毎日がサンデー

ヤフーブログも今年で終了とか?残念ですが、他のブログを選択中です。しばらくお付き合いくださいね!

海外旅行、中欧3都めぐり編

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

 6時45分〜モーニングコール
 7時30分〜荷物回収
 7時30分〜8時30分 朝食
 8時30分 ホテル出発
 ウィ―ンからブタペストまでは約330kmである。ドナウ川に沿ってスロバキアとの国境を走ることになるようである。途中でハンガリーカトリックの総本山エステルゴムとハンガリーの風光明媚なドナウベント地域のバロックの珠玉の街センテンドレを訪れ、ブタペストに入ることになる。
 今日の国境超えも先日のように簡単に無事通過できるといいが。

 出発して間もなく高速道路に上がり一路ハンガリーに向かう。30分位進むと広い田園地帯に出た。まさに北海道の風景である。パッチワークの丘が続く。

 途中に風車がたくさん並んで回っている場所があった。

イメージ 1

 どこの国も発電にいろいろ工夫していることがうかがえた。

 9時30分頃、オーストリアとハンガリーの国境に着いた。

イメージ 2

 ここでは、この前と違い、ゲートに入ると、二人の検察官がバスに乗り込んできて、一人ひとりのパスポートを出させ、それを見ながら顔と見比べて本人確認をしていた。

イメージ 3

 先日のチェコからオーストリアに入るときとは全く雰囲気が違い、緊張した。
 全員のパスポートの確認が済み、無事にゲートを通過することが出来た時はほっとした。陸続きの国では、昔から侵略されたり、いろんなことが起こってきて今の社会があるから、時には厳しく検問があるんだと感じた。我々島国で育ってきた者にとっては慣れないことなのでドキドキしたことは言うまでもない。
 これでやっとハンガリーへ入国である。午前9時35分、ハンガリー入国。

国境を越えたところでトイレタイムをとったが、トイレは1回につき60ホリント(約30円)、ミネラルウオーターは300ホリント(約150円)である。日本ではトイレでお金をとられるなんて考えられないことであるが、外国では今までの経験ではどこの国に行ってもチップというか、トイレの入り口に叔母さんがいて、お金を受け取って紙を渡す、そして初めてトイレを使用するのがほとんどであった。もちろん、ホテルに泊まってもチップ(枕銭)を置かないと、連泊する場合はひどいことになることが多い。トイレの紙がはずされていたり、部屋の掃除をしてくれなかったり、結構いろんなことがあったのである。
ちなみにハンガリーでのチップは200ホリント位だそうである。
ハンガリーから日本へはがきを出すときは切手を130ホリント分貼ると届くようである。

 そうこうしているうちにエステルゴム到着である。

ハンガリーカトリックの総本山エステルゴム

イメージ 4

 ここで昼食をとってからの見学になる。
 私たちは、オペラ座のチケットを手に入れることが出来ず、やむなく楽友協会の夜のコンサートを聴くことになった。

 午後7時30分開場、すでに大勢の人たちが集まっていた。

事前にチケットを渡されていたので、それぞれ、自分の席へ向かう。
ウィ―ンにはこのようなコンサートホールがたくさんあるようだ。毎日、いろんなコンサートがそれぞれの会場で開かれているようである。全くうらやましい限りである。

 昼に見学したオペラ座の当日券は簡単には手に入らないらしく、私たち旅行者はその日に希望を聞いてから手配するため、ほとんど手に入れることはできないようである。

 世界各国から、毎日のようにこのような音楽を聴くためにウィ―ンに出かけてくる人たちがいるんだということを改めて知ったのである。
 
 音楽の道を進む人はそれを目指して、わざわざ留学し、じかにそのような音楽に触れながら自分の腕を磨いているのである。私たちのように、旅行のついでに、ちょっとのぞいてみようなんて軽い気持ちで行くのとは違うのである。

 中の様子を少しでもと思い、写真を写したが、もちろんフラッシュをたいたりできないのでくらい中での撮影だが、雰囲気だけでも感じ取れるのではないだろうか。

イメージ 1

イメージ 2

 次の写真は、他の資料からお借りして掲載した、楽友協会の大ホールの写真です。

イメージ 3

 この旅行からすでに6年半の時が過ぎて、どんな曲を聴いたのかも忘れかけてしまったが、美しい楽器の音色・そしてオペラ歌手の歌声が今でも聞こえてくるようだ。

 コンサート会場の雰囲気だけは今でも忘れられない。このとき、アンコールを3曲やってくれた。演奏に酔い浸っていたが、帰りのことが気がかりで、4人揃って会場を出て、タクシーを拾った。ホテルの名前を言うと、慣れた運転手さんは、すぐに出発し15分くらいでホテルに着くことが出来た。3台くらいのタクシーがそろって同じホテルに到着した。

 翌日はウィ―ンに別れを告げて、いよいよ最後の訪問国ハンガリーのブタペストへ向けて出発である。荷造りをして早めに寝ることにした。
 昼食後、各自自由行動なので、同じ県から参加した方と二人でまずはじめに、オペラ座の中を見学しました。

 夜のオペラ座のチケットは手に入らなかったので、せめて建物だけでも見ておこうと、行ってみました。
オペラ座の見学は日本人は少ないせいか、日本語の案内の人がいなくて、イギリス人の団体さんについて英語の説明を聞きながら回りました。英語の説明は半分もわからず、指さす方向を見ながらついていきました。

イメージ 1

イメージ 2

 オペラ座の観覧席は6階まであって、中央部は吹き抜けになっていますが周囲はぐるりと観覧席になっております。このときは会場を見るだけでしたので、中がうす暗く写真もあまりはっきり写すことができませんでした。舞台裏の2階部分にも上がってみましたが、いろんな道具類が置かれていました。
今回は残念ながら会場見学だけで、実際の演奏が聴けず残念でした。それでも日中の見学者は結構混んでいました。

 次に美術史博物館を見学することにして出かけました。

美術史博物館の正面です。

イメージ 3

 ウィーンが大規模都市再開発を受けた1857年に、ハブスブルク家の膨大な美術収集品を収蔵するために建てられた美術館。ルネッサンス期から18世紀後半のロココ絵画までの収蔵品の充実ぶりは、ヨーロッパ有数だそうです。
 正面階段の途中にある彫刻

イメージ 4

 迫力があって圧倒されます。

 美術史博物館の見学を終えてから近くにあるモーツアルトの像のある王宮へ向かいました。

像の前で記念撮影、赤いト音記号の描かれた花壇を前にしてモーツアルトの大きな像が立っていました。

イメージ 5

 ほとんどの観光客はここで記念撮影をしているようです。もちろん私たちもしてきました。
 時間がだいぶ過ぎてきたのと、私の足が腫れてきて歩くのがつらくなってきたため、夜のコンサート鑑賞に向けて夕食をとることも必要なため二人でセルフのレストランでスパゲッテイと野菜サラダをたっぷりいただき、街をぶらつきながらコンサート会場の楽友協会へ向かいました。夜の7時30分開場なのでゆっくりあちこち見ながら会場へ行きました。

 会場に着いた時はあたりは真っ暗になっていてライトアップされた楽友協会がとても美しく浮き上がって見えました。

イメージ 6

ウィーン市内半日観光

 7時30分モーニングコールで起床。
 8時15分から朝食
 9時にホテルを出発し、ウィ―ン市内の半日観光である。
 最初に訪れたのは、シェーンブルン宮殿、ハブスブルク家の居城であったシェーンブルン宮殿は、長く波乱に満ちた歴史を秘め、オーストリアで最も重要な文化遺産の一つに数えられる。文化財保護指定された壮大なアンサンブルには、宮殿の他、隣接する建物、広大な庭園、庭園内の建築、泉水、さまざまな彫刻、動物園などが含まれている。
 1996年末には、世界最古の動物園も含めての施設がユネスコ世界文化遺産に指定された。シェーンブルン宮殿は、皇帝一家の夏の離宮でもある。

イメージ 1

 シェーンブルン宮殿の裏の庭園は素晴らしい。

イメージ 2

 時間があれば、向こうの丘の上まで行きたかったが、時間的に無理で、こちらから眺めるだけであった。ゆっくり一日がかりでいたい場所である。
庭園の一角には、このような彫刻を施した泉水もあり、まだまだ見たい場所があったが、ほんの一部分しか見ることが出来なかったのは残念である。

イメージ 3

 シェーンブルン宮殿から、市立公園に移動、そこにはヨハンシュトラウスの像があった。

イメージ 4

綺麗な花壇に囲まれて、ヨハンシュトラウスがバイオリンを演奏している金色の像である。

 市立公園から市内に入り、バスの車窓から国立歌劇場(オペラ座)・ホ―フブルク(640年にわたる王家の居城)・美術史博物館を見学し、昼食になった。
 今日の昼食は、ウィンナー・シュニッツェル(仔牛のカツレツ)である。

イメージ 5

仔牛のカツレツ・やはりジャガイモが付いていた。肉が多く、野菜不足になりそうである。

 昼食後、午後からは、自由行動、夜のコンサートはオプションで参加することにした。
オペラ座の公演はチケットが取れず、楽友協会でのコンサートを聴くことになった。
 またまた久しく休んでしまいましたが、3都巡りの再開をしましょう。

 チェコから国境を越えてウィ―ンに向けて現地時間で午後2時20分出発です。

ウィ―ンまでは4時間くらいかかるという。無事についてくれることを願って、バスに乗り込む。

イメージ 1

 草原地帯が続く、午後3時15分頃国境に到着。
チェコ側とオーストリア側の間には店があり、換金所もある。そこでチェコのお金コルナを使い切ってしまう。

 国境の検問は何もチェックもなく無事に通過する。みんなほっとしてバスに乗り込む。

 ドナウ川に沿って一路ウィーンに向かってバスは走る。6時頃にはウィーンについて夕食である。バスは順調に走り続ける。やがて、高速道に入り、いよいよウィーンである。

 ところが、市街に入ってからが大変であった。一方通行は多いし、ホテルの位置がわからない。(ちなみにこのバスの運転手はチェコの人)ウィーンの街に慣れていないのか、大型バスがとんでもない小道に入ってしまい進んでいくとそこは行き止まり、あたりはだんだん暗くなるし、運転手もガイドさんもどこかに電話で連絡をとっているが、バスの現在地がつかめないらしい。ウィーンの街を行ったり来たり、添乗員さんも携帯で連絡をとるが、なかなかホテルへの道がわからない。、止む負えず、再び大通りへ出る。こうしているうちに時間はどんどん過ぎていく。ホテルには別のバスが待っていて、そのバスで今日の夕食会場ホイリゲ(ワイン酒場)へ6時30分に行くことになっている。
時計はすでに7時30分を過ぎている。みんなやきもきしてきた。バスの中の雰囲気もおかしくなってきた。我慢も1時間が限界である。と思った時、ホテルが見えてきた。住宅街にある、まさに名前の通りのアパートメントホテルである。
 バスが到着するや、待っていた向こうのバスの運転手が怒って出てきた。我々は、荷物の移動を乗ってきたバスの運転手さんに任せて次のバスへ乗り換えてすぐ夕食会場へ出発である。バスの運転手はものすごく機嫌が悪い。添乗員さんに向かって怒っているのが言葉はわからないが態度ですぐわかった。添乗員さんのせいでないのに、本当に気の毒であった。
 8時過ぎて、ようやく夕食にありつけたのである。
 昔の酒蔵をそのまま利用したレンガのドーム型のトンネル風居酒屋である。さすがウィ―ン、楽器の演奏が素晴らしい。
イメージ 2

 もちろん、ワインやビールがたくさん飲まれていたことは当然である。
私は相変わらず、ジュースで乾杯である。ア―飲めるようになりたいな―。

イメージ 3

 みんな疲れ切った表情、本当にお疲れさまでした。3日目の夜はふけていきます。
 プラハからウィ―ンまでの距離は558kmでした。

 今夜はお酒を飲んで、音楽を聴いて気持ちを落ち着かせてゆっくり寝ることにしましょう。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事