生きる希望、派遣村がくれた…失業・自殺未遂から再起誓う職や住居を失った人たちが身を寄せる東京・日比谷公園の「年越し派遣村」には、3日も新たに入村する人たちが相次いだ。 入村者の中に、生きることに絶望し、元日に自殺を図るまで追いつめられた男性(46)がいた。家庭崩壊、長年のネットカフェ生活、そして失職。男性は、偶然知った「派遣村」で励まされ、「もう一度生きてみよう」と自分に言い聞かせていた−−。 「もう仕事はない」。日雇い派遣労働者だった男性が派遣元の担当者から告げられたのは、昨年末のクリスマスイブだった。約7年間続けた製本の仕事は日当6840円。週5日働いてきたが、泊まり続けたネットカフェは1日1000円以上かかった。大みそかの朝、所持金は200円になっていた。「もう死ぬしかない」。あてもなく歩き始めた。 男性は、北海道釧路市出身。19歳で上京し、不動産会社の従業員だった27歳の時に結婚した。その後、タクシー運転手に。待望の長男を授かってからは、率先して炊事や洗濯、子守を手伝う良き父だった。 しかし、タクシーの仕事は減り、それに伴い夫婦仲も悪くなり、8年前に離婚した。空虚感から仕事が手につかなくなった。離婚から2年後、アパートを夜逃げ同然で飛び出し、ネットカフェなどで暮らしていた。 今年元日。イヤホンでラジオを聞きながら歩き続けた男性は、午後5時ごろ、羽田空港近くの木の生い茂った歩道にたどりついた。上京後、初めてデートした公園のそばだった。高い木を選んで枝にベルトをくくりつけ、自分の首に巻き付けた。 だが、ベルトのバックルが壊れ、一命を取り留めた。放心状態で聞いていたラジオから「派遣村」を紹介するリポーターの声が聞こえた。 「派遣村にどんどん人が集まっています。今、さまよっている人でも、ここに来ればなんとかなるかもしれません」 日比谷公園をめざして歩き始め、夜10時頃、公園に着いた。ボランティアの女性からおにぎりと温かいお茶を手渡されると、涙がこみ上げてきた。 同村で弁護士に住民票を持っていないことを明かすと、「そういう人を守るのが法律です。ともにがんばりましょう」と励まされた。 男性は派遣村が終了する5日、生活保護を申請する。「多くの人の温かさに触れた。もう一度、頑張ってみます」。そう誓った。【転載元】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090103-00000049-yom-soci ↑「派遣村」をめぐって、こんな記事を発見。マスコミも協力し記者も努力している。そもそも、NHK「フリーター漂流」や「ワーキングプア」といった番組から、一般世間はこの種の問題を広く認識し始めたのではなかろうか。 またAMLでは、AML 23073資本主義を見つめ直そう、Re:AML 23062この際という投稿を発見。だが、「困った時はお互い様」精神で気楽にかかわればよいしw、逆に「文句があるなら現場に行ってから言え」というのが活動原則だ。 ぜんぜん話が変わるがw、現在の社会運動園において、「阪神・淡路大震災世代」という階層が存在するのをご存知だろうか。当時、ボランティアとして全国から被災地へ入った大学生たちが、現在の社会運動圏でも確実に残っている。「派遣村」はそれとは性質も規模も期間も異なるが、主催者が予期しない波及効果をもたらすかも知れない。
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明日5日はたくさんのボランティアスタッフが必要なようです。http://blogs.yahoo.co.jp/tocka_jikkoi/58179656.html#58182296
私も仕事を早く上がれて行けそうなら行こうと思います。一応生活保護申請の実務経験があるので参考資料をもっていき何かと手伝えたらなあと思うのですが、夕方いっても役に立つのだろうか。とりあえずやることはたくさんあるでしょう。
心身が元気で時間のある方はぜひ駆けつけてくださいね。しんどい方は無理しないで。派遣村でなくても普段からできることはたくさんありますから。自分ができる時にできる範囲で助け合えばいいのです。
2009/1/4(日) 午後 9:19
自分が出来ること少しでも捜してみよう。
2009/1/4(日) 午後 9:42
おぅ!
2009/1/4(日) 午後 9:52
lotusさん、ありがとうございます。よろしくお願いします。わが村にも、派遣切りでもう少しでホームレスという人がやってきました。ブログには書いていませんが、12月8日のことでした。私が空家を紹介しそこにすむことになりました。まだまだたくさんの人が困っていますね。こんな無茶なことを世界に誇るという大企業がやるのですから、日本の経済も相当いびつです。それにしても、当面少しでも支えていく活動は貴重です。
2009/1/4(日) 午後 10:01
みやきんさん。了解しました。
弥富にも生活に困窮した方がいらしたのですね。そちらはずいぶん寒いですから路上生活していては凍死してしまいます。空家を紹介なさって住居は確保ですね。ほんとうに良かったです。
いつから会社は株主のもんになってしまったのでしょうね。変化は明らかだそうです。正月に、某多国籍大企業に30数年勤めて早期退職させられた62歳の人とこういう話をたくさんしました。いびつな経済にどのように立ち向っていけばいいのかTOCKAさんやみやきんさんたちのご意見を拝読して考えていきたいと思います。
そうですね、何もしなければゼロです。少しでも何かをしていくことが重要です。その少しの支えが生きていくきっかけになる人もたくさんいるでしょう。それに当面支えていく活動から恒常的な活動へつながっていく可能性もあります。支援される側も支援する側も得ることはたくさんあると思います。
2009/1/4(日) 午後 10:17
*お知らせ*
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090104-00000054-mai-soci
移動先が決まったようです。午前中には動くようですね。明日ボランティアに向かう人間は現場に連絡してどう動いたら良いか確認要です。
2009/1/5(月) 午前 0:19
マスコミもあれだけ報道してるんで多くの人が集まるでしょうねぇ〜
ボランティアかぁ…似たようなことはしてたけど40になって引退しちゃったよww
2009/1/5(月) 午後 2:27
先ほど事務局に
して確認したところ本日の作業はもうないそうです
取り急ぎ。
2009/1/5(月) 午後 4:52
私の知り合いも、何人か派遣村にボランティアで行ったようです。
今回の行動では、厚労省の行動を開けさせたのはとても大きいと思います。
でも、移動先が決まったからと言ってこれで終わりじゃない。彼らにどうやって仕事をあげるのかを考えるのが、厚労省の仕事。しっかり対策を立ててほしいと思います。
2009/1/5(月) 午後 7:20
かずさん。・・・フツーのメディアの力はでかいとつくづく思います。今回の派遣村が残した大きなものひとつはふだんから問題意識があり何かしら考えたり行動したりしている層以外にもそうする機会を提供したことではないかと思います。
かずさんは活動していて引退なさったのですか。活動は仕事や家族の時間以外にせざるを得ませんから、いつでも精力的に活動するのは難しいものがあると思います。
2009/1/5(月) 午後 11:50
かしう。さんのお知り合いの方々もおつかれさまでした。
厚労省が動いたのも派遣村実行委員会が交渉を続けてきたからなのですよね。
とりあえず(元)村民の皆さんの求職や生活の支援はハローワークと千代田区の福祉事務所などがすることになっているようですが、厚労省には、根本的な社会の見直しに向けて仕事をしてほしいと思います。
2009/1/5(月) 午後 11:58
「生きる希望」言葉の重み感じ間ますね。。記事を、読ませて頂きました。
主人が、少し前に話してたのですが…今、定額給付金(2兆円予算)
の話題が、有りますが…先に派遣労働者の方の突然職を失った方々の
援助(問題)や介護問題などに使われるのが望ましいと話してて
(今日のニュースで、民主党の菅さんが代表質問で同じ事を話してたようなぁ?)
給付金は、全ての方で無く希望者のみで検討して、受け取らない方の給付金は、
突然解雇の問題及び介護問題にお金が流れる方へと勝手ながら思うのですが(+_+)
我が家も生活は、裕福では無いけど給付金は、受け取らず自動的に
上の記事の方々の問題に使って頂けれる事を、望みます。
この様な社会情勢が早期解決を願ってます。。
(2兆円の使い道にいろいろ考えている自分がいました。)
生きる希望を、もう一度。。
2009/1/8(木) 午後 10:57 [ natu ]
なつさんコメントありがとうございます。
経済の専門家でないので定額給付金がどれだけの経済効果を生むのかよくわかりませんが、素人感覚では無駄なような気がしますなぁ。だって景気対策といっても一時的ですよね。
ご主人が仰るように、2兆円もの大金があれば結構なことができるのだし、そのほかの用途をもっと議論すべきだと私も思います。
こんな社会にしてしまった責任は我々社会の構成員にあります。みんなで変えていきましょう。絶望で死に至る人などひとりもいなくなる社会にむけて。
2009/1/9(金) 午後 2:11