大阪 ルイブラン

シェフのちょっとおしゃべり

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彼の名は、ジョン・マリー。僕の友人であり、心から尊敬できる料理人である。
でも、やっぱりそこは料理人、存分に難クセはございますが・・・。
 
さてさて、話はマノワール・ドゥ・パリと言う、当時1つ星レストランでのことであります。
 
忘れもしません。夏の朝でした、いつも来るカギ係りが来ません。パティシエと僕と二人待つこと約5分・・・
人通りのまだ少ない、その道の向こうの方から、こちらに向かって歩いてくる見知らぬ人、何故か肩にジャンパーの様な服をひっかけ、まっすぐこちらに向かってくる。 
彼か・・・?
パティシエと目を合わす・・・
 
その1週間ほど前でした、スーシェフ(厨房でシェフの次に偉い人)が辞めると聞かされたのは。
そして、後に来る新しいスーシェフは地方のなんとか言う(名前忘れました)、2つ星レストランでギィ・マルタンと
供に働いて、トゥールダルジャン(超有名3つ星グランメゾン)にいたらしいと・・・ふ〜ん。   
ちなみにギィ・マルタンとは現3つ星の有名シェフ。 
 
やはりこの人でした、カギが無く、中に入れない我々の前に笑顔で立ち止まり、ボンジュ〜ル。
我々もボンジュ〜ル。自己紹介がほどなく終わった頃、やっと遅刻者登場。
 
その店の更衣室は、厨房を通りぬけて地下にあります。僕らはその新しいスーシェフとともに地下へ・・・
そして、さっさと着替えてまた厨房に戻るわけですが、
この時僕は衝撃的な、予期せぬ事柄に遭遇するのです。何度か過去にあったような、でもはっきりとした、
考えや言葉など、当然用意されているはずも無く。
 
しかもフランス語やし。
 
このころだいぶ言葉もしゃべれるようになり、厨房で働く分には言葉に対する不安はもうほとんどありませんでしたが、しかし、この瞬間に僕ができたこと、それは、なんとも言えない奇妙な笑顔だけ。だったと思います。
 
ジャンパーを外したその
 
手が、、、 いや、肘から先が 
  
 
無いのです。
 
 
 
 
どうして今回このことを書こうと思ったのか。それは、この後に・・・感じていただければ。
 
逃げる様に、だったのかも知れません、ジャポネ(日本人)だから、うまくしゃべれないんだ、と言うことにしてしまえ。 おそらくこんな感じだったでしょう。平生を装っていたのだと思います。
 
しかしながら現実仕込み開始で忙しい、いつもの様にエンジン全開。
しばらくして、シェフが来る、みんな元気にボンジュ〜ル!
 
シェフと新しいスーシェフがなんかしゃべってる、俺には関係ない・・・と。
さてさてトマトの湯むきのお湯かけながら、ラビオリ延ばして、あれしてこれして、時間との戦い。おもろいおもろい・・・
と、一人マイモードでいましたら。
「ATSUYA!」とシェフに呼ばれた、何やと思い「ウイ、シェフ」と返事する、
新スーシェフを指さし「アベック トワ」 (君といっしょに)ときたもんだ!!!
おっと マジか。 よっしゃ、なんぼでもこんかい!
完全なる強がりモード。
 
でも、彼ジョン・マリーは生まれたときからそうなので、初対面のジャポネの心の内はとっくに見抜いていました。
「なんでも出来るから、遠慮せずなんでも言ってくれ」、めちゃくちゃ構えてしまっていた僕はこの最初の一言で見事に目が覚め、そして僕の方が救われたのです。
そう、さっきの更衣室の衝撃以来、僕は完全に飛んでしまっていたのです。それを彼は、冷静にさらっと、元にもどしてくれたのです。僕は用意できていなかったけど、ジョン・マリーは、用意どころか、普通にあしらったのです。
後々。、思えば思うほど、大きいやつやな〜  なんて思いだします。
 
いろんなことが有りました、けっこう仲良くて、休みの日に、かのトゥールダルジャン見物につれていってもらったこともありました。、夕方のアイドルタイムにお邪魔したのでほぼ人はいませんでしたが、かえってそのおかげでやりたいほうだい、見放題。驚愕のワインセラー、信じられない鴨の量。鴨が向こうの方までぶらさがっている巨大冷蔵室、しかも鴨だけ・・・いったい何羽・・・そんなんええわ・・・
思ったより狭い厨房、古い古いレストランのいぶし銀のような、磨き上げられた厨房。   鳥肌・・・
 
彼の優しさと強さ、信じられないが魚もおろすし玉葱もみじん切りにする。でもやはりハンディはハンディ。できない事もある。そのことで3番手と、しばしばぶつかる。それは仕方ないのかな。
ちなにみその3番手、僕は以前違う店で一緒でした。その軍隊みたいな規律&ダスキンか?みたいにピッカピッカに掃除しまくる厨房についてこれなかったヤツ! です。
 
きりのない思い出話の最後に、弱音など一度も言わない、いいわけさえもしない、出来ないことも、出来ることもいつも堂々としていたジョン・マリーが僕に1度だけ、弱い所を見せた、いや見せてくれた。
 
たぶん後にも先にもこの一回きりだったと思う、彼のその腕について話したのは。
肘の先に小さな親指と小さな人差し指しかない、その腕を見て、ジョン・マリーは包丁を止めて僕にこう言いました。
笑顔で。
 
俺は何でも出来るし、困っちゃ居ない、でも一つだけ運が悪いことがある、それは俺には
腕がないことだ。
 
「J’ai pas la chance」(運がわるい)
 
僕はこの一言を絶対に忘れない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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