月夜の出来事

音楽が大好きな色鉛筆画家の日々の泡

ESSAY CITROEN

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2018年は2cvがパリ・サロンで発表されてから70年目の年にあたります。僕が初めての海外の展覧会をロンドンで開催した頃、僕はシトロエン本社の広報部の方と次の年のシトロエン本社での個展の準備をしていたのですがその頃我が家に届いた広報部の小冊子、ダブル・シェブロンには2cvが30周年を迎えたと言う記事が大きく載っていて、そのメインの写真は結婚式にウェディングドレスの新婦を乗せて2cvを運転しているカップルの写真でした。その時、僕も自分の結婚式に家内がウェディング・ドレスを着て、僕も教会に運転して行った事を想い出したものでした。しかし残念な事にそれを写真に撮っていなかったのです。失敗しました。しかし、あれから40年です。2cvの50周年には確か静岡の日本平で2cvのミーティングが大々的に行われました。僕もTシャツのデザインを頼まれましたが、何となく、そのミーティングのお金儲けに加担した様な何とも吹っ切れない気持ちがしたものです。どうも日本のミーティングはお金が拘り過ぎな様に思えます。そんな中で僕がもっとも気に入っていてもっともクリーンなミーティングは福井のフレンチ・トースト・ピクニックです。その運営は素晴らしいリーダーの伊藤憲治さんの元にすべてが地元のヴォランティアで運営されているのです。とても気持ちのいいミーティングです。僕は日本で一番のミーティングだと思っています。なりより参加している方々がみんな楽しい笑顔で溢れています。
 そのフレンチ・トースト・ピクニックで今年は2cvの70周年を記念して特別なプログラムを用意してくれています。なんと会場を2cvでいっぱいにしようというものです。詳細は間もなく発表されると思いますが、とても楽しいものになると思います。日本中の2CVのオーナーの方々、今年の5月は福井の芦原市の創作の森に集合です。

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このところ、FACEBOOKに僕のこれまでの絵をずいぶんと投稿しています。FACEBOOKにのせる様なおしゃれな事も格好いい事もないので絵をのせているのです。投稿するといいねと言う反応が2、3分で帰ってきたりして嬉しいものです。よくないと言うのがないのも助かります。
 先日,以前に描いたGSキャブレターという題の絵を投稿したところ反響があったので,ちょっと書いてみます。この絵は昔,よく乗っていたGSの部品を書いたものなのですが,gsには特にたくさんの想い出があります。僕が免許を取って最初に買ったののが2CVでその次に手に入れたシトロエンがGSだったのです。それはオレンジ色のGSで今から思うと当時、オレンジ色の車なんて他になかった様な気がします。その車はオレンジなのですが,シート、内装まで全てオレンジ色だったのです。チャーリー・ミンガスの曲でそんなのがありましたね。ぱたぱたとたためるサンルーフが着いていました。1220CCのGSクラブは実によく走りました。CXの乗り心地と違ってきびきび走るGSは首都高では本当に気持ちがよかった記憶があります。当時GSは有鉛のガソリンで走っていました。そしてそれがいつだったか,有鉛のガソリンが禁止される様になってしまいシトロエンのりは困ってしまったのでした。鉛の入っていないガソリンは車に悪いと言って,鉛を入れていた人もいましたが無鉛のガソリンでもその差は僕にはそれほど感じられなかったものです。ヨーロッパで車に乗るとガソリンスタンでよく困ったものでした。車によっていれるガソリンのオクタン値が違うからです。もう忘れてしまいましたがその時は2CVでしたがその値はどのくらいだったのか・・・・とにかく有鉛と無鉛の走りの差はありませんでした。ところが,それ以前に僕の車のポンプが故障いた事があってキャブレターまでガソリンが来なかった事がありました。そんな時,今の人は知らないかもしれませんがポンプからのホースをくわえて口で吸い込むのです。勿論,ちょっとは口に入ってしまいます。僕はそれを有鉛のガソリンでやっていたのです。それが次に故障したときには無鉛ガソリンでした。すると,なんとガソリンを口にしたら刺激があまりなくなっていていたのです。僕は有鉛のガソリンの方が数段にうまいと思ったのでした。しかしこのガソリンの味の違いを知っている奴はそれほどいないと思うのです。

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昔から懇意にさせて頂いている,ジャーナリストの方から,贈り物が届いたのは先月の事だったろうか・・・・。毎日,お忙しいのに,僕の事を思ってくれていてありがたい事だと思います。彼は僕に送ってくれたお皿を見て,僕が喜ぶと思っていただいたのです。それにDSのキー・ホルダーも送ってくれたのです。
 僕はこのお皿がとても気に入りました。見ていると何とも,幸せな気持ちになってくるのです。と言うのは,このお皿をノベルティとしてシトロエンが使っていた頃,恐らく1960年代から1970年位の頃だと思うのですが,この時代、シトロエンの広報活動はもっともいい時代を迎えていたのです。2CVの世界旅行をバックアップしたり,その宣伝のセンスたるや、カタログを始め,今までに見た事ガない様な斬新なセンスがいろんなところで花開いていた時代だったのです。1960年代のフランスはゴダールの映画のシャンゼリゼを観れば,あちこちにシトロエンが溢れんばかりに走り回っていたのです。そしてこのお皿を観ているとその時代ののんびりとした空気と幸福感を感じ取れるのです。ダブル・シェヴロンが並んでいるだけですが,このダブル・シェヴロンも味があります。
 僕のシトロエンの好きな時代はと言うと,1975年頃なのです。勿論1960年代は恐らく,シトロエンに取ってはもっともよい時代であったと思うのですが,ファンにしてみれば,1975年と言う年は,当時のカタログを観ると驚く事に,2CV4,2CV6,DYANE,AMI6,AMI8,AMISUPER,MEHARI GS,GS ビロトール、それにCX,そしてDS、極めつけはSMがあるのですから本当にびっくりしてしまいます。この他にも,H-VANやAMI6BREAKや,AMI8 BREAK,GS BREAK,CX,BREAK,DS BREAK、2CV-VANなどもあったのですから凄い事だったのです。でもこの事がシトロエンを経済的に疲弊させて行き,ミシュランのご厄介になる事となるのです。でも,この時代のシトロエンはなんと生き生きしていたことでしょう・・・・。

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1999年、当時、車の世界では20世紀の節目として、世界中の車のジャーナリストの投票によって、CARS OF THE CENTURYを選出する作業が進められていたのです。20世紀を代表するその存在意義やエポックメイキングな事なども加味されて最終選考に残ったのは確か20台位だったと思いますが,その中には、T型フォードやビートル,ミニ,などがあった様に記憶しています。その中であのメルセデス・ベンツが2台、ノミネートされていたのですが、シトロエンはなんと3台もノミネートされていたのです。それは最高のノミネート数でした。その車とは、トラクション・アヴァン、2CV,それにDSだったのです。これら3台は数ある車のなかでも圧倒的に存在感があるものでした。ちなみに日本車は1台も選ばれていませんでした。
 トラクション、2CV,DS,この本当に革新的な車はある一人のデザイナーの頭の中にあったものでした。そのデザイナーはイタリア人のフラミニオ・ベルトーニで彼はデザイナーであるとともに彫刻家であり、画家でもあったのです。そして彼はまた、僕の好きな、AMI6のデザイナーでもあったのです。なんと言う才能でしょう・・・・。なさに天才と言うべきデザイナーです。しかし、彼のこの偉大な業績にも拘らず、彼の名はかつてはそんなに知られてはいませんでした。僕がよく、ヨーロッパのミーティングに参加していた20年位前頃からやっと知られる様になってきたのです。それはヨーロッパで多く読まれているシトロエン専門誌からの情報によるものだったのです。僕は確か、オランダのミーティングでベルトーニの息子さんにお会いする事ができました。息子さんと言ってもおじいさんでしたが・・・、しかし、その後シトロポリスと言う雑誌で彼がベルトーニのオリジナルのデッサンを売り出しているのを目にしました。素晴らしい素描でしたが、もったいないですね、彼はもっと評価されるべき芸術家なのですから・・・。
 それから何年か後、僕は東京モーターショーに来ていたシトロエンのクサラなどのデザイナー達と食事をする機会がありましたが僕が彼らに趣味を尋ねますと彼らは一応にスキーとかバスケットなどスポーツを挙げたのです。やはり僕は彼らに彫刻や絵画,音楽、文学など芸術的な分野を挙げてもらいたかったのです。
クサラやC5などはあまり芸術性を感じない訳だったのです。

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シトロエンの事を各のは本当に久しぶりのような気がします。DS3です。僕はこの車だデビューする頃帆よくシトロエン本社の広報から沢山、シトロエンの新車や、プロトタイプの情報を受け取っていたので、彼らがすすむべき道として、きっと当時、よく採り上げられていた、AIRシリーズに移行していくのかと思っていたのです。AIR DREAMなどの様にです。そのスタイルはどことなくぬめっとしていて、生き物の感じがするものでした。そしてシトロエンの新車が発表されたら、なんとそれが、それまでの流れとまったく違う車と,それにこれまでとはまったく違う記号を持った,DS3と言う名のシトロエンだったのです。その記号のDSはかつてのシトロエンの名車、DSと同じではあるものの、そのコンセプトはまったく違う車だったのです。
 僕は始めてみた時僕のなかのシトロエンのイメージとはまったく、かけ離れた車に思えたのでした。そしてそれまでのシトロエンの発表の時に感じていたワクワク感がまったくなくて、何にも感じない初めてのシトロエンになってしまったのでした。そのコンセプトやデザインもちっともいいとは思いませんでした。
 少なくても僕はそのデザインにひとつも魅せられる事はなかったのです。しかしそれは僕がそのデザインが解らなかったからだと思うのです。僕はもう,感覚的に古かったのです。その証拠に、このデザインがいいと思った若い人たち、特に若いデザイナー達がいたのです。彼らはそのデザインがいいと思って影響を受け始めたのです。特に、トヨタなどはなんだかシトロエンの顔に似てきているような気がしますし、ホンダなどの車も顔が似てきているような気がするのです。こんなにも他の車がシトロエンのDS3に似てくると言う事は、ひょっとしたらDS3はいいデザインだったのかも知れません。僕にはアッピールしなかったデザインも若い人たちにはちゃんと伝わっていたのですね。時代は変わっていたのです。かつて、新しい、変な顔のHトラックのプロトタイプのひとつ前のプロトタイプが発表された時、そのデザインは嫌いでしたが、ひょっとしたら、いいデザインかもしれないと不思議な感覚に陥った事がありましたが、これからはいつもこんな感じで新車に接するのでしょうね、きっと・・・・。

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