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under construction
Essey 2011-03とあるのは、それまでの文章は自分で保管し、消したの意味です。
それ以後の文章の管理が面倒くさかった。
はてなブログが落ち着いた印象なのでそちらに移行予定。

そこで消すべきものは消し、書き直すべきものは書き直すのがいいでしょうね。

小田原について

小田原厚木道路に荻窪インターチェンジが出来たのは昭和54年の事です。

小田原には旧華族の別荘は結構あり、それらが戦後に分割、分譲されて高級住宅になったりマンションになったりしていました。分割されても300坪以上ある家ばかりで恐ろしく大きい。絶対儲かってないはずなのに潰れないフレンチレストランとか。(今はさすがに潰れてますが)でもその隣が養鶏場だったりしてカオス。

板橋あたりに多いそこに行くのはちょっと面倒だったんですけれど、荻窪インターチェンジが出来たのでずいぶん交通の便が良くなりましたし、小田原駅にも行きやすくなりました。

騎士団長殺しの舞台が小田原と聞いたからには読まないわけにはいかないでしょう?

そうしたらいきなり小田原厚木道路登場ですよ。良く知る風景が出て来てすんなり読めます。文庫本についていたシールで懸賞応募しちゃいましたよ。まだ途中です。

勘について

私が経過を診ている患者の場合には膵臓がんについて勝手に心配するのは徒労であろうと思う。今までは上手くやってきた。逆に自分が検査をしようとしたところをいろいろな誘因で邪魔されて手遅れになった経験ならいくらでもある。年一回の定期的なエコーwwwなどで見つかる膵臓がんはない。前回のエコーが1ヶ月前であろうと、見ようと思ったときに見ることが重要だ。

膵臓がんをたまたま治る段階で見つけるには運が必要であるが、それは空腹時血糖が上がったなど、ささいな変化から超音波検査をしてみようか、と自分が思うことからはじまる。自分はそういう点では比較的強運に守られている。

膵臓というのは見るのが難しい臓器であるがゆえに、腕やモチベーションが大きく影響してしまう。したがって、「ここはきちんと見ておくべきかな?」と自ら思うことが重要で、患者から言われた、とか、CA19-9が上がってる、などの場合には「別の病院にかかってくれないかなあ、こちらには見逃したときの訴訟のデメリットしかないんだから」としか思えない。幸い訴えられたこともないし、膵臓がんがそんな理由から見つかったこともない。ひたすら自分の勘だけを信じてやっている。

乳がんについては患者の勘(不安)が結構当たるのとは対照的である。
胃癌は患者の勘(不安)が全く当たらない臓器であり、「絶好調」などとうそぶいてるおっさんを検査しておけば、いくらでも見つかる。

利き耳

利き腕、利き足があるのと同様にたぶん利き耳もあるんだろう。
僕の声は聞き取りづらいので、良く患者さんが「あんだって??」(志村けん風に)と耳を僕に向けるんだけれど、
例えば右耳を僕に向けるって事は右耳のほうが良く聞こえるんだろうな、と思い、
「右耳のほうがよく聞こえるのですか?」と問うと、
「いや、右耳が悪いんです」
「では左耳はよく聞こえるの?」
「ううん、左耳は使ってない」
と返ってきて、なんか納得した。

デパートの地下

最近は伊勢丹に行っても三越に行っても全国のお菓子が置いてある。
大工さんにお出しするお菓子を購入しようと思い、のぞいてみるとほとんど食べたことがないものばかりで目移りしてしまった。自分が食べるわけではないのに。

この季節は暑いので、冷たい萩の月は美味しいだろうと購入。
あとは梅のゼリー。
焼き芋みたいなんだけど白いんげんで出来ている東京のお菓子も買った。
大工さんがアレルギーがあるかどうか聞き忘れたため、原材料別にいろいろ買った。

豆かん食べたかったのに、昼の時点で売り切れ、残念。

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