。
これらのどの一つが欠けていても、私は主治医を変えることはなかっただろう。
いや、もしこの3点だけだったら、初代主治医と共に2回の手術を執刀してもらい
初代主治医の退職後引き継いで2年間診てもらっている主治医を変えようとは
きっと、思わなかったんじゃないだろうか。
いくら代診医師が親身であり、主治医になってもいいという言葉を聞いたとしても
後ろ髪引かれる思いを持ちながらも出張から帰った主治医の元に戻ったろう。
では何故主治医を変えるかどうかで大いに悩んだのか・・・
『主治医の突然長期出張』
私はどうしてもこの事実が解せなかった。
突然そんな長期出張が起こるものなのか?
研究医ならともかく、大勢の患者を抱える臨床医が・・・?
一日二日ならまだしも、3ヶ月も? なんの前触れもなく突然?
医学会のことは全くわからない私にはどうしてもひっかかった。
海外研修に出られる医師もいるが、受け持ち患者には前もって知らされるものだ。
本当に出張なのだろうか?
先生が病気になられたとか? ご家族になにか起こったとか?
仮に何かあったとして、看護師やスタッフに聞いたところで教えてくれるはずはない。
深く考えても仕方ないか・・・ 気になりつつそう思うことにした。
入院中にお世話になった病棟のナースステーションにご挨拶に立ち寄った。
度々の入院でとても親しくなった看護師さんにバッタリ廊下で出会った。
色々話した後、主治医の出張についてコッソリ聞いてみた。
なんだか答えにくそうな雰囲気が伝わり、やっぱり出張じゃないんだと感じ
「絶対ここだけの話、どうしたの?」 と突っ込んで聞いてみた。
「絶対ここだけの話ね・・・」 と教えてくれた真実が『重大な交通違反で謹慎』。
医師は大変だね。 こういうことが即仕事に影響するんだ・・・。
国家資格だからねって。看護師さんに教えられた。
無知だと笑われるかもしれないけれど知らなかった。
主治医が重大な交通違反。
車恐怖症の私は交通違反にはすごく敏感。
しかも犯した違反が飲酒だって聞いちゃぁ人格を疑ってしまう。
あの主治医が? そんな人なの? 信頼していたのに・・・。
このことを聞いたことが心を揺さぶられた要因の一つ。
厳密に言えば、病棟の廊下で親しい看護師に会ったことも
要因の一つに含まれることになるのかもしれない。
このことだけがあったとしても主治医を変えようなんて考えるはずはなく
先の3つの要因があったからこそこのことが心にひっかかったに過ぎない。
彼女の情報が間違いのない真実なのかどうかもわからないけれど
これで大きな要因は4つになった。
じゃぁそれで決心したのかと問われれば・・・ どうだろう?
きっと全てを聞き流し、主治医の元に戻ったんじゃないかと思う。
では何故?・・・
さらにもうひとつ別の要因が加わったからだった。
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早いもので胆石騒動から3ヶ月。
信じられないスピードで月日が流れている。
おかげさまであの激痛もすっかり忘れ、術後の痛みもいつなくなったのか?
知らぬまに消えている。
残ったのは腹部の4箇所の術痕。
それも時間とともに小さいわき腹のものはかなり目立たなくなりつつある。
リウマチの症状も平行線。
今の治療法で改善を望むのは無理な話。
悪化せずこの状態をキープしてくれてるだけで救われる。
ここ数ヶ月で色々なことがあった。
その中の一つに全く予想もしなかった主治医変更問題が浮上。
たまたま今回の胆石騒動の時に主治医が長期出張で不在だった。
代診の先生が退職した元主治医とも連絡を取り
それはもう親身に対応して下さった。
入院時なんて、私が病室に着いてまだ着替えもしないうちに来て下さり
その後も二日おきくらいに病室に様子を見に来て下さった。
今回は外科担当で、薬の指示だけ出してくれればお役御免でもよかったのに。
本当に親身で、真面目で、患者のことを考えて下さるDr.だと感心し感謝していた。
退院後の受診時はまだ主治医が出張から戻っていなかったので
その代診の先生の受診を受けたわけだけど
翌月には主治医が帰ってこられるので、必然的に主治医の担当に戻るものだと
一点の疑問も感じていなかった。
「代診なのに、突拍子もないことでお手数をおかけし申し訳ありませんでした。
お世話になりありがとうございました。
でも、先生の診察がこれでおしまいかと思うとなんか淋しい気がしますけど・・・」
おべんちゃらでもなく、率直な気持が勝手に口から出て
先生からはただ笑って「じゃぁお大事に・・・」なんて返ってくると思ったわけ。
そしたら代診先生から
「次回には主治医が戻ってますけど、どうします?」 ときた。
「へ?(*_*)」
「主治医に戻しますか? このまま私が診てもいいですし・・・」
「えぇぇぇ?!ヾ(☆o☆))) 」
全くそんな選択肢は私の頭の中にはなく、本当の本当に
「えぇぇぇ!!??」「青天の霹靂!?」「主治医が振って湧いた?!」
えぇぇぇぇ?! どうするよ!!??・・・(|||▽ )e
主治医には元主治医から引き継いでもう2年診てもらってる。
去年の左膝手術も元主治医と共に執刀してもらってる。
別段不平不満があるわけでもなく、信頼していないわけでもない。
たま〜に、気分のムラが気になるところはあるけれど。
今回の代診先生は顔と名前は知っていたけれど、口をきいたことはなかったし
一見すごく若く見えて、主治医の後輩だとばかり思ってたら
実は上下逆だったことがわかった。
医師の資質は年数と比例するとは思わないけれど
なにせ胆石の手術入院の時の対応が信じられないくらい温かかったし。
どうするって聞かれたって・・・ あ〜〜〜ぁ、そんなの決められない。
「えぇぇ?! 先生どう思います? 看護師さんどう思います?
えぇぇ?! どうしよ・・・ (/ヘ ̄、)」
その場にいた人達を巻き込んでアタフタ。周囲はケラケラ。
「主治医に不満があるわけではないし、今までお世話になったこともあるし・・・
先生には今回お世話になって、よくして頂いたので離れがたい気持があるし・・・」
代診先生曰く、もう一人のリウマチ担当の先生ほど早くはないけれど
主治医よりは早いと思う。
待ち時間が長くてしんどいなら、早い方にしてもいいし・・・
どちらでも好きな方を選択したらいいと思うと。
「私として望むことは・・・」 と言うと代診先生も看護師さんも真剣な目で覗き込む。
「リウマチが好きな先生がいいです!」
「へ?」
「いや〜ぁ^^; 素人考えなんですけどね・・・
医師にとってリウマチって面白くない病気じゃないかなぁと思うんです。
他の手術や治療で治って感謝されれば達成感も遣り甲斐も感じるでしょうけど
リウマチはいくら治療しても進行性の病気で完治はしないわけじゃないですか・・・
一生懸命治療しても患者は痛い痛いって言うし、嫌になりませんか?」
先生はクスクス笑って、そんなことはない、新薬だってどんどん出るし
その効果に期待したり、どの医者も遣り甲斐は感じてると思いますよ〜。って。
まぁ、その通りです!とは言わないにせよ、その時の代診先生の受け答えからも
なんとなく信頼性を感じられた。
となるとだねぇ・・・
優柔不断なこの私、そして情に厚く、義理人情を重んじるこの私・・・自分で言うな!
・・・やっぱり即決できません。
「次回まで考えさせてもらっていいですか? ひと月悩んできます。
なんなら元主治医に相談して・・・」
真剣にそう思ったんだけど
「そこまでいく?」 と看護師さんがゲラゲラ。 先生も苦笑。
なんかものすご〜〜い難問突きつけられて、悩む悩む・・・
医師関係の話では、もうひとつふたつ別に耳にした話があって
それが私の心を大きく揺さぶっていて、主治医変更にこれだけ悩んだわけ。
その話はまた改めて・・・。
で結論として、今後は今回代診でお世話になった先生に診てもらおうと決心した。
決心したと言いつつも、まだ心はすっきりしていないんだけど・・・
やっぱりなんか不義理したようで良心がとがめるというか、心が痛い。(><)
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