|
Kapilari calan benim kapilari birer birer. (It's me who knocks the doors one by one.) Gozunuze gorunemem goze gorunmez oluler. (You can't see me the deads are invisible.) Hirosima'da oleli oluyor bir on yil kadar. (It has been around ten years since I've dead in Hiroshima.) Yedi yasinda bir kizim, buyumez olu cocuklar. (I'm seven years old dead children do not grow.) (First my hair caught fire, my eyes burnt.) Bir avuc kul oluverdim, kulum havaya savruldu. (I've turned into a handful of ash,and that was scattered into the air.) Benim sizden kendim icin hicbir sey istedigim yok. (I don't ask you for anything for myself.) Seker bile yiyemez ki kagit gibi yanan cocuk. (A child who burns like a piece of paper cannot eat even candy, anyway.) Caliyorum kapinizi teyze, amca, bir imza ver. (I knock your door,dear lady, dear sir, give me your signature.) Cocuklar oldurulmesin seker de yiyebilsinler. (So that children won't get killed,so that they can eat candy.) 「死んだ女の子」 とびらを叩くのはあたし あなたの胸に響くでしょう 小さな声が聞こえるでしょう あたしの姿は見えないの 十年前の夏の朝 あたしはヒロシマで死んだ そのまま六つの女の子 いつまでたっても六つなの あたしの髪に火がついて 目と手が焼けてしまったの あたしは冷たい灰になり 風で遠くへ飛び散った あたしは何にもいらないの 誰にも抱いてもらえないの 紙切れのように燃えた子は 美味しいお菓子も食べられない とびらを叩くのはあたし みんなが笑って暮らせるよう 美味しいお菓子が食べられるよう 署名をどうぞしてください 【Kız Çocuğu】(少女)という原題のこの詩は ヒロシマの原爆で死んだ女の子の 反戦・平和の署名を訴える 魂の声を綴った詩です。 日本では「死んだ女の子」という訳で知られ 曲もつけられて、反戦を象徴する歌になっています。 (原詩では女の子の年齢が「七つ」となっているところが 日本での訳の時点で「六つ」になった背景などは不勉強で分かりません。 小さな命が消えた悲劇を伝えることにおいて 六つであろうと七つであろうと、何の違いも無いことです。 でも、もし日本での訳の際に、実在のモデルとなる女の子がいたとか そういう背景が分かったらまた記事に追加したいです。) 原子炉が間断なく操業している
人工衛星がのぼる太陽めがけて飛行している この夜明けに希望はないのだろうか 希望 希望 希望 人類にたいする希望はある ヒクメット氏の晩年の言葉です。 扉を叩く魂の声を聞き 記憶し 受け継ぎ 伝えていくべき者のひとりとして。 - 黙祷 -
|

- >
- コンピュータとインターネット
- >
- インターネット
- >
- ホームページ




今日は広島原爆忌60回ですね。浮かれポンチに花火など見に行ってしまいました・・・。新聞によると上空580Mに太陽が2つ現れたにも等しい炎熱で蒸気の様に人が消えたそうです。恐ろしい武器を作るのも人間。それを使わないようにできるのも同じ人間。広島の悲劇が繰り返さないように私達は伝えていかなくてはいけないですね。反省。
2005/8/7(日) 午前 0:06
ぴろこさん、悲劇のあとに苦しむ人々がいること、また、それを乗り越えてくれた先人達の復興があるからこそ今の我々が幸せを味わえることへの感謝、そして今も世界の色んなところで戦争が繰り返されていて、まさに今この瞬間にも誰かが亡くなっている、そのことを忘れないでいる心があれば、楽しみを謳歌するのはちっとも悪いことじゃないと思いますよ。魂の声に思いをめぐらすことは8月6日や9日だけに限らずいつなんどきだってしていいこと、すべきことかなって思うので。
2005/8/7(日) 午前 1:32
広島代表が他県代表チームにも黙祷を呼びかけたところ高野連が止めた事にトラブルがあったようですね。「原爆は広島だけのこと。みんなを巻き込むのは良くない」と発言があったとかないとか・・・。もし本当なら恐ろしい発言です・・・。広島は日本です。
2005/8/7(日) 午前 1:49
たまに思うんだけど間違いばっかりやってきた自分達だけど、ちょっとずつだけど少なくても前には進んでると思いたい。そのための歴史や文化だし、半人前だけどそれが伝える者としての役目のようにも思えるんだ。 自分の目指すモノも自分の自己満足に終わらない人のためになるクリエーターになりたいと思う。
2005/8/7(日) 午前 10:37 [ しりうす ]
私の親戚にも広島の人がいますけど、被爆の影響ってまだなくなってないですよね。あんまりここでは書けませんが。広島は大好きな街ですけどね。
2005/8/10(水) 午後 10:31 [ オチャーミー・バッドヘンゲ ]
ぴろこさん、それが本当の発言ならば、その発言をなさった方は、ご自分は原爆だけでなく先の大戦についても何も関わりのないことだという認識でおられるのかなと寒くなります。ほんとに恐ろしいことです。
2005/8/11(木) 午前 0:55
しりうす、そうだね。一人の人間だって絶対に過ちを犯さず死ぬまで生きてくなんてことはあり得ないものね。試行錯誤しつつ前に進んでいるんだから、過ちの歴史を二度と繰り返さぬように努力しないといけないのだね。歴史の一部である自分もみんなも、先に生きている者から伝えるべきことを順々に受け継いで後に生まれる者へ引き渡していく何かしらの使命を負っているはずだと思うの。人間の心を受け継ぐ文化の担い手として、あなたはきっとその使命を果たすと信じてる。いつまでも応援しているからね!
2005/8/11(木) 午前 1:08
おちゃーみーさん、広島、私も好きな街です。被爆のこと、60年前にもう終わったことと認識してる人が今は多いのでしょうか・・・?子供の頃に何度か行って原爆の爪痕をこの目で見た時の気持ち、肌で感じて来たことは全然自分の中で終わっていません。そういう思いでもいいのなら、自分が伝えられることもたくさんあると思っています。
2005/8/11(木) 午前 1:17
「この星に、BORDERなんてない。」宇宙からのつぶやきを感じて生きていきたいです。この女の子の歌をもう二度と作らなくて済むように。気持ちを繋いでいこう。横と縦で。
2005/11/7(月) 午前 5:48
傷つけ合うためじゃなく出会ったって言い切れない世の中、それに、自分の心。それでも、支え合うため繋がるために出会えたんだと思えるように、幸せの毛布を気持ちを紡いで横糸と縦糸で織り上げて行くんだと願っていきたい。綺麗な花を咲かせたいです。
2005/11/7(月) 午後 8:56