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8月6日。 これまでに書いた原爆の記事です。 一昨年の記事にいただいたコメントへのお返事として こんなことを私は書きました。 手を下した側として、あまりの罪の意識の深さに
あれは仕方が無かった…と言わなければ正気を保っていられない人々がいること、 それも忘れちゃいけない戦争のもたらす傷の深さなんですね。 今年のヒロシマで、62年前被爆なさった方がインタビューに答えて 「心情的には原爆ドームなんかすぐにでも取り壊したい、でも、 壊してしまったら原爆の恐ろしさを伝える手段がなくなるから 残しておくんだよ」と、おっしゃってたのが印象的でした。 忘れてしまいたいけれど、あえてしっかりと目の前に置いておいて 忘却させないのだという強い意志を感じます。 自分がどちらの立場になるかけして分からないのが戦争だから どちらの側の気持ちもくんで、全人類として「繰り返さぬ」と 大きな声じゃなくても心の中ででも誓える人が たくさんいる世の中になるといいなと願います。 今もこの願いに変わりはありません。 ヒロシマの原爆死没者慰霊碑に刻まれた「繰り返しませぬから」は 過去と未来の全人類への誓いです。 戦争下においては何が正で何が悪かの基準が時の為政者によって操られ、 自分を守るため、家族を守るため、目の前の脅威から逃れるため、 今から観れば明らかに正しくないほうへ流されてしまうこと、 過去だけでなく、今もどこかで起こっている戦争の悲劇の中でも そういう事情があることがたとえ「事実」だとしても おかしてしまった過ちを二度と繰り返さないために あれは絶対に正しいことじゃなかったという「真実」は 手を下した側、被害を受けた側、双方ともがまっすぐにそれに向き合って これから先もずっと認め続けることが大切と思います。 そうでなければ、繰り返すことが正しいことになっていってしまいそうだから。 アメリカは少なくとも核に関して言えば オバマ氏が大統領になって良かったと将来を期待できる方向へ行ってるように見受けますが 年々、日本はぶっそうな方向へ行ってる気がしてなりません。 他の議案でゴタゴタしているうちに 憲法改正とかサラっと知らないうちにされてしまいそうなのがとても怖いのです。 戦争なんて、核兵器なんて無いのがいいに決まり切っているのに。
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