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休暇 VACATION
持ち主のいないパソコン
もう二度とログインされないアカウント
本棚の本
書きかけのノート
着古したスーツやネクタイ
しばらく忘れられた後
棄てられる靴たち
別の誰かが座ることになる机
その誰かが棄てるであろう
鍵のかかった抽斗の書類
やりかけたプロジェクト
やりはじめた日の情熱までは
引き継がれないシステム管理
しばらく上司が不在でも
自分で考えて行動できる優秀な部下たち
凍結される前に引き出された口座
自分では提出できない市役所への届け
保険会社への連絡
お互いの勤め先や両親や親戚へ電話したり
葬儀の手配をする妻
父親の行方が解らない四歳の娘と、二つ下の次女と、先月生まれたばかりの長男。解らなくて当然だ、本人でさえどうしてこうなったか知らない。ろくに手を入れたことのない庭で慌ただしい喪服の来客を迎える。とても久しぶりの伯父さん、伯母さん、従妹たち。いつの間にか大きくなったその子どもたち。
家や車だけではない
所有者の変更手続き
通夜が執り行われるので
歯医者の予約を取り消す
親不孝だけどうちの息子は幸せだったね
苦労をかけて本当にごめんねと
嫁に頭を下げる母
遺体はいまや棺の中で青ざめており
好きだった本とか
勤め先の会長から戴いた手帳も一緒に
男たちが車へ運ぶ
妹の夫と
妻の弟と
妻の妹の旦那さんと
私の父
実家にもうちにも仏壇はないのに
なぜか葬儀は行ったこともない寺で行う
一番興味深い話だけは慎重に避ける、話の尽きないお客さんたち。スマートフォンをいじる若者たち。香典が集まってきて、受付をしてくれた妹夫婦が数える。誰にとっても誰かの印象は霧の中。会ったこともない人もいる。喪服の父が挨拶する。「本日は皆様、本当に、ありがとうございました。」
これ以上でも
これ以下でもない
これまでやり遂げた仕事や
やり遂げられなかった悔いも消えた
育ててくださった上司や
いつも助けてくれた部下たちには
これ以上何もできなくて申し訳ない
今月の利益目標は達成していない
どう思われても仕方がない
家ではどんな父親であったか?
どんな夫であったのか?
どんな息子であったか?
運命は定められていたのか?
どんな過ちを犯したのか?
社会に役立つことはできなかったのか?
何に操られて生きたのか?
思い残すことが何か
あるのかないのかも解らないし
こみあげてくるものはないし
人や物への執着もない
もうゆだねるしかない
良いことでも
悪いことでもない
隠してきたことがきっとばれてしまうが、どうだっていい。どうせ大したことじゃないし、駆け引きの道具にすぎない。こんな大した奴だったのか、とちょっとびっくりされたところで、虚栄心は蒸発している。
きっかけを忘れたまま、遺体は音を立てて焼かれていく。結構時間がかかる。親戚たちはビールやウーロン茶を飲んでいる。仕出し屋の料理がテーブルに並んでいる。子どもたちは飽きて、我慢できずに廊下を駆け回って騒ぐ。
皆さん、いままで本当に
ご迷惑をおかけしました
これからもきっと色々と
お世話になります
本当にありがとうございました
ところで墓はあるのかな?
煙突から空へ広がる煙は雲に混じり
雲は雨になって
大雪山系の川に落ちて
川はやがて石狩湾へ流れ込み
海は夏の雲へ生まれ変わる
子どもの頃に感じていた
朝と夜の繰り返しみたいに
2013-05-24 【81】
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