大阪 ルイブラン

シェフのちょっとおしゃべり

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                        シェフは舞い、鴨は飛ぶ。

1991年まだ2つ星だったころのアルページュ。
すべてがギリギリのところで勝負していた。
朝の仕込みの始まりから、もう時間的にギリ。
やり直しなど無い。できない人は 「AU REVOIR」 サ ヨ ウ ナ ラ・・・・
しんどいお店でした。

毎日が超真剣で、体力もさることながら、精神的にもしんどかった。
みんなあまりしゃべらないお店だったように記憶しています。まったくしゃべらないわけでもないが、
あまり笑顔の記憶がない・・・

真面目だからこそぶつかり、真面目だからこそ尊敬しあえ、真面目だからこそ許せず、
真面目だからこそ分かりあえる。なんか青臭い青春ドラマのようですが、今思うとそんな感じです。




      
                            そして、

                           
                           
                        鴨は飛ぶ  焼かれても・・・・・

                生きた鴨を焼くわけではありません、ご心配なく。

                        2種類の鴨料理があった。

1つはガチガチに火を入れるスペシャリテ。CANARD LOUISE PASSARD
もう一つは焼き汁と血でソースを仕上げる、クラッシック料理のド定番 CANARD AU SANG
このCANARD AU SANGで事件がおきました。

しかし、この事件の数分前に地下のパティスリーでも事件が起こるのです。

                        なにせ、みんな真剣ですから・・・

関係ありませんが、僕は新しくフランス語を覚えるとき、いつも、何度も何度も声に出して覚えていました。
そうやって音を自分のものにしていきました。フレーズごと丸暗記してました。

で。。。

「C’est pas ma faute !      C'est a vous !!!!」
「私が間違ったんじゃない!!!!! あなたたちの間違いでしょ!!!!!!!!」

びっくりするほどのボリュームの怒鳴り声、地下のパティシエの女性です。

おかげで、このフレーズ、一発で覚えました。
繰り返し声に出す必要はありませんでした。
ある意味感謝です。
そんなこと、ゆうてる場合ちゃう。
なんかあったんや、でもなにをゆうてるかわからん!
フランス語が早い! 言葉というか・・音や。 大きな音や。全然わからん・・・

めっちゃ怒ってます。

下におらんでよかった。。。

ちょっと静かになった・・・

ガッチャ〜ン !!!

何か、確実にヤバイ感じ。
ボウルかバットが崩れ去った音である。

下におらんでよかった〜

もうお手上げである。
地上で彼女と戦っていた数人とシェフはそのけんまくに圧倒され、声が小さい・・・
おそらく彼女が正しいのであろう。ところどころ聞き取れるフランス語から察せる。

「J'en ai marr!」  うんざりだわ!

これが、僕が最後に聞いた彼女の声である。
シェフと数人があきれて、途方に暮れた・・・

二度と戻っては来なかった・・・バイバイ・・・・・・・・名前忘れた・・・

そして、シェフは白鳥の湖のようにくるくる舞った。。興奮を抑えきれずくるくる舞った。

気の毒な気がしたが、詳細がわからないので、感情がわかない。
俺は外人やから、息をひそめていることにした。
皆、色々と推測と提案をしているようである、
ここには入らないでおこう、
案の定、誰もおれには何も言ってこなかった。
まあしゃあない。このシチュエーションで完璧にしゃべる自信は全くない。
流そう。
今は営業中である。
とにかく事は収まった様だ。・・・・・ 



あっ!  
鴨・・・・・!



俺  「フィリップ!  鴨・・・!」

フィリップ 「あっ」

俺 「・・・・・」

フィリップ「大丈夫いける!」

俺 「ほんと?  じゃあいこう!」

フィリップ 「いこう!」

45分ほどかける低温料理・・・時間は・・・ない
フィリップを信じた。
失敗などありえない。

しかし僕もフィリップも若かった・・・

もちろんそんなもん関係ない。年齢など全く関係ない

このくらいの料理は出来るはず。


料理が仕上げられ、ホールへと消えていった。

丸ごと出してホールでさばいて、その焼き汁と血で仕上げる・・・しかし・

                 心もとない。 
                 浮き足立つ。




              さっきの鴨が飛んできた!!!

と、いうかトレーごと投げつけられた。

真っ赤な顔をしたシェフが怒っている。

こういう時は一歩前へ出て、黙って全部受けとめる。
言い訳はしない。俺は侍になる。
しかしフィリップは違った、「ちっ!」と、少しふてくされた。

「いやなら出ていけ!」 
シェフがどなった。
そりゃそうだ・・・
感心している場合ではない。

俺も共犯である。

短縮バージョンでやりなおした。
残念だった。いろんなことを受け止めなければならない夜となった。



数か月後僕はまた別の店に移りました。
そして改装したアルページュを訪ねました。
セコンドのオリビエが迎えてくれた。


フィリップの姿は無かった。



この後アルページュは3つ星となります。
世界的なお店となりました。
押しも押されぬスターシェフとなったM, ALAIN PASSARD

もう会うことは無いだろうフィリップもきっと喜んでいるだろう。
俺だって嬉しいんだから。

大げさに言うとおなじ釜の飯を食った戦友。
だれかに頼ることのできない海外での修行で、
同じ辛さを味わった、隣にいたフランス人。
彼らの苦労もまた、日本で修行していたときの苦労と似ているんだろうな・・・
どんな国でも一緒なんだ。
ほんと、ここで僕は一回り強くなった。ような気がします。

アルページュを去る夜、
更衣室でオリビエが、「アツヤ、厨房に忘れ物があるぞ」と言ってきた。
さて?忘れもの?
なんかあったかな。なんやろ思いつかん。

とりあえず着替えて厨房に戻ると厨房スタッフ用の、紙の帽子が1つ置いてあった。
ん? 帽子忘れたかな。

ん?とよく見ると、
真新しいその帽子に
みんなが寄せ書きをしていてくれた。

うれしかった。本当にうれしかった。
大事に持って帰ったのを今でも鮮明に覚えています。
ありがとう。 あの時のアルページュのみなさん。

最後のサービスの後、
皆で、笑顔で記念写真を撮った。
肩を組んで、ラインダンスみたいに片足上げて写真を撮りました。


宝物満載のレストランでした。





余談・・・
僕がいたとき、前菜のポジションに入ってきた新人アラン。
現在の東京恵比寿のジョエルロブションのシェフです。




























この記事に

そうとう長い間ほったらかしにしてしまった、このブログ。
こんなブログでも見てくれている方がいるんだなーって思いまして・・・・・


パリ8区にアルページュと言う3星レストランがあります。1990年(もうずいぶん古い話です)僕はここで働いていました、当時はまだ2つ星でしたが、本当に忙しいお店でした。毎日満席でした。

いろんな意味で僕はここで変わったと思います、進歩したように思います。
もっとも影響を受けたレストランかもしれません。

厨房の広さは5坪弱くらい、僕のいたポジションには3人の料理人がならんでいて、3人ともが両手を伸ばせない位の狭さ、対面にも同じく3人。さらにセコンドシェフの計7人。世界屈指の人口密度を誇っていた厨房だと思います。
さらに地下にパティスリー部門があり、同じくらいの広さに3〜4人と、ちょっとした物置と1坪ほどの冷蔵室、
ここもなかなかの人口密度だったように記憶してます。
一人に与えられたスペースは1m四方有るか無いか、台下の冷蔵庫は扉1枚分だけ、
これで毎回約30〜40名のサービスをこなします。

日はこの極狭キッチンから次々と作り出される、珠玉の料理の楽しくて大変な物語・・・・・・

「Ca marche 2couverts! 2homard、2agneau cistron」
さあいよいよ始まります、まず最初のオーダーは2名様、オマール海老2人前、仔羊2人前
「Ca marche 4couverts. 2homard、2langoustine pour suivre 4canard !」
「Suite 2 couvert 2terrine,2soup d'asperge 2pigeonneaux」
ここで8名。フランス料理もうエンジン全開でございます。複雑丁寧な料理のオーダーが30分位の間に40名ほど、一気に押し寄せてきます。

ひとつの料理を例にあげて、説明致しましょう。
オマール海老のサラダ 蜂蜜のビネグレット ローズマリー風味と言う前菜。

営業前にクールブイヨンと言う魚介類をゆがくたっぷりの液体が仕込まれ、すでに沸騰した状態で火にかけられています。オーダーを読み終わる前にもうオマール海老は鍋の中!タイマーがかけられ振り返りすぐに蕪を極薄に17〜20枚スライス、すぐに湯通しして氷水の中に、すぐに水から引き上げ1枚1枚タオルに広げてお皿に移す。ローズマリーを刻み仕込んでおいた蜂蜜のビネグレット人数分に入れ蕪にうすくかけて、おいておく。ここまで3分以上かかればアウト!です。その他のオーダーに取りかかり
10分後タイマーがなる、オマールを取り出しまな板の上へ、ここから殻をむき固い爪を割り、身をだして
カットして器の中心に美しくならべて蕪をかぶせて、ソースをかけてローズマリーとアサツキをふりかけ
コショウを薄くかけて、ゲランドの塩をかけて出来上がり、シンプルイズベストな前菜のできあがり。
オマール海老の身と爪を取り出すのは、経験が無ければ爪は出せません。普通の料理人でもきれいに崩さずに取り出すのに、上手な人で1分、新人なら5〜6分の仕事。ここアルページュでは、冗談でもなく誇張もまく、
約10秒です。20秒かかれば遅いな〜って感じ。僕のなかで幾つかある「これぞアルページュ!」の1つです。

この様な動きでさまざまな料理が作りだされます、ここの仕事は Cuisine a la minute
すまわち作り置きのない料理のオンパレード。スピード・タイミング・正確さ。3つを全て兼ね備えていないと話になりません。これにはいささか自信のあった僕ですが、ここでさらにブラッシュアップされました。
Vol8で書いた友人のジョンマリーの言葉を思い出します。それはトゥールダルジャンのこと、彼はこう言っていました「ここではハーブの葉っぱ1枚ちぎって用意する事を忘れたら、もうだめだ間にあわない」

今、こういった感覚で料理に取り組もうとすると、いろんなことが時代に合わなくなっているんだなと、感じることがあります。

今の良さと25年前の良さをうまく調和させないと・・・・・

次回はこの3時間程のサービス中におこった、笑えないけど笑っちゃうエピソードを・・・












この記事に

   
     Ravioli Magic! 「ラビオリ・マジック!」   のお話・・・・・
マノワール・ドゥ・パリのシェフは当時まだ40歳いかないくらいだったと思います。とても気さくな人で、
まかないの時は、いつもいろんな話をしてくれました。
 
ラビオリ・マジック・・・これはある夏の夕暮れ・・・まかない中のシェフのお話です。
 
「いろんなシェフの下で働いたよ、ニースにいたとき、ラビオリマジックっ言うのがあったんだ」
こう言われて、興味のわかない料理人はいないでしょう。 料理人でなくとも・・・
 
ここで皆さんにラビオリについて少し説明をさせていただきます、
すなわち、水餃子と思っていただいて問題ありません。
洋風の水餃子で、生地はだいたいが自家製の手打ちパスタ、濃厚なソースがかかったり
スープの中に浮かんでいたり、ようするに中身は様々で、中から何が出てくるのか楽しみな
お料理なのです。
 
「皿の中央にファルス(詰め物)を置くんだ、そしてその上からそっとラビオリの生地を被せる」
「見た目はラビオリが盛り付けてある様に見えるだろ」
「クロッシュをかぶせてサービスするんだ」
*クロッシュ(保温用の丸い帽子の様なもので、料理の乗ったお皿にかぶせて、テーブルまで運び
         客の目の前でそっとはずすと、いい香りと美しいお料理が現れるというもの)
 
話は続くのですが、
この時点でだいたいの料理人は
「もおええわ」と思うでしょう。
 
でも話は続くのです。
 
 
「お客様の前で熱々のスープを注ぐんだ」
 
「あっ!ラビオリマジック」
「ラビオリだと思ったら具沢山のスープなんだ!」
 
・・・・・・・・・・
 
もおええわ。
 
 
 
 
 
 

この記事に

彼の名は、ジョン・マリー。僕の友人であり、心から尊敬できる料理人である。
でも、やっぱりそこは料理人、存分に難クセはございますが・・・。
 
さてさて、話はマノワール・ドゥ・パリと言う、当時1つ星レストランでのことであります。
 
忘れもしません。夏の朝でした、いつも来るカギ係りが来ません。パティシエと僕と二人待つこと約5分・・・
人通りのまだ少ない、その道の向こうの方から、こちらに向かって歩いてくる見知らぬ人、何故か肩にジャンパーの様な服をひっかけ、まっすぐこちらに向かってくる。 
彼か・・・?
パティシエと目を合わす・・・
 
その1週間ほど前でした、スーシェフ(厨房でシェフの次に偉い人)が辞めると聞かされたのは。
そして、後に来る新しいスーシェフは地方のなんとか言う(名前忘れました)、2つ星レストランでギィ・マルタンと
供に働いて、トゥールダルジャン(超有名3つ星グランメゾン)にいたらしいと・・・ふ〜ん。   
ちなみにギィ・マルタンとは現3つ星の有名シェフ。 
 
やはりこの人でした、カギが無く、中に入れない我々の前に笑顔で立ち止まり、ボンジュ〜ル。
我々もボンジュ〜ル。自己紹介がほどなく終わった頃、やっと遅刻者登場。
 
その店の更衣室は、厨房を通りぬけて地下にあります。僕らはその新しいスーシェフとともに地下へ・・・
そして、さっさと着替えてまた厨房に戻るわけですが、
この時僕は衝撃的な、予期せぬ事柄に遭遇するのです。何度か過去にあったような、でもはっきりとした、
考えや言葉など、当然用意されているはずも無く。
 
しかもフランス語やし。
 
このころだいぶ言葉もしゃべれるようになり、厨房で働く分には言葉に対する不安はもうほとんどありませんでしたが、しかし、この瞬間に僕ができたこと、それは、なんとも言えない奇妙な笑顔だけ。だったと思います。
 
ジャンパーを外したその
 
手が、、、 いや、肘から先が 
  
 
無いのです。
 
 
 
 
どうして今回このことを書こうと思ったのか。それは、この後に・・・感じていただければ。
 
逃げる様に、だったのかも知れません、ジャポネ(日本人)だから、うまくしゃべれないんだ、と言うことにしてしまえ。 おそらくこんな感じだったでしょう。平生を装っていたのだと思います。
 
しかしながら現実仕込み開始で忙しい、いつもの様にエンジン全開。
しばらくして、シェフが来る、みんな元気にボンジュ〜ル!
 
シェフと新しいスーシェフがなんかしゃべってる、俺には関係ない・・・と。
さてさてトマトの湯むきのお湯かけながら、ラビオリ延ばして、あれしてこれして、時間との戦い。おもろいおもろい・・・
と、一人マイモードでいましたら。
「ATSUYA!」とシェフに呼ばれた、何やと思い「ウイ、シェフ」と返事する、
新スーシェフを指さし「アベック トワ」 (君といっしょに)ときたもんだ!!!
おっと マジか。 よっしゃ、なんぼでもこんかい!
完全なる強がりモード。
 
でも、彼ジョン・マリーは生まれたときからそうなので、初対面のジャポネの心の内はとっくに見抜いていました。
「なんでも出来るから、遠慮せずなんでも言ってくれ」、めちゃくちゃ構えてしまっていた僕はこの最初の一言で見事に目が覚め、そして僕の方が救われたのです。
そう、さっきの更衣室の衝撃以来、僕は完全に飛んでしまっていたのです。それを彼は、冷静にさらっと、元にもどしてくれたのです。僕は用意できていなかったけど、ジョン・マリーは、用意どころか、普通にあしらったのです。
後々。、思えば思うほど、大きいやつやな〜  なんて思いだします。
 
いろんなことが有りました、けっこう仲良くて、休みの日に、かのトゥールダルジャン見物につれていってもらったこともありました。、夕方のアイドルタイムにお邪魔したのでほぼ人はいませんでしたが、かえってそのおかげでやりたいほうだい、見放題。驚愕のワインセラー、信じられない鴨の量。鴨が向こうの方までぶらさがっている巨大冷蔵室、しかも鴨だけ・・・いったい何羽・・・そんなんええわ・・・
思ったより狭い厨房、古い古いレストランのいぶし銀のような、磨き上げられた厨房。   鳥肌・・・
 
彼の優しさと強さ、信じられないが魚もおろすし玉葱もみじん切りにする。でもやはりハンディはハンディ。できない事もある。そのことで3番手と、しばしばぶつかる。それは仕方ないのかな。
ちなにみその3番手、僕は以前違う店で一緒でした。その軍隊みたいな規律&ダスキンか?みたいにピッカピッカに掃除しまくる厨房についてこれなかったヤツ! です。
 
きりのない思い出話の最後に、弱音など一度も言わない、いいわけさえもしない、出来ないことも、出来ることもいつも堂々としていたジョン・マリーが僕に1度だけ、弱い所を見せた、いや見せてくれた。
 
たぶん後にも先にもこの一回きりだったと思う、彼のその腕について話したのは。
肘の先に小さな親指と小さな人差し指しかない、その腕を見て、ジョン・マリーは包丁を止めて僕にこう言いました。
笑顔で。
 
俺は何でも出来るし、困っちゃ居ない、でも一つだけ運が悪いことがある、それは俺には
腕がないことだ。
 
「J’ai pas la chance」(運がわるい)
 
僕はこの一言を絶対に忘れない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この記事に

笑えるはなし・・・を書いてみようと思います。
 
「あっ!」と言うことがありますよね。
 
日本人の場合、驚いたとか、何か思い出したとか、
なんとなくそんな感じですよね、
フランス人の場合、どうだ!とか、あれれー?という感じです。まあ語弊はありますが・・・
 
さてさて、ちょいちょい現れる少し変わった人物(料理人)のお話。
基本的にですがフランス人の感性と日本人の感性は当然違います。
アメリカンジョークのツボが日本人のそれに合わないのと同じように・・・・・
 
お店の名は「フォジュロン」、場所は、ruedelongchamp,
あの有名なジョエルロブションと同じ通り、最寄りの駅はトロカデロ。
パリ市内きっての高級住宅地。当時ミシュラン2つ星。
このお店のシェフ(といっても実際のオーナーシェフは別にいて、テレビによく出ている有名人だ
そうです。この方を僕は厨房で見かけたことは一度もありません、と言うかほとんどいません、裏方には・・・)
は、とっても温厚な大きな人で、とても仕事はしやすかったです。    が・・・・・
やや感性に疑問が・・・あれは感性というより・・・・・・うそ?
 
とんでもないことがありました。もう一人いた日本人と僕の二人だけが凍りつくような、
でも周りの大勢のフランス人は何事も無いような。
 
突然でした。
「アツヤ!」(私の名前、ちなみにツはチュにきこえます)。
「ビヤンヴォアー」(ちょと来て!)
何事か・・・・・・・・・?
 
なんか黒い物体がまな板の上に。
フランス人達が集まってくる。
 見えなくなる。
 でも呼ばれている。
何でや?なんで俺や?
 
見えた  トリュフ? 違う
 
ん、えっ!
 
もう一人の日本人と目をあわす。
 
ひじき?
「H I J I K I 」とシェフが自慢げに言う、ただしフランス語の最初のH は発音しないので
「イジキ」となります。周りのフレンチ達は興味心身、二人のジャパニーズは困惑。
なぜならそのひじき生です。なんにもしてない生です。もうだいたいどうなるか想像はつきます、
だってフランス人だもの。
 
ひじきって確かお出汁とか醤油とかで味付けしないと、そんなに味のするものでは無かった。
瞬間的に僕はそう思いました。でもこの人がそんなことするはず無い、絶対無い。
瞬間的にそうも思いました。
 
マッシュポテトが出てきました、ゆがいて、裏ごして、塩とバターで味付けしたシンプルな・・・
これに香り高いトリュフのみじん切りを入れるのは、フランス料理のテッパン。
でもこれはひじき・・・しかし・・・色は似てる・・・まさか。
 
みじん切りにし始めました、フレンチ達注目・真剣なるまなざし、二人のジャパニーズ困惑。
マッシュポテトに入れました、当然ひじきの色で変な色に成りました。
さあ、どうする!
 
蒸し器を持ってこさせる、
 
ここからです、このシェフのすごいところ。
 
まず、バットにアルミホイルで四角の枠をつくる、これがすばやい!
次に、変な色のマッシュポテトを四角の内側に流し入れる。そしてここがポイント・・必要以上にデリケートに、まるで高級トリュフを扱う様に流し入れる。
ラップをかけて、蒸し器の中に。
無言・・・腕組み・・・超真剣なまなざし・・・
フレンチ達 大注目。
 
数分経過・・・
 
ところで皆さん、芋に生のひじきを、刻んで入れて、なんか成りますか?
ぜったいなんにもなりませんよね!ただ熱くなるだけですよね!
僕は心の中でそう思っていました。しかし!
彼の感性は、もはやそこではなかったんです。もうすでにシェフの頭の中は味ではなかっんです。
バターのたっぷり入ったマッシュポテトを蒸してしまったんです。これだけ蒸すと当然バターは
分離して芋の水分が流れ出す、そう!中身はユルユルである!
ほぼ全員そのことは気がかりだったはず。
 
シェフの頭の中はこの窮地をどう乗り切るか・・・だったのです。
 
フィナーレを迎える。 いや迎えざるを得ない。
 
だって10数人の料理人が輪になっているんですもの、
シェフとひじきを囲んで。
 
すごかった・・・ほんとうに見事でした。
 
蒸し器からそっと出した、ヒジキ入りマッシュポテトの乗ったバット
どうすんねやろ・・・と
思った次の瞬間!
ものすごいスピードでヘラをヒジキ芋の下にすべり入れたんです。すごかった。
一瞬の出来事でした。見事さに全員があっけにとたれた、またその瞬間!
なんとそれを、これまた、ものすごいスピードでヘラごとお皿の中央に! 型崩れなし! すごい! 慣れた手つきだ! しかしまだヘラの上だ!
と、全員が感心して、すごい、と思った次の瞬間
 
「アッ」!
と、久々に聞くシェフの肉声。
 
ヘラを抜き去りました。
 
「どうだ」と言わんばかりの顔つき・・・
 
そしてもう終わりだよと言わんばかりに、
いつもの顔つきに戻り、ふつうモード。
さっとアルミホイルをはずす、こんどは無造作に。
そして、ふつうにスプーンをとり、一口。
そして「ふんふん」と納得顔
 
みんな、どうしたらええねん、といった感じ。
 
さらに二口目
さらに納得顔でそばにいたやつになんか喋ってる。
そのまま違うことをし始めるので、いたしかたなく解散モード。。。
 
しかーし! 
 
だまされへんぞ!
 
ぜったい、まずいやろ!
味ないやろ!
 
 
その証拠に、
 
その証拠に、
 
お前一人で、全部食うてもーたやんけー!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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